撮影:竹井俊晴
重い障がいのある人たちを対象に訪問介護サービスを提供するユースタイルラボラトリーで、COO(最高執行責任者)を務める高浜敏之(47)は、大畑健(40)が同社を創業して間もない時期に加わった。
高浜は、障がい者に関連する諸制度の整備や権利の拡大を目指す社会運動に長く携わってきた。
一方、CEO(最高経営責任者)の大畑は、会社員としてのキャリアは合計で2年余り、外資系証券会社の日本株ディーラーなど「稼ぐが勝ち」の世界を経て、介護の分野で起業した。
大畑の母きぬ代(70)が運営していたグループホームで、高浜がアルバイトとして働き始めたのが縁の始まりだった。
2012年5月、ユースタイルラボラトリーが中野にデイサービス土屋を立ち上げた際に、高浜は最初の所長になった。
最初は運転手、介護から一歩引いていた
ユースタイルラボラトリーCOOの高浜敏之。この8年間、事業の拡大のため全国を飛び回ってきた。
提供:ユースタイルラボラトリー
立ち上げ当初、大畑は会社の株の55%を保有していたものの、代表取締役はきぬ代が務めていた。大畑は、人手が足りない時にグループホームの利用者の送り迎えをする車の運転手をしていたが、そうした仕事を除けば、介護事業からは一歩引いていたようだ。
高浜は「健(たけし)さんはたまに送迎を手伝ってくれたが、最初の半年ぐらいはほとんど顔を出さなかった」と話す。
当時の大畑にとって、介護は「母親の手伝い」。自分が本腰を入れて取り組む対象ではなかった。
ユースタイルラボラトリー設立の少し後、大畑はウェブサービスの会社を2社立ち上げている。いずれも動画配信のネットフリックスを思わせるサブスクリプション型のサービスだった。
一つはフィットネスやヨガ、ダンスなどの教室やジムと提携し、月額利用料を払えば、好きなジムに行き放題というサービスだ。もう一つはネクタイのレンタルで、月額利用料を支払うと使い放題という内容だ。
「金融機関的な考え方で、複数の事業のうち、どれかは当たるだろうと考えていた」
大畑の言葉どおり、ほぼ同じ時期に立ち上げた事業のうち、ユースタイルラボラトリーが大きく成長し、結果から見れば他の事業は思うように育たなかった。
「他の事業は、創業メンバーみんながコンサルタントのようで、他人事みたいな事を言っているだけだった。当事者意識の面で、反省することが多かったなと思っている」
急拡大の背景に成果報酬制度
一方、中野区の高齢者向けのデイサービス事業は立ち上げ当初こそ、利用者の確保に苦しんだものの、徐々に軌道に乗り始めた。
2012年2月に会社を設立し、5月にデイサービスを立ち上げた後、9月ごろまでには利用者も確保し、売り上げが費用を上回る見通しが立ち始めた。
大畑と高浜は、この時期には2軒目のデイサービスの立ち上げに着手し、設立から2年ほどで、都内に5軒を運営するようになっている。高浜は、当時をこう振り返る。
「最初の社長だった健さんのお母さんが、ケアマネージャーとのネットワークも持っていたから、ほとんど営業しなくても利用者からの依頼は来ていた。健さんは、2号店を出したあたりから週に1度くらい、顔を出すようになってきた」
急拡大の背景には、大畑が採用した成果報酬の制度もある。立ち上げからしばらく、事業所の利益の一部が、所長の給与に上乗せされる仕組みを採用していた。大畑は「会社とスタッフの利害の一致」を狙った制度だと説明する。
「会社の利益が伸びれば、自分の稼ぎが伸びる。僕は、マネージャーたちがどう人生に仕事を含め目標と意義を見出していけるかをサポートしてきたつもり。一方で、マネージャーたちには、スタッフの人生を良くするよう努力してもらう」
大幅に引き下げられた介護報酬
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一方で、事業の今後に大きく影響する、政府の動きがあった。国は2015年度に、デイサービス関連の介護報酬を大幅に引き下げた。
介護事業者は、利用者に対してサービスを提供し、国から介護報酬を受け取ることで成り立っている。それだけに、ユースタイルラボラトリーの経営は、国の方針に大きく左右される。
高浜はこの国の方針転換を受けて、大畑らと「今後はデイだけでは厳しくなるねという雑談はしていた」と振り返る。
大畑は、自社を取り巻く事業環境をこう考えていた。
「厚生労働省の方針を考えると、2012年に参入した時点で、デイサービスが頭打ちになるのは目に見えていた。高齢者の数が増えるほどには介護の予算は増えていかない。そうなると、介護保険に会社の将来をベットするのは危険だ」
実際、2015年の介護報酬引き下げを境に、小規模デイサービスは撤退が相次いでいる。
半年で利益を出さなければ撤退
同社の中核事業となっている重度障がい者向けの訪問介護は、この時期に始まった。参入を決めた背景には、入社前から重度障がい者の支援に長く携わってきた高浜の強い思いもあった。
重度訪問介護の事業所で、最初の責任者となったのは、2013年6月に入社した中原洋(38)だ。
起業を考えていた中原は、デイサービスの事業を学べる場として同社を選択したが、入社から1年ほどで、重度訪問介護事業の立ち上げを担当することになった。同社にとっては新規事業の重度訪問介護も、ビジネスとして軌道に乗せるのは難しいと見られていた。
「重度訪問介護は、高齢者の介護報酬と比べて報酬単価が低い。業界では儲からなくて有名だったから、営利企業がなかなか参入してこなかった」(中原)
最高人事責任者の中原洋。2020年は2400人を採用する計画だ。
撮影:小島寛明
大畑も高浜や中原に対して、「6カ月で成果が出ないなら、継続は難しい」と告げていた。
立ち上げ当初の重度訪問介護事業は、創業期に立ち上げた中野のデイサービスの一角を間借りした。中原に課せられていたのは、半年で一定の利益を出すことだ。
介護事業は、利用者に提供したサービスに対して介護報酬が支払われる。利益を出すには、まず利用者と介護を担うヘルパーの確保が必要になる。
そこで中原らが選んだのは、ALS(筋萎縮性側索硬化症)や脳性麻痺、頚椎損傷など、夜間の見守りが必要な人たちへのサービス提供だ。
利用者の自宅を夜間に訪問し、トイレや寝返り、水分補給などを補助する。
この仕事は「見守り」と呼ばれている。深夜には介護報酬が上乗せされるため、ヘルパーにとっても会社にとっても、売り上げを確保しやすい。
急成長のきっかけは「医療的ケア」
ユースタイルカレッジサイトから
「知り合いベースで地味にやっていた」と高浜が振り返る事業が、急成長を遂げたきかっけは「医療的ケア」の存在だ。
ALSなどの障がいがある人には、たんの吸引や、チューブを使って直接胃に栄養を送る「経管栄養」といったケアが欠かせない。
気道にたんが詰まったまま放置されれば、呼吸ができず、生死に関わる恐れがある。
本来こうした行為は医療行為とされ、医師や看護師が担ってきたが、一部の重度障がい者にとっては、日常的にこうした援助が必要なことから、2012年に資格を得た介護従事者にも認められる行為となった。
きっかけは、中原らが営業のため自治体の担当者やケアマネージャーに会いに出かけたことだ。
「どこに行っても、『医療的ケアはやってる?』と言われた。当時は対応できる事業所はほとんどなく、これを始めたら、依頼をたくさんもらえるんだろうなと考えた」
2015年5月、医療的ケアと重度訪問介護の従事者としての資格を2日で取得する研修機関ユースタイルカレッジを立ち上げた。自社で担い手を教育して、介護の現場に出す仕組みだ。
医療的ケアの制度は始まってから3年ほどだったため、担い手は少ないが、支援を必要とする人はたくさんいる。結果、利用者からの依頼は同社に集中した。
相容れない価値観がぶつかったからこそ
2015年以降、同社は急激に拡大を始めた。2016年には関東全域に事業所をつくり、2017年には全国展開を始めている。
同社内で拡大路線を推し進めたのは、大畑よりもむしろ高浜だった。
長く障がい者運動に携わってきた高浜は、障がい者たちが自宅で介護サービスを受けられない現実と向き合ってきただけに、サービスの空白を埋めたいと考えている。
一方、大畑は効率や収益性など、あくまでもビジネスの視点で、同社の事業を見つめている。
撮影:竹井俊晴
ほとんどの権限は現場の責任者たちに移譲されているため、次にどの街に事業所を出すのかさえ、CEOに共有されていないこともある。
障がい者運動の視点で事業を進める高浜に対して、数字をベースに考える大畑は対照的にも見える。2人は創業後しばらく、しょっちゅう衝突していたと高浜は言う。
「僕だけでは重度訪問をビジネスにすることはできなかったし、健さんだけでは、ビジネスとして重度訪問をやる選択肢はなかったと思う。相容れない価値観がバチバチとぶつかり、落とし所を探しながら進んできたことが良かったと思う。昔の仲間には、裏切り者って言われることもあるけど」
その2人にもまれながら成長してきた中原はいま、会社のCHRO(最高人事責任者)を務めている。
「大畑のビジネススキルと、高浜の重度訪問介護への想いがうまく合わさった。どっちに偏ってもうまくいかないと思う」
(敬称略、明日に続く)
(文・小島寛明、写真・竹井俊晴)
小島寛明:上智大学外国語学部ポルトガル語学科卒。2000年に朝日新聞社に入社、社会部記者を経て、2012年退社。同年より開発コンサルティング会社に勤務し、モザンビークやラテンアメリカ、東北の被災地などで国際協力分野の技術協力プロジェクトや調査に従事。2017年6月よりBusiness Insider Japanなどで執筆。取材テーマは「テクノロジーと社会」「アフリカと日本」「東北」など。著書に『仮想通貨の新ルール』(Business Insider Japanとの共著)。