この連載では、日々の企業ニュースを切り口に、会計とファイナンスを学びながらニュースの真相に迫ります。
前回に引き続き、ポストコロナ時代に適応したビジネスのあり方へとビジネスモデルの転換を迫られる百貨店業界分析の中編をお届けします。
「資金効率を見る指標」で分析していくと、丸井グループは他の大手百貨店グループとは大きく異なる点が浮き彫りに。その違いを生んでいる要因とはいったいなのでしょうか?
前回は、キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)という指標をご紹介しました。今回はこの指標を使って、大手百貨店グループと丸井グループ(以下、丸井)のビジネスモデルの違いを分析していくことにしましょう。
決算書からCCCを計算する
まずは前回の復習です。CCCとは、事業活動を通じて仕入れから販売、現金回収に至るまでの日数を見る指標で、「キャッシュ化速度」などと表現されることもあります。
前回は、「売上債権回転日数」「棚卸資産回転日数」「仕入債務回転日数」は既にわかっている状態でCCCを計算しました。しかし実務では、決算書を見ながらこれらの値を計算していく必要があります。
では、以降で決算書からCCCを計算する方法をご紹介しましょう。この時のポイントは、1日当たりの売上高もしくは売上原価を計算するという点です。そうすることで、B/S上に載っている売掛金や買掛金が売上高(もしくは売上原価)の何日分に相当するのかが掴めます。
売上債権回転日数を計算する
まずは「売上債権回転日数」からいきましょう。売上債権は、B/Sの勘定科目で言うと一般的には次のように整理されます。
売上債権 = 売掛金 + 受取手形等
この売上債権が1日当たりの売上高の何日分に相当するかを知りたいので、以下のように計算します。
ここでは三越伊勢丹ホールディングス(以下、三越伊勢丹)の例で計算してみましょう。同社の2020年3月期の売上高は1兆1191億円。これを365で割ると、1日当たりの売上高は約30.6億円となります。まずこれで分母がわかりました。
次に分子の「売掛金+手形等」ですが、こちらはB/Sを確認したところ、1194.4億円とわかりました(図表2)。
(出所)三越伊勢丹の2020年3月期有価証券報告書より抜粋(ハイライトは筆者)。
このことから、三越伊勢丹の売上債権回転日数は——
1194.4億円 ÷ 30.6億円 = 約39日 (※1)
つまり、商品を販売してからキャッシュに変わるまでに約39日間かかることになります。
棚卸資産回転日数を計算する
続いて棚卸資産回転日数を見てみましょう。棚卸資産は次のように表現されます。
棚卸資産 = 商品 + 製品 + 原材料 + 仕掛品等
ここで注意していただきたいポイントがあります。棚卸資産は原価ベースで計算されるため、棚卸資産回転日数における分母は1日当たりの売上高ではなく、1日当たりの売上原価で見ます。したがって、棚卸資産回転日数は次のように表現されます。
三越伊勢丹の有価証券報告書によれば、2020年3月期の売上原価は約7965億円ですから、これを365で割ることで1日当たりの売上原価は約21.8億円となります。また、棚卸資産は415.7億円です(図表3)。
(出所)三越伊勢丹の2020年3月期有価証券報告書より抜粋(ハイライトは筆者)。
以上をもとに計算すると、棚卸資産回転日数は次のとおりとなります。
415.7億円 ÷ 21.8億円 = 約19日
これで、三越伊勢丹ではだいたい19日間で棚卸資産が売上に変わるということがわかりました。
仕入債務回転日数を計算する
最後に、仕入債務回転日数についても同様に計算してみましょう。仕入債務は次の科目で構成されます。
仕入債務 = 買掛金 + 支払手形等
仕入債務も売上原価で計上されるため、仕入債務回転日数も棚卸資産回転日数と同様、分母は売上原価を使います。
三越伊勢丹の1日当たりの売上原価は、先ほど計算したとおり約21.8億円。対する仕入債務は797.4億円です(図表4)。
(出所)三越伊勢丹の2020年3月期有価証券報告書より抜粋(ハイライトは筆者)。
以上から、同社の仕入債務回転日数は以下のように算出されます。
797.4億円 ÷ 21.8億円 = 約37日
さて、ここまでで売上債権回転日数、棚卸資産回転日数、支払債務回転日数の3つが出揃いました。これらをもとに三越伊勢丹のCCCを計算すると——。
(出所)三越伊勢丹ホールディングス有価証券報告書より筆者作成。
図表5のとおり、三越伊勢丹のCCCは21日。つまり三越伊勢丹では、仕入れを行ってから現金を回収するまでのサイクルにはトータルで58日かかっていて、そのうち入金と出金のギャップ、すなわちCCCは21日ある、ということになります。
CCCの推移からわかる事業活動の実態
特定の企業のCCCを時系列で追ってみると、資金繰りの状況や、在庫がどれだけ溜まっているのかといったことがわかります。
例えば、上で計算した三越伊勢丹のCCCを3期分並べて、推移を見てみましょう(図表6)。
(出所)三越伊勢丹ホールディングス有価証券報告書より筆者作成。
2016年3月期から2019年3月期のCCCは12〜16日の水準でしたが、直近の2020年3月期では21日まで延びています。その主な要因としては、仕入債務回転日数が短くなっていることが挙げられます。
この時期はまさに、コロナ禍が同社の営業活動に影響を及ぼし始めたタイミングです。
コロナが実店舗の売上に影響を与え始めたのは2月中〜下旬のこと。したがって、通年で見れば影響を受けた期間はそれほど長くはありませんが、3月以降は百貨店の売上も下がったことから仕入れを抑えたのでしょう。その結果、仕入れ減により仕入債務(買掛金など)が減って、仕入債務回転日数も下がったと推測できます。
丸井のCCCは驚きの数字
では次に、丸井のCCCを計算してみましょう。前回、大手百貨店グループとの営業利益率の比較で、丸井は桁違いの水準であることを見てきました。その秘密はどこにあるのか、CCCを計算することで何か手がかりがつかめるかもしれません。
そこで、先ほどの三越伊勢丹と同じ要領で3つの構成要素を計算、CCCを導き出すと、次のとおりとなります。
(出所)丸井グループ有価証券報告書より筆者作成。
丸井のCCCはなんと604日! 仕入れから販売をして資金を回収するまで、実に1年半以上もかかっている計算です。
一瞬、計算間違えかと目を疑うようなこのCCCの長さは、いったい何に起因するのでしょうか? これについては次回詳しく見ていくことにしましょう。
※1 売上債権回転日数の分子となる売上債権には、わかりやすくするために2020年3月31日(当期末残高)時点の数値を用いましたが、前期末残高と当期末残高の2期間の平均値を採用することも多いです。というのも、一時的な要因で決算日時点の金額がたまたま異常値となってしまった場合には、回転期間が実態とかけ離れてしまうからです。2期間の平均値を採用することで、異常値が緩和されることとなります。棚卸回転日数と支払債務回転日数の計算も同様です。
※次回は7月9日(木)の更新を予定しています。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:1980年生まれ。経済学研究科の大学院を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして大手企業や地方の新規事業の開発及び起業の支援等をしている。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も実施している。