Business Insider Japanのオンラインでの取材に応じる、エン・ジャパンの鈴木孝二社長。
撮影:横山耕太郎
エン・ジャパンは、中小企業に向けたデジタル・トランスフォーメーション(DX)推進事業に着手すると7月13日、発表した。DXの技術をもつスタートアップへ投資するため、100億円の投資枠を設定。出資先として、ITを活用したセールス(営業)テックと業務効率化サービスの開発をするスタートアップに照準を当てる。
中小企業を中心に15万社の顧客を持つエン・ジャパンの営業網を活かし、出資先のスタートアップのサービスを使ってもらうことで、手元資金を成長産業に出資→顧客である中小企業のDX支援→中小企業の活性化→自社の人材サービス利用活発化——という「循環システム」を確立する狙いだ。
コロナショックにより、収益の柱である転職市場が冷え込む中、「人材サービスもDX支援も中小企業の生産性向上と活性化のため」と掲げる鈴木孝二社長に、DX推進事業進出の真の狙いを聞いた。
コロナで「採用どころではない」中小企業
エン・ジャパンの顧客の中心である中小企業の中には、コロナショックで大きな影響を受けている企業も多い。
撮影:今村拓馬
「顧客の中小企業の多くは、コロナの影響で経営が危機に陥っており、『採用どころではない』という事態になっています。
『この状況でエンさんは何をしてくれるのか』。その声に答える必要がありました」
鈴木氏はそう話す。
2020年3月末時点で、保有する現預金・有価証券は300億円超と、潤沢な手元資金をもつエン・ジャパン。その活用法として、もともと2017〜2020年中にHRテック領域への先行投資を計画していた。
さらに「コロナでその優先順位が一気に上がった」(エン・ジャパン)というのが実情だ。
自社について言えば、コロナショックの前の2018年から、オンライン営業・商談のシステムを導入。
新型コロナの感染が広がった2月以降は、社員の完全在宅勤務を進め、西新宿にある本社も一部を縮小するなど、一気にリモートワークへ舵を切ることができていた。
一方で顧客である中小企業の中には、在宅勤務を支援するオンラインツールも何を使ったらいいのか分からないなど、DX化に苦戦する会社も多い。
エン・ジャパンでも「在宅勤務でどう営業しているのか」「リモートワークの場合、業務フローをどうしているのか」など、営業担当が取引先から聞かれることが、一気に増えたという。
エンジャパンは2020年3月末、「現預金・有価証券」301億円を保有している。
出典:エン・ジャパン2020年3月期決算説明資料
2000年の創業以来、求人情報サイトの運営や採用支援など、国内外の人材領域で事業を拡大してきたエン・ジャパンだが、その目的は最大の顧客である「中小企業を元気にすること」にあると、鈴木氏は位置付ける。
「コロナによって中小企業でもDX化のニーズが高まっています。そこで、我々として何ができるのかを考えた。
中小企業にとって大きな課題は、業務の効率化。いい人材の採用を支援することで業務効率化を進め、顧客とのネットワークを築いて来た我々が、今度は顧客にDX化を提案することで、日本の中小企業の生産性を向上させたいのです」
そこで、この投資枠が実現した。
外資系コンサル出身らがベンチャー選定
エン・ジャパンでは現在、出資先として「複数の有望なベンチャー企業」を検討しているという。
撮影:今村拓馬
エン・ジャパンが、DX事業で注力する分野は大きく2つある。
営業をデジタル化するための「セールステック」の導入と、「バックオフィス事業の業務効率化」によるコスト削減だ。
これらを開発する複数のベンチャー企業に対し出資し、そのサービスを自社の営業網を使って、人材領域の顧客である中小企業15万社を対象に販売する。
出資先の選定は、社長室直下の新設部署が担当。組織として設置された「エン・ジャパンベンチャーパートナーズ」が担当。
同組織は、クレディ・スイス証券や、野村総合研究所、アビームコンサルティング、富士通など大手企業出身の人材ら約10人で組織され、出資先選定の「目利き」役を担っている。
同組織のメンバーで、A.T.カーニー出身の社長室長、 緒方健介氏はこう話す。
「『営業は気合と根性だ』と位置付けるなど、特に日本の中小企業ではITの活用が進んでいない面がある。(DX分野で)改善の余地は相当あります。
ただ既存のDXサービスは、中小企業にとって機能が多すぎて、必ずしも使い勝手の良くないことも多い。
」
目指すは循環型(サーキュラー)のエコシステム
鈴木氏は「DX事業ではエン・ジャパンの強みである組織的な営業力をいかせる」と話す。
撮影:横山耕太郎
一方、DXの技術開発に関わる新興のスタートアップやベンチャーにとっては、せっかくのプロダクト(製品)やサービスを開発したものの、営業が課題であることも多い。
限られた人員で、開発に全力投球したものの、営業担当の人員が社内におらず、ユーザー開拓に苦心するスタートアップは珍しくない。
DX領域のスタートアップに出資することは、いわばベンチャーキャピタル(VC)的な役割を担うことでもあるが、一般的にイメージするVCとの決定的な違いを鈴木氏はこう示す。
「スタートアップにとって我々と組むメリットは出資者を得ることに止まらない。VCなら出資してアドバイスをして終わりですが、我々には顧客網がある。
出資先のスタートアップに対し、我々が顧客も提供し、強みである組織的な営業力を使うこともできるのです。ベンチャーからするとベンチャーが持たないものを持つことができるわけです」
だからこそ、顧客ネットワークを持つエン・ジャパンと協力することは、「サーキュラー(循環型)なエコシステム」を生み出せると、鈴木氏は自信を見せる。
「出資先のスタートアップの開発したDXサービスが、顧客である中小企業で使われれば、成長分野のベンチャーにお金が回ることで(産業構造的に)生産性が上がるのに加え、中小企業の経営も効率化する。中小企業が成長すれば、人材がさらに必要になります。
こうして、我々が回したお金と人材流動化によって、日本全体の生産性を高めることにつながる。人材ビジネスを行っている我々だからこその、大きなサーキュレーションです」(前出の、エン・ジャパンベンチャーパートナーズの緒方氏)
「中小企業の生産性が日本を左右する」
鈴木氏は「大企業と中小企業の人材再配置」の重要性を訴えている。
撮影:今村拓馬
鈴木氏は、コロナショックから経済を立て直すためにも、企業の生産性を上げること、そして適切な人材配置を加速させ、社会の生産性を上げることこそが、日本にとって急務であり、人材サービスの真の役割だと見据える。
「日本の労働人口がこれから不足していくことは統計上、明らかです。だからこそ、ただでさえ頭数が減る中で、(DXを推進することで)人が人でしかできないことにフォーカスする必要があります。
コロナが収まったからと言って、印鑑を押すためだけに出社するなど、元の働き方に戻ってはいけない」
コロナショックにより、リモートワークや、契約書の電子化などが進んだものの、大企業が中心。多くの中小企業のDXは、依然として進んでいないのが実態だ。
しかし実態に目を向ければ、日本では企業の99.7%が中小企業。中小企業のDXこそが、日本の生産性を左右すると、鈴木氏は強調する。
「大手だけDXを進めるのでは全く意味がない。中小企業もDXによる効率化を進め、大企業と中小企業間での人材の再配置を進めていかないと、日本の未来はないと思っています」
安定した経営基盤、DX事業で多角化進める
2021年3月の連結売上高計画では、コロナショックによる売上高の縮小を見込んでいる。
出典:エン・ジャパン2020年3月期決算説明資料
新型コロナの影響で人材業界も大打撃を受けている。コロナショックに見舞われた厳しい経済環境を受け、エン・ジャパンも、5月に公開した2021年3月期の1Q業績見通しでは、前年比で売上高27.3%減という、大きな減少を見込んでいる。
一方、同社の財務基盤は、総資産に対する自己資本比率73%と安定的だ。
DX事業に100億円という巨額の投資枠を設けた背景には、豊富なキャッシュを活用し、成長市場に振り向けると共に、経営の多角化を進める狙いがある。
「人材領域では、今回のコロナやリーマンショックのように、どこまでいっても波があります。そのためにも非人材領域事業の比率も高める必要がある。
DX事業については、3年で100億単位の事業に育てていきたいと思っています」(鈴木氏)
エン・ジャパンのDX事業進出が、成長分野への投資と中小企業の生産性向上、人材の流動化というサーキュラーシステムをどう機能させて行くのか。人材サービスならではの好循環となるかが注目だ。
鈴木孝二:エン・ジャパン社長。1971年生まれ。愛媛県出身。1995年大学卒業後、エン・ジャパンの前身である株式会社日本ブレーンセンターに入社。2000年1月、日本ブレーンセンターでインターネット求人広告を担っていたデジタルメディア事業部が分社独立、エン・ジャパン株式会社設立と同時に取締役に就任。 2001年6月、設立から約1年半でナスダックジャパン(現東証JASDAQ)にて株式公開や設立以来の増収増益など取締役営業部長として会社の成長を最前線で牽引。 2008年3月に常務取締役、同年6月に現職。全国求人情報協会 理事長も兼務する 。