トランプ大統領が打ち出したオンライン授業を続ける大学の一部の留学生に対しての“締め出し”措置。ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学が措置の差し止めを求めてトランプ政権を提訴した。
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アメリカのトランプ政権は7月6日、2020年9月の新学期からオンライン授業のみを取る留学生には、アメリカ滞在のビザを認めない方針を突然打ち出した。新型コロナウイルスの感染が拡大するのを警戒し、アメリカでは多くの大学や教育機関が、9月の新学期からも引き続き、主にオンラインで授業を行うことを発表している。
これに対し、東部アイビーリーグの名門校、ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)は7月8日、留学生の滞在を保護するためトランプ政権を提訴し、今回の措置の一時的な差し止め命令を裁判所に求めた。
ハーバード大はすでに、新学期から全ての授業をオンラインで行うと発表していた。一部の大学にとっては、主に中国などからの学生が留学を断念した場合、授業料収入に影響があり、死活問題にもなる。
滞在するには対面授業の大学に編入義務
米移民税関捜査局(ICE)によると、新たな措置の対象ビザは、一般学生向け「F-1」と職業訓練プログラム受講の学生向け「M-1」の2種類。すでにビザを取得していても、新学期からオンライン授業だけを受ける留学生はアメリカから出国しなければならない。アメリカにとどまりたければ、対面授業を行う教育機関に編入しなければならないとする。
また、まだ学生が海外にいて、留学先の大学が秋学期の全授業をオンラインで行う場合、アメリカ政府はビザを発給せず、学生はアメリカへの入国すら許されない。
ハーバード大学学長のローレンス・バコウ氏。
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ハーバード大とMITは、両校のキャンパスがあるマサチューセッツ州のボストン連邦地方裁判所に、「大学の生徒、学部、大学職員の(新型コロナ感染拡大を理由とした)健康に対する考慮を入れた措置とは考えにくい」として、ICEと、ICEの本省の米国土安全保障省を訴えた。今回のビザ発給を取りやめる措置に対する訴訟は、これが初めてという。
ハーバード大のローレンス・バコウ学長は、声明でこう述べた。
「私たちの留学生および全米の教育機関に在籍する留学生が、強制退去の脅威にさらされることなく、引き続き勉学に打ち込むことができるよう、精力的にこの訴訟を進めていく」
バコウ学長は、トランプ政権が留学生のアメリカ滞在を認めない方針を「強制退去の脅威」と表現し、強い対立姿勢をみせている。
西海岸の名門校スタンフォード大学のマーク・テシエ–ラヴィーヌ学長は7月8日、国土安全保障省に書簡を送り、新しい措置を実施せず、留学生がアメリカに滞在しつつ、オンライン授業も受けられることを要請したと発表した。また、同省を相手取って訴訟を起こしたハーバード大とMITを支援する法廷意見陳述書を裁判所に提出するとした。
エール大も同様の発表をしており、アメリカの名門大が一斉に、トランプ政権が留学生を追い出そうとしている措置に反旗を翻す様相となってきた。
留学生が支払う学費や生活費は約5兆
アメリカの大学には毎年多くの留学生が訪れており、今回の措置は大学にとっても大きな打撃となる。
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ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)によると、アメリカの大学への留学生は、2018〜19年度に約110万人いたという。ハーバード大の学部生の12%、MITでは10%が留学生という。
「留学生の割合が多い大学は、大変な打撃を受ける」
と指摘するのは、ニューヨーク市にキャンパスがあるロングアイランド大学の比嘉良治名誉教授。写真や美術を長年、教えてきた。
「語学のプログラムに力を入れて、そのまま入学できるという仕組みをとる私立大学は、アメリカ中に無数にある。留学生の学費が大学の収入の一部になっており、公立大とは比べものにならないほどの影響が大学側にある。アメリカ人学生が国際感覚を損なうことにもなる」
留学生を支援する非営利団体(NPO)の米国国際教育研究所(IIE)が、アメリカの大学約600校を対象に実施し、5月に公表した結果によると、海外からの入学者減少を予想する大学は88%に上り、30%が「大幅減少」を予想した。
多くの大学にとって、今回の措置で留学生が入学を断念した場合、財務的打撃は避けられない。
WSJが報じた米商務省のデータによると、2018年に留学生がアメリカで払った学費やその他の経費(生活費・書籍代など)は447億ドル(約4兆8000億円)に上り、3分の1に相当する150億ドル近くを、中国人留学生が負担したという。つまり、大学の経営だけでなく、地域経済にも影響があるということだ。
また留学生が多ければ、授業や討論において、内容の幅広さや奥深さが確保できる。アメリカの大学は、留学生の存在を「カルチャー」や「コミュニティー」の一部として、受験生や外部にアピールするのが特徴だ。留学生を積極的にリクルートするための担当部署までがある。
留学生がキャンパスからいなくなることは、「大学のコミュニティーにダメージを与え、将来のリーダーを育むことや、発見やイノベーション、経済を刺激することを妨げる」(スタンフォード大・テシエ–ラヴィーヌ学長)という懸念につながる。
留学生を人質に「大学再開」迫る
6月上旬に経済活動が再開されて感染者が再び急増しているアメリカ。毎日のように更新される新感染者の数に、震え上がる人は少なくない。
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一方、アメリカの新型コロナ新規感染者数は、6月下旬から過去最悪を更新し続けている。7月10日現在、総感染者数は317万人と300万人を突破。新規感染者数は1日6万6000人と、4月に一度迎えたピーク時を大きく上回る(米疾病対策センター=CDCによる)。
ところが、トランプ大統領は7月8日ツイートで、新学期から大学だけでなく、小中高等学校で対面授業を再開することを、強引に主張した。
「ドイツやデンマーク、ノルウェー、スウェーデンなど多くの国では、学校は問題なく再開している。民主党は、11月の大統領選挙の前に学校が再開すると、政治的に不利になると思っているのだろう。再開しない場合は(教育)予算を打ち切る可能性がある!」(7月8日)
トランプ大統領が学校再開にこだわるのも、今回の措置は大学再開を考慮したものだという。
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トランプ氏は、感染の状況がアメリカより比較的抑制されている国を例に上げ、感染拡大が最悪な状況にあるアメリカの学校も新学期から再開させるべきだという。
ハーバード大などに訴えられた国土安全保障省の幹部、ケン・クチネッリ氏はCNNに対し、「(今回の措置は)大学が実際に再開することを奨励するものだ」とコメントした。トランプ大統領が学校再開にこだわるのと呼応し、ビザ発給取りやめによって留学生を「人質」にとり、対面授業を始めさせるための圧力ともとれる。
ハーバード大のバコウ学長も前述の声明でこう非難している。
「(留学生ビザへの新しい措置は)学生や教職員の健康問題とは関係なく、大学がキャンパスで対面授業を再開するよう圧力をかけるために、意識的に作られたようにみえる」
トランプ氏と彼の政権のこうした動きは、11月の大統領選挙を意識している。新型コロナの打撃からアメリカを「正常化」させることで、票につなげたい思惑があるようにみえる。
しかし足元は、新型コロナの感染者と死亡者の数で、2位のブラジルを大きく引き離して世界最大の感染爆発国だ。政権が経済や学校再開を急ぐあまり、市民の健康をリスクにさらしているのが実情で、新型コロナの感染を抑えるという最大の課題が2の次となり、政治的思惑の中で、アメリカは大混乱に陥っている。
(文・津山恵子)