ETIC.代表理事の宮城治男(48)は、
「コロナショックは2011年の東日本大震災にも増して、大きな価値観の転換点となるだろう」
と予測する。
コロナウイルスの感染拡大は、世界規模のパラダイムシフトを引き起こした。
「競争力や生産性とは真逆の『ステイホーム』が良しとされ、身分や貧富に関係なく、誰もが等しく感染リスクを抱えた。金を稼ぐ、出世するといった従来の価値観がリセットされ、本当にしたいこと、大事なものは何かを考える契機にもなった」
資本主義社会では自明であったはずの「勝つ」という概念すら覆した。
ベンチャーの成長を考えた時、日本はGAFAをはじめとするテックジャイアントを輩出したアメリカに、大きく後れを取った。
だが、そのアメリカはコロナウイルスの感染拡大を食い止めることはできず、世界最大の感染地となった。一方、日本は感染者数だけで見ると、アメリカをはるかに下回る。
「日本人のベーシックな価値観が、被害拡大を抑える何らかの役に立ったのかもしれない。価値観は混とんとし、アフターコロナの世界で何を育むべきか、答えはまだ誰にも分かっていない」
一方でコロナ禍は、宮城がこれまで崩そうとしてきた「親世代の枠組み」を覆す、大きなチャンスももたらした。
「大企業的な存在と非営利組織、金持ちと貧しい人などがフラットな立場に置かれたことで、お互いの融合も進むのではないか。両者の仲立ちをするのが、社会起業家の役割だ」
地域起こしの源は魅力ある個人。若者を地方へ
地域ベンチャー留学では、社会貢献意識の高い若者が地方に出かけ、地元の人と出会い刺激を受けることで、地域起こしの担い手に育っていく。
提供:ETIC.
東日本大震災後、ETIC.はボランティア派遣のほか、復興に取り組むリーダーに1年間、若手人材を送り込む「右腕派遣プログラム」などを実施した。
「被災地に派遣された若者たちは、現地のおじさん、おばさんたちと語り合う中で、生死と向き合った被災者の人生観や、自然の中で生きるリアリティに大きな影響を受けた」
と、宮城は回想する。そこでは復興支援を「してあげる」はずの若者を、被災者が成長させてくれるという逆転現象が起きていた。
地域起こしに取り組む時、最も必要なのはこうしたパラダイムシフトだと、宮城は考えた。
ETIC.は、被災地での経験を全国の地方創生に生かすべく、若手人材の派遣事業「地域ベンチャー留学」「YOSOMON」などのプログラムを始めた。
大塚楓さん(26)は大学3年だった2015年、「地域ベンチャー留学」に参加した。
大塚さんが2カ月間派遣されのは、食肉加工・販売などを手掛ける平田牧場(山形県酒田市)。翌年、同社に入社した。
「インターン中に、無添加食品へのこだわりや地元への貢献に前向きな姿勢に触れ、この会社に入りたいと強く思うようになった」
宮城は
「地域の魅力の源泉は、そこに住む人であり、住民同士のつながりだ」
と強調する。大塚さんのように社会貢献への意識が高い若者を、地域起こしの担い手に育てることが、プログラムの狙いだ。
自治体がいくら規制や助成金などのツールを駆使しても、課題解決力や人間的な魅力を備えた人材を育てたり、外部から呼び込んだりするのは難しい。
「『お上』が答えを用意して住民を導くのではなく、住民一人ひとりがコミュニティに働きかけるよう、矢印を逆転させなければ地域の課題は解決できない。自治体トップに必要なのは、行政組織と住民の間に立ってパラダイムの転換を仕掛ける、社会起業家的な力だ」
求められる「社会起業家型」人間
撮影:竹井俊晴
さらに宮城は、官僚やビジネスマン、政治家などあらゆる領域の人が「社会起業家型」に変わる必要があるとも主張する。
「例えば官僚の世界でも、上の指示に従い、歯車として動くという従来のイメージにはまった人はもう機能しなくなる。『こんな社会を実現したい』という自分の意思を持ち、現場のプレーヤーと一緒にボトムアップで政策を作っていく人材が求められている」
宮城は、官民協働の留学プロジェクト「トビタテ!留学ジャパン」の立ち上げに携わるなどして、「社会起業家型」の生き方を若い世代にも広めようとしている。
7月24日に開くYouTubeのオンラインイベント「Hack the World」https://youtu.be/0_avZ2-jwQoも、その一つだ。登壇者は、10~20代の若者たち。すでに途上国などで社会課題の解決に取り組んでいるリーダーたちや、修学旅行の中止を受け、リアル以上に面白い「オンライン修学旅行」づくりに挑む、学生らの活動を紹介する予定だ。
「この世代には、進学や就職など人生の大きな岐路で、コロナショックに襲われた人も少なくない。そんな彼らに、人生は自分たちの力で面白くできること、そして自分たちも、社会課題を解決する側に回れることを伝えたい」
と、宮城は意気込む。
ETIC.は「麹」。人を醸して変えていく
「YOSOMON」プログラムの参加者たち。宮城は政治家やビジネスパーソンなどこれからの時代はあらゆる人が「社会起業家型」になる必要があるという。
提供:ETIC.
高齢化社会に過疎、子どもの貧困、経済格差……。社会起業家が挑む山は高い。さらに宮城によれば、NPOの活動は環境や農業問題への取り組みが目立った2000年代から、近年は教育や子ども支援、福祉や地方創生など「人の心の動きを扱う活動」へと移り、より繊細な心配りも求められるようになった。
自己犠牲の精神が強い社会起業家は、目の前で苦しむ人たちを見て「すぐに救わなければ」と思い詰め、燃え尽きるまで走り続けてしまいがちだ。活動を一人で背負い込んで視野狭窄に陥り、組織のメンバーと思いを共有できなくなってしまうこともある。
こうした事態を避けるためにも、
「NPOがビジネスセクターなど、さまざまな領域の人と協働することには価値がある」
と、宮城は指摘する。
課題を他人とシェアすれば、リーダーの負担は軽くなり、組織の持続可能性も高まる。社会に新しい視点でアプローチできるようになり、より多くの人に影響を与えられるかもしれない。
そのためにもETIC.のような団体が、若い世代にインターンやボランティアの機会を提供する必要があると、宮城は考えている。人生の早い時期からソーシャルセクターでの経験を積み、NPOと融合しやすい人材になってもらうためだ。
「これからも、一見全く別の領域に住む人同士の橋渡しをしていきたい。ETIC.は麹のように人を醸し、変化させる存在でありたいと考えています」
(敬称略、明日に続く)
(文・有馬知子、写真・竹井俊晴)
有馬知子:早稲田大学第一文学部卒業。1998年、一般社団法人共同通信社に入社。広島支局、経済部、特別報道室、生活報道部を経て2017年、フリーランスに。ひきこもり、児童虐待、性犯罪被害、働き方改革、SDGsなどを幅広く取材している。有馬知子:早稲田大学第一文学部卒業。1998年、一般社団法人共同通信社に入社。広島支局、経済部、特別報道室、生活報道部を経て2017年、フリーランスに。ひきこもり、児童虐待、性犯罪被害、働き方改革、SDGsなどを幅広く取材している。