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- ウォートンスクールのマウロ・ギレン教授は、新著『2030(2030年——今日の主要トレンドがあらゆるものの未来と衝突しその形を変える)』で10年後の世界を予想している。
- 今後10年で人口はより多様化し、それ以上に高齢化が進む。女性が世界の富の半分以上を所有し、アジアと中東とアフリカの発展途上国では中産階級が増加するとギレン教授は見ている。
- 「リモートでの仕事、遊び、学習のためにデジタルプラットフォームが爆発的に活用されるようになったため、将来は、完全にリモートとはならないまでも混合型が主流になっていくだろう」と教授は言う。
世界中の人たちが将来を予言する水晶玉を求める時があるとすれば、まさに今だろう。地球全体がコロナウイルスに捕らわれ、私たちがそれまで生活だと思っていたものがほとんどの部分でひっくり返ってしまった今、誰もが思っていることは、「次は何が起こるの?」だ。
ペンシルベニア大学ウォートンスクールのマウロ・ギレン教授。
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ペンシルベニア大学ウォートンスクールで国際経営学が専門のマウロ・ギレン教授は、この問いに答えたいと思っている。ギレン教授は、アメリカでランキング1位のビジネススクールで経営者を教育しているだけでなく、社会学者であり、政治経済学者であり、グローバル・トレンドについて最先端を行く専門家のひとりでもある。
新著『2030: How Today's Biggest Trends Will Collide and Reshape the Future of Everything』を近く出版予定のギレン教授は、今から10年後の世界をどう予想しているのだろうか。
教授は、「グローバルの消費市場は2030年までに大きく変化し、ほとんどの企業が戦略を見直さざるを得ない状況になります」と言う。
アメリカの人口は高齢化し、出生率が低下
2018年の米国国勢調査局のデータによれば、アメリカの15〜35歳の年齢層では、2030年までに黒人、アジア系、ラテンアメリカ系が半数以上を占めることになる。
こうしたマイノリティおよび移民の方が多子世帯となる傾向があること、また移民は、数は激減するものの人口構成の変化の主要要因であり続けることをギレン教授は理由に挙げる。
また、アメリカの人口は60歳以上が最大の人口構成比を占めるようになり、ほとんどの分野でこの年齢層が一番大きな消費者市場となるだろう、と予想する。
これは大企業でも小企業でも、ミレニアル世代に(ギレン教授いわく)「執着している」従来の企業の考え方に大きく反するものだ、と言う。
10年後、アメリカでは60歳以上が最大の人口構成比を占めるようになる。
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「60歳以上の人口がなぜこれから優勢になるかと言うと、それより下の年齢層は、出生数が低下して人数が減ってきているからです。同時に、寿命は今後も延びていきます」
コロナ禍により、従来のトレンドは変調を来したり逆行するというより、むしろ加速すると教授は見ている。危機的状況になるとカップルは子どもを持つことを先送りにする傾向があるため、結果的に出生率低下が加速するというわけだ。
教育を受けた女性はチャンス増
女性の寿命は男性よりも平均6年長いという事実や、女性にとっての雇用機会が急拡大していることを考えると、2030年には女性が世界の富の半分以上を所有することになるだろう、とギレン教授は予測する。
2019年のマッキンゼーによるレポート「The Future of Women at Work(働く女性の未来)」で取り上げられている研究も、今後10年間の女性の雇用市場の変化について、同様の傾向を裏づける内容になっている。
「世界中で4000万人から1億6000万人の女性が、2030年までに仕事を変える必要が出てくる可能性があるが、より高いスキルを求められる仕事への移行が多いだろう」とレポートは予測する。またこのレポートでは、主にヘルスケア、製造、小売の業種で、女性の雇用は現在よりも2割増える可能性があり、それは1億7100万人の雇用獲得に相当する、とも述べている。
その一方、高等教育を受けていない女性にとっては、雇用条件が悪化し、オートメーションの脅威にさらされ、賃金も低下するという傾向がより顕著になり、収入格差がさらに拡大するとギレン教授は予測している。
発展途上国で中産階級が拡大
ブラジル・サンパウロのファベーラ(スラム街)と高級ビル群。
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またギレン教授は、コロナウイルスが引き起こした経済危機は、新興国(中南米は例外となる可能性があるが)よりも欧米の方が深刻かつ長引くだろうと警告する。国際貿易の機会が今後縮小すれば、経済成長は国内消費頼みになるからだ。
「世界各国の経済は減速し、全体的には縮小していますが、新興国はまだ比較的しのげています。このことから、新興国の購買力の方が大きくなるタイミングが早まるでしょう。
ヨーロッパおよび南北アメリカの成熟市場では消費者となる中産階級の消費が停滞している一方、アジア、中東、アフリカの国々は今後も中産階級が拡大していきます。特に中国とインドは、国内中流層の拡大の波に乗っていくでしょう」
ギレン教授はさらにこう付け加える。「持てる者と持たざる者の格差が今後も拡大して社会的混乱や政治的混迷が起きれば、グローバル社会は経済成長や技術革新の恩恵を享受できなくなるかもしれません」
都市部の人口に変調
新著『2030』には「都市がまず溺れる」という章があり、そこには「2030年が近づくにつれ、都市は未来に起こることの縮図となるだろう」と書かれている。
「今後も都市化が進むことをトレンドは示している。世界中で、都市部の人口は毎週150万人ずつ増加している。これは、建設工事、環境汚染、温室効果ガスの排出がさらに続くことを意味する」とも記している。
コロナ以前のニューヨークの街並み。パンデミックによって大都市のリスクが顕在化した今、都市部から地方への転居を希望する人も多い。
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しかし今回のパンデミックは、都市生活のデメリットを露呈させたとギレン教授は指摘する。
「先進国の都市部では、短期的には目立った人口増加はないでしょう。人々が住む場所と生活の質を見直して、都市人口はむしろ減少するかもしれません。リモートワークが浸透すれば、このような一部の逆行現象も起きうるでしょう」。アメリカ人の3分の1弱が、人口がより少ない場所への引っ越しを考えているというハリス・ポールの調査もある。
対照的に開発途上国では、地方部と比較して都市部の生活・通信インフラの方が格段に優れているため、都市部への人口流入は減速しないだろうとギレン教授は考えている。さらに都市部での出生率も、移民なしでも人口が増加する程度には高いという。
都市部は、世界の陸地に占める割合は1%だが、人口の55%、温室効果ガス排出の6割以上を占めている、とギレン教授は新著で述べている。技術の力で温室効果ガスを削減することも可能だろうが、消費者の行動も変わる必要がある、と教授は提唱する。
「行動変容だけでも、都市部の二酸化炭素排出を最大29%減らせると推測しています」とギレン教授は言う。
コロナを機に加速するテクノロジー活用
テクノロジーは今後もますます、私たちの生活や経済の推進力となっていくだろうとギレン教授は言う。
「テクノロジー・プラットフォームにより、ほんの2、3年前には想像できなかったレベルでリモートワークとギグワークが可能になるでしょう。また、仮想通貨がより多くのブロックチェーン・アプリケーションに組み込まれ、幅広く使われるようになります」
新型コロナにより最も加速するトレンドはおそらくテクノロジーの活用だろう、とギレン教授は言う。企業は今、ビジネスの回復力強化のためにオートメーションに頼っていると指摘する。
PwCの調査では、CFOの38%が「パンデミックによりオートメーションが進み、新しい働き方が浸透していくだろう」と回答している。インテリジェントオートメーション(IA)分野の市場調査を行うInteract Analysisによれば、サプライチェーンにおけるコロナ感染が問題となっていることから、2021年は倉庫のオートメーションに対する費用が増加するだろうと倉庫管理担当者たちは見ている。
「リモートでの仕事、遊び、学習のためにデジタルプラットフォームが爆発的に活用されており、将来は、完全にリモートとはならないまでも混合型のスタイルが主流になっていくでしょう」とギレン教授は言う。
コロナ禍を機にオンラインショッピングの取引額は急拡大している。
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オンラインでのショッピング、バーチャルでのコミュニケーション、デジタル・エンターテインメントなど、すでに顕在化していたトレンドはさらに強まると教授は予測する。2018年のデロイトのレポート「2030年までのテレビと動画の未来」では、デジタル化の「急速に変化する市場環境」は「コンテンツの制作、配信、レコメンデーション機能を変え」、オンデマンド型のコンテンツと従来型のTVコンテンツが共存していくと予測している。
「オンライン・ショッピング、バーチャル・コミュニケーション、デジタル・エンターテインメントは今後も伸びていきます。以前はこうしたテクノロジーの活用に消極的だった人たちが、その利点に気づいたからです」とギレン教授は言う。
もうひとつ、今後本格化するテクノロジー革命について、ギレン教授は新著にこう書いている。「人工呼吸器などのヘルスケアにおける必需品の生産には、すでに3Dプリンターが使われている。このことは、3Dプリンターがそう遠からず社会の第一線で利用されることを示唆している」
トレンドを見つけるために水平思考を
ギレン教授は、グローバルで今どんな変革が起こっているのか、そしてその影響を真に理解する唯一の方法は「水平思考」で考えること、つまり既成概念にとらわれず問題に対してクリエイティブにアプローチすることだと考えている。
「水平思考で考えると、一見関係のなさそうな点と点のつながりが見えてきます。例えば、中国の一人っ子政策によって人口のジェンダーバランスが崩れると、親は息子が婚活市場で魅力的に思われるように、貯蓄を増やすようになりました。そしてその貯蓄がめぐりめぐってアメリカへと流れた結果、アメリカ人消費者は中国製商品を買い続けることができたのです」
世界のどこかで起きた出来事が、めぐりめぐって思わぬ影響を及ぼしている。
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新著で述べられているトレンドも、それ単体で今後10年間のグローバル経済・社会を根本から変えるわけではない、とギレン教授は強調する。いくつかのトレンドが組み合わさることによって経済や社会を変容させるのだ。
「例えば、出生率が下がる、寿命が延びる、移民が増える。それぞれ単体では世界を変えることはない。しかし、アメリカで出生率低下と長寿化と移民増が同時に起こることで、若い世代では人種の多様化が進み、60歳以上が最大の人口構成比を占めるようになるのだ」
ギレン教授の新著は、読者へのこんな質問で締めくくられている。
「しかし我々が自問すべき重要な問いは、新型コロナウイルス(またはその次の予期せぬ危機)のような出来事をきっかけに、我々はすでに起こっているいくつもの変化にもっと周到に備えられるようになるのか、それとも目を曇らせてしまうのか、ということだ」
そしてこう付け加える。「我々の知る世界は、2030年までにはなくなっているだろう」
(翻訳・田原真梨子、編集・常盤亜由子)