Kevork Djansezian / Getty Images
- テレザ・トラナカス(Tereza Tranakas)はコミュニケーション専門家として活躍する起業家だが、以前はイーロン・マスクがCEOを務めるスペースXに所属していた。
- トラナカスは2002年にマスクと出会ってスペースXに誘われ、同社の100名の創業メンバーの1人としてコミュニケーション担当部長兼公式スポークスマンに採用された。
- スペースXで働いていた頃、マスクはいつも従業員とともに汗を流し、明確なビジョンを持つことの重要性を力説していた。マスクは目的のためにできることは何でもするというタイプだった。
イーロン・マスクは、アメリカ本土から民間初の宇宙船有人飛行を成功させ、国際宇宙ステーション(ISS)に到達するという歴史的快挙を成し遂げました。イーロンは電気自動車を手掛けるテスラのCEOとしてよく知られていますが、彼の「大本命」は宇宙開発です。スペースXによる最近のロケット打ち上げにより、人類の火星到達という夢に一歩近づきました。
テレザ・トラナカスは2002〜2003年、スペースXでマーケティング・PR担当兼公式スポークスパーソンとしてマスクのもとで働いた。
本人提供
私はまだイーロンが無名だった頃、スペースXが設立されてすぐの2002年から彼とともに働きました。当時のスペースXは、大胆で非現実的な(と思う人もいました)野望を抱いた、カリフォルニアにならいくらでもあるスタートアップ企業のひとつに過ぎませんでした。
イーロンと私が知り合ったきっかけは、ある業界イベントでした。話をするうち、彼の手がけるベンチャーに参画しないかと誘われたのです。
彼は自分と目標や志を同じくするような才能ある人材を自分で集めると心に決めていました。そのため、当時の彼はよく自ら人材を引き抜いて採用していました。私は履歴書を送ってほしいとも、後日面接に来てほしいとも言われませんでした。ただ仕事をオファーされて、それで採用決定でした。
私がエルセグンドに設立されたスペースXの最初の本社に入社したのは創業年。彼のビジョンと頑固なまでの決意が理由でした。
当時の私は(別の宇宙ベンチャーで働いていたので)ワシントンD.C.に住んでおり、カリフォルニアまで通うにはアメリカを横断する必要がありました。けれどイーロンは、「人類を火星に到達させる」というものすごく明確な最終目標を私に示して、本気で説得してきたのです。
これは今でも彼が掲げる目標で、当時も「2050年までに100万人を火星に移住させたい」と語っていました。彼がそう語る時の、あふれる熱意と率直さは今でもよく覚えています。イーロンはいつも回りくどい言い方はせず、粘り強く説得し続けるタイプなんです。
私がスペースXに入社した当初、従業員は100人に欠けるほど。おかげで私はコミュニケーション担当部長兼公式スポークスパーソンとして、直接イーロンとともに働くことができました。
在籍期間は2年弱と短かったものの、創業時にイーロンのもとで働いた経験は今も貴重な仕事訓として役立っています。私がイーロンから学んだ5つの教訓を、以降でお話ししたいと思います。
1. 明確なビジョンを持つ
スタートの段階から明確なビジョン(野心的すぎる目標でもかまわない)を持ち、コアチーム内で最終目標を明確にすること。これはビジネスで成功するために不可欠なことで、単に投資家を惹きつけるだけではなく、最終目的地までのロードマップを描くことが重要です。
例えば、イーロンが火星移住計画について話す時、彼は常にその目標を実に明快に語っていました。彼が語っていた詳細なステップは特に印象に残っており、今でもすぐに思い出せます。
- 第1ステップ:民間宇宙飛行を手が届く価格で実現する
- 第2ステップ:それを再生可能ロケットで実現する
- 第3ステップ:大規模な民間事業で収益を上げ、そこから人々の信頼を得ることで最終目標である火星到達のための資金を調達する
イーロンの考えは極めて筋が通っていて、とてつもなく大きなアイデアを、いとも簡単で実現可能なものであるように見せることに長けていました。
スペースXの成長ペースが見込みより遅くてもイーロンが辛抱強く耐えられたのは、彼が明確なビジョンを持ち続けていたおかげです(彼は生まれつき辛抱強かったわけではありません)。
創業当初の数年は、優秀なエンジニアを探すことも、再生可能な宇宙船を低コストで開発することも時間がかかり、なかなか結果が出ませんでした。事業を軌道に乗せるまでに8年を要し、初めて有人宇宙飛行を成功させるまでにはさらに10年かかりました。
それでもイーロンがチームを鼓舞し、辛抱強くやり遂げることができたのは、明確なビジョンのおかげと言えます。
2. 事業を軌道に乗せるためにできることは何でもする
NASAの宇宙飛行士たちとメディアの質問に答えるイーロン・マスク(2019年10月)。
Gene Blevins / REUTERS
ビジョンを描き計画を立てたら、諦めずにやり抜くこと。これが、成功するために2番目に大切なことです。
スペースX創業時のイーロンはまだ30そこそこの年齢でしたが、火星に行くには優れた人たちと優れた計画が必要だということを熟知していました。
手の届く価格で宇宙船を開発し、NASAと協力するなど、事業を軌道に乗せて資金調達をする必要があります。とても民間資金だけで達成できる目標ではありませんから、国会議員や国防総省の高官など、会う人に片っ端から「自分の計画に乗らないか」と持ちかけていました。
ロケットを製造し、民間からも公的部門からも顧客を集め、専門家から知識を吸収し、優れた宇宙船に資金を提供して——こうした取り組みによって、彼は最終的に有人宇宙飛行に向けてNASAと重要な契約を結ぶことができたのです。人類を宇宙へ送り出すことを目標に掲げる民間起業家は他にもいたかもしれない。でも、それを最初に成し遂げたのはイーロンでした。
壮大なアイデアを思い描くことは誰にでもできます。でもその際、こう自問してみる必要があります。「そのアイデアは、自己資金でまかなえる持続可能なビジネスモデルに変換できるだろうか」「実現するために何をしなければならないだろうか」と。その先に続く道のりについて考える必要があるのです。
3. チームに寄り添い、技術的な問題を解決する役割を担う
ロケットを製造するスペースXの従業員たち。
Akhil Appu / Shutterstock.com
イーロンは他のアメリカ人ビジネスリーダーと違い、いわゆる「ソフトスキル」タイプのリーダーではありません。
私は工場の現場で、業務改善の方法をめぐってエンジニアと膝詰めで話しているイーロンをよく見かけました。彼は技術的な仕事も好きで(少なくとも私がスペースXに在籍していた頃は、イーロンが一番注力していた領域でした)、一時期はチーフエンジニアまで務めていたほどです。
彼は非常に粘り強い性格で、何か問題が持ち上がると解決策を見出そうと何時間もかけて話し合っていました。上司がそうやって懸命に解決策を探る姿勢を見せれば、チームのモチベーションも高まります。
スペースXのように従業員7000人規模の会社であれ、15人しかいない会社であれ、リーダーは困難に直面した時にこそチームを鼓舞し、現場で陣頭指揮を取らなければいけません。
現場との関わり方、熱意、リーダーシップの発揮の仕方など、従業員はリーダーの行動をよく見ているものです。従業員が会社に忠誠心を誓うか離脱していくかは、リーダーの一挙手一投足にかかっているのです。だからこそ、リーダーは自分の一番のスキルが何であるかを見極め、それを生かして従業員とともに問題解決に当たらなければいけません。
イーロンは創業時から民間初の宇宙船有人飛行を成功させるという重大な局面に至るまで、一貫して粘り強く働き続けました。彼はよく、「“9時5時”では大きな目標は達成できない」と言っていました。「世界を変えたいんだ。そのためには通常の勤務時間内だけじゃ無理さ」と。
4. 率直に話す
私がスペースXで働いていた頃のイーロンは技術チームに混ざって仕事をするような経営者だったとはいえ、マイクロマネジメントをしたがるタイプではありませんでした。会議は常に短時間にして簡潔。イーロンが概要を説明し、期日までに約束した成果を上げることが求められました。
何を話す時も常に率直。がっかりした時も例外ではありません。彼があまりにも率直なので、時々相手が攻撃されたと誤解して、会議が難航することもありました。イーロンは私たち従業員に多くのことを求め、与える仕事も簡単なものではありませんでした。
Win McNamee / Getty Images
それでも、私が不安に思うことはありませんでした。イーロンの仕事の仕方はいつもフェアで、期限を守り、ミスを客観的に認める限り評価してくれたからです。仕事に私情を挟むことはなく、常にプロフェッショナル。そのことを理解している人ほど、彼のそばで働くことに向いていたと言えます。
私個人は、明確・効率的・率直という彼の仕事スタイルが気に入っていました。彼は期日に間に合わないことや言い訳を許さないので、従業員は常に彼が求めるものを理解していなければなりませんでした。
このように、ビジネスリーダーは率直で明快なコミュニケーションをとることで、人や時間といった貴重なリソースをより効率的にマネジメントすることができます。
5. 「できない」を許さない
スペースXのスタッフミーティングでは、技術チームが時々ロケットの製造、使用する原材料、エンジンや推進システムの問題に直面することがありました。そのような時もイーロンは、「できない」という言葉は決して受け入れませんでした。
彼は常にチームに限界を超えることを要求し、「できない」と言ってくる従業員とはいつも議論を戦わせていました。そしてほとんどの場合、正しいのはイーロンでした。問題には常に別の見方や解決策がある——これは当時から今日に至るまで、私自身が仕事をするうえで肝に銘じている考え方です。
イーロンは、ロケットの製造に挑戦することには失敗のリスクが伴うこともわかっていましたし、失敗も織り込み済みでした。国内屈指の優秀な航空宇宙エンジニアがイーロンのもとに結集してもなお、ロケットは爆発を起こし、スペースXは痛手を被って遅れを生じさせました。
こうした苦しい状況は、フラストレーション以外の何物でもありません。けれどそんな時も、イーロンはすぐに頭を切り替えて素早い意思決定を下し、チームを振り出しに戻すのです。イーロンはたびたび私たちと一緒に額に汗して働き、ともに困難を乗り越えようとしてくれました。
イーロンの近くで働き、その仕事ぶりに触発されたことがきっかけで、私は起業して自分自身の目標を達成することができました。
事業規模の大小にかかわらず、非常に明確な目標を設定すべきこと、アイデアが持続可能であるか確認すること、事業が軌道に乗るまでは一心不乱に働く覚悟を持つこと……こうしたことの必要性を学びました。
努力の成果が目に見える形で現れるまでには、まだあと何年かかるかもしれません。しかしその目標が自分にとって大切なものならば、諦めずやり遂げるべきなのです。
2人の宇宙飛行士を乗せて打ち上げられた宇宙船「クルードラゴン」。スペースXは民間企業で史上初めて有人宇宙飛行に成功した(2020年5月30日撮影)。
Photo by SpaceX via Getty Images
テレザ・トラナカス:コミュニケーションエージェントのOxgen創業者、コミュニケーション専門家。2002〜2003年、スペースXでマーケティング・PR担当兼公式スポークスパーソンとして働いた創業メンバーのひとり。その後生まれ故郷であるルーマニアに戻りOxygenを創業。
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子)