「差別は構造化されているから気付かない」という佐藤優さんの言葉にハッとさせられたシマオ。「自分も知らないうちに差別に加担しているのか」と戸惑うシマオに、佐藤さんは日本国内に存在する差別に関して言及する。
なぜ、NHKの解説動画は炎上したか
シマオ:これまでのお話で、人種差別の問題の根深さを痛感しました。そういえば先日、「Black Lives Matter」を解説するアニメーション動画が、差別的な表現だと、ネットで炎上していましたね。
佐藤さん:動画の主役となっているアフリカ系アメリカ人が、あまりにステレオタイプだったこと、その他にも偏見とも思える内容が問題視された件ですね。
NHKの番組『これでわかった! 世界のいま』の中で流れたアニメーション動画に関して、その説明や黒人の描き方が差別的であると批判が集まった。
シマオ:ムキムキの男性が白いタンクトップを着ている……というキャラクターでした。
佐藤さん:日本では以前から、広告、バラエティ番組などで、アフリカ系アメリカ人の有名人の真似をする時など、顔を黒く塗ったりしてきました。表現の自由という意見もあるかと思いますが、これは国際社会では認められなくなっています。
シマオ:知らなかったでは済まされない……と。それはなぜでしょうか?
佐藤さん:問題の所在は2つあると思っています。1つは、テレビという影響力を持った媒体であれば、国際的にそうした行為は差別だとされていることを認識されるという事実です。もう1つは、やはり「黒い」というのがステレオタイプだからです。アフリカ系アメリカ人の顔って、本当に「黒い」ですか?
シマオ:えっ……まあ、いわゆる黒ですよね……?
佐藤さん:その「いわゆる」ですよ。では、白人の真似をするのに顔を真っ白に塗りますか? 日本人の真似だといって顔を黄色く塗られたらどう思いますか? 私とシマオ君の肌の色は同じ「黄色(おうしょく)」でしょうか?
シマオ:確かに……。そもそも個人の肌の色を、一つの色で表すことなんかできないですものね。
佐藤さん:そういうことです。そもそも人種という概念自体が科学的根拠があいまいですし、人ぞれぞれに異なる肌の色を特定の人種に当てはめて見てしまうことが、差別なのです。
「人種を肌の色で判別することは科学的根拠がない。極めて曖昧な概念」という佐藤さん。
日本人は国内の差別に目を向けてこなかった
シマオ:日本人は、やはりそうした差別意識に鈍感なんでしょうか?
佐藤さん:そういうところはありますね。国内だってアイヌや韓国・朝鮮籍の人たちなどに対する差別は歴然とあったわけですが、そうしたことにあまり目を向けてきませんでした。
シマオ:最近はいろいろな国から働きに来る人が増えていますし、差別に対する意識をちゃんと持っていかないといけないですね。
佐藤さん:そもそも、多くの日本人は、もっと身近にある構造的な差別に気付いていません。
シマオ:身近……? どういうことですか?
佐藤さん:沖縄に米軍基地がたくさんあることは知っていますね?
シマオ:はい。
佐藤さん:在日米軍基地の面積比率で、どれくらいが沖縄にあると思いますか?
シマオ:どれくらいだろう……半分以上かな……?
佐藤さん:現在は、沖縄に約70%、本土が30%ほどです。ちなみに、1952年に日本が占領から独立した時点では、本土90%、沖縄10%。1972年に沖縄が日本に復帰した時点では、本土50%、沖縄50%ほどでした。
シマオ:どんどん増えてきている……。
佐藤さん:では、沖縄県の面積が日本国土に占める割合は、どれくらいだと思いますか?
シマオ:相当小さいですよね。1%……?
佐藤さん:わずか0.6%です。その0.6%の土地に、在日米軍基地の70%がある。それって、明らかに不平等ではないでしょうか?
シマオ:不平等ですね……。お話の流れだと、これも「差別」だということでしょうか?
佐藤さん:その通りです。
シマオ:でも、いろいろな政治的事情の結果ですから、一概に差別とは言えないような気もしますが……どうなんでしょう。
沖縄県民が差別されていると感じる理由
佐藤さん:2020年の6月15日に、河野太郎防衛大臣がイージス・アショアの配備計画停止を発表しましたのは覚えていますか?
シマオ:え、ちょっと分かりません。
佐藤さん:イージス・アショアとは、米国の弾道ミサイルに関する防衛システムのことです。秋田県と山口県に配備が計画されていましたが、当然ですが、地元からは反発を受けていました。ミサイルのブースター(推進補助装置)が地域へ落下するからです。
シマオ:住民が危険にさらされるわけですもんね。
佐藤さん:だから、陸上自衛隊は決められた範囲内に落下させるとしていたけれど、技術的にそれができないとなって、計画が停止されたわけです。
シマオ:それって、いいことじゃないですか?
佐藤さん:もちろん、民意が反映されたということで、民主主義国家としては正しいプロセスです。でも、それを見て怒ったのが沖縄の人たちだったんですよ。
シマオ:どうして沖縄の人たちが?
佐藤さん:沖縄では、普天間基地の辺野古への移設計画が進められています。サンゴ礁を埋め立てて作った基地に、航空母艦やオスプレイが配備される。それは単なる移設ではなく、実質的な負担増なわけです。
シマオ:沖縄の人の多くは反対していますね。
佐藤さん:しかも、移設予定地には海底に軟弱地盤があることが判明していて、技術的な欠陥も見つかっているわけです。私はよく便所掃除のたとえを出して説明します。
シマオ:便所掃除……⁉
佐藤さん:47人の学級があって、便所掃除をやらなければいけない。沖縄君は、かつてひと月のうち3日間担当していました。それだって少なくないわけですが、いつの間にか5日になり、いまでは21日になっている。その理由が、お前の席が便所に近いからだというものです。おまけにいつのまにか、廊下掃除までやらされそうになっている。
シマオ:……。
佐藤さん:だからといって、誰に感謝されるわけでもない。みんな便所掃除はやりたくないのに、自分がやらなくてよくなれば忘れてしまう。何度も言うように、それが「構造的」ということです。
シマオ:話を戻すと、要は秋田や山口の意見を日本政府は聞いてくれたのに、なぜ沖縄の言うことは耳を傾けてくれないんだ。それは差別じゃないか、というわけですね。
佐藤さん:そうです。沖縄の民意と秋田や山口の民意は、異なる扱いをされていると、沖縄県民は感じています。差別は身近なところにある。私たち日本人は、そこに気付かなければなりません。
※本連載の第24回は、7月22日(水)を予定しています 。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。昨年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、撮影・竹井俊晴、イラスト・iziz、編集・松田祐子)