外資系企業からパナソニックへ。次世代リーダーが考える現代の「水道哲学」

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山田亮氏。リコー、レノボ、マイクロソフトを経て2018年パナソニック オートモーティブ&インダストリアルシステムズ社(当時)に入社。日本最大級の社内コミュニティ有志団体One Panasonic共同代表も務める。「パナショップを営む実家には松下幸之助の本が多くあり、パナソニックの経営理念に強い共感を抱いて育った」だけに、パナソニックのカルチャーや風土への思いも強い。

婚活パーティーの参加者同士が握手やタッチで触れ合うと、タブレット端末に相手の情報が表示された。「結婚後の働き方は?」「何にお金をかけるタイプ?」「両親との関係は?」――。婚活相手には是非とも聞きたいけれども、初対面では聞きにくい。そんな話題もゲーム感覚で自然に話せるよう促してくれる。

ここで使われているのは、パナソニックとスタートアップスタジオのquantumが共同で事業展開する「HiT」というコミュニケーション支援サービスで、「人体通信」という技術を利用している。専用デバイスを装着した人同士が触れ合うだけでお互いの情報をやりとりすることが可能。2019年2月からサービスを開始した。

実は、人体通信技術はパナソニックが15年以上も開発を続けてきたが、なかなか事業化が進まなかった経緯がある。これをわずか1年で「HiT」として実質事業化したのが、パナソニック インダストリアルソリューションズ社で事業開発などを担当(取材当時)している山田亮氏だ。

「人体通信技術は最終的には、BtoBの産業分野での実用化を目指しているんです」

と話す山田氏に、HiTプロジェクトと、人体通信技術、そしてパナソニックの未来について聞いた。

新技術を開発しても、産業分野への導入が進まない理由

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HiTが利用している人体通信技術は、専用デバイスを装着した人同士が触れ合うだけで情報のやりとりができる。人体通信には「電流通信方式」と「電界通信方式」という2つの伝送方式があり、HiTが採用するのは後者だ。人に微弱な電気を流すと人体は電界を帯びる。人体通信はその電界にデータを与え、情報通信を可能とする。今回はユーザー同士が触れ合い、その電界の組み合わせによって両者に最適なメッセージを表示させる仕組みだ。

実はパナソニックは、2000年代前半からこの技術を研究している。これまでも入退室管理などに専用デバイスを設置して認証を行なう用途などを、設備メーカーに提案。事業化を模索してきたが、なかなかうまく行かなかった。

「事業化が進まない理由は主に2つありました。1つは導入実績がないことで、もう1つは顧客が期待する技術レベルに到達するにはかなりの時間を有したことです。そこでこれらをクリアするため、BtoBの用途ではなく、まずはBtoCの分野で実績をつくる方針に転換。人と人が触れ合うことで喜びが生まれる場を探し、婚活パーティーへとたどり着きました」(山田氏)

BtoCの分野への転換の結果、人体通信技術は実際に1万回以上も利用されたという実績を積み上げることに成功。精度もBtoB顧客が求めていたレベルへ高めることができた。技術的な面での改良やノウハウの蓄積も進み、さらに、目論見通り婚活パーティーとの組み合わせが話題となったことで、技術そのものの認知度もアップしたという。

「技術に興味を示してくださる企業が増えたおかげで、現在は、事業化のロードマップで次のステップとして定めていたBtoB分野へ展開する段階に来ています。設備メーカーや工場内での作業動態の把握といった用途での導入に向けても、取り組みを検討しています」(山田氏)

人を巻き込むためにリーダーが大切にしていることとは?

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HiTは「1年以内でサービスイン」という目標が設定された難易度の高いミッションだった。山田氏は国内や外資系のIT企業数社で勤務したのち、2018年にパナソニックに中途入社。そこから約1年でHiTをリリースした。

多くの社員が新卒採用で入社し、平均勤続年数も22.7年(2020年3月)と長いパナソニックグループの中で、山田氏のようなバックグラウンドを持つ人材は「異質」な存在だ。だが、これまでのキャリアで得た知見はHiTの開発でも役立ったと山田氏は話す。

「前職の日本マイクロソフトでは、顧客のワークスタイルを理解しデバイスと業務アプリケーションを組み合せたサービスをリリースすることもミッションの一つでした。その時にポイントになったのは、何をやりたいかより、なぜやりたいかを汲み取ること。『顧客はこのプロジェクトでどんな世界観を実現したいのか』というビジョンが明確でないと、うまくいかないんです」(山田氏)

HiTのビジョンは、テクノロジーを活用して「新しいコミュニケーションをつくる」こと。映画『E.T.』のように、指先で触れ合うだけでコミュニケーションが成り立つ世界観を目指した。世界観を描き、共感を与えるビジョンを示し、人を巻き込んでいく。HiTのプロジェクトでも山田氏流のリーダーシップで社内外の多くの難所を次々と越えていった。

父が営む「パナショップ」が原点

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HiTは社外の協力も得ながら1年でリリース、日本マイクロソフト時代には1年間で13ものプロジェクトを経験した。山田氏の周囲を巻き込むほどの熱量や推進力は、どこから生まれてくるのか。

「お客さん先に行って課題を解決し、ありがとうと言われるのが嬉しくて」

自身のマインドを「一商人」と例える山田氏の原点は、その家庭環境にある。

「私の実家はパナソニック特約店を営んでいるのです。地域のお客様に貢献しようと頑張る父の姿を見続けていたことと、幼少時から本棚に並ぶ松下幸之助の著書に親しんで感銘を受けたことは、私の仕事観に大きな影響を与えています」(山田氏)

家業は兄がサポートすることとなった。一方、パナソニックの「DNA」の影響を受けて育った山田氏は、これまでずっと「パナソニックで活躍したい」という思いを抱き続けてきた。国内外のIT企業で経験やスキル、人脈をプラスして、ついにパナソニックに入社。以来、ずっと公言している目標は「2023年までにパナソニックのデジタル戦略をリードし、新しい地方創生の形を作ること」だと話す。

「今回のコロナ禍でもわかったのは、デジタルの進化はリアルの社会を変えられるということ。まだ漠然としてはいるのですが、馴染みのあるパナソニック特約店の全国ネットワークをデジタルで進化させることにより、新たな地方創生の形を模索したい。それが地方で大きなプレゼンスを持つ大企業としての使命でもあり、社会をより良くすることにもつながると思うのです」(山田氏)

「水道哲学」は昭和の遺産ではない

ミーティングをするビジネスマン

Getty Images

山田氏はHiTの事業開発を進めるのと同時に、約3500人が参加する社内コミュニティ有志団体「One Panasonic」の共同代表としても活動している。

「新しい分野に踏み出す際には、外部環境も踏まえながら、現地現物から見えてきた課題を理解することが重要だと考えています。多様な視点から多面的に取り組むことが必要なんです。

こうした考えに至った背景には、マイクロソフト時代に組織の経営戦略と事業戦略、人事、カルチャー、マインドは国や地域、部門さえ越えて、さらには自社内もとどまらず、全て繋がっていると実感したことがあります。

そうした風土を醸成するためには、デジタルでの成功または失敗体験を持つ現場で働くグループと経営層をつなぎ、化学反応が起きるようにすることが必要。トップダウンで推進することもありますが、もっとボトムアップの動きも必要だという問題意識があるんです」(山田氏)

目指すのは、一歩踏み出す個人をつくり、彼らを繋ぐこと。そうしてできたチームで、カルチャーやマインドを育てていくことだ。

「水道の水の如く、物資を無尽蔵たらしめる」――松下幸之助のこの考え方は「水道哲学」として知られている。貧しかった時代の日本で、人々の豊かな暮らしの実現を目指した幸之助の言葉だが、山田氏は「パナソニックのカルチャーには今でも水道哲学をはじめとする松下幸之助の言葉が根付いている。事業構造の変化が激しい時代だからこそ、原点に立ち戻り、現代版の水道哲学を考える時。それこそがパナソニックが目指す、“くらしアップデート業”に繋がる」と力を込める。

「パナソニックは創業から100年間ずっと、人の暮らしに寄り添うという姿勢を大切に継続してきた企業。今後も、さらに物質面の豊かさを追求するだけではなく、人の心と体を健全にするという目標に取り組んでいくことになります。そして、これは私個人の目標とも重なります。デジタルの力で社会をより良い形に変えていくことを目指し、これからも歩みを進めていきたいですね」(山田氏)


パナソニックとクオンタムが開発した「HiT」について詳しくはこちら

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