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前回は、「マネジメントレベルを上げる」ということの意味についてお話しました。「マネジメントができる≒チームで成果を出せる」と考えた場合、そのスキルレベルは2つの軸の面積として表現することができます。
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横軸は、前回お話しした「PE:People Empowerment」、すなわち「自分も含めた人にやる気を出せる能力」。そして縦軸は「PM:Project Management」、こちらは「仕事を進める能力」。今回はこのPMについて詳しく掘り下げていくことにしましょう。
生まれながらのマネジャーはいない
チームで仕事を進めるうえで必要になるスキルを一言で言い表すとすれば、「プロジェクトをマネジメントする」スキルです。ここで、「プロジェクト」と「マネジメント」という言葉の意味合いを確認しておきましょう。
「プロジェクト」と聞くと、多くの人は組織横断で編成されたチームが期間限定で取り組む大規模なものをイメージするかもしれません。しかし、ここで言うプロジェクトはもっと広義の意味。1人で営業活動をすることもプロジェクトなら、3人のチームで1カ月の店舗売上を達成することも、組織横断で顧客満足度を向上させる取り組みも、すべての仕事はプロジェクトと言えます。
ではもう一方の「マネジメント」の意味はというと、前回もお話ししたように「さまざまな状況、環境、課題がある中で、何とか望ましい状況を実現すること」。
つまりプロジェクトマネジメントのスキル(以降「PM力」)とは、あらゆる仕事を何とか望ましい状況に進めるスキルを指します。
世のビジネスパーソンを見ていると、自己流でプロジェクトマネジメントを行っている人が殊の外多く見受けられます。しかしそのような人と仕事をすると、残念なことにプロジェクトが「何とか望ましい状況に進む」ことはめったにありません。なぜか。
生まれながらのリーダーは存在しますが、生まれながらのマネジャーは存在しません。PM力は習得する必要があるのです。学びさえすれば誰でも習得できますが、それをせずに我流でマネジャーをやろうと思うと、うまく成果を出せない人も少なくないのです。
我流ではなかなかうまく成果を出せないことも。
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では、そのPM力とは具体的にどんな能力を指すのでしょうか? PM力を本格的に身につけるのであれば、PMBOK(※注)を学ぶという手もあるでしょう。ただしもっと手軽に、しかも本質を習得したいのであれば、お勧めの方法があります。それが、本連載の第4回でもご紹介した「G-POP(ジーポップ)」です。
※注 PMBOK(Project Management Body of Knowledge:プロジェクトマネジメント知識体系。読みは「ピンボック」)とは、立ち上げ、計画、実行、監視・コントロール、終結(と振り返り)という5つのプロセス。これを知っているとプロジェクトをうまく進められるようになります。
PM力を高めるG-POP
G-POPとは、ハイパフォーマー(仕事ができる人)の仕事の仕方と多数のビジネス書籍のエッセンスを、私が独自にまとめた方法論です。連載第4回をまだお読みでない方のために簡単に説明しておくと、ハイパフォーマーは4つのポイントを意識して仕事で成果を挙げています。
- G(Goal):ゴール
- P(Pre):事前準備(現状把握→解釈)
- O(On):実行
- P(Post):振り返り
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ハイパフォーマーたちの仕事の進め方に共通しているのは、常にゴールを意識し、事前準備に時間を使い、臨機応変に変化し、終了直後に振り返りを行って次回以降に生かす……という好循環が生まれていること。
逆に、成果を出せない人は、ゴールを確認せずに仕事をする、準備もしないまま直ちに着手して手戻りを発生させる、決めたことに執着して臨機応変に対処しない、振り返りをしないので何度も同じ失敗をする、という悪循環に陥りやすいのです。
こうした悪循環を避けるために、以降ではG-POPでおさえるべきポイントをお話ししましょう。
「ゴール」を意識する
ゴールを意識することの大切さは、何も大規模プロジェクトに限ったことではなく、あらゆる仕事について当てはまります。
例えば、会議のことを考えてみましょう。一般的に、会議のゴールは次の4つに分類できます。
- 発散(多くの意見を集める)
- 収束(意見をまとめる)
- 決議(何かを決める)
- 報告(関係者に伝える)
同じ会議でも、ゴールが1〜4のどれかによって参加者が必要な事前準備は異なります。「発散」が目的なら、例えば事前に会議に参加しないメンバーとブレーンストーミングをして多くのアイデアを出しておいたほうがいいかもしれません。「決議」が目的なら、選択肢を確認して自分の意見と疑問点をまとめておく必要があるかもしれません。
事前準備の精度が高ければ、会議はもっと生産的な時間になる。
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試しにあなたも、会議の冒頭で「この会議のゴールは何ですか?」と聞いてみてください。実際にこれをやると、ゴールの共有ができていないままに(あるいは「きっとこういうことだろう」というそれぞれの勝手な解釈のもとに)行われている会議の多さに気づくはずです。
船の航海に例えれば、これは乗組員によって目指している目的地がバラバラということ。これではうまく航海ができるわけがありません。
ではどうしたらいいのか。まず、あなた自身がゴールを意識して仕事ができているかをチェックしてみましょう。会議に限らず、仕事に着手する前に、次の質問について考えてみてください。
- あなたが今やっている仕事のゴールは何ですか?
- その仕事に発注者がいた場合、発注者とあなたのゴールは同じであることを確認していますか?
- その仕事をチームで実施している場合、チームメンバーとゴールを確認していますか?
この3つの質問に対してすべてYesと答えられて初めて、あなたはG-POPの「G」を意識できていると言えます。
30分の「Pre(事前準備)」がその後の成果を左右する
先日、大手戦略コンサルティングファームの社長と話をする機会がありました。彼はメンバーに仕事を依頼する際に、次のような手順で仕事の内容を確認するそうです。
- メンバーに仕事を依頼する
- メンバーに30分間時間を与え、どのように仕事を進めるかを考えてもらう
- その直後に30分間取って、仕事の進め方を確認し、必要に応じて修正する
戦略コンサルティングファームの仕事では、2週間に1度程度の頻度で依頼先のキーパーソンに報告を行うことがよくあります。もしもメンバーに依頼した仕事内容をろくに確認せず、何日か経った後で軌道修正が必要だと発覚したとしたらどうでしょう。プロジェクトに大きなダメージがあることは言うまでもありませんが、メンバーたちのモチベーションも下がってしまいます。
こうした事態を避けるためにも、「Pre(事前準備)」は大切なのです。先の社長からこの話を聞いて以降、私も仕のパートナーに上記の手順で確認するようにしたところ、たった30分で大きな効果があることを実感しました。
再び「会議」を例にとりましょう。あなたが会議の責任者であれば、下図のようにアジェンダと会議の種類と時間を明記して関係者に資料とともに共有しておくのが最低限のPre(事前準備)に当たります。
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会議の事前準備を最大限に活用する方法については、以下の2つの記事でもまとめていますので、参考にしてみてください。
なお、私がリクルート在職時に担当していたリクルートテクノロジーズ(リクルートグループのシステム開発を担当する組織)では、G-POPの「G-P(ゴール事前準備)」を検討していないプロジェクトは議論しないというルールがありました。次の3つの資料があらかじめ準備されていなければ、役員会での議論の対象にならないのです。
- 【何をするのか】ゴール、品質、コスト、納期の優先順位付け
- 【誰がするのか】体制図
- 【いつまでにどのようにするのか】スケジュール
難易度の高いプロジェクトであるほど、立ち上げ時点ですべてが決まっていないことも少なくありません。しかし、何が決まっていて何が決まっていないのかを明確にするだけでも意味があります。
この3つの資料が準備されている場合のみ各役員からアドバイスや質問が出るというルールにしたところ、役員会に上がるG-Pレベルはどんどん上がっていきました。
On(実行)では「兆し」にいち早く気づく仕組みを
準備が整ったら、次はいよいよ「On(実行)」のフェーズ。Pre(事前準備)に十分な時間をかけて最善の仮説ができていれば、自信を持って実行することができます。
しかし、想定外のことが起きて修正が必要になることも少なくありません。そこで実行フェーズでのポイントは、想定外の出来事が実際に起きる前の「兆し」の段階でそれに気づけるようにしておくことです。
定期的にレポーティングすることをルール化しておくと「兆し」に気づきやすくなる。
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そのためには、誰に、どのような頻度で、どのような内容を報告するのかを決めておくとよいでしょう。
- 誰に:上司、発注者、チームメンバー
- どのような頻度で:毎日、毎週、隔週、毎月
- どのような内容を:悪い兆し、良い兆し、トピックス
私は毎週、関係者に対して「悪い兆し」「良い兆し」「トピックス」を共有しながら実行・修正することをお勧めしています。
悪いことではなく、実際に実行している実務者だからこそ気づける「兆し」を関係者に共有し、必要に応じて善後策を検討・修正することで、ミッションを確実に進めることができるのです。
「振り返り」で学びにつなげる
最後に「Post(振り返り)」の際のポイントについても触れておきましょう。振り返りには2種類の方法があります。
(1)プロジェクトごとの振り返り
1つ目はプロジェクトごとの振り返り。例えばあなたが会議主催者であれば、会議終了直後に振り返りを実施するということです。
日本の企業では、振り返りというと悪い箇所を見つけることに焦点を当てるケースが多いようですが、私がお勧めするのは“Good & Better”での振り返りです。
Goodは良かったポイント、Betterはより良くするための方法。この2点で整理し、次回の会議などに活かすと、会議の内容がどんどん良くなります。
(2)定期的な振り返り
2つ目の「定期的な振り返り」とは、毎日、毎週、隔週、毎月など定期に行う振り返りのこと。近年、システム開発の現場で主流になってきているアジャイル開発などでは、2週間など一定のサイクル(スプリントと呼びます)で振り返りを行っています。
お勧めは、私が主宰する経営塾でも採用している「週」サイクル。毎週〇曜日の〇時に振り返りを行うと決めると、習慣になりやすいのです。
振り返りを定期的に実施すると、セルフマネジメントの効果が期待できます。これを継続すれば仕事の速度が上がり、抜け漏れダブりが減り、仕事の生産性と成果がどんどん上がっていきます。
以上、前回からの2回にわたって「チームで成果を出すために必要なスキル」についてお話ししてきました。
前回もお話ししたように、人はやりたいことをやっている時により多くの成果を上げます。そこでPE(People Empowerment)スキルにより、自分を含めたメンバーの「やりたいこと」と「できること」を把握し、それに基づいて仕事を割り振ります。そして今回紹介したPM(Project Management)スキルを活用して、仕事を計画的に遂行する——こうすることで、チームの生産性は大幅に向上します。
もちろんPEもPMも“万能薬”ではありませんが、「人が能力を発揮するかどうかが成果に影響を及ぼす」タイプの仕事ではかなりの確率で活用できます。あなたもぜひ一度、我流を抜け出して習得されることをお勧めします。
中尾隆一郎:中尾マネジメント研究所代表取締役社長。1989年大阪大学大学院工学研究科修了。リクルート入社。リクルート住まいカンパニー執行役員(事業開発担当)、リクルートテクノロジーズ社長、リクルートワークス研究所副所長などを経て、2019年より現職。株式会社「旅工房」社外取締役、株式会社「LIFULL」社外取締役も兼任。