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7月10日、中国の大学統一入試(高考)が終わった。本来なら6月上旬に実施されるが、新型コロナウイルスが1月に拡大、日本のように入学時期の変更や試験範囲の変更を検討するような時間もなく、結局、日程を1カ月遅らせて実施にこぎつけた。試験には過去最多の1071万人が参加した。
全受験生が参加する「一発勝負」
最初に中国の大学入試について説明しよう。中国は有力な私立大学が少なく(ないと言ってもいい)、国内の大学を目指す受験生は例外なくこの統一入試を受ける。統一入試は日本のセンター試験に近いが、大学独自の二次試験がないため、文字通り「一発勝負」だ。
国立大学は「一本」「二本」「三本」とランク分けされている。
「一本」には北京、清華大学から外国人が全く知らないような学校まであるが、そこに入れれば親子ともに安心というムードがある。逆に「一本」あるいは「二本」などの目標に到達せず、経済に余裕のある家庭は“学歴ロンダリング”的に海外の大学を目指す傾向も高まっている。
2020年は7月下旬に受験生の成績が判明し、8月上旬の数日の間に、自分の点数で入れる大学に申請する。地域によって違いはあるが、知人の地域は第6希望まで記載できる。日本の文部科学省に相当する教育部と各大学が、募集人数と受験生の希望・成績に合わせ、入学許可証を発行する。時には全く希望していない大学・学部の入学通知が届くこともある。入学許可証の発行も例年より遅い8月中旬になるようだが、それでも通常通り9月入学に間に合いそうだ。
ちなみに統一入試は一発入試ではあるが、各大学は募集人数を「A省から●●人」などと、省・市・自治区ごとに分けているため、「合格最低点」は省によっても違う。北京大学、清華大学のような北京の名門大学は、定員の中で北京戸籍を持つ受験生の比率を高くしているため、他地域の受験生より有利とされる。また、教育環境が整っていない辺境地域の受験生も、優遇措置が設けられている。
ちなみに筆者が以前勤めていた大連市の大学では、新疆ウイグル地区の少数民族は入学試験だけでなく、学校生活全般で優遇されたし、受験生が多い河北省の学生の合格最低ラインは、他地域に比べてかなり高かった。一発勝負ではありながら不平等が存在しているため、合格最低点が低めに設定される辺境地域に戸籍を移す家庭も最近までは珍しくなかった。
学歴と収入が比例するシンプルな社会
2018年6月、受験生や保護者でごったがえす遼寧省丹東市の大学入試会場。
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加えて言えば、中国は日本とは比べものにならないほど「ハイパー学歴社会」だ。
中堅国立大学の日本語学科を卒業した新卒社会人の初任給は、大連など二級都市では月額4000元(約6万円)前後だが、トップ大学の大学院でITを専攻し、高い技術があると、日本円にして年収1000万円超えはざらだ(最近は著名大学卒でなくても、エンジニアの初任給は高騰している)。年収1000万円どころか、2000万円、3000万円もある。
学歴が高ければ昇進も早い。だから幼児教育から高校までの全ての教育過程は大学入試のために存在していると言っても過言ではない。日本は「なぜ大学に進学するのか」「学歴は必要なのか」に正解がない社会だが、中国は「学歴が高いほど稼ぎが増える」シンプルな構造になっている。故に入試が苛烈化する。
学歴至上主義と、人生がかかった入試まで4カ月余りのタイミングでコロナが拡大したことは、中国が即座にオンライン教育に移行した大きな原動力になった。
日本で言えば8月下旬にコロナが拡大し、緊急事態宣言に入ったようなものだと考えてもらえばイメージしやすい。中国の学校がそこから2~3カ月休校し、オンライン授業も提供せず、家庭に丸投げで入試に向かわせることになれば(これは高校だけでなく、高校受験を控えた中学生も同じだ)、その学校から生徒はいなくなるだろう。
中国は日本に比べると教師が尊敬されているが、保護者の教育への思いが強いため、指導力のない教師が担任になると普通に転校するし、家を買って評判のいい学区に引っ越すこともいとわない。
もちろん、中国全体に「思い立ったらすぐやる。失敗リスクは考えない」「非常時や経験したことのない事態への受容力が高い」ことも、オンライン教育の普及を促進したが、それよりも重要な要素は、TOEFLなどの資格試験が次々と中止になる中で、「目の前に迫っている大学入試だけは、スムーズに実施したい」という社会の強い思いだったと考えられる。
スーパーエリート校はオンライン決起集会
2020年7月8日、入試を終えた子どもを出迎える保護者(武漢市)。
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入試に向けた学習の指導はオンライン授業で補填された。休校時期が入試前のラストスパート期間でもあったため、範囲の縮小もなかった。ただし、感染が爆発した2月ごろには、いつ入試を実施できるか全く見えなかったし、受験生を心理面でどうサポートするかも課題だった。
河北省には、「エリート工場」「大学入試加工場」との異名を持つ「衡水高校」があり、河北省の北京大・清華大学合格者の3分の2は同校から出ている。
全寮制の衡水高校もコロナ禍で当然オンライン授業、自宅学習になり、その動向が全国的に注目された。同校は新型コロナの拡大が一段落し、教職員が学校に入れるようになった4月、運動場で生徒のいない決起大会を行い、オンラインで中継した。
そして3月31日、大学入試を当初の6月7日から1か月遅れて7月7、8日に実施することが発表された。この時点で、封鎖解除前の武漢市と、首都でリスクが高い北京市は「日程未定」だったが、その後しばらくして、両都市も7月7日に実施することが決まり、7月10日に中国全土で入試を終えた。
感染対策認められた宿は宿泊料上昇
2020年7月7日、マスクを着用し入試会場の前で列をつくる受験生たち(北京市)。
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中国には「With コロナ」に相当する言葉がない。あるのは「アフターコロナ(後疫情)」だけだ。だが、感染者を0にするのは不可能で、北京市は全ての受験生と教職員に対し、PCR検査を実施した。
6月中旬に北京の食品市場周辺で大規模なクラスターが発生したときも、受験生を守ることが最優先課題の一つだった。
現地メディアによると、クラスター発生で周囲の12地区が封鎖された。地域の責任者らは封鎖エリアに居住する受験生85人とその保護者に対し、24時間以上の間隔を空けて2回のPCR検査を実施。陰性証明書を発行した。北京市は統一入試に先立ち、6月20日に英語のリスニング試験を実施することになっており、封鎖地区の受験生が会場入りできるよう、最大限の配慮が取られたという。
入試当日は全国の試験会場にサーモグラフィーが設置され、「必勝」と書かれたマスクで応援する保護者の姿もあった。生徒のためにバスをチャーターする学校は以前から珍しくなかったが、2020年に限ってはバス会社の責任も重大だった。空調の温度設定、移動中の換気など、運転手も対策を徹底した。北京では、消毒や換気、ソーシャルディスタンスの確保など感染症対策を徹底していると判断された宿泊施設に受験生が殺到し、宿泊料が3割程度上昇したという。
豪雨で足止めされた受験生も
7月8日、江西省の豪雨で身動き取れなくなった高校生を救出するレスキュー隊(注:中国語で「中学」は日本語の「高校」を指す)。
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結果を見ると、中国は日本に比較すると迷走することなく大学入試を終えた。ただし、1カ月遅れたことで、例年ではありえないアクシデントも発生した。
九州では豪雨が続き甚大な被害が出ているが、中国も南部を中心に6月中旬に梅雨入りし、度々大雨に見舞われている。
湖北省や浙江省に隣接する中国東部の安徽省の一部地域では、入試初日の7月7日、「50年に1度」とも言われる豪雨に襲われ、道路が冠水して受験生が移動できなくなった。そのため政府は初日に予定していた国語と数学の試験を中止し、9日に予備問題を使って追試を実施。2182人が参加したという。
湖北省黄梅県では入試2日目の8日、大雨で受験生576人が足止めされた。この時は政府や有志がフォークリフトや船で受験生を代替会場に輸送し、時間をずらして試験を実施した。
中国は7月16日に4~6月の国内総生産(GDP)を発表するが、生産・消費の回復で実質成長率はプラス転換すると見込まれている。
実は7月2日、中国の検索ポータルBaidu(百度)トップページに表示されていた「新型コロナ情報特設サイト」へのリンクが「大学入試頑張れ」に置き換わった。
経済回復以上に、大学入試を無事終えられたことが、庶民にとっては「アフターコロナ」の大きな区切りになったように思える。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。