撮影:小林優多郎
ファーストリテイリングが東京・銀座のマロニエゲートにオープンしたUNIQLO TOKYO(ユニクロトウキョウ、6月19日オープン)は、今後の「ユニクロ」の行方を占ううえでも、非常に重要な店舗である。
コロナ禍によって生活者の価値観や行動は変容し、デジタル化やリモートワーク、ECの拡大などの一方で、リアル店舗の意義が見直されている時でもある。アパレル小売りの未来や店舗の役割を問い直すケーススタディとしても注目される。
日本最大級のグローバル旗艦店となるUNIQLO TOKYOの最大の見所・体感どころは3つある。1つは、スイスの建築家ユニットのヘルツォーク&ド・ムーロン(以下、H&deM)が手がけた、デザインアーキテクトによるダイナミックな吹き抜けや内装デザイン、2つ目はブランドコンセプトである「LifeWear」の全体像や世界観を色濃く伝えるための仕掛け、そして、3つ目が地域・コミュニティとの連携である。
そして、この店には、これからのアパレル小売業のリアル店舗に求められる5つのキーワード「デスティネーションストア」「インスピレーション源」「磨き上げる」「ローカライズ」「生活に寄り添い、生活を彩る」を見て取ることができる。
これら5つのキーワードから3つの見どころを紐解いてみようと思う。
そこでしか味わえない「デスティネーションストア化」を追求
ヘルツォーク&ド・ムーロンがデザインアーキテクツを手がけたUNIQLO TOKYO。吹き抜けが象徴的。
撮影:松下久美
ユニクロは現在、国内で820店舗近くを展開し、都心にも地方にも店舗がほぼ行きわたっている状態だ。しかも、オンラインストアでどこからでも簡単に買い物ができる時代である。
リアル店舗では、そこでしか味わうことがでない体験や、わざわざその店を訪れる価値や強い魅力を提供する「デスティネーションストア」を作り上げることが大きな課題になる。しかも、2020年は本来なら東京オリンピック・パラリンピックが開催され、世界中から日本、そして、東京に注目が集まる年だった。
そんな中、ユニクロは公園一体型で、グループの「GU」(ジーユー)との併設店舗でもある「ユニクロパーク横浜ベイサイド店」(4月13日オープン)、JR原宿駅前に開業したウィズ原宿店に若者やインバウンド客を狙った「ユニクロ原宿店」(6月5日オープン、4月25日予定)、そして、このグローバル旗艦店の「UNIQLO TOKYO」(6月19日オープン、5月15日予定)を“戦略3店舗”と設定して、2020年に臨んだ。
撮影:松下久美
総合エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターには、佐藤可士和サムライ代表を起用。2006年に初のグローバル旗艦店をNYソーホーに出店したタイミングから、世界戦略のクリエイティブ・ディレクターを託し、主要旗艦店やロゴの刷新、日本ではUTストア、世界繁盛店として新宿に「ビックロ」などをともに開発した盟友を改めて抜擢。それぞれ、大きく性格の異なるデスティネーションストアとして作り上げた。
柳井正ファーストリテイリング会長兼社長は、銀座2店舗目としてこの地をこう言う。
「東京・銀座で、日本を代表するハイストリート。その中でも端にある。東京駅から銀座へつながる、日本橋につながるきっかけに、また、この辺りにの再編のきっかけになれば。銀座で最後の大型物件だと思う」
東京駅や日本橋からの人の流れが活発化する優良な立地だと見込んでの大型投資だという。
三菱地所が中心となった有楽町・大手町・丸の内エリアの大型再開発の計画や、日本橋・銀座を中心とした三井不動産の街開発なども進んでおり、インバウンドを含めて、賑わいを取り戻す日を待ち望んでいるところだ。
リアル店舗は「インスピレーションを与える場所」に
外観には、NYソーホー店から協業してきた、ウェブデザイナー/インターフェイスデザイナーの中村勇吾を起用し、LEDのキューブ型立体看板“デジタルキューブ”や“デジタル塔屋”でインパクトや躍動感を与えている。
撮影:松下久美
オンラインショッピングが台頭し、人々の購買行動や買い方は大きく変わっている。リアル店舗は事前に調べたものを確認する場所であり、そこで感動したものや、納得したものを、その場で、あるいはネットで購入するようになっている。
限られた画面スペースで表示されるネットの限定的な情報ではなく、リアルで感じられる高い視認性や網羅性、セレンディピティ(偶然の出合い)、そして店舗空間を含めて、店舗はよりクリエイティブかつ、インスピレーションを与えるものとしてのニーズが高まっている。
印象を大きく左右するデザインアーキテクトについては、ロンドンの巨大な発電所の建物を美術館に改装したテート・モダン美術館(2000年完成)、「鳥の巣」のような北京オリンピックスタジアム(北京国家体育場、2008年完成)など、素材の使い方や、アーティスティックな建築で知られているH&deMを起用。
日本では「プラダ」青山店(2003年完成)と「ミュウミュウ」青山店(2015年完成)のストアに続く希少な物件である。
百貨店リノーベーションのお手本
外観には、NYソーホー店から協業してきた、ウェブデザイナー/インターフェイスデザイナーの中村勇吾を起用し、LEDのキューブ型立体看板“デジタルキューブ”や“デジタル塔屋”でインパクトや躍動感を与えている。
撮影:小林優多郎
UNIQLO TOKYOはかつて、三越を抜いて売上高日本一の小売業となったダイエーが百貨店業に進出するためにフランスの「プランタン」と提携して1984年に開業した「プランタン銀座」の跡地にある。
流通史上に名を残す重要な場所でもある。その後、専門店集積型のマロニエゲートに刷新されたが、天井が低いのがネックだった。
一度、躯体を全部はがして構造だけのスケルトンにして、1〜4階までの吹き抜けを店舗中央に出現させ、梁を残して鏡を張ることで、開放感を高めるとともに、近未来的なインパクトが生まれ、つい写真を撮りたくなる、写真映えする空間に仕上がっている。
エアコンを建物の壁面にまとめることで、天井高も可能な限り高めるという、技術的課題も解決している。バブル崩壊前に作られた百貨店は往々にして天井高が低い。今回のUNIQLO TOKYOのリノベーションは、百貨店のリニューアルのお手本ともいえそうだ。
家賃が高いといわれる銀座エリアであっても、子どものお遊びコーナー絵本を集めたブックライブラリーなども用意し、カスタマーエクスペリエンスを高めている。故・ジェイソン・ポランの追悼コーナーも。
撮影:松下久美
そしてUNIQLO TOKYOは、「LifeWearの全てをここに」をコンセプトに、約1500坪(4958㎡)という日本最大級のスペースで旗艦店を構え、世界観を色濃く発信している。「ユニクロ最先端の店舗」(柳井社長)だ。
「究極の普段着、本当にいい服、新しい価値を持つ服を創造して、新しいいい空間で売っていく。LifeWearの世界を具現化していきたい」(同)
取り扱い商材もウィメンズ、メンズ、ベビー&キッズ、UTなどはもちろんのこと、Tシャツのカスタマイズコーナー「UT me!」、感動ジャケットのセミオーダーコーナー、さらにはブランドアンバサダーのコーナーなどフルコンセプトで展開する。
人道的支援やペットボトルから服を作る環境配慮型のリサイクルプロダクトなど、サステナビリティの取り組みも大々的に紹介。さながら「ユニクロ・ミュージアム」の様相だ。
ブランドを代表する旗艦店戦略で、OMOを加速
スペイン発のZARAも、店舗数を世界的に削減する方向に出ている。
Shutterstock
その世界観を表現したり、情報を発信したり、存在感をさらに発揮するためには、店舗を大型化し、フラッグシップストア(旗艦店)化することが有効な時代になっている。
ファストリの競合の「ZARA」を擁するスペインのインディテックスも、OMO(オンラインとオフラインの統合)を強力に推進中だ。その一環として、小型店舗を統合して一等地に大型店舗を構えて在庫効率や運営効率を向上させるため、店舗網の再編による減店舗戦略を進めてきている。
2019年度には店舗数がマイナスに転じているにもかかわらず、増収増益を達成するなど、成果を発揮していた。コロナ禍もあり、2021年までに、1000〜1200店舗を削減する計画を打ち出しているが、これは既定路線をさらに加速する政策でもある。
ラグジュアリーブランドも同様の流れが生まれている。これまでは外商顧客やトラフィック(客数)が魅力的との理由や、家賃料率の優遇政策などもあり、百貨店での小型店舗展開も行ってきたが、今後は旗艦店戦略とオンラインストアを強化するハイブリッド型の展開を志向する企業が増えてきそうだ。
ちなみに横浜のユニクロ660坪(2180㎡)、ジーユー551坪(1820㎡)、原宿は600坪(1983㎡)と大型だが、UNIQLO TOKYOはそれを2倍も上回る規模である。
某大手デベロッパーの幹部も、「旗艦店戦略は世界の趨勢だ。UNIQLO TOKYOはいち早く、OMO(オンラインとオフラインの融合)を図っているのが分かる」と評価している。
ヘルツォークとの協業を通じて「ユニクロを磨き上げる」
ユニクロミュージアム、あるいは、ユニクロギャラリーともいえるような、プレゼンテーションスペースや情報発信を強化しているのが特徴だ。コマーシャルなマーケティングを超えた、社会にとって本当に良い、ソーシャルなブランドとしてのポジションを目指す
撮影:松下久美
H&deMとともに、内外装の素材の質感やディテールにまでこだわったUNIQLO TOKYO。商品についても、原材料を展示して素材へのこだわりや商品の良さを伝える、ストーリー性のあるプレゼンテーションや情報発信性を強化している。本質、上質の追求を図った。
商品の見せ方も、従来は棚を使った陳列が多かった。それが今回は、若手クリエイターとの協業により、インスタレーションのような形でエンターテインメント性やクリエイティビティなどを高めている。
ちなみに、かつてNYのバニーズ ニューヨークやJ.クルーなどで働いていた優秀なスタッフもIMD(インストアマーチャンダイジング)として活躍しており、彼らによる陳列や品揃えの構成によって、ユニクロの服に命を吹き込んだような動きや温かみが感じられるのも特徴だ。
「ローカライズ」戦略を強化、地元の名店とのコラボや街を紹介
そして、ユニクロがここ1〜2年、大きく力を入れているのが、「ローカライズ」戦略だ。これまでチェーンストアとして標準化して出店する中で、店舗自体はややもすると金太郎アメ的になりがちだった。しかし、これからの企業・ブランドは、地域コミュニティの一員として社会に貢献していくことが求められる時代だ。
UNIQLO TOKYOでも、地元の名店とのコラボTシャツを発売したり、銀座を拠点とするマガジンハウスと協業し、銀座の街やファッションの歴史(みゆき族、プレッピーなど)を紹介するコーナーを用意。
銀座の文化の一つである歌舞伎を担う、市川海老蔵を宮沢りえと並び、同店のアンバサダーに起用したりもしている。
最大の進化は「生活に寄り添い、生活を彩る」
人々の生活に寄り添う服「LifeWear」の深さや広さを深耕する一貫として、ライフスタイル提案の強化が見て取れるUNIQLO TOKYO。
撮影:小林優多郎
実はUNIQLO TOKYOの一番大きな進化ポイントは、ライフスタイル提案の強化にあると筆者は見ている。
ユニクロは旧銀座店を銀座ワシントンビルに2005年10月にオープンした際、「ホテルズホームズ・バイ・ユニクロ」として、タオルやスリッパ、ホテル仕様のシーツ、シャンプー・リンス、ボディソープなどを販売したことがあった。
残念ながら計画には届かず、商品ライン名としては残らなかったが、エアリズムを使ったシーツやヒートテックを使った毛布、そしてタオルなどは根強い人気商品として育っていった。
UNIQLO TOKYOでは、ベッドを持ち込んでベッドルームのシーンをライフスタイル提案をしている他、書籍などと合わせて、仕入れ品の生活雑貨なども陳列・一部を販売したりもしている。店舗の出口付近には、ユニクロパーク、原宿に続き、フラワーショップを用意。洋服だけでなく、人々の生活に寄り添い、生活を彩る商材として提供している。
「LifeWear」をブランドコンセプトとするユニクロは、顧客のニーズの高まりから、エアリズムを使用した本格的なマスクを生産・販売して話題を呼んでいる。顧客の要望や、生活者のインサイトを読み解き、よりライフスタイルストアとして発展する可能性やひそかな意思をこの店は見せている気がする。
(文・松下久美)
松下久美:ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表。「日本繊維新聞」の小売り・流通記者、「WWDジャパン」の編集記者、デスク、シニアエディターとして、20年以上ファッション企業の経営や戦略などを取材・執筆。2017年に独立。著書に『ユニクロ進化論』。