「当確」報道に笑顔を浮かべる小池百合子氏。
小池百合子事務所
終わって見れば、たしかに圧勝だった。7月5日に投開票された東京都知事選は、現職の小池百合子氏が再選を決めた。投開票終了の午後8時にNHKなどが一斉に「当確」を報道する、いわゆる「ゼロ打ち」選挙だった。ただ、今回の選挙では「圧勝」報道でかき消された事実もあった。新型コロナ禍における「異例の選挙戦」を総括する。
史上2位の得票で「圧勝」だったが…
花束を受け取る小池氏。渡しているのは選対本部長の荒木ちはる都議。小池氏の元秘書で現在は都民ファーストの会代表。
小池百合子事務所
今回の首都決戦には史上最多の22人が立候補。その中で小池氏は366万1371票を得票。歴代2位の得票数となった。NHKによると「小池氏は都内62の自治体のうち60でトップになることが確実となった」という。報道各社は「圧勝」と報じた。
コロナ禍で投票率の低下が心配されたものの、最終的な投票率は55.00%。前回(2016年)を4.73ポイント下回ったが、史上最低の投票率は免れた。期日前投票は全体の15%程度を占めた。
街頭演説は1度もなし
「公務優先」でオンライン選挙を展開した小池氏。
小池氏のYouTubeチャンネル
コロナ禍での選挙戦、各陣営は街頭演説だけではなくオンラインでの発信にも力を入れた異例の選挙となった。
小池氏は一度も街頭演説をせず、YouTubeやInstagramでのLIVEや動画の配信で支持を訴えた。
告示日の6月18日にはTwitterで「#小池ゆりこに物申すをつけて投稿してください」と意見を募集。「サンドバッグになる覚悟」として投稿したハッシュタグは一時トレンドにもなった。
Instagramでは5万人以上のフォロワーを集め、自宅から飼っている犬と触れ合う様子なども配信。当選後の会見でも「新しい選挙」が展開できたと胸を張った。
だが、実際にこうした「オンライン選挙活動」が歴代2位の得票数に貢献したかは未知数だ。
YouTubeでは「62区市町村オンライン演説」と銘打ち、都内の全区市町村ごとのメッセージ動画を投稿するなど計85本の動画を投稿。
ところが、最多の自治体でも第一声の動画で再生数は1.4万、半分以上は1000に満たなかった。チャンネル登録者数も1500人ほどで、次点の宇都宮健児氏(3660人)の半分以下だ。
なぜ「圧勝」だったのか
では、なぜ小池氏は圧勝できたのか。それはコロナ禍という緊急事態において、現職であることが有利に働いたという点に尽きるだろう。
出馬時に「公務に集中する」と明言し、目下のコロナ対策に対応することが、最大の選挙活動になったとも言える。
NHKの出口調査によると、事実上支援にまわった自民支持層の7割、公明支持層の9割近くを固めた。コロナ対応が評価されたのか、首都決戦で「風」となりうる無党派層からも広く支持を集めた。
対抗馬を推薦した立憲民主党の支持層の3割近くも支持し、立憲民主党の支持母体である「連合東京」も小池氏への支持を表明。小池氏自身は政党や団体の支援を受けないと表明していたが、そつなく組織票を固めたことも奏功した。
野党陣営が統一候補を立てられず、「小池批判」の票が割れたことも小池有利にはたらいた。次の大規模選挙になるであろう衆院選を見据え、野党は戦略の立て直しが求められるだろう。
ある陣営の関係者は「街頭演説が“感染を広げる”と思われる怖さがあった。街行く人も少なく、外出を自粛する人もおり、候補者が有権者に支持を訴える直接の機会が失われた。新型コロナが民主主義の後退につながらないか不安だ」とこぼした。
選挙報道にも課題
小池氏の出馬表明会見。
撮影:吉川慧
コロナ禍での選挙報道も、趨勢に影響を与えたかもしれない。というのも、テレビ局や新聞社の選挙報道でも、候補者の密着取材などは目立たず、投開票日も選挙特番を組んだテレビ局はNHKと東京ローカルのMXテレビなど一部に限られた。
候補者同士による地上波テレビでの討論会もなかった。コロナ対策、東京五輪…と課題が山積みのなか、政策の切磋琢磨や候補者の政治姿勢がこれまでに類をみないほど重要視される中でも、政策論争は深まらなかった。
山本太郎氏は敗戦の弁で「高かった百合子山」と評したが、圧倒的な知名度を誇る小池氏有利は動かなかった。
記者クラブ外は事実上の門前払い
小池氏が公表したカイロ大学の卒業証明書類。
撮影:吉川慧
小池氏の生涯を描いた石井妙子氏の近著『女帝 小池百合子』や週刊誌報道をきっかけに“弱点”となると見られていた「カイロ大学卒業」の学歴詐称疑惑も、6月15日の政策表明会見直後に「ご自由にご覧いただきたい」として、卒業証書を公表。攻撃の芽をつんだ。都議会にも提出しなかったにも関わらず、だ。
ただ、アキレス腱の処理には粗雑さも目立つ。15日の会見は都庁記者クラブ外では、一部の報道機関やフリージャーナリストには案内そのものが届かなかった。
小池陣営は「名刺データの入力が終わってなかった」と弁明したが、これが事実であればあまりにお粗末だ。後日希望者には「卒業証書」の取材機会を与えたというが、過失だったとしても、質問・取材の機会が奪われたことは不信感を生んだ。
投開票日の選挙事務所での取材対応も、小池陣営は「第一声からオンライン選挙を徹底するとともに、メディアの皆様方の取材についても、人数や時間のご調整などご協力をいただいて参りました」とした上で、「YouTube チャンネルで配信する動画については、ご自由に使用いただいてかまいません」とメールで案内。記者クラブ加盟社以外は事実上の門前払いだった。
選挙は「終わり」ではなく「はじまり」だ
shutterstock(左)/Business Insider Japan、撮影:吉川慧(右)
選挙の終わりは次の4年間のはじまりだ。コロナ禍は終わらず、感染者数は再び増え続けており、第2波も心配されている。
財政問題も懸案だ。一般会計と特別会計を合わせた2020年度の全体予算(全28会計)は15兆4522億円。ノルウェー(16兆4656億円、2019年)やスウェーデン(12兆1984億円、2020年)などの国家予算並みの規模に相当する。
都の歳入の約7割は地方税(都税)で、その根幹は企業などからの法人2税(法人住民税と法人事業税)だ。景気が悪化すれば収入が下振れする。石原都政時代にはリーマン・ショックの影響で1年間に1兆円も税収が減ったことがある。
都は不況や災害に備えて、2019年度末までに貯金にあたる「財政調整基金」として約9000億円を積み立ててきたが、都はコロナ対策の補正予算として1兆円超を計上(補正予算の一覧)。
財政調整基金は500億円まで減った。都は都道府県で唯一、地方交付税の交付を受けていない。新知事は、今後の財源確保も課題となりそうだ。
延期された東京五輪・パラリンピックへの対応も気になる。開催すべきか否か、 NHKの出口調査では、 「中止すべき」36% 「開催すべき」27% 「さらに延期すべき」17% 「わからない」21%だった。
3年前の総選挙で「希望の党」を率いた時のように、コロナ禍での対応で評価を高めることができたら、再び国政に進出するのではないかという観測も根強く残っている。
小池氏が顧問を務める知事与党「都民ファーストの会」の勢いにも陰りがみえる。
都知事選と同日実施の4つの都議補選(北区、大田区、日野市、北多摩第3[調布市・狛江市])では自民党が全勝。北区の「都民ファーストの会」公認候補は5人中4位だった。来年の都議選はどうなるか。
小池氏は今回の選挙戦で、前回の都知事選で掲げて選挙公報にも載せた「7つのゼロ」の達成度を自ら省みることはなかった。今回の選挙で訴えた政策が、今後4年間でどこまで実現できるのだろうか。
都選挙管理委員会の都知事選公式サイトは、7月10日正午に閉鎖されるという。その前にもう一度、今回の小池氏の選挙公報を紹介しておこう。
2020年東京都知事選の選挙公報
自治体の行政は、そこに暮らす住民の生活、生命に直結する。
小池氏が掲げたように「都民の命」を守り、「稼ぐ東京」を実現できるのか。都民に訴えた政策が達成されるのか。有権者は観察を続けていくべきだろう。
選挙結果は、東京の未来への白紙委任ではないのだから。
(文・吉川慧)
※一部表記を改めました(2020/07/06 21:00)