画像 撮影:今村拓馬、イラスト: Hiroshi Watanabe / Getty Images
企業やビジネスパーソンが抱える課題の論点を、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にして整理するこの連載。不確実性高まる今の時代、「正解がない」中でも意思決定するための拠りどころとなる「思考の軸」を、あなたも一緒に磨いてみませんか?
参考図書は昨年末に発売されて瞬く間にベストセラーになった入山先生の『世界標準の経営理論』。ただし本を手にしなくても、この連載は気軽に読めるようになっています。
今回のテーマは「ジョブ型雇用」。在宅勤務が当たり前になると、結果的にジョブ型雇用が進むと入山先生は言います。果たしてその理由とは——。
この議論はラジオ形式収録した音声でも聴けますので、そちらも併せてお楽しみください。
【音声版の試聴はこちら】(再生時間:8分33秒)※クリックすると音声が流れます
リモートワークの増加が後押しする「ジョブ型雇用」への転換
こんにちは、入山章栄です。
以前、この連載で「コロナ以前のビジネスや生活の慣習を振り返り、『これを機に捨て去りたいこと」あるいは『新しく始めたいこと』は何ですか?”」と呼びかけました。これに対して読者の方から、こんなお声を頂戴しました。
ありがとうございます。ikam1981さんが「記事にあるように」とおっしゃっているのは、連載第11回で「テレワークで東京一極集中が解消に向かうかもしれない」という話題を取り上げた時のことですね。
コロナ禍が働く人々にもたらした大きな変化は、何といっても在宅勤務の増加だと思います。もし今後もこの傾向が続けば、ikam1981さんのよう2拠点生活を志向する方が増えるのはごく自然な流れでしょう。
しかし、変化はこれで終わりではありません。僕は企業が従業員を雇用する時の考え方からして抜本的に変わると思います。具体的には、「メンバーシップ型雇用」から「ジョブ型雇用」に移行するでしょう。
今回はこの「ジョブ型雇用」をテーマとして取り上げたいと思います。
「◯時間働きました」という申告が無意味になる
日立はジョブ型雇用を導入すると発表した。
Denis Linine / Shutterstock.com
いま、日立や資生堂など大手企業がジョブ型雇用を検討し始めています。日立はこのところ、優れた経営者たちによってさまざまな経営改革を成功させていますが、今回はコロナを機に、社員の恒久的な在宅勤務制度を取り入れると発表しました。
在宅勤務が当たり前になると、今まで企業が社員を評価する際に使っていた制度は通用しなくなります。
これまで日本の企業は、どれだけ成果を出したかというより、物理的に会社にどれだけ長くいたかで社員を評価しているところがありました。「どういう結果を出したか」ではなく、「ちゃんと定時には来て、定時までは会社にいたか」「どれだけ残業をしたか」で仕事の大変さや努力の度合いを測っていた。つまり時間ベースの評価制度だった。
しかしリモートワークでは、勤務時間中にSNSをしようが昼寝をしようが、期日までにどういう成果を出したかでしか評価しにくくなるわけですから、「今日は◯時から◯時まで働きました」という申告が無意味になる。
社員を「どういう成果を出したか」で評価するためには、まずその人の職務(ジョブ)が明確でなければならない。そしてジョブが明確になれば、新卒を一から育てるより、すでにその職務に関して高い専門性を持つ人を雇うほうが効率がいい、というわけです。
したがって今までは、会社のメンバーを採用してからその人にふさわしい仕事を与える「メンバーシップ型雇用」が主流だったけれど、今後はジョブに合わせて人を採用する「ジョブ型雇用」が主流になる。中途採用も増え、新卒一括採用は減っていくでしょう。
あえて失礼な言い方をすれば、日本の古い企業には、「ただ長く会社にいるだけで、何の仕事をしているかよくわからない人」も少なくありませんでした。しかしジョブ型雇用が主流になれば、そういう人がいなくなるのは間違いありません。
ここで、Business Insider Japan編集部の横山耕太郎さんは、少し不安になったようです。
横山さんが不安を感じるのは当然だと言えます。これまでメンバーシップ型だった新聞社から転職したところで、社会の流れがにわかにジョブ型に移りつつあるわけですから。
僕が思うに、横山さんが不安なのは、ジョブ型で雇用される人を支える全体の仕組みが、まだ見えてこないからではないでしょうか。
この連載でも何度かお話ししましたが、社会には「経路依存性」というものがあります。だから世の中を変える時は制度の一部分だけ変えてもダメで、関係する仕組みを丸ごと全部変える必要がある。
だからジョブ型雇用に移行するなら、先ほど述べたように会社が社員を評価する仕組みも変わらざるを得ないし、上司の役割も変わっていきます。
例えば成果で評価するといっても、目の前の成果だけを〇か×かで評価していたら、誰も新しいことに挑戦しなくなるでしょう。だから仕事のプロセスにも着目して評価する必要がある。
しかし今後リモートワークが定着した時、上司と部下が物理的に同じ空間にいないとなると、上司は部下がどんなプロセスで仕事をしているかが見えにくくなります。したがって、上司が部下の仕事のプロセスを把握するためは、「1on1」などのミーティングを頻繁に行う必要が出てくるのです。
仕事の「質」を評価される時代になる
グーグルは定性評価である「OKR」を採用している。
MariaX / Shutterstock.com
そもそも評価についての考え方も、「◯時間働いた」「いくら売り上げた」というような定量的な評価から、「どんな仕事をしたか」という定性的な評価になります。
定性的な評価の一例が、グーグルやメルカリが取り入れているOKR(Objectives and Key Results)です。これは簡単に言えば、大きくて遠いビジョンに向けて評価をしていこうというものです。
大きくて遠い目標を達成するためには、すぐには成果が出ない将来に向けての種まきや、失敗の確率が高いことにも挑戦しなければならない。その観点から社員を評価することで、イノベーションを促すのが目的です。そうなるとやはり上司と部下のミーティングの回数は増えます。その代わり1回の時間は短くて、10分か20分くらい。
OKRとは異なりますが、同様に評価の仕組みを大胆に変えてきたのが、ドイツの大手IT企業のSAPです。SAPはコロナ前から、イノベーションを目的として評価制度を「ノーレーティング」に変えていました。
「ノーレーティング」といっても評価しないのではありません。「成功・失敗の紋切型で評価をしない」ということです。このようにジョブ型雇用への移行は、評価制度や、上司と部下の関係をも変えていくことになるはずです。
まさにその通りですね。僕はこれからの管理職の仕事は、2種類しかないと思います。1つは「コーチ」。もう1つは、以前この連載でも触れた「ファシリテーター」です。管理職は自分がしゃべるのではなく、ビデオ会議などで多様な人たちから意見を引き出すファシリテーターになる必要がある。
コーチも、相手の話を聞くのが仕事です。上司が適切な質問をしながら部下の話を聞くことで、部下が自分で答えを出すのを促すことができる。
しかし実際のところは、部下と話をすると「独演会」になってしまう上司が多いのではないでしょうか。かつて日本のSAPの人事を担当されていた南和気さんにこんな話を伺ったことがあります。
先述したようにSAPはコロナ前から、「これからはイノベーションを起こさなければいけない」ということで、上司と部下の1on1を始めました。SAPがすごいのは、その1on1ミーティングの内容を全部記録していたことです。その会話を文章にして見返してみると、全体の8割くらい上司がしゃべっていたという。
上司が部下に「話を聞いてやるぞ、何でも言ってくれ」と言っておきながら、部下が「こういうことで悩んでいます」と話し始めたとたん、「ああ、わかるわかる。俺も昔はそうだったけど、そういう時には……」と、部下の話もろくに聞かず、気づくと上司ばかりがしゃべっている。“大企業あるある”ですね。
横山さんも上司と話をするなら、内省を促すような的確な質問をしてもらって、そこから仕事の悩み相談に乗ってもらうような関係のほうがいいのではないでしょうか。
コーチングで大事なのは、コーチがしゃべらないことです。相手の話をうんうんと聞いて、「じゃあこれはどうなの?」とか、「それは、こう思ったということなの?」などと質問することで、相手が考えるのを助けてあげるのです。
ちなみに現在のSAPは上司に対して研修を行って、ミーティングの方法をかなり改善しているそうです。つまりコーチングだけ導入してもダメで、ちゃんと研修などを行って、上司も新しいマインドセットに変えていかなければならない。
リモートワークが促すジョブ型雇用時代に向けて、これから日本企業が取り組むべき課題は、このように根本的な変化にあるのです。
【音声版フルバージョン】(再生時間:17分26秒)※クリックすると音声が流れます
(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子、音声編集:イー・サムソン)
【入山先生のオンライン読書会 兼 公開収録、開催決定!】
いつも入山先生の連載をお読みいただきありがとうございます。
来る7月14日、入山先生によるオンライン読書会(兼 公開収録)の開催が決定いたしました!
取り上げる書籍は『世界標準の経営理論』。この本の中のお好きな1章を事前にお読みいただき、オンライン読書会の場で入山先生に疑問や意見を投げかけてください。仕事で抱えている課題やキャリアに関することなど、『世界標準の経営理論』を読んで感じたどんなことでもかまいません。先生とのディスカッションを通じて、ぜひ「思考の軸」を鍛えましょう。
イベント詳細とお申し込みは → イベント詳細ページへ
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。