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コロナショックによる雇用環境の悪化で「ギグワーカー」と呼ばれる人たちが増えている。インターネット上のアプリを通じて単発の仕事を請け負う人のことで、仲介を行う業者をプラットフォーマーと呼ぶ。
ソフト開発、データ入力、文章作成などの業務を仲介する大手4社(クラウドワークス、ココナラ、ランサーズ、うるる)の主要サイトの累計登録者数は、5月末時点で前年比15%増の約700万人。4月以降の新規登録者数も各社とも前年比1.2〜1.3倍に伸びている(日本経済新聞、2020年6月24日付)。
コロナと無関係でないギグワーカーの増加
海外では、ウーバーなどの配車アプリを通じて仕事を請け負うドライバーがギグワーカーの典型だ。
ウーバーは日本でも飲食宅配代行サービスのウーバーイーツを展開しているが、コロナ禍の自粛で需要が増えたせいか、都市部だけではなく、郊外でも自転車に乗った配達人の姿をよく見かけるようになった。
ギグワーカーの増加はコロナ禍の失職や収入減と決して無縁ではないだろう。2020年4月の完全失業率は前月比0.1ポイント増の2.6%にすぎなかったが、就業者数は前年同月比107万人も減少した(季節調整済値)。
とくに非正規社員は97万人の大幅減となり、製造業の34万人減のほか、宿泊業・飲食サービス業が30万人減、卸売業・小売業22万人減など、コロナ禍の影響を受けたパート・アルバイトが多いことがわかる。
といっても、これは失職後に新たな職探しを止めた人たちの数だ。失職しても職を探す行為をしないと、失業率には反映されない。
なぜ職探しをしないのか。おそらく店舗の閉鎖が相次ぎ、職がないと思ったか、コロナへの感染を恐れてのことと推測される。そしてこの中の一部には、収入減を補うために個人請け負いのフードデリバリー配達人やクラウドワーカーに転じた人もいるのではないか。
副業ニーズの受け皿になるギグワーカー
コロナ不況は個人事業主には大打撃だ。
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そのほかに、4月の休業者数は597万人もいる(総務省「就業者及び休業者の内訳」)。3月の249万人から300万人以上も増加しているが、この中にも副業としてギグワーカーをしている人がいる可能性がある。
ちなみに、5月の完全失業率は2.9%と0.3ポイント上昇した。非正規社員は前年同月比61万人の減少、休業者数も427万人と依然として多い。
実は、政府はギグワーカーやフリーランス(個人事業主)を「多様な働き方」と位置付け、その普及・推進を図ってきた。
ところが、皮肉にも失職した人や収入が減った人たちの受け皿となっている。しかも、今回のコロナショックでギグワーカーを含めたフリーランス(個人事業主)のセーフティネットの脆弱性も浮き彫りになった。
不況になると企業は固定費削減圧力を強める。すでに今回のコロナ不況でも、経費削減の一環として、個人事業主との業務委託契約の打ち切りなど外注費を減らした企業も多い。
業績の悪化で事業の休止を余儀なくされた場合、雇用されている労働者は休業手当を受給できるが、フリーランスには何の補償もない。また、正社員や週20時間以上働く非正規社員は解雇されると失業手当を受け取れるが、フリーランスはその対象からも外れる。
今回、フリーランスに上限100万円の持続化給付金が支給されることになったものの、煩雑な手続きを自分で行わなければ受け取れない。しかも1回限りの支給であり、大不況に直面すると路頭に迷う人も増えるだろう。
フリー年収ボリュームゾーンは200万〜300万円
フリーランスと正社員では、社会保障の待遇も大きく異なる。
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ギグワーカーも含め「仕事の獲得手段として仲介事業者を活用」している人が21.5%で、利用している仲介事業者数が「1社」という人が46.8%という調査結果がある。本業として行うフリーランスの年収は、200万円以上300万円未満が19%と最も多い。
決して高いとはいえないが、企業に雇用される労働者と比べて失業手当以外のセーフティネットも脆弱だ。そもそも労働者に該当しないので、最低賃金法に基づく最低賃金も適用されない。
有給休暇や長時間労働の規制や残業代の割増賃金を規定した労働基準法の埒外に置かれ、もちろん労働基準監督署など行政の監視対象からも外れる。さらに以下のような補償がないことが生活にも大きな影響を与える。
- 労災保険による休業補償給付、療養補償給付がない
- 健康保険による傷病手当金が支給されない
- 産前産後の出産手当金と育児休業期間中の育児休業給付金が支給されない
- 厚生年金に加入できないために老後の公的年金支給額が低い
正社員の場合、病気やケガでの療養中は休業補償を受け取れるし、育児休業給付金、出産一時金もあり、退職後は国民年金に加えて、月額10万円程度の厚生年金が上乗せされる。
フリーランスと労働者の間には、社会保障上の大きな格差が生じている。
競走過多で収入減も
フリーランスへの憧れが高まる風潮があるが、本当にベストな選択なのか。
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最初は副業でギグワーカーを始める人も多いだろうが、そのうち仕事の自由さと短期的な報酬の高さに魅力を感じて専業に転じる人も少なくない。
しかし、いくら仕事の熟練度が高まっても個人で請け負う能力には限界があり、それ以上の収入も望めない。しかもアプリを通じて受注する競争相手が増えれば収入減につながる可能性もある。
にもかかわらず、今後コロナ禍の在宅勤務の増加を契機に、フリーランスが増えていくと予想する識者も少なくない。
東京大学の近藤絢子教授は「様々な業務が出社せずにこなせるようになると外注もしやすくなるので、フリーランスへの業務委託が増えていく可能性が高い」と指摘している(日本経済新聞、6月10日付)。
リモートワークで完結する仕事が増えれば、労働者を雇うことなくフリーランスとの契約に切り替える企業が増えるという見立てだ。
一方で、企業によっては全面的な在宅勤務に切り替える動きもある。今年4月にIT企業に入社し、在宅勤務中の新入社員から東京労働相談センターにこんな相談があった。
「社長からメールがあり、事務所の賃貸料も定期代も必要ないから事務所を閉鎖し、全部テレワークに切り替えるという内容だった。いきなり在宅勤務と言われても困る。どうすればよいか」
同センターの柴田和啓所長は「在宅勤務させることのうま味を知った経営者も少なくない。さらにこれが進むと、極端に言うと雇用しない。つまり社会保険料を支払わないで済む個人請け負いに全面的に移行する経営者も出てくるかもしれない」と危惧する。
社員を労働者として雇用するのではなく、個人事業主として業務委託契約を結び、雇用者責任を免れる企業が出てくる可能性もあるという。
ギグワーカー巡る法規制論議も
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1990年代後半以降、賃金の高い正社員から安い非正規社員に置き換える動きが加速し、今では非正規社員は労働者の4割に達している。
そして、次は労働者からフリーランスに置き換える動きが始まる可能性もある。
実はこうした動きは世界中で加速しており、同時に、ギグワーカーを含めたフリーランスを法律などで保護する動きも広がっている。1つは労働者の概念を広げてフリーランスの一部を保護しようというもの。もう1つは経済法による保護だ。
2020年1月1日、米カリフォルニア州でギグワーカーの生活を保障するギグワーク法(AB5法)が施行された。
最大のポイントは、ギグワーカーなどが一定の基準を満たし、独立した個人事業主ではなく従業員と見なされれば、カリフォルニア州の最低賃金、残業代など賃金の保護を受け、病気休暇、失業手当のほか、労災補償給付などを受け取れる。
その基準はABCテストと呼ばれ、プラットフォーマーが使っているギグワーカーが個人事業主であると主張するためには以下の3つを立証しなければならない。
A.ワーカーは契約上かつ実際、仕事の遂行について会社の指揮命令を受けない
B.ワーカーは会社の通常業務外の業務を遂行する
C.ワーカーは会社のために行う業務と同質のビジネスを独立して行っている
逆に言えば、ワーカーが会社からアプリなどで業務の指示を受けており、しかも担当する仕事が会社の中核のビジネスであり、かつワーカーが法人化しているなど独立した事業者でなければ、労働者と見なす。
業務委託契約を結び、形式的には個人事業主であっても、就業実態を見て労働者の権利を与えようというものだ。この法律はウーバーやリフトなどのプラットフォーマーを標的にしたものだ。
ウーバーのドライバーは「労働者」
フランスのウーバーイーツ配達人たち。
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一方、フランスでは2020年3月、最高裁判所がウーバーの運転手は独立した事業主ではなく「労働者」であるとの判決を下した。
フランスでは労働者の定義を「使用従属」の関係にあること、つまり指揮命令を受けているかどうかを判断基準にしている。具体的には「指示があるか」「コントロールされているか」「制裁の権限があるか」という3つの要素で判断している。
それに対して日本ではどうか。労働基準法上の労働者の範囲は「事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」(労基法9条)という規定がある。「使用従属性」つまり「指揮監督下の労働」という労務提供の形態と「賃金支払い」という報酬の労務対償性などによって判断される。
しかし、フランスと同じ「指揮命令」でも日本の「指揮監督下の労働」は、(1)仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由がない(2)業務遂行上の指揮監督がある(3)拘束性がある(4)代替性がない ——という要件をクリアしなくてはならない。
カリフォルニア州のギグワーク法やフランスの労働者に比べて厳格であり、今のところ労働者として認められる余地は極めて少ない。
ギグワーカーは労働者ではないままでいいのか?
7月3日、政府は「成長戦略実行計画案」に「フリーランスの環境整備」を盛り込んだ。
フリーランスが業務委託契約などで不利益を被らないように独禁法など経済法の周知を含めたガイドラインの策定と、現在一部の職種が加入できる労災保険の特別加入の対象拡大の検討などが盛り込まれている。
しかし、労基法上の労働者については、「雇用に該当する場合は、契約形態にかかわらず労働関係法令が適用されることを明確化する」という表現にとどまり、欧米のように労働者の定義を広げることは想定していないようだ。
日本でも今後、ギグワーカーなどフリーランスが増大するのは間違いないだろう。正社員と非正規社員の格差の二極化を招いた失敗を繰り返さないためにも法的保護や、制度的保障の充実を急ぐべきだろう。
(文・溝上憲文)