撮影:竹井俊晴
ETIC. 代表理事、宮城治男さん(48)が若い世代に抱く期待、そして送りたいメッセージとは。
28歳のころ、私はビットバレーでの活動を休止し、社会起業家の育成へと舵を切りました。きらびやかな金銭的な成功に象徴されるITベンチャー起業家から、営利を求めずストイックに見えるNPOのリーダーたちへと、支援対象を180度変えたように見えるかもしれません。しかし私の中では、完全に地続きの活動です。
ITベンチャー支援では、大企業を頂点とする日本社会のヒエラルキーから、社会起業家の育成では資本主義というシステムから、それぞれ人々を解き放ちたかった。「社会の窮屈な枠組みから自由になる」ことが、この仕事を始めて28年間、一貫したテーマなのです。
ピュアで自分をだませないZ世代
今の若者たちは「ソーシャルグッドネイティブ」と呼ばれることがあります。私も日々、彼らと接する中で「困っている人を助けて『あげる』のではなく、自分が気持ちいいから当たり前のこととして他人に尽くす」という美質を持っていると感じます。コロナショックと東日本大震災は、若者の「ソーシャルグッド」への志向性を、一層強める結果になりました。
私たちは思春期のころ、自分の「本当にやりたいこと」とかけ離れた大人たちのシステムに反発しました。ただ、大人にだまされたふりをしてシステムに乗り、「違うんだよなあ」という違和感を抱えつつ、したたかに生きる仲間もたくさんいました。
しかし若者たち、特にミレニアル世代に続く「Z世代」は、私たちよりはるかにピュアで、自分をだまして生きることが苦手だと感じます。豊かさの極まった社会に生まれ、デジタルネイティブでもある彼らは、ネットを通じてある程度、先を見通せてしまう。特に繊細な人は、未来に明るいものを見いだせず、行き詰まって心に病を抱えたり、ひきこもってしまったりすることもあります。
しかし私は、彼らの感性に大きな可能性が秘められていると思います。
社会課題解決に後ろ向きな企業は就職したくない
ETIC.主催の社会起業塾の様子。今の若い世代は就職先を選ぶときも社会課題にどう向き合っているかを重要視するという。
提供:宮城治男
ETIC.の起業家育成プログラムに参加したある学生は、各企業の社会課題の解決力に着目した就活サイトを作るという事業プランを提案しました。私は高く評価したのですが、彼は真顔で「なぜ今まで、同じような事業がなかったんでしょうか?」と聞くんです。
我々の世代は総じて、企業規模や収入、待遇などを基準に就職先を選びました。「社会課題を解決するかどうか」という評価軸は存在しなかったのです。しかしZ世代にとってはその基準が「ない」方が不思議で、社会課題の解決に後ろ向きな企業には、就職したいとすら思わない。そんな彼らのセンスをてこに、社会を変えて行けるのではないかと期待しています。
社会を良くすることが生きがい、という若いリーダーが次々と生まれ、課題がどんどん自律的に解決されていくという循環が、近い将来、さらに加速するのではないでしょうか。
コロナが問いかける「学校へ行く意味」
東日本大震災のボランティア体験を通じて、働くこと、仕事の意味を問い直した人は少なくない。
Reuters /Jo Yong Hak
コロナショックに伴う臨時休校は、Z世代の若者や子どもたちに「学校に行かないことが正しい」という、従来と真逆の価値観を突き付けました。
ひとたび価値観が覆されてしまうと、子どもたちはたとえ休校が終わっても、唯々諾々と学校に戻ることはできません。「なぜ学校に行くのか」を自分に問いかけ、「行く」という選択をし直さなければならないのです。
親など周囲の大人たちにこの問いを投げかけた結果、彼らですら学校に行く理由をまともに答えられないことに、気付いてしまった人も多いでしょう。
「学校というのは休まず行くものなんだ。いいから言うことを聞け」という頭ごなしの命令は、もう通用しません。「どうして学校に行かなきゃならないの?」という子どもたちの問いに、これから大人たちは真摯に応えなければいけない。
そして以前と変わらない教育システムのままでは、子どもたちの意識の変化に対応できません。教育現場も変化を求められています。
「合理的過ぎていないか」自分に問い直して
社会起業家という生き方は、Z世代の気質と重なり合う部分が大きいと思います。しかしETIC. のプログラム参加者を見ていると、優秀な半面、大人の空気を読むことに長けている人も多い。事業プランを作る時も、大人たちに自分の能力を証明したいと思うあまり、利益や組織拡大など既存の価値観に同調してしまう人がいます。その結果、本当にやりたい事を見失ってしまうのです。
3月に開かれた18歳以下の社会起業家育成プログラムで、ある高校生は「お金にとらわれ合理的になりすぎて、好奇心旺盛だった自分を忘れていた」と話し、作っていた事業プランを土壇場で撤回しました。高校生で「合理的すぎる」自分に気付くなんて、知恵深いと思いました。
若い世代の皆さんは、自分が同調圧力に引きずられていないか、本当に大切にしたい、心からやりたいこと、寝ても覚めても楽しくやれることは何なのか、何度でも向き合い直してください。これまでの取り組みをリセットして原点に立ち戻り、もがくことも大事です。
撮影:竹井俊晴
たとえ起業して失敗しても、それが経験値として評価される時代でもあります。大人たちが、「リスク」を云々するのを見て心配になるのかもしれませんが、これからは挑戦しないことの方がリスクと言えるのです。変に大人のマネをする必要はない。起業に限らず、社会への挑戦、自分への挑戦を楽しんでほしいと思います。
またピュアでいるのは大事ですが、前の世代が備えていた「大人にだまされたふりをして、あえてシステムに乗る」、確信犯的なしたたかさが、時には役に立つことも覚えておいてください。営利目的に作られたプラットフォームや資金も、社会課題の解決に使えば、善なるものへ還元できるかもしれないのですから。
おカネや権力は絶対の価値を持たなくなり、今や成功も失敗も、その定義すら自分で決められる。私たちは、かつてないほど自由で豊かな選択肢を持っているのです。なのに既存の枠組みにとらわれ、可能性を閉じてしまうのはもったいない。
皆さんの前に広がる未来は、まだ誰もクリアしたことのないゲームのようなものです。設定だって自分で決められる。『やりたいようにプレイし、楽しんだもの勝ち』だと思える人にとって、この時代は大きなチャンスだと思います。
(敬称略、完)
(文・有馬知子、写真・竹井俊晴)
有馬知子:早稲田大学第一文学部卒業。1998年、一般社団法人共同通信社に入社。広島支局、経済部、特別報道室、生活報道部を経て2017年、フリーランスに。ひきこもり、児童虐待、性犯罪被害、働き方改革、SDGsなどを幅広く取材している。有馬知子:早稲田大学第一文学部卒業。1998年、一般社団法人共同通信社に入社。広島支局、経済部、特別報道室、生活報道部を経て2017年、フリーランスに。ひきこもり、児童虐待、性犯罪被害、働き方改革、SDGsなどを幅広く取材している。