撮影:竹井俊晴
ポストコロナの時代の新たな指針、「ニューノーマル」とは何か。各界の有識者にインタビューをしていくシリーズ。今回訪ねたのは、デロイトトーマツベンチャーサポート社長の斎藤祐馬氏。
コロナによって資金繰りなどが厳しくなり、スタートアップには冬の時代到来か、とも言われていたが、実際はどうなのか。長年、ベンチャー支援に取り組んできた斎藤氏に聞いた。
——新型コロナウイルスによってスタートアップには「冬の時代」が来るとも言われていますが、斎藤さんはスタートアップ全体にどのような影響を及ばすとお考えでしょうか。
まず、短期的には資金繰りが難しくなるでしょう。基本的にスタートアップは、半年から1年分の資金を調達して事業を拡大し、資金がなくなるたびに調達を繰り返しています。基本常に赤字なので、資金調達できないと経営が苦しくなる。
一方、この4-6月で何とか生き残るために、オフィスを解約したり、規模を縮小したりなどコスト削減に努めることで、資金繰りに目途が付いてきた企業も多く出てきました。
——生き残りの明暗を分けたものは何でしょうか?
業界によるところが大きいと思います。今回、観光やインバウンド業界に関しては、経営者の能力の問題ではない。そういう分野は5~10%あります。さらに、その周辺分野を含めると2割くらいの業界がコロナの直撃を受けています。
一方で、オンライン化を主力事業としている企業は総じて好調です。例えば、ベルフェイスのようなオンライン営業、オンライン診療やオンライン教育などの分野は一気に波が来ています。
海外はレイオフがすぐにできるのですが、日本は解雇に対する法的な規制が強いため難しい。そのため、雇用調整助成金を使って従業員を出向させることで何とか乗り切っている企業もあります。
——この影響はどのくらい続くと見てらっしゃいますか。
リーマンショックのとき、日本は金融系VC(ベンチャーキャピタル)が多かったのもあり、スタートアップへの投資を控えたVCが多かった。一方、独立系VCが多いシリコンバレーは比較的投資が戻るのも早かった。
ここ十数年で、日本にも独立系VCがかなり増えたので、投資資金は潤沢にある。スタートアップが一気に資金不足になる状況ではないし、中期的に見れば、波に乗っている企業は資金を集められると思います。
今コロナによって世界的に大きな変化が起きているわけですよね。こうした変化のときに社会の序列が変わるので、スタートアップにとっては間違いなくチャンスだと思います。今後、まさにニューノーマルの時代に合った新しいビジネスが生まれてくるのではないでしょうか。
スタートアップの中でもオンライン診療、オンライン教育などの事業を手がけている企業は事業が成長しているという。
Shutterstock/metamorworks
——リーマンショックのときと比べて、スタートアップの社会的地位が上がったことも大きいでしょうか。
それは大きいと思います。この十数年でスタートアップが変化した点は2つあります。
1つ目は業界構造です。昔は、ネットはネット、リアルはリアルで事業が完結していました。例えば、2000年前後に出てきたネットベンチャーは、リアルと対話をしなくてもネットの中だけで事業拡大できた。それがいまは、モビリティのデジタル化のように、「リアルをどうデジタル化するか」という流れになり、スタートアップが社会に必要な一つのファンクションになってきています。
2つ目は人材です。日本でも、最近ようやく東大生の1割程度がスタートアップに行く時代になった。さらに、ここ数年で社内起業も含めて大企業のなかでも優秀な人が起業するようになりました。
業界構造と人材のクオリティ、この2点が変わったことが大きい。その結果、スタートアップの社会的地位が向上し、今回、第2次補正予算にもスタートアップ向けの支援策が大きく盛り込まれました。
——先ほど、教育や医療などをオンライン化した企業は、むしろコロナで事業が拡大したと指摘されました。今後コロナが成長する企業と淘汰される企業の分岐点となるようなことはあるのでしょうか。
2000年に「ドットコムバブル」と呼ばれた時代がありましたが、今回は「ビンテージ2020」という言葉が世界的に叫ばれています。かつてガラケーからスマホに変わったときに、スマホネイティブの企業が躍進しました。
同様に今回は、コロナネイティブの企業が世界を席巻すると言われているので、今後どんなスタートアップが出てくるか注目しています。
弊社のスタートアップ300社調査によると、この3、4カ月で、スタートアップの6割がコロナ対応の新サービスをリリースし、5割がビジネスモデルをコロナシフトしています。
例えば、バカン(VACAN)という空席情報サービスのスタートアップです。スーパーやドラッグストアなどの混雑状況をリアルタイムで表示することで、「3密」を回避できるサービスを展開し注目を集めています。もともとは東京駅や羽田空港のレストランなどに導入されていたサービスですが、この数カ月でコロナシフトしました。
状況に応じてスピーディーに変化できるのが、スタートアップならではの強みです。こうした新規事業の取り組みの中からメガベンチャーが生まれるのだと思います。
レストランなどの空席情報サービスを、スーパーやドラッグストアに転用した事例も。
Shutterstock/Pavel L Photo and Video
——それでもAirbnbは今回1900人をレイオフしました。WeWorkも、これからコワーキングという概念がどうなるかわからない状況で、これまでの事業モデルのままでいけるのか、と思います。
イノベーションのジレンマで、企業規模が大きくなればなるほど固定費が上がります。そうなると、従業員を養うために、本来のビジョンとはかけ離れた仕事をせざる負えない状況になってしまう。企業が持つ資産に対するリスクが大きくなった時代だと思いますね。
一方、今までは規模が小さいスタートアップは弱者だった。それが逆にチャンスになる面白い時代だと思います。
——確かにアリババは2002年のSARSのときに成長しています。外出できないことでECが加速したと言われています。斎藤さんは、今後どういう企業が伸びそうだと思われますか?
スタートアップの歴史を振り返ると、メルカリなどto Cサービスでメガベンチャーになった企業は多いが、to Bで大きくなった企業はあまりない。近年、ベンチャーもテレビCMができるようになったこともあり、メルカリがベンチャーだと思っている人はほとんどいないと思います。
知名度がない企業は信頼できないといったある意味の「与信」がベンチャーの成長を阻んできた要因です。しかし、今回Zoomを導入する大手企業が増えましたよね。こうしたBtoBサービスを使わないと生き残れないとなれば一気に普及するので、今後スタートアップサービスのto Bのマーケットは10倍くらい増えるのではないかと思います。
撮影:竹井俊晴
例えば、弊社のOBがやっているVoicy(ボイシー)は、いま社内ラジオのサービスを始めています。自動車メーカーの工場内で流れていた社内放送が在宅になって聴けなくなった。コロナでコミュニケーションのあり方がデジタルに偏りすぎると人とのつながりが感じられなくなります。そこで、肉声を聞くために、社内放送の代わりにボイシーを導入したそうです。これもコロナシフトの一例ですね。
私たちが毎週木曜日に続けているスタートアップの起業家に登壇してもらうモーニングピッチに出てもらったら、かなりの反響がありました。
——モーニングピッチは、いまはオンラインで開催されているんですか?
そうです。リアルでは百数十人参加だったのが、いまは400人近い方に参加していただいています。
もちろんリアルでつながりたい。名刺交換したいという方も一部いらっしゃいますが、特に地方の方はオンラインイベントによって情報格差が小さくなったので、これから地方で起業しやすくなりますよね。
——地方のベンチャーはどういう分野に注目されていますか?
地方は過疎地域の課題解決を目的としたベンチャーや都会では実証実験しにくい農業系ベンチャーが多いです。例えば、佐賀県には竹炭を使った青果物鮮度保持剤を開発したベンチャーがあります。この鮮度保持剤を使うと傷みやすい葉物野菜でも航空便ではなく、船便で輸送できるものという画期的なベンチャーです。
社長は70代の方で、お兄さんから会社を継いだ事業承継型のスタートアップです。
東京はリソースもあり、ゼロから立ち上げる0→1がやりやすいですが、地方は難しい。そのため、地方は老舗の後継者・2代目による家業の技術とテクノロジーを掛け合わせたベンチャーが多いですね。
星野リゾートやBAKEもそうですし、駄菓子で有名なブラックサンダーの2代目社長も新しいビジネスを仕掛けています。ファーストグループの藤堂高明さんも事業承継型スタートアップですが、自動車整備業界の知見を活かして、渋谷で新たなITサービスを開発しています。こうして自身が持っているアセットとテクノロジーを掛け合わせるのは面白いなと思いますね。
——ここ数年のスタートアップバブルと言われていたイメージとは、ちょっと違いますね。
そうですね。先日、長野でベンチャーサミットを共催したのですが、2代目で新しいビジネスにチャレンジしようとしている人がたくさんいました。日本の中小企業には、そういうパワーがあるんです。
ただ、借入以外の資金調達スキームを知らない人が多い。例えば、ジョイントベンチャーをつくったり、子会社の株で資金調達したりする手法を知っていれば、もっと挑戦できるんです。私たちは、そうした手法を伝えていくことで事業承継型のベンチャーを増やしたいと考えています。
7年前に全国47都道府県でベンチャーサミットを開催しました。そのオンライン版を5月から浜松市を皮切りにスタートしました。そのターゲットの一つが、後継者・2代目社長です。
また、もうひとつ重要視をしている取り組みが、社内ベンチャーなどによる大企業内30代社長の創出です。
これを、それぞれ300人ずつ創出するためのエコシステムをつくりたいと考えています。
撮影:竹井俊晴
——一時期、大企業もスタートアップに積極的に投資したり、協業したりというムーブメントがありましたが、そうした動きに変化はありますか?
弊社が4月中旬に大企業300社を対象に行った調査によると、約9割の企業が2019年よりスタートアップへの投資を減らすというデータがあります。ただ、少しずつ日常の活動が戻り始めているので、積極的に投資していこうという企業もあります。
先日オリエンタルランドもこの環境下でCVCを設立し、話題を呼びました。
——コロナはこれまで社会にあったいろいろな矛盾や課題を浮き彫りにしたと言われています。例えばBlack Lives Matterの動きに欧米企業は即座に反応して、人権などにより配慮する姿勢を見せています。日本企業はこういう問題に対する感度が低いと海外からは見られていますが、スタートアップでもこうした社会の価値観の変化に敏感であることは重要だと思います。この点についてどうお考えですか?
今まではオフィスでの長時間残業、飲み会、ゴルフなどのリアルに強い男性が出世する社会でした。しかし、このまま在宅勤務が進めば、時間的なハンデがなくなるため、実力勝負の世界になるでしょう。
弊社の子育て中の女性社員は配偶者の転勤によって時短勤務を希望していたんです。でも、コロナを機に在宅勤務になったことでフルタイムのまま続けることになりました。日本はいまだに出産や育児を理由に離職する女性が多いですが、この問題を解決するためにも、優秀な女性が子育てをしながら働き続けられる在宅勤務のベースをつくるべきだと考えています。
そのベースを構築できれば、仕事で結果を出せる女性は出世するし、女性役員も増えると思います。少子化が進み働き手が減る中で、在宅シフトによる女性活躍の推進は本当に重視すべきポイントだと思います。
在宅ワークを定着させるには、経営層の若返りが必要だという。
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——女性起業家も増えるでしょうか?
オンラインで仕事ができる環境さえ確立されれば、必ず増えると思います。出産をリスクと考えるVCもまだ一定数いますが、在宅勤務で定着すれば時間的なハンデがなくなりますし、女性はもともとマルチタスクに長けています。Zoom会議などをしていると体感されていると思いますが、リアル参加とデジタル参加の方が混在しているとデジタルの方が不利ですが、全員がデジタルの社会になるとよりフェアになると思います。
——とはいえ、大企業では100%出社を推奨している企業もあります。日本でオンライン化は定着するのかなと懐疑的なのですが。
そこで重要になるのが、経営層の若返りです。弊社だと平均出社率は5%程度なのですが、デジタル化を徹底すると運営は十分に可能です。もちろん業界にもよりますが、大企業でもデジタルが得意な若手のリーダーが増えれば、デジタル化の推進速度合は加速しやすい。
そういった観点でも若いリーダーという意味で社内ベンチャーなどで大企業の若い社長を増やすのが大事だと思います。成功のロールモデルができれば、他の企業も追随するでしょう。その風穴を開けるリーダーを増やしていくべきだと考えています。
——その風穴を開けるために、どういうことをやっていきたいですか?
大事なことは啓蒙活動と仕組みづくりになると思います。
啓蒙の観点でいうと、実は日本で1兆円以上の時価総額のベンチャー企業は5社あるのですが、そのうち楽天以外はエムスリーやMonotaRoなど大企業内社内ベンチャーとして生まれています。大企業の中の社内ベンチャーはうまく行かないイメージを持たれている方は多いですが、実は親会社に迫る時価総額まで成長している会社もあります。この点は若い経営者による大企業内の社内ベンチャーを増やしていく上で注目すべきポイントです。
また仕組みでいうと、大企業から社長を出す方法の一つに社内新規事業制度があります。ある大手企業では新入社員も応募でき、入賞すると子会社社長及び本社での部長待遇を約束する新規事業制度を導入したところ500件もの応募がありました。
かなり積極的に取り組んでいるある超大企業でも、初回は300件くらいですので、かなり多いですよね。このように職員に新しいことに挑戦をするインセンティブをきちんと与えることで、リスクをとってチャレンジすることが評価される環境をつくることが大事だと思います。
SMBCクラウドサインの三嶋英城社長。
撮影:横山耕太郎
例えば、JR東日本の子会社30代社長である阿久津智紀さんはベンチャー企業とジョイントベンチャーを立ち上げ、高輪ゲートウェイ駅に無人コンビニ「TOUCH TO GO」を出店しました。SMBCクラウドサインの三嶋英城さんのようにSMBCの信用力とリーガルテックを掛け合わせたビジネスモデルに挑戦している大企業内30代社長も生まれています。ほかにも三菱地所、三井不動産、関西電力などからも、20代、30代の社長が出ています。
ここ数年で、スタートアップのエコシステムはできてきました。これからは大企業から20代、30代社長を出すエコシステムをつくりたいと考えています。
今の日本では、良いピッチャーがスタートアップに集まっても、キャッチャーとなる大企業の人がいないから、大きなイノベーションは起こせない。両者は補完関係にあるので、大企業内の30代社長が増えれば増えるほど、スタートアップも伸びてくる。
また、デジタルに強く、大企業で一定のパワーを持っているのが30代です。そういう意味でも、大企業内の30代で起業する人が増えれば、社会の流れは大きく変わると思います。
——近年、優秀な学生が起業するなどの動きはできていました。しかし、コロナの影響で就活が厳しい状況になり、安定志向の学生が増えたと思いますが、その点はどう見てらっしゃいますか?
中間層の学生は揺れ動くかもしれませんが、優秀層に関して言えばチャレンジして何かやろうというマインドはあまり変わってないと思います。一般企業は固定給、コンサルティングファームは成果報酬、起業家は株式によるキャピタルゲインによるリターンという収入構造にみんな気付いているので、優秀層の学生は、起業するのがやりたいことを実現する意味でも、リターンの意味でも一番レバレッジが効くと分かっているからです。
とはいえ、優秀な学生の中には医師や弁護士、官僚を目指す人もまだ多いので、ビジネスの分野に残る最優秀層の学生の割合は多くても6割くらい。その中で起業するようなトップ層の割合はさらに少ない。この層を増やしたい。ここ数年で、最近上場したメドレー社のように起業する医師も出てきたので、このように起業してレバレッジを得るのが優秀層の常識になるような流れをつくりたいですね。
(聞き手・浜田敬子、構成・松元順子)
斎藤祐馬:デロイトトーマツベンチャーサポート社長。1983年生まれ。慶應義塾大学経済部卒業後、監査法人トーマツ(現・有限責任監査法人トーマツ)に入社。2010年トーマツベンチャーサポート株式会社の立ち上げに参画。同社事業統括本部長などを経て2019年より現職。