新型コロナウイルスの流行によって、2月以降、数多くのイベントが中止に追い込まれた。
音楽業界も例にもれずその波に飲まれ、苦境が続いている。筆者は約20年にわたりサックスの演奏を続けており、新型コロナウイルスの感染状況を取材する日々の中で、音楽家たちの現状が気がかりだった。
コロナは日本の音楽文化にどんな影響を与えたのか。取材を重ねると、音楽家たちの現状が見えてきた。
仕事は全部流れるも、補償はなし
音楽教室では、生徒と講師が対面で密に接するケースが多い。
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「基本的に2月末から給料はゼロの状態。個人事業主なので100万円の持続化給付金はありがたかった」
そう話すのは、地方でヤマハ音楽教室の講師として働きながらフリーランス音楽家としても活動する、タカヒロさん(仮名)。話を聞いたのは、6月末のことだった。
「ヤマハの音楽教室は、2月の最終週から5月末まで休業していました。緊急事態宣言が明けて再開しようという方針になっても、生徒の中には『やっぱりまだ行けません』という方も多かったです」(タカヒロさん)
ヤマハ音楽教室の講師としての仕事は準委任契約。レッスンの実施回数や生徒数、コース単価などによって報酬が決まるため、レッスンが開催されなければ収入は0円だ。
音楽教室を運営するヤマハ音楽振興会に問い合わせたところ、準委任契約だと厚生労働省の雇用調整助成金の対象からも外れるという。構造的に、講師が見込んでいた収入は補償されない。
例年、夏には吹奏楽コンクールを控えた中学校や高校の吹奏楽部への指導や、講習会の仕事が立て込む。コンクールの審査員としての仕事も1回あたり数万円の収入となっていたが、2020年度は全国的に中止となった。
「個人的なレッスンのオファーもほぼゼロ。講習会も全部中止になった。そういうところに対して、やっぱり補償はないので厳しい」
もともと地方では音楽活動のみで生活を成り立たせる難しさを感じていたタカヒロさんは、複業も考え、司法書士の勉強をしているという。
演奏会が軒並み中止でアルバイトを開始
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関東圏でフリーランスの音楽家として活動するユウヤさん(34・仮名)も、コロナで仕事が激減した音楽家の一人だ。
ユウヤさんはもともとオーケストラの演奏会に「助っ人」として出演したり、タカヒロさんと同様に吹奏楽部への指導を行なったりすることで生計を立てていた。
「以前はいくつかの学校にそれぞれ月一回程度教えに行っていました。夏のコンクール前は例年忙しいのですが、今年はコンクールが中止。講師としての仕事はゼロになっています。オーケストラの演奏会も2月後半から中止になりました。
9月にコンサートの予定が2つ入りましたが、それもどうなるか分かりません」
と、先行きの不透明さに不安を語る。
学校への指導では、1回あたり1万円前後。コンサートでは、1回1万5000円程度の出演料に加えて、リハーサルの時間には時給も発生していた。
仕事が激減したユウヤさんは、早朝に品出しのアルバイトをはじめたという。
コロナ禍で新たな取り組みを模索するオーケストラ
7月2日、サントリーホールで緊急事態宣言が明けてから初めてのコンサートを開催した。観客席は1席ずつ間隔を明けている。
撮影:K.Miura
個人で活動している音楽家に比べて、オーケストラなどの団体に所属している音楽家はコロナ禍でも給与が支払われる分、恵まれているといえる。ただし、業界としての危機感に変わりはない。
新日本フィルハーモニー交響楽団(以下、新日本フィル)の専務理事を勤める林豊氏は、
「楽団が潰れてしまったら給与は支払えません。(経営状態が)厳しいオーケストラを救うことで、そこに所属している音楽家を救うことにもなる」
と、団体への支援も必要だと危機感を語る。
オーケストラの中でも、新日本フィルなどをはじめとした母体となる大企業がないオーケストラや地方のオーケストラの状況は厳しい。こういった団体は、地域の小中学校などで慈善活動として演奏を行うなど、音楽文化を下支えする存在でもある。
オーケストラは公益財団法人であることが多く、運営費は国や企業などからの補助金・寄付金、コンサートのチケット収入、委託演奏収入(出演料)によって賄われている。ただし、公益財団法人という性質上、大きな利益は出せない。
コロナ禍でコンサートは中止になり、チケット収入はもちろん、委託演奏による出演料収入も無くなった。その一方で、団員に対する給料の支払いは続いている。
これでは、いつか破綻してしまうことは目に見えている。
新日本フィルの平成30年度の収支構成。収入の半分以上を、チケット収入や出演料が占めている。また、支出の大半が団員の人件費やゲストの出演料だ。
引用:新日本フィルハーモニー交響楽団 平成30年度 アニュアルレポート
新日本フィルは3月以降、ホームページ上でこれまで以上に積極的に寄付金を募ったり、オンライン演奏会などの新たな試みを取り入れたりするなどなど、ウィズコロナにおける音楽活動の形を模索している。
7月2日にサントリーホールで行われた演奏会では、1500円でオンライン視聴チケットを販売。400人以上の視聴があった。7月13日には歌手の矢井田瞳さんと共演するなど、異分野との連携も図っている。
こういった取組は、大きな収益源というよりも、生き残りのための試行錯誤である側面が強い。
「何か新しいことに常に取り組むオケという印象を持っていただきたいという狙いもあります。今のところ、新しい音楽鑑賞の方法として定着するかを見極めている段階です」(新日本フィル広報)
支払われない、支払えないキャンセル料
日本音楽家ユニオン代表・作曲家の土屋学氏。国内外のアーティストと多様なジャンルにて活動。TOKIO、AKB48、モーニング娘、中西圭三、Chage&Asukaの編曲を担当。(日本音楽家ユニオンより)
取材時のZoom画面をキャプチャー
新型コロナウイルスの影響は、クラシック音楽業界だけではなく、レストランやバーなどで演奏する実演家や、ライブハウスを利用するアーティストなど、ジャンルを問わず広がっている。
日本音楽家ユニオンの代表で、自身も作曲家として活動する土屋学氏は、
「キャンセル続きで3月にはもう仕事がなくなってきていました。4月、5月はさらに状況が見通せなくなり、『生きていける気がしない』という人もいました」
と、その影響の大きさを語る。
音楽家ユニオンでは、全国の音楽家を対象に新型コロナウイルスの影響についてアンケートを実施(集計期間は3月11日〜22日)。
新型コロナウイルスの第1波が関東で広がっていく中でキャンセルされた公演の半数以上で、キャンセル料の支払いがなかったことが分かった。
同調査では、その理由として「事業者から一方的にキャンセル料を断られた」「中止ではなく延期のため支払わない」という割合が半数以上を占めた。
2月〜4月にかけて中止が確認された公演数と、公演中止時のキャンセル料の支払いについてのアンケート結果。有効回答があったうち、半数以上の公演でキャンセル料が支払われていなかった。
出典:日本音楽家ユニオン
演奏者側も主催者に気を遣ってキャンセル料の請求をしないケースもあるというが、
「互いの間で、イベントを『延期にしよう』という軽い約束のようなものをしてキャンセル料が支払われないまま仕事が減っていき、このままだと将来がまずい状況にまでなってしまった」(土屋氏)
という。
一方で、事業者側もイベントが中止になることで収入が激減しているのが現状。
「事業者に対しても、フリーの音楽家に対しても一定の補償がないと、業界が成り立たなくなる」(土屋氏)
と、先行きに危機感が募る。
頼みの持続化給付金、受け取れない音楽家も
出典:持続化給付金ホームページより
音楽家たちの生活を大きく助けることになったのが、政府から個人事業主などに対して支給されている「持続化給付金」だった。
ただし、支給には前年度からの売上の減少を示す必要がある。
音楽業界では、もともと演奏会やイベントへ出演する際に契約書を交わす文化が薄く、口約束でスケジュールの調整をすることも多い。未だに出演料を手渡しで支払う文化も残っており、確定申告でも収入の多くを雑収入として申告しているケースもある。
「手渡しでやっているものに証拠なんてない。そのまま日々の生活費として使っていることが多く、銀行に預けるような人もいない」(土屋氏)
持続化給付金の支給要件は、音楽家ユニオンの提言などによって当初の案から緩和されたというが、それでも上記のような理由から「仕事がなくなったこと」を十分に証明しきれず、持続化給付金を満額(100万円)受け取れなかった人もいたという。
「契約書がないことで生じる不利益だとか、音楽家として自転車操業していると辛い状況に陥るとか。今回、音楽家たちが身をもって分かったということは、コロナの中で唯一良かったことかもしれません」(土屋氏)
持続化給付金自体は重要な支援とはなったものの、その一方で、日本の音楽業界が抱え続けてきた根深い問題があらわになったとも言える。
単発支援の限界。文化芸術を軽視する国
文化庁が公開している、文化・芸術に関わる事業者に対する支援。政府の2次補正予算では、500億円を超える追加支援が決定したが、支給対象者に対して「プロ認定」が必要になるなどの問題も生じている。
出典:文化庁
7月以降、徐々に音楽活動は再開されているが、日本の音楽文化が危機的状況にあることに変わりはない。
持続化給付金はあくまでも単発的な支援であり、今のところ二度目は期待できない。
ドイツでは、メルケル首相が新型コロナウイルスの流行初期段階で「芸術は生きていくために欠かせない」という趣旨の声明を発表し、文化・芸術やメディアにかかわる中小企業や個人に対し、日本円で計7兆円超規模の支援が発表された。また、6月にはさらに10億ユーロ(1200億円)規模の支援が柄された。
イギリスでも7月5日、芸術活動に関連して約2100億円規模の追加支援が決定された。
それに対して、日本の文化庁の支援金は、1次・2次補正予算を合算しても約600億円と、どうしても海外に比べると見劣りしてしまう感は否めない。
もちろん、ほかの省庁からの支援も存在するが、2020年度の文化庁の予算が、音楽以外の文化・芸術事業全てを含めても約1000億円(国家予算全体の約0.1%)であることを考えると、根本的に日本では文化芸術の価値や存在感が軽視されがちだともいえるだろう。
ドイツ連邦政府プレスリリース
新日本フィルの林専務理事も、現状の文化芸術にかける国の予算の少なさを嘆く。
「歌舞伎や浄瑠璃などのレベルの高い伝統文化を持ちつつ、西洋からの高度で完成度の高い文化ももっている。そんな国はなかなかない。ヨーロッパの文化予算の倍あってもよいはずです」
コロナ禍における音楽業界の苦境は、文化芸術の重要な担い手でありながら、社会的に十分に守られてこなかった現状を反映したものだ。
音楽家ユニオンの土屋氏は、音楽家たちの支援に関わるやり取りの中で、SNSを中心に「なぜ自分の好きなことをしているのに、こんなときだけ国に助けを求めるんだ!」という批判に頭を悩まされたという。
思わずこう考えてしまうという土屋氏の言葉が、頭に残った。
「『No music. No life.』みんなそう言ってたじゃないか」
(文・三ツ村崇志)