世界最速ペースで少子高齢化が進み、国内市場がシュリンクする日本。海外企業の買収など直接投資は今後どう変化していくのか。
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前回の寄稿では、日本が抱える巨額の対外純資産の構造が、過去20年の間に大きく変わったことを指摘し、それがコロナショックのもとで「リスクオフの円買い」を阻む一因になっていると論じた。
対外純資産の構造変化を具体的にみると、その内訳に着目したとき、2000~2010年の平均では、証券投資が41.6%、直接投資は18.0%と、圧倒的に証券投資が大きかった。ところが、2011~19年の平均では、証券投資は32.8%、直接投資は35.8%と両者の比率が逆転している。
直接投資とは、日本企業による海外企業買収もしくはクロスボーダーM&A(国際間での企業合併・買収)を指す。
2019年末時点では、直接投資が46.4%と過去最高を記録する一方、証券投資は29.3%にとどまっている。
リスク回避ムードが強まったとき、「外国債券(外貨)を手放して、円建て資産に戻す」という動きはあっても、「(直接投資で)買収した外国企業を手放して、円建て資産に戻す」という動きは想像しにくい。「リスクオフの円買い」が弱まったのはそうした変化の影響と考えられる。
さて、そうやって増加を続けてきた直接投資だが、今後も増え続けるのだろうか。
コロナショックを経て懸念されるのは、ここまで行われてきた直接投資が国内に回帰する(=買収した海外企業の一部ないし全部を手放す)可能性、それに加えて新たな直接投資が行われなくなる可能性だ。
対外直接投資残高は20年間で6倍以上に
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一般的に、直接投資は以下の2種類に大別される。
- 投資先国に新たな単独法人や合併法人、子会社などを設立する形態(グリーンフィールド投資)
- 投資先国企業の買収や株式取得・交換を通じた提携を行うもの(M&A投資)
近年のトレンドをけん引しているのは2.の海外企業買収の動きだ。
「世界最速ペースで進む少子高齢化」という構造的要因が、日本企業の海外企業買収への意欲をけん引してきたとみていいだろう。
人口が減少すれば、企業が収益をあげるべき市場そのものが縮小する。だからこそ、違う国に投資をして「市場を買う」、もしくは海外企業を買収することで「時間を買う」わけだ。
そうした構造的要因の帰結だとすれば、直接投資の増加基調はすぐには変わりようがない、というのが自然な見方ではないか。
数字で確認しておくと、対外直接投資残高は2000年末の約32兆円から、2019年末の約203兆円へと、6倍以上にふくらんでいる。対内直接投資残高とネットアウト(差し引き)してみても、2000年末の約26兆円から2019年末の約169兆円へと、やはり6倍以上にふくらんでいる。
ここまで積み上がった直接投資残高が取り崩されるとしたら、円高要因として確かに脅威といえる。
実際、コロナショックを受けて、これまで実施した対外直接投資を解消して現金化しようという日本の大手企業の動きも報じられている。
現金化された直接投資の全部もしくは一部がどれほど円貨として国内回帰してくるのかはわからないため、為替への影響は未知数だが、どちらかと言えば円高材料であることは確かだろう。
もう証券投資は儲からない
筆者は今後も直接投資の増勢は続くのではないかと考えている。
前節で直接投資が増えてきた要因に言及したが、煎じ詰めれば「直接投資がいちばん儲かる(見込みがある)」から増えてきた、と言い換えられるだろう。
国際収支統計から試算した直接投資と証券投資の収益率格差(直接投資-証券投資)をみると、やはり2000年以降、直接投資の収益率が証券投資のそれに肉薄し、2000年代半ばには明確に逆転、2010年以降にその格差が拡大していったことがわかる【図表1】。
【図表1】直接投資と証券投資の収益率格差 (直接投資-証券投資)。
出典:INDB資料より筆者作成
そう考えると、日本の対外純資産の主体が、対外証券投資から対外直接投資に切り替わってきたのは、シンプルに「そのほうが儲かるから」という判断があったと理解していいのではないか。
一方の現実として、「コロナショックはグローバル化を巻き戻すきっかけになる」との見方も出始めており、これまでのように毎年毎年、巨額の直接投資案件が飛び出してくるような状況はさすがに続かないかもしれない。
また、新型コロナの収束状況によっては、自社の財務状況を懸念する意図から、これまで実施した直接投資を取り崩す動きが出てくる可能性も否めない。
さらに、コロナショックに対応するために各国政府がなりふり構わない対応策を打ち込んだ結果、金利は世界的にいちだんと低下し、証券投資の妙味はさらに薄れている。
また、前節のくり返しにはなるが、日本の市場が少子高齢化によって縮小していく未来が確実にみえている以上、日本企業の戦略として、やはり国内での雇用や設備投資より直接投資に活路を見出していく路線は大きく変わり得ないように思える。
【図表2】直接投資収益率の比較 (過去10年平均、10~19年)。
出典:日本銀行資料より筆者作成
上の【図表2】に示したように、国・地域別にみると、中国やASEANなどアジアにおける収益率が欧米よりも高いという現実が、直近10年間の傾向としてある。
その上で、コロナショックが欧米を中心に大きな犠牲を出したことを踏まえれば、「アジアを中心に直接投資を伸ばし、収益の上積みを狙う」という従前の戦略は、日本企業にとってこれからも魅力的な選択肢として残るのではないか。
日本企業の待機資金は依然として豊富
もちろん、直接投資が今後も実行され続けるためには、相応の余裕資金が必要だ。
その点、日本企業の待機資金(内部留保)が豊富なことは、批判的な意味合いを込めつつ、ことあるごとに指摘されてきた。
依然として日本企業の抱える現預金は過去最高水準にあり【図表3】、海外投資を制約するような財務環境にはないように見受けられる。
【図表3】日本企業(金融保険業除く全規模・全産業)の現預金。
出典:財務省資料より筆者作成
財務省「法人企業統計」によれば、日本企業の現預金は約206兆円(2020年3月末時点)で過去最高を更新している。
だからといって、今後も直接投資の増加基調を維持できるとは断言できない。程度の差こそあれ、コロナショックを経て各社の財務環境は相当傷んでいると予想され、当面の間は大きな対外投資は期待できないと考えるのが自然だ。
感染拡大の第二波、第三波の到来を警戒する声は多く、何もかもが不透明な足もとの状況を考えれば、少なくとも、大きな対外投資に打って出ようという企業は当面、その意欲を抑えることになるだろう。
ただ、体力に余裕があり、判断の早い企業にとっては、アフターコロナは海外企業の買収をしかける好機とも映るのではないか。
いずれにしても、「過去20年間で積み上がった直接投資が巻き戻され、円高圧力が増大する」「もう直接投資が出てくることはなく、そのため円安圧力は和らぐ(円高圧力が増大する」といった展開に至る可能性は、すでに指摘した少子高齢化をはじめとする日本の構造的問題を考えれば考えるほど、大きなものではないように思えてくる。
また、日本固有の要因に加え、アフターコロナの世界でマクロ経済全体のパイが小さくなってくるのだとすれば、そこで戦える企業の数もしぼられてくるだろう。そうした市場の変化に合わせて、よりいっそうの合従連衡が必要とされるようになる可能性もある。海外企業の買収や合併は、そんな時流に合わせて増勢を維持することになるかもしれない。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
(文・唐鎌大輔)
唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。