なぜ小池百合子は男社会に利用されなかったのか。働く女性の30年と重ね、『女帝』筆者・石井妙子さんが語る

東京都の新型コロナウイルス対策、東京五輪への対応、そして今後の首都東京の舵取りをどうしていくのか、が問われた東京都知事選は、現職の小池百合子都知事の圧勝に終わった。

一方、都知事選直前に出版され、小池氏の政治家としての資質を厳しく追及している『女帝 小池百合子』は20万部ものベストセラーになっている。著者の石井妙子さんはこの「小池再選」をどう見ているのか。Business Insider Japan統括編集長の浜田敬子が聞いた。

石井さん著「女帝小池百合子」の表紙

都知事選の直前に出版された、石井妙子さん著の「女帝小池百合子」は20万部を突破し話題となった。

撮影:今村拓馬

——都知事選が終わって小池百合子さんが再選しました。石井さん、今率直にどう感じていらっしゃいますか?

石井:再選は予想していました。自民党が対抗馬を立てず、野党の足並みもそろっていたとは言えませんでしたから。

一番問題だと感じたのは結果そのものよりも報道の在り方でした。今回の選挙ではテレビ討論が放送されなかった。小池さんが消極的な姿勢を示したからです。小池さんが出演しないのでは意味がないとテレビ局が判断し、討論会自体が開かれなくなってしまった。

さらに小池さんは、コロナを理由に街頭演説もしなかった。すると、他候補の街頭演説もほとんどテレビで報じられなくなってしまった。現役の都知事にメディアが忖度しているとしか思えません。それでいて、小池さんは毎日、新型コロナウイルスに関連して会見に応じ、その姿はテレビに映し出される。不公平です。

もっと投票日前に候補者の政策や人となりや問題点を整理して都民に示すような報道をしていれば、と思います。政治家の人間性、思想信条、政治的手腕を都民が「知った」上で判断を下せるような状況を作らないと、何も情報がないままで、なんとなく知った顔を選ぶことになってしまう。

——それにしても『女帝 小池百合子』、20万部とは。書籍、特にノンフィクションが売れない時代になぜこれだけ売れたと思われますか?

石井:初版は3万部でそれすら売り切れるかどうか、と心配していたんです。ノンフィクションは売れない、特に政治家の評伝は売れない、分厚い本も売れないと言われて。本当に読んでもらえるのだろうか、という不安がありました。大量に売れ残ってしまったら、どうしよう。自分自身でリヤカーに乗せて売ろうかな、などと冗談で話していたくらいで。

でも本が出た途端に、みなさんが感想をSNSなどにあげてくださって、自然と売れていったというか。それが意外だったし、嬉しいことでした。いつも思うのは、作品は作者のものではなく、また作者が一番理解しているわけでもないということ。より深く理解してくれる読者に恵まれたことが嬉しかったです。

学歴詐称問題が注目されがちなのですが、読者からの感想はもっと幅が広くて、小池さんがどういう人物であるかを考えるきっかけになった、小池さんを生み出したのは自分たちも含めた「平成」という時代だったのではないか、といった意見多かったです。

「だって女だから」とメディアも検証してこなかった

石井妙子さん

石井妙子さん。『女帝』のあとがきで、ノンフィクション作家は書くことと書かぬことの2つの罪を背負っていると書いた。

撮影:今村拓馬

——私も平成という時代を女性という視点で描いた点、そして平成の政治史を1人の女性政治家から振り返っていた点が非常に面白かったです。同時に、この時代にコネも学歴も持っていない女性がのし上がっていく時のある種の悲しさも感じました。

一旦は「希望の党」の失敗で政治的には「終わった」と思われていた小池さんが、コロナで息を吹き返した様子を、石井さんはどういう思いで見ていらっしゃいましたか?

石井:やっぱりこうなったか、と思いました。3年半かけて彼女のことをずっと調べて、考え方や行動のパターンがわかってくると、次はこうするだろうと予想がつくようになる。コロナを自分にとって政治的に有利になるように利用するだろうなとは感じていたのですが、その通りでした。それに対する世間の評価も予想通り。彼女自身も、社会もまた変わっていないなと思います。

——『女帝』を読むと、小池さんには、危機の際は本質的でない部分でキャッチフレーズを作って国民の目を逸らせる、または仮想敵を仕立てて立ち向かう「正義」を演じる、といういくつかのパターンがありますよね。これが30年も通用してきたのは、ある意味メディアの責任でもある、と石井さんは指摘されています。

例えば安倍首相、小沢一郎氏、小泉純一郎元首相など、男の政治家であれば、メディアも言葉の一つ一つをもっと精査したり、矛盾を突いたりする。金の問題も徹底して追及する。メディアがこれまで小池さんという政治家に本気で対峙してこなかったのは、「女性だったから」なのでしょうか。

石井:それもあると思います。女がそこまでの野心を持つわけがはない、そこまで計算できるわけがない、だって女じゃないかという考え方が政界の中にもメディアの中にもあります。現実に彼女は都知事で、大変な権力を持っている。過去に総裁選にも出ているし、総理候補の1人ではあると思うのに、男性たちは、他の男性政治家と同じようには見ていない。

政治部記者に聞いても、番記者にあたるような人が、いるようでいない。これだけのキャリアがある政治家だと、きちんと見ている記者がいるはずなのにいないんです。政治部の記者も、ちょっと見下しているというか。女の政治家なんて、という感じがあったと思います。

総裁選に出たところで総理まではいかないよ、だって、女なんだから、と。それが盲点になっていて、誰も彼女をきちんと検証してこなかった。その中で、彼女は着々と足場を固め、権力の階段を上っていったんだと思います。

政策でなく自分語りを売りにしてきた

小林興起(左)と握手をする小池百合子(右)環境相(2005年当時)。

小池氏は環境相時代「クールビズ」で名を上げた。この頃から「環境」を意識して「勝負どき」はグリーンの洋服を着用することが多い。

REUTERS/Issei Kato

——政策的に注目されたのは環境大臣時代の「クールビズ」ぐらいで、そもそも小池さんがどんな政治思想で、そういう国家観なのかもあまり検証されてこなかった。新自由主義、タカ派なイメージがありますが、彼女自身も国家観についてあまり語っていない。

石井:こんなに本を出している政治家は珍しい。でも、それらを読んでも政治信条や理想とする国家観を見出すことはできません。環境大臣、防衛大臣になったときのエピソードや思い出がまとめられている程度で、主張が感じられない。また、本やインタビューで必ず語られているのが、エジプトの首都カイロへの留学経験といった私的な話です。

ところが、その留学時代に関しても枝葉の話が多くて、肝心なエジプト観や、どういう勉強をしたのか、どんな悩みや、楽しさがあったのかがまったく伝わってこない。肝心なところが抜けている、空虚なんです。

政策について語っていても、いつのまにか自分の経歴の話になってしまう。彼女は政治家になってからも、政策ではなく、自分自身を語ることを売り物にしてきた、また、メディアの側も、彼女を政治家として見て、国家観や政策を尋ねることをせず、彼女の過去のプライベートな物語ばかりを取り上げてきた。そうした中で、彼女は自分にまつわる過去を粉飾していってしまった、メディアが喜ぶように。そう感じました。

——石井さんから見た小池さんの国家観とは?

石井:基本的にそんなに深い考えはない人だと思います。何をしたら、何を言ったら世間に受けるかを常に考えている。現在はタカ派的な国家観が目立ちますが、それも今の社会では、そういうスタンスを取ったほうが得だという判断からでしょう。

政界入りしたばかりの時は日本新党だったので、(党首の)細川護熙さんが首相として初めて韓国へ謝罪したことを褒め称えていたのに、その後、保守党から自民党に移り、韓国や中国に厳しいことを言うようになった。自分を「台湾派」「李登輝の娘」とまで一時期は言っていました。でも、中国が経済成長した現在はアリババのジャック・マーとの交流をアピールしています。

彼女自身の中に核になるような思想信条はなく、世の中の流れに合わせているのだと思います。日本新党の頃は、社会全体が自民よりもリベラルなものがもてはやされていたからそちらに与し、今はタカ派的なポジションが有利だと思っているからそのような発言をする。小池さんは常に世の中の風を読み、常にどこにいたら自分が力を持てるかを読んで行動してきた。その結果、今に至っている。

男社会に適応するだけでなく、冷ややかに計算してきた

2017年10月に行われた希望の党政策会見時の小池百合子氏。

2017年10月に華々しく立ち上げた希望の党は、小池氏の「排除発言」で雲散霧消した。

撮影:今村拓馬

——特に自民党の女性政治家の中には、権力のある男性にどう引き立てられるか躍起になるあまり、過激な役を果たしている人が目立ちます。杉田水脈さん、丸川珠代さん、稲田朋美さんなどですが、男性が言えば反発が大きいことを過剰に代弁し、どんどん過激になる。結果的には「使い捨て」されることもあるのに。

ただ、小池さんだけはそれだけで終わらず、男性を利用し返しています。

石井:女性は男性社会の中で生きなくてはならない時、どうしても過剰適応してしまいがちなのだと思います。そうしないと生きていけない、「だから女は」と否定されてしまい、居場所が得られなくなるからです。

男女雇用機会均等法ができて30年以上経っても男性が上位にいる構図は基本的には変わっていない。今の女性政治家を見ていると、男性に気に入られようとする発言が気になります。党首の好みをリサーチして、それに合わせる。相手の好みの色に染まろうと、必死に頑張る。安倍さんに気に入られようとするあまり、安倍さん以上に安倍さん化するというか、右翼化してしまったりする。党首に心酔していってしまうような。

小池さんはそういうところがある一方で、計算を働かせ、染まり切らない。それは常に他人に対して、心を許していないからだと思います。基本的に他人を信用していないし、常に警戒している。男社会になんとか適応しようとするだけでなく、彼女は冷ややかに計算しながら見ている。

さらには、女性差別的な構造を逆手にとって、逆に男の特性や弱点を押さえて利用してしまおうとする。だから、細川護熙、小沢一郎、小泉純一郎と、まったくタイプの異なる男性政治家から寵愛されたし、利用価値がなくなって弊履(へいり・破れた草履のこと)のように捨てても許された。男性のほうが翻弄されたことを恥じる気持ちがあるからです。男性が同じことをしたら政界で生き残れないのではないでしょうか。

自分の中にも似た部分があるように思えつらかった

——なぜ、男性に一方的に利用されずに来られたのでしょうか。

幼い頃から苦労してきた、生い立ちによって身に着けた生き方であるのかもしれません。例えば、生まれながらにある右頬のあざ。それを見せている時と隠している時で、他人の自分に対する態度や視線が全く違う。人は中身が大事だと建前では言っているけれど、外見で判断されるんだと、小さな頃から身にしみて感じていたんだと思います。

テレビ時代もチヤホヤされていたのは自分の容姿と若さのせいだとわかっている。化粧をしてあざを隠せるようになり、綺麗になった途端に近づいてくる人たちが変わった。どんなにチヤホヤされても、いずれキャスターの座は歳を取れば若い女性に取り替えられてしまうことも分かっていた。

そういったシビアな経験をしていれば、心が冷えてくると思います。世の中って男って、こんなものなんだと。男社会や男の人を軽蔑する視線はずっとあって、それは政界に入ってからも変わっていない。男性政治家に引き立てられても有頂天にならず、慎重に相手を見極める。これは他の女性政治家にはない部分ですね。

私はこれまで女性の評伝を書いてきましたが、書いていると、自分の人格と書いている対象の人格が溶け合ってくることがあるんです。書く対象を自分の中に取り込むようにして理解しようとする。小池百合子では、そうはならないんじゃないかと思って書き始めたのですが、共感するところもあったり、また、自分の中にも似た部分があるように思えてきて。つらく感じたり、考えさせられました。

常に「女性枠」を取り合うポジションにいた

2017年10月10日、衆議院選応援に駆け付けた小池百合子氏。

若い頃から「女性であること」でポジションを得てきた、と石井さんは言う。

撮影:今村拓馬

——私は女性に2種類いると思っていて、紅一点を居心地が悪く感じる人と、紅一点を作り出してそこが心地いい人。ただ、それも、年齢が上がれば、自分が受けてきた苦しみを後輩たちにはさせたくないと変わってくるものだと思うんですが、『女帝』の中で、福島瑞穂さんの「小池さんにはシスターフッドがない」という証言が印象的でした。

石井:若い頃は本業(仕事)が未熟でも、若さや外見の魅力でカバーできる。でも普通は年齢を経るごとに、勉強したり経験を積んだりして、外見に代わるものを身につけていく。そうすれば不安もなくなり、逆に生きやすくなっていく。本業にしっかりと取り組めば安心や安定がもたらされる。

政治家もそうではないでしょうか。政治家としてのキャリアを積み、政策面で強くなっていけば、自分に自信が持てる。余裕もできて、優しくなれる。彼女にはそれがない。常に「女性枠」を取り合うところに、居続けなければいけない。イメージづくりを重視し、「魅力的な外見」を維持しなければいけない。若い女性議員で自分のキャラにかぶるような人が出てくると、自分のライバルになるかもしれないという思いが働き、敵視してしまう。

同時にこれは、小池さんだけの責任なのか?とも思うのです。女性の価値を外見だけで測るような、そういう日本社会だからこういう人が生まれたんじゃないでしょうか。

ただ1点、気をつけなければいけないのは、小池さんが女性差別の犠牲者と言い切れるか、というとそうではないと思います。

——そこと戦ってきたか、そこと戦っている人を助けているのかというと別の話ですね。

石井:前半生でルッキズム(外見重視)の被害者だった分、後半でそれらを乗り越えて勝者になってからは、逆に加害者的な言動が目立つ。冷ややかに世の中を見ているから、手に入れた魅力的な外見をどのように使ったら一番効果的か、よくわかっている。前半生でに苦しみ、嫌な思いをした分後半生では積極的にそれを利用しようと開き直った感じもあったと思います。

『女帝』をつくったメディアの責任

——もう一つ、『女帝』の中で指摘していらっしゃることは、メディアの責任です。コロナ危機になって、都知事会見をよく見るようになったのですが、確かに記者クラブに所属する記者たちの質問の甘さには驚きます。

石井: 都知事会見で、一番前の列を埋めるのは知事お気に入りの女性記者たちです。彼女たちは小池さんに気に入られようとして必死です。知事の言うことに一生懸命、頷いたり、つまらない冗談に笑ったり。幹事社の記者も厳しい質問をせず、そのあと小池さんが好んで指名するのは、そうしたお気に入りの若い女性記者たちであることが多い。知事が「私、口紅つけてる?」と彼女たちに向かって聞いたりする。

同じ会場のテレビカメラに映らない後列には夕刊紙や週刊誌、フリーランスの男性記者たちがいるのですが、彼らは厳しい質問をするので、ずっと手を挙げていてもまず当たりません。菅官房長官の記者会見が批判されていますが、菅さんは嫌々ながらも(東京新聞の)望月記者を指名します。都知事記者会見はそれよりも、はるかにひどい状況です。

でも、それをメディアは問題視しない。国政にくらべて、だいぶ甘い。この差は何だろうと思います。

小池

小池氏の都知事会見では、まず後方にいるフリーランスの記者は当てられないという。

撮影:三ツ村崇志

私にはこの女性記者たちもある種の「過剰適応」と映るんです。痛々しくも感じる。上司から都知事と仲良くなれと言われて、それを忠実に実行しているのであれば、その上司が悪いです。

ただ、都民、国民の立場から言わせてもらえば、やはり彼女たちは若くても、記者クラブに所属する大手メディアの記者という特権を与えられているのですから、仕事上の義務を果たしてもらわないと困るのです。今の状態は権力に迎合しているようにしか見えません。

記者クラブ制度を取るのであれば、記者クラブはある種の特権を与えられているのだから、きちんと特権に見合うだけの役割を果たしてほしい。都知事の機嫌を取るような質問は謹んでほしいです。

——最初は政治部の記者を中心に「イロモノ」扱いしていたため、政治家としての資質や政策的な部分がきちんと検証されてこなかった。彼女が都知事という強大な権限を持つと、今度は迎合している構図になったということですか。

石井:小池百合子を書くと言った時、政治部の記者たちから「意味がない」と言われました。空虚で何もないからと。私も彼女を「政治家」と書くのは、ためらわれるところがあって。なんというか、「政治家を演じている女の人」という感じがする。政治部の記者に「取り上げるような政治家か」、と言われれば確かにそうです。

ただ現実として彼女は都知事で総理候補とまで言われている、たとえ政治家として見るべき部分がなかろうと、空虚であろうと、それならそれで、きちんと人物を検証しなければいけないと思ったんです。そして彼女を作り上げた側の責任も追及したいと。彼女を作り出したのは、メディアと男性中心の日本の政界ですから。

土壌を変えない限り「ミニ百合子」は生まれ続ける

——今回のコロナ危機で、女性がトップの国では比較的対策がうまくいったと評価されています。例えばドイツのメルケル首相や台湾の蔡英文総統、ニュージーランドのアーダーン首相などです。なぜ日本ではこうした女性政治家が出てこないと思われますか?

石井:政界は、日本社会全体より遅れていると思います。変化が遅い。あの政界の中に、普通の感覚の女性は入っていけないし、入ったところで、すぐに嫌になってしまうはずです。よほど自分を押し殺すか、自分を「過剰適応」させて、その世界に染まらなければ、やっていけない世界でしょう。

さらに言えば政界だけでなく、日本社会全体の問題なんですよね。社会全体が女性をまだ男性と同等とは見ていないし、期待していない部分がある。今いる女性議員を見ても、私たち女性の代表という感じがしません。

女性の塊の中から押し上げられて、自然と浮き上がっていくという構図にはなっていなくて、権力を持つ男性たちが、それぞれの好みで、どこかからピックアップしてきて、その座にいるという構図です。男性たちは、メルケル首相のようなタイプの女性を見つけてこないし、また実際、そういった女性がまだ少ないので、見い出されない。いたとしても、地道に頑張っていると、なかなか目につかない。

その結果、自己顕示欲や自己宣伝力に長けており、マスコミでもてはやされる女性たちが選ばれているといった印象です。特に自民党では政権放送の時に隣に座らせたら映えそうな、元タレントとか元アナウンサーが多いですよね。小池さんの系譜です。多くの「ミニ百合子」が生まれている。女性だけでなく、男性にも「ミニ百合子」的人物が増えてきているように思います。

拙著を読んで下さった方の中にはから「小池さんけしからんですね。もっと糾弾して、都知事の座から引き摺り下ろそうじゃないですか」と、おっしゃる方もいました。

でも彼女を生み出した土壌が改善されない限り「百合子的なもの」は生まれ続ける。小池百合子を退場させても、土壌が変わらない限り、同じことが繰り返されると思うのです。だから、小池さんを排除して、終わるという問題ではない。私たちが何を望むか。私たちの意識や社会が変わらないと、根本の解決にはならない。それに気づかないと。

“優遇措置”を自覚していないから取れる言動

2017年6月都議選告示第一声

「小池百合子」は社会の写し鏡であり、その鏡には自分自身の姿も映っていると石井さんは言う。

撮影:今村拓馬

——私自身、男女雇用機会均等法の直後に就職して、もちろん偏見や差別もありましたが、均等法という時代の後押しもあったし、女性が少数ということでメリットも享受してきた部分もあったと思います。石井さんもおっしゃっていたように、私たちの世代の女性たちは自分のどこかに「ミニ百合子」がいる。

石井:均等法ができて、政界の中でも女性に一定の割合を与えなければいけないとなった時に、彼女はうまく時代の流れをつかんでいった。女性差別の被害者でもありつつ、突然始まった“優遇措置”みたいなものを、うまくつかんだ人でもあったと思います。

でもそれに自覚的であったなら、女性たちに対してこういう仕打ちはしないな、と思うエピソードはいくつもありました。

例えば、アスベストの被害者の会の女性たちや築地の女将さんたちに対して、話を聞きながらマニキュアを塗ったり、邪険に対応したり。こうした場面は書いていて、なるべく感情を抑えようと思いつつも、怒りがふつふつと湧いてきて。彼女の中には女性軽視というか、女性蔑視の感情がある。

誰が彼女に石を投げられるのか

小池百合子

東京は再び新型コロナウイルスの感染が拡大している。今のところ、小池都知事は有効な対策を打てていない。

撮影:竹井俊晴

本を書き終えて、反小池の人たちから取材を受けると、ついつい一緒に盛り上がってしまうけど、後から反省することもあるんです。男性中心社会を生き抜いていく女性の苦労をわかった上での批判、非難でないと意味がない。

「小池百合子」を作り上げたのは、時代であり、日本社会であって、平成時代を生きた日本人全体の責任だと考えなければいけないわけで。時代に対する責任が私たちひとりひとりにある。「小池百合子」は社会の写し鏡であり、その鏡には自分自身の姿も映っているはずなんです。

ですから、誰が彼女に石を投げられるのか?と思うんですよね。みんな加担したでしょう、と。

小池さんからしたら、時代の流れを読みながら生きていったわけですよね。どうしたら振り向いてもらえるのかを常に考えていた。何を言ったらマスコミが飛びついてくれるのかを。皆は何を喜ぶのかを。それで作り話でも話してしまう。注目を集めようとして。

そして実際、彼女に何かを言ってもらいたい、見出しにしたくなるようなキャッチーな発言をしてもらいたいと思うメディアが常に彼女を取り囲んできた。私十分、サービスしてきたじゃない、それをあなたたちも分かったうえで利用してきたじゃない、と小池さんは思っているかもしれません。

——この数年、世界的には#MeToo運動も起こり、女性たちは差別に声を上げ始めています。その動きの中で、私たちは小池さんという存在をどう捉えたらいいのでしょうか。

石井: 女性差別はあってはならない。その思いは私は以前から強く持っています。だからこそ、私は女性をテーマにしてきました。

そんな中で今回、ハッとさせられる出来事がありました。私が最初に雑誌に小池さんのことを書いたとき、男性の作家や記者たちから、「あなたが女性だから書けるんだ」と言われたんです。自分たちが同じことを書いたら女性差別と言われる、ましてやプライベートな問題に踏み込んで書くことなど、とても怖くてできないと。

ですが、プライベートを売り物にして今の地位を築いてきたのは、彼女であって、それが事実かどうか検証することは、筆を持つ人間の義務です。でも、男性執筆者たちは「書きにくい」と。こうした事情もあって、彼女はアンタッチャブルな存在になっていったのかもしれません。

「ガラスの天井」を持ち出すことを許すのか

石井妙子さん

石井妙子さん。1969年生まれ。白百合女子大学院修士過程修了。伝説的な「銀座マダム」の生涯を描いた『おそめ』はノンフィクション各賞の最終候補に。『原節子の真実』で新潮ドキュメント賞受賞。

撮影:今村拓馬

確かに彼女を批判すると、女性の私でも女性差別的ではないか、と言われることがある。

でも、女性をきちんと批判、批評できないとしたら、それも差別であるし、日本が遅れていることの一面であると思います。

ましてや彼女は公人です。公人に対するまっとうな批判を女性差別に安易にすり替えるのは、非常に危険なことだと私は思います。それは一見耳触りのいい擁護のように聞こえますが、将来において決してプラスにはならないのではないでしょうか。

小池さんは「希望の党」の挫折を語るとき、よく「ガラスの天井」を持ち出すんです。女性だから、ガラスの天井があったと。

でも、彼女は本当にひどいことをしたと思うんです。野党をぶっ壊して、みんなを翻弄して。あなたの失態に厳しい評価が下っただけなのに、女性ゆえに差別されて失敗に終わったのだ、という話にすり替えようとした。

これに対して、男性たちは「何がガラスの天井だ。あなたの問題だ」とは言いたくても言えない。女性差別主義者と言われるのが怖くて。ならば女性たちは、ここでガラスの天井を小池さんが持ち出すことを許すのか。

女性が女性を批判すると、「女同士の戦い」「女の嫉妬」と揶揄されたりする。男性が女性を批判すると女性蔑視。単純化して、大くくりに話をまとめることは危険です。個別に案件を見て行かないと。

今は男女がせめぎ合っている過渡期です。過渡期ゆえの問題も多い。女性の執筆者が背負わなければいけない問題もまた多いことが分かりました。だから、私はこれからも「女性」をテーマにしていきたいと思っています。

(聞き手・構成、浜田敬子、編集協力・戸田彩香

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