撮影:鈴木愛子
コロナショックによる「在宅シフト」で、会社と個人の関係や働き方が問われている。経営・マネージメント層に、新たに気づいた課題を聞く。最終回は、東急不動産でコロナ対策にあたった亀島成幸執行役員。
同社は2019年8月に青山から本拠地の渋谷に本社を移転した。亀島さんは本社移転の担当役員でもある。 検討開始から移転まで2年半。
渋谷・道玄坂の超高層ビル「渋谷ソラスタ」に入るそのオフィスの狙いは、「いつでもどこでも誰とでも働ける時代に、あえて行きたくなるオフィス」だ。
コロナでリモートワークの快適さを経験。世間には、「もとの働き方に戻りたくない」という人も少なくない。同社の狙い通り「それでもオフィスに行きたい」社員が本当にいるのか?
危機管理担当役員は毎日出社
グループ会社の社員なら誰でも使える「COLABO!」スペース。机を六角形にすることも可能。自由な形に並べることで、上座・下座のない対等な関係でコミュニケーションを促す。
撮影:鈴木愛子
3月25日の東京都知事の週末の外出自粛要請の会見を受けて、27日から原則在宅勤務を続けていました。6月からは出社率を最大50%までに抑えつつ、出社を再開しています。
ただ私自身は危機管理担当の役員なので、自粛期間中も毎日出社し、情報収集と対応をしていました。ほかに出社していたのはどうしてもオフィスでの仕事が必要な財務・経理担当者と危機管理担当の幹部などです。
部下はほとんどがリモートワークなので「亀島さん、会社どうですか?」とパソコンの画面越しに聞かれたりすると「えー?見てみなよ。誰もいないよー」なんて、すっかり静かになったオフィスから、独り答えたりしていました(笑)。
本社のあるこの渋谷ソラスタのオフィスには、昨年8月に移転しました。コロナが感染拡大し始めた時は、移転から半年も経っていませんでした。
でも、コロナが移転前のことだったら、どうなっていたか……。というのも、このオフィスはいわば「自由と自律」の両立を目指し、社員のリモートワークにも適応しやすいよう、あらかじめ作られたオフィスだったからです。
オフィスの中でも外でも、いつでもどこでも誰とでも自由に働ける。「アクティブ・ベースド・ワーキング(ABW)」をコンセプトにしています。移転の際は、これにあわせて制度やオフィスのレイアウト、設備を整えてきました。
子育て中の社員や親の介護をしている人は在宅勤務(家からのリモートワーク )が可能でしたが、それ以外の人もシェアオフィスなどからであればリモートワークができる制度を導入。ノートPCは全員に持たせる。 社内外とのテレカンファレンスの設備も完備しました。
オフィスでは創造性を発揮してほしい
ビル屋上のスカイテラス。天気の良い日はここでランチを食べる社員も。渋谷の街を一望できる。
提供:東急不動産
東急不動産は現在、従業員数804人(2020年4月1日時点)ですが、 オフィス移転にあわせてやってきたことのおかげで、それなりの人数を抱える会社としてはフルリモートへの移行はかなりスムーズだったのではないかと思います。
もちろん一切問題がなかったわけではないですけれどもね。
出社再開も比較的スムーズでした。このオフィスは、「いつでもどこでも誰とでも仕事ができる。同時に、(仕事効率が上がるので)あえて行きたくなるオフィス」を目指して作られてもいます。
リモートもできますが、ひとたび会社に来たら、活発なコミュニケーションをし、創造性を発揮してもらいたい。
そのために、自由に席を選べるフリーアドレス制にする。偶発的な出会いを促すべく、一部のグループ会社も同じビルに入居。さらにグループ社員全員が自由に使って交流できるスペースも設けました。
今は感染者が出た場合に濃厚接触者を追跡しなくてはいけないので、フリーアドレスは一時的にやめています。でも、自席を離れてちょっとリラックスしたり、逆に個別に集中できるスペースもあります。
自社内はどこでもWiFiにつながり、“社内リモートワーク”はできるので、席に縛り付けられたり、密になったりを今のところ、思った以上に避けることができています。
出社したい社員の理由「コミュニケーション取りづらい」
移転後のオフィスを歩くと、仕事の合間に、束の間の癒しを与えてくれるような工夫が施されている。
撮影:鈴木愛子
実際に、オフィスで仕事をするのと家でリモートワークをするのとでは、それなりに環境や仕事効率に落差が大きかったようです。先日、社員にアンケートをとったら、想定していたよりも「出社したい」という人が多く、ちょっと驚きました。
アフターコロナやウィズコロナの我々のビル事業のあり方を探る意図もあって、 東急不動産の都市開発を担当する部署で、社員550人ほどにアンケートをとったのですが、8割以上が週に2〜3日は出社したいと答えました。さらに「なぜ出社したいのか」と聞くと、そのうちの6割以上がコミュニケーションを取りにくかったと言っています。
ペーパーレスも進めていました。「もう少しリモートワークが浸透してほしいな」と思っていたところにコロナが来た。
ワーキングマザーやファーザーに心おきなく活躍してもらうべく、リモートワークを活用してもらいたい。でも、リモートワークをしたくてもまだ上長の顔色をうかがってしまうところがあった。それがコロナで図らずも一気に浸透しました。
実は、コロナと全く関係なく、リモートワークへの理解を深める目的で、若手の発案で 「テレワークの手引き」をちょうど作成中でもあったんですよ。
在宅勤務にシフトするにあたって、これを全社員に配りました。初めての人は、いきなりやれと言われても戸惑いますからね。 これも本当に偶然でしたが、結果として ちょうどいいタイミングでした。
若手が率先したフルリモート
「オンラインでの1on1のポイント」は、若手が率先して発案してくれたと話す、亀島氏。
撮影:鈴木愛子
ほかにも、 「オンラインでの1on1のポイント」も若手が研修として率先してまとめてくれました。 四半期に1回、評価で1on1を採用しているのですが、1on1もリモートになると、全員オンラインでやることになります。
「オンラインだと1on1もちょっと勝手が違ってくるよね?」 ということで、若手が発案してくれた。
ここでいう若手とは、どちらもグリーンフラッグプロジェクトのメンバーです。このプロジェクトは 「若い社員が考えたことを積極的にどんどんやっていこう 」 という目的でメンバーが集まったものです。
フルリモートへの移行がスムースだったのは、若手のこうした活躍のおかげもありました。
経営会議や取締役会はちょっと苦労しましたね。オンラインでもリアルでも実施しましたが、人数が多い。オフィスで行う時は、別々の部屋で3密を避けながら、それぞれZoomに入って会議するという方法をとりました。
社外取締役にはできるだけ、来るのを控えていただく。そのため、事前の資料提供や説明はかなり丁寧にする必要はありました。
「ミュートになっていますよ」
一部制限が解除されてからは、アクリル板を立てて会議をしたり、席を1つ空けて座るなどで対応しています。役員がZoomを操作できたか、ですか?
まぁ、秘書がいますので(笑)。というのはさておき、大丈夫だったと思いますよ。たまに、「ミュートになっていますよ」みたいなことはありましたけれど。
私はホールディングスの役員も兼ねています。 大きな基本軸に関すること以外は基本グループの各社に任せていますが、(不動産仲介業の)東急リバブルなど接客の多い社の従業員はお客様ともに感染を防ぐため、かなり早い段階で店を閉めました。
東急リバブル もリモートにうまく対応していたのではないかと思います。 顧客対応含め、どこからでも安心して仕事ができるよう、諸々をすべてクラウドに集約。PCは全てVDI(仮想デスクトップ)のため、端末上にデータは残りません。セキュリティー対策を徹底しながら家でのリモートも問題なくできていた 。
もともとコミュニケーションの活性化や顧客の利便性を考えて作っていたシステムがこの段になって非常に効いた。物件の相談・内見もすでにオンラインでも行っています。
新オフィスは「ベストかもしれない」
東急不動産の社内アンケートでは、コロナ後も、8割以上が「週に2、3回は出社したい」と回答したという。
撮影:鈴木愛子
本来、当社では、 前述したように 、シェアオフィスなどからのリモートワークは認めていましたが、家からのリモートワークつまり在宅勤務は、育児や介護の事情がある人以外は認めていませんでした。(新型コロナ以降の)今は誰でも利用していいということになっています。コロナがおさまっても続けるかはまだ未定です。
多くの企業の動きも様々ですよね。報道を拝見したところ、日立製作所さんのように在宅勤務を標準にすることにしたところもあれば、逆に伊藤忠商事さんのように原則、出社の通常勤務に戻した会社もある。
しかし、うちでは今のオフィスのコンセプトやシステムが「我々にとってはやはりベストに近いものだったのかもしれないね」という話を現段階ではしています。
企業が時代に適応した新しい価値を提供していくには、コミュニケーションの活性化によるチームワークの強化とクリエイティビティーの発揮と信頼関係の構築、これが必須です。
この3つに基づいてオフィスも働き方も組み立てて行くという価値観はコロナを経ても変わらないかなとは思っています。
コロナに関する事業への影響については、まず我々はグループ全体で都心4区を中心に約60棟を保有し、賃貸ビル業を行っています。感染者が出た場合は「テナントへの情報開示の徹底」と「迅速な消毒の実施」を柱にして対策をしています 。
(これら対策は)今も続いていますが、ピーク時は尋常ではない緊張感がやはりありました。
感染症の想定はできていなかった反省ある
青山の旧オフィスの執務室の様子。現在と大きく違う。
提供:東急不動産
BCP(事業継続計画)はルールも含めて、きちんと作っていると自負していました。しかし、感染症に対しての BCPができていなかったことは非常に反省すべき点であると考えています。
実際に経験して分かったことですが、地震などの災害とはやはり違う。大地震の場合は、ドンと1回大きく起きて事業が止まる。そこからいかに事業を止めずに継続し復活させていくか。これが基本動作です。感染症の場合は違います。
状況に合わせて、事業をどんどん縮小し、最後は止める。一方で、絶対に止められない事業もあるので、バックアッププランをどんどん立ち上げ、どこかが倒れても、また次を立ち上げるとやっていかなければならない。
コロナの影響で、2021年3月期の減収減益の見通しはすでに発表していますが、ここからどう展開していくか。やはり発想の転換が必要と思います。
入社2年目の社員を対象に、部門を横断した先輩と後輩をつなげる制度「ナナメンター」がある。実際に執務フロアも内階段でつながっていて、部門の行き来がしやすい。ガラス越しに中の様子もわかる。
提供:東急不動産
本来、人や物の動きが活発なところが不動産業としては中心になるわけですが、一部、都会を離れ、本社を分散させるような動きも世の中では出てきている。ソーシャルディスタンシングをとれる、ゆったりとしたオフィスを必要とする会社も多いかもしれない。
我々は都市開発を行うわけですが、自然と都市の共生などもより求められています。世の中はどういう方向性を必要とするのか。我々は何を提案すべきか。アンテナを高くして、ビルの使い方、オフィスのあり方を社内外でヒアリングなどしているところです。
人々の日々の生活が一変しています。まったくこれまでと同じとはいかないと思いますから。
※取材、撮影時は全員マスクを着用
(文・三木いずみ、写真・鈴木愛子)
亀島成幸:東急不動産株式会社 執行役員(総務部・人事部・法務部・IT戦略部担当)。1990年、東急不動産入社。入社後、鑑定業務、住宅開発・製造・販売業務、マンションブランド「BRANZ」のリブランディングなど住宅関連の業務に従事した後、住宅事業ユニットのラインスタッフ部門の責任者を経験。その後、2017年より現職である総務部や人事部などの担当役員を務める。直近では、本社移転プロジェクト(2019年8月移転完了)を担当役員として指揮し、社員の働きやすい環境整備に取り組む。