出典:キッズライン公式HPより
シッターによるわいせつ事件が続発したことを受け、男性シッターの活動停止をしたキッズラインで、7月、男性シッターたちの活動が実質的に終了した。
家庭側、シッター側双方に「子どもを預ける機会」「仕事の機会」を得られる環境を作ってきたという点で、キッズラインの功績があったことは間違いない。しかし、今回キッズラインの判断により、急にその機会を失うことになった。
一部では例外的に直接契約を認める動きが出ているが「どうしてキッズラインに認めてもらわないといけないのか」と憤慨する声も。男性シッターの中には、保育園などの職場を離れて、キッズラインで「フリーランスのシッター」として生計系を立ててきた人も少なくない。
男性シッターたちの生活はどう変わっていくだろうか。そしてこの問題が、マッチングプラットフォームを使った働き方に投げかけるものとは。
30万円の罰金をキッズラインが「免除」?
キッズラインは一連の男性シッターの子どもに対するわいせつ事件を受け、6月に男性シッターの活動停止を一方的に発表した後、それまでの規約を覆す「異例の措置」とも言える対応に。
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キッズラインはもともと、規約で、キッズラインを通じて知り合った相手と直接契約をした場合、30万円の罰金を課すとしている。
「本サイトを通じて知った利用者と、本サイトを通じることなく直接サポートサービスに関し、契約を締結し、報酬を支払い、又は受領する行為(保護者等と保育者との間の直接契約および保育者同士の引き抜き行為(退会後も含むがこれに限られない)を含むがこれに限られない)」
「違反した利用者は、違約罰として、それぞれ30万円(法人会員の場合は50万円)を当社に支払うものとします」
だが、一連の男性シッターの子どもに対するわいせつ事件を受け、6月に男性シッターの活動停止を一方的に発表した後、それまでの規約を覆す「異例の措置」とも言える対応に出ている。
「男性シッターの活動停止」という措置を発表後の6月中旬、ある男性シッターに次のようなメールがキッズライン運営側から送られてきた。通常では禁止してきた、直接契約を認めるものだ。
「先日男性ベビーシッターのサポート一時停止のご案内につきまして、たくさんのご家庭をサポートし信頼されてきた(シッター)様に、このような方針をご報告することとなりました事を重ねてお詫び申し上げます。この度は(利用者)様より、(シッター)様と定期予約の継続を強くご希望される申し出がございました。定期予約のサービス提供につきましては、2020年7月3日を持って終了となりますが、(利用者)様からの強いご希望の為、弊社として双方合意がある場合は、直接契約を認めさせていただきます」
男性シッターの継続希望を申し出た家庭と当該シッターには、このような連絡が入り、これを受けると連絡すると、写真のような合意書が送られてきたという。
提供:取材協力者
キッズラインが間に入った合意書に、利用家庭とシッターの双方がサインをすれば、30万円の罰金を課すことなく直接契約できるというもので、この契約の口外禁止も入っている。
この合意書をみたある男性シッターは「6月4日の男性活動停止のお知らせが来たときには、一時的なものなのではとの期待がありましたが、直接契約を認めるということで、キッズラインは男性シッターの復活を考えていないと思いました」と感じたと話す。
合意書が一部の家庭とシッター間で取り交わされた一方、キッズラインを間にはさまずに直接契約に移行した家庭も、ある程度あったようだ。あるシッターは自ら費用を支払い、弁護士に「合意せずに直接契約を行っても金銭的な損害賠償が発生することはほぼない」と確認を取ったという。
弁護士の中には、「そもそも直接契約した場合に30万円の罰金を設ける規約そのものや男性一括活動停止措置が独占禁止法の優越的地位濫用に当たる」(早稲田リーガルコモンズ法律事務所の川上資人弁護士)という見方もある。
しかし、直接契約では(合意書を取り交わす場合も含めて)内閣府や東京都の補助金が使えない、保険が使えないなどのデメリットもあり、皮肉にもキッズラインのサービスの利便性を双方が感じながら契約を断念したケースも多かったようだ。
収入源を絶たれる男性シッターたち
「フリーランスのシッター」として生計を立てきた方々にとって今回の騒動は大打撃である(写真はイメージです)。
shutterstock/T.TATSU
事件を受けたものとはいえ、キッズラインの男性シッターの活動停止で深刻なのが、キッズラインで「フリーランスのシッター」として生計を立ててきた男性シッターたちの今後だ。
2年半以上キッズラインで働いてきた、ある男性シッターは次のように話す。
「シッター1本のころは月18万円から多い時で約30万円までいったこともあります。途中で民間学童を始めて、キッズラインの方は15万〜18万円でした。昨年度に関して言えば、民間学童での仕事をメインにしていたので、キッズラインの月の収入は4万〜6万でした。7月からは民間学童の方で仕事を増やしてもらえないか聞いてみますが、こちらも時給が低いので、やはりキッズラインでの仕事がなくなるのは痛手ですね……」
キッズラインの収入が平均月7万円程度だったある男性は、それまでの7家庭中5家庭と直接契約ができ、7月以降も6万円程度は確保できそうだという。
一方で、別のシッター会社に登録しようとする男性シッターもいる。
「キッズラインでの収入は多くて20万円程度でした。定期契約をしていたご家庭の多くは直接契約にしたいけれど、(キッズライン経由であれば使うことができた)内閣府の補助券や会社の福利厚生チケットなどが使えないので、できないと言われました。1件直接契約できそうですが月2万円程度にしかならないので、他のシッター会社に登録面接に行きます」
中にはかなり稼いでいた人もいる。
「キッズライン関連だけで、月40万円ほど収入がありました。直接契約の依頼はいくつかきているようですが、僕からアプローチできればもっと確保できるのに……。他の子ども関連企業の仕事もしていて、お金は困らないのですが、キッズラインの収入を生活費にあてて、その他は全て投資していたので計画は少し狂いますね」(別の男性シッター)
有料講座を受講したのに……
出典:キッズラインプレスリリースより
男性シッターたちが失ったのは収入以外にもある。
キッズラインは「キッズライン大学」という講座で、一回数千円〜1万円台の講座を提供していた。たとえば乳児講習を有料で受講すると、シッティング可能な子どもの年齢が0歳まで引き下がるため、案件を増やそうと受講した人たちもいる。
ある男性シッターは保育士資格を持ち、保育園勤務経験もあるが、直近3年間は0歳児クラスを担当していなかった。そのため当初、キッズライン側で設定された対応可能年齢が1歳となっていた。0歳9か月まで引き下げるために乳児講習を受けることにした。
しかし、5月末に1万4300円を支払い、乳児講座を受けた直後、男性シッターの活動停止が発表された。
この男性は「そもそも座学だけで年齢を引き下げていいのかも疑問もありますが、5月末時点で、もし男性活動停止が見えていたなら受講させないでほしかった」と話す。
資格を取得した途端、活動ができなくなったという男性シッターもいた。資格用の講座に関しては返金するとの連絡があったというが、時間を割いて獲得した資格の生かし先はなくなった。
ギグワーカーは「労働者」ではないの?
プラットフォームを活用し単発で働く「ギグ・ワーカー」。近年増加の一途を辿るが、日本では法整備が遅れている。
shutterstock/Sundry Photography
こうしたプラットフォームなどを使いながら単発で働く「ギグ・ワーカー」の働き方は、2000年代後半から出始め、ライドシェアのUberについて、米カリフォルニア州では今年から原則として労働基準法上の労働者として扱うべきだといった意見から、法律が施行されるなど法整備がはじまっている。
早稲田リーガルコモンズ法律事務所の川上資人弁護士は、次のように話す。
「諸外国では労働基準法の対象になりはじめていますが、日本は遅れています。ただし、労働基準法の対象にはならなくても、ウーバーイーツの配達員やキッズラインのシッターは、労働組合法の労働者には該当すると言えます」
キッズラインというブランドの下でシッター事業を提供しており、実態はどうであれ採用や評価でクオリティコントロールをしているという建前があれば、事業組織に組み入れられていると捉えることができると川上弁護士。
労働組合法の労働者にあたれば、団体交渉が可能になり、労働条件などについては声をあげられるという。
声をあげづらい仕組み
労働組合などの相談する場がない「ギグ・ワーカー」は有事にまとまることが難しい(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
今回キッズラインの男性シッターたちの取材を進める中で筆者が痛感したのは、通常の労働者であれば会社側に不満がある場合に労働組合など相談する先があり、集団交渉をする選択肢がわかりやすく存在するのに対し、やはりギグ・ワーカーたちは有事にまとまりづらいということだ。
もともと主な収入源としていた人もいれば副業だった人もいる。収入も数万〜40万円まで幅があり、今回の場合は直接契約を希望される人とされない人も分断されていく。
「大人同士で群れるのが好きじゃなくてこういう仕事をしている人もいると思うので、今回の事件がなければ他のシッターと連絡を取ることもなかったと思います」
そう話すシッターもいた。
前出の川上弁護士はいう。
「確かに、今回の男性一括停止について独禁法違反等で争う場合、訴訟を起こす必要があり、そんなことをしている暇があったら次の仕事を探さないといけないという人たちにとって、声を上げやすい仕組みではないのが現状です。一方で、日本の労働組合法では2人いれば労働組合が作れますので、これをもっと手軽に活用すべきでしょう」
川上弁護士らが支援しているウーバーイーツユニオンは、現状ではウーバーイーツ配達員が加入条件だが、同様の仕組みでキッズラインのサポーターや同業他社も含めたシッターのためのユニオンを作ることも可能だという。
「落ち度がない働き手のアカウントを会社の勝手で停止されるという問題はキッズラインに限らず、どこにでも起こり得るので、プラットフォーム全体の問題です。将来的にはプラットフォームワーカーユニオンと言う形もあり得るかもしれませんし、シッターさんたちが私に相談してきてくれたら、一緒に問題を考えていけると思います」(川上弁護士)
国としての環境整備
今回キッズライン事件では、わいせつ事件が相次いだことにより同じ属性の働き手が生活手段を失うという思わぬ形で、プラットフォームで働く個人事業主たちのリスクが浮き彫りとなった。
労働法が専門の水町勇一郎・東京大学教授は、国としての議論の必要性を強調する。
「個人事業主は、雇用されている(労働基準法上の)労働者ではないために男女雇用機会均等法等が適用されず、男女差別で問題提起をしようとするとたとえば公序良俗違反という一般法理で訴訟を起こさないといけないのが現状です。毎回そのような訴えをして裁判所の判断を待つということをしなくても、多様な働き方をしている人が労働基準法上の労働者が得られる法的保護等を受けられるよう、国としても議論をしていく必要があると思います」
キッズラインの個社の対応に課題もあったにせよ、今回の一連の騒動は、業界全体や国の仕組みづくりにも課題を投げかける。
(文・中野円佳)