REUTERS/Tom Brenner
米連邦最高裁判所は9月18日、ルース・ギンズバーグ最高裁判事が膵臓がんによる合併症のため亡くなったと発表した。87歳だった。アメリカで歴代2人目の女性判事で、リベラル派や女性、若者たちから絶大な支持を集める人物だった。 Business Insider Japanは、米最高裁に起きるリベラルのうねりと大統領選の行方を解説する、ギンズバーグ氏にまつわる記事(2020年7月24日公開)を再掲します。
11月3日の米大統領選挙まで4カ月を切った。
大統領選は選挙人制度なので、全国世論調査の数字のみでは結果を予測できないが、この数カ月でトランプ大統領の支持率は下がってきている。7月中旬のNBC News/Wall Street Journal の世論調査では、バイデンを支持すると答えた人が51%だったのに対し、トランプ支持は40%。同調査では、回答者の50%が「何があってもトランプには投票しない」と答えたことも注目された。
その他の世論調査もおおむね同様の傾向を示しており、共和党内でも、懸念の声が上がっていると報じられている。
この現象にはいくつもの要因があるだろうが、新型コロナ危機に対する政権の対応のお粗末さ、日々繰り返される科学を無視した失言、南部のトランプ支持州における感染拡大、厳しい景気見通し、増える失業、黒人差別問題に対するトランプ氏自身の無神経な発言などが挙げられるだろう。
同時に、この数カ月で、トランプ氏、そしてトランプ的なやり方に対する抵抗と見られるようないくつかの動きも目につくようになってきた。その重要な一つが米最高裁が連発で下したリベラル判決、もう一つが、共和党内部からの「反トランプ」の動きだ。
日常会話にのぼる最高裁判事
アメリカ最高裁判事「RBG」ことルース・ベイダー・ギンズバーグ氏はTシャツやマグカップにもなっているほど、若い世代やリベラル派の間で人気。アメリカ最高裁が同性婚を認めたことを祝うパレードで(2015年6月26日撮影)。
REUTERS/Lucy Nicholson
アメリカでは、最高裁の話が市民の会話の中にもごく日常的に出てくる。例えば、「また RBG (最高裁判事の1人、ルース・ベイダー・ギンズバーグ氏のあだ名)が入院したんだって)」とか、「今回のロバーツ長官の判決文は素晴らしかった」とか、「ゴーサッチがリベラル判決を支持したのには驚いた」というように、まるでスポーツの話をするようなノリで、判決やそれぞれの判事の投票行動について話をする。
最高裁判事にあだ名がついたり、マグカップやTシャツのデザインになったり、その人生についての映画がヒットするのも、アメリカならではかもしれない。
新たな判事が任命される際も一大イベントで、その承認プロセスは、国民的関心の的になる。
1991年のトーマス判事、2018年のカバノー判事の承認の際には、それぞれセクハラ・スキャンダルが浮上したこともあり、上院公聴会のライブ放映は、「Must-see TV(絶対に見逃すことのできない番組)」と言われるほどの関心を呼んだ。カバノー判事が証言を行った日、私はたまたま空港にいたが、空港のラウンジのテレビ、機内のテレビが全て公聴会の中継画面になっており、NFLの決勝戦かというほどの関心の高さだった。
最高裁判事候補だったブレット・カバノー氏の性的暴行疑惑に関して開かれた公聴会は、全米の注目を集めた。(2018年9月27日撮影)。
REUTERS/Brian Snyder
米最高裁の動きは、議会やホワイトハウスで起きることと並んで、広く国民の注目を集める。重要な判決であれば、9人の判事がどんな立場をとったか、多数派・少数派それぞれが展開した論も詳細に解説されるし、その日のうちに判決文が公開されるのでネットで誰でも読める。9人の裁判官の名前も顔も、しょっちゅうテレビや新聞で見るので、国民の多くが慣れ親しんでいる。これは、日本と大きく違うところではないだろうか。
その最高裁でこの1カ月、政治的に非常に重要な複数の判決が下された。歴史的という形容詞がふさわしいものもあったし、意外な判事が意外な立場をとったものもあった。トランプ個人に直接打撃を与えるかもしれないものもある。
4つの画期的なリベラル判決
1.LGBTQの雇用差別は違憲
6月から7月にかけ、米最高裁は、続けて4つのリベラル判決を下した。最初に世間をあっと言わせたのが、性的マイノリティ(LGBTQ)をめぐる判決だ。
6月15日、最高裁は「性的マイノリティ労働者に対する雇用差別は違憲である」という判断を下した。これは、LGBTQコミュニティにとって、2015年の同性婚を認める最高裁判決に続く歴史的な勝利で、全米で700〜800万人と言われる人々の人生に影響を与える判決だ。
2019年6月、ニューヨークのプライド・パレード。6月はLGBTQの人権を改めて確認する「プライド月間」として認知されている。
撮影:渡邊裕子
アメリカの大手企業や多くのリベラルな州は世論の変化を受け、既に同性愛者をはじめ性的マイノリティに対する公平な待遇を導入しているが、性的マイノリティの権利保護を明文化する法整備は遅れており、29にものぼる州で、完全な法的保護が与えられていないのが現状だ。
1964年に成立した公民権法第7編は「人種、肌の色、宗教、性、出身国」を理由にした雇用差別を禁じている。今回のケースの法律的争点は、文言の「性」が同性愛や両性愛やトランスジェンダーに対する差別にも適用されるか、だった。
結果的には、リベラル判事4人に加え保守派判事2人が賛同、6対3で「LGBTQの雇用差別は、公民権法の禁止対象になる」との判断が示された。このリベラルな判決を、保守派であるロバーツ最高裁長官と、トランプに任命された保守系判事ゴーサッチ氏が支持、しかも判決文をゴーサッチ氏が執筆したことが注目を集めた。
ゴーサッチ氏は保守系判事らしく、憲法の文言に忠実に論理を組み立てている。
「同性愛者や性転換者であることを理由に従業員を解雇する雇用主は、その従業員が別の性だったとすれば問題とならなかったであろう特徴や行為を理由に解雇している。その決定において、性は必要かつ隠しきれない役割を果たしており、これはまさに公民権法第7編が禁じるものだ」
この判決でゴーサッチ氏は、一夜にして「LGBTQに愛されるヒーロー」になった。
「LGBTQの雇用差別は公民権の対象にならない」として判決に反対した3人の保守系判事(カバノー、アリト、トーマス)は、「性的少数者への保護を拡大するのは議会の仕事であって、裁判所の仕事ではない」と主張している。
この判決は、雇用主側を擁護する立場を取ってきたトランプ政権にとって打撃だが、トランプ氏や共和党の上院議員はじめ重鎮たちは、「判決を受け入れる」と述べた。
2.若い不法移民の救済撤廃は違法
トランプ政権によるDACA撤廃に抗議するデモ(2019年11月12日撮影)。
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続いて6月18日、最高裁は、幼少期に親とアメリカに不法入国した若者の強制送還を猶予するオバマ政権時代の救済措置「DACA(Deferred Action for Childhood Arrivals)」について、トランプ政権による2017年の廃止決定を当面認めない判決を下した。この判決で、70万人以上とも言われる人々が強制送還を免れることになる。
判決は5対4。「DACA撤廃を認めない」とした多数派は、リベラル4人とロバーツ長官、撤廃派は保守4人(カバノー、アリト、トーマス、ゴーサッチ)だった。判決文はロバーツ長官が執筆。判決の理由を、「政権は連邦政策の策定に当たり、透明性と説明責任についての法的要件を満たさなかった」としている。
3.人工妊娠中絶の規制は無効
ロバーツ長官は保守系でありながらも、人工妊娠中絶を大幅に規制するルイジアナ州法は無効という判決を支持し、保守層から批判を受けた。
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6月29日の判決も注目を集めた。「人工妊娠中絶を大幅に規制するルイジアナ州法は、妊娠中絶を合憲とした1973年の最高裁判決『Roe v. Wade』に反するので無効」という判決だ。「無効」と判断したのは、リベラル系4人とロバーツ長官の5人。DACA判決に続いて、ロバーツ長官の1票が決定打となった。長官は、2016年にテキサス州の同様の法律を最高裁が違憲とした判断に従ったと説明している。
中絶の権利はアメリカ世論を二分し、選挙でも必ず争点になるセンシティブな政治トピックだ。DACA支持に続き中絶の権利を支持したということで、ロバーツ長官は保守層から猛批判を受けることになり、トランプ氏も「今分かっているのは、我々が新しい最高裁判事を必要としているということだ」とツイート、「9月1日までに判事の候補者リストを公開する」と宣言した。
4.トランプは納税記録開示を拒否できない
7月9日、最高裁はトランプ氏は納税記録開示を拒否できないとの判決を下した(2020年7月9日撮影)。
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そして7月9日、トランプ氏自身に直接関わる判決が下った。
ニューヨーク州の検察当局がトランプ大統領の納税申告書を含めた財務記録の開示を求めた訴訟で、最高裁は、「大統領の免責を盾に納税記録開示を拒否することはできない」と判断した。
この判決は、7対2。リベラル系判事4人に、ロバーツ長官、そしてカバノー氏とゴーサッチ氏という(トランプ自身が任命した)保守判事2人も加わり、9人中7人が「大統領には刑事捜査を絶対に受けない特権などない」とする判決を支持した。
アメリカの大統領選挙では過去40年以上にわたり、候補者が納税記録を開示することが慣例化しているが、トランプ氏は公開を拒んできた。
この判決により、ニューヨーク連邦地検によるトランプ氏への刑事捜査が再開されることになる。地検は、トランプ氏の浮気相手であったと主張する女性に2016年に口止め料が払われた件で、隠ぺいのため財務記録に粉飾がなかったかを調べている。
米議会下院でもトランプ氏の納税や財務の資料提出を要求してきたが、今回の判決は、議会に大統領の納税記録を開示する必要については認めなかった。ペロシ下院議長は、今後も財務記録の議会提出を求め続けると述べている。
判決を受けトランプ氏は、「何もかも政治的追及だ。自分はムラー特別検察官の魔女狩りには勝ったが、今度は政治的に腐敗したニューヨークで戦い続けないとならない。大統領に対しても政権に対しても不公平だ!」と不満を述べている。
なぜそれほどに最高裁が重要なのか
17人が死亡する銃乱射事件が起きてから1年後。事件が起きた高校で花を手向ける若者たち(2019年2月14日撮影)。最高裁は銃規制を含め、幅広い問題に判断を下す。
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アメリカでは、なぜここまで最高裁判決が注目されるのか。主に3つの理由があると思う。
まず、米最高裁はアメリカの法律を変える可能性のある幅広い裁判を扱うということだ。人工妊娠中絶、同性婚、死刑、宗教、表現の自由、移民、銃規制、環境規制、プライバシー保護など、生命や人権、ライフスタイルなどの価値観に関わる幅広い問題についての判断を下す役割を持つうえ、法案を無効にしたり、大統領の権力すら制限できたりする。
2000年の大統領選におけるブッシュ対ゴアの接戦の結論も、最高裁が出した。
2つ目に、最高裁判事が終身職であることだ。定年はなく、たとえ大統領であれ判事をクビにはできない。最高裁判事を弾劾することは、大統領の弾劾と同じくらい難しい。その、何ものにも脅かされず、忖度しなくていい立場が、彼らを政治的圧力から独立させ、真に司法のプロとして仕事することを可能にする。
一方で、判事が終身職であるがゆえに、誰かが引退したり亡くなった時にできる空席をどう埋めるかが非常に重要になってくる。次のチャンスが何年後か分からないからだ。
今、全米のリベラル派がギンズバーグ判事(87)の健康状態にハラハラしているのは、そのためだ。もし彼女がトランプ在任中に亡くなったりすれば、トランプが保守の判事を任命してしまう。現判事最高齢のギンズバーグ氏はこれまでガンで4回発作を起こしており、最近また入院してガンの再発が発見された。いつ何があってもおかしくない。2番目に高齢のブライヤー判事(81)もリベラル派で、交代期は近い。
オバマ時代には、最高裁は「保守派4人、リベラル派4人、中間派1人」で均衡していたが、トランプ氏は2017年から既に2人の保守判事を任命、現在の最高裁判事は、4人がリベラル、保守が5人と過半数を占める。もしギンズバーグ氏が退任し、トランプ氏が再選し保守判事を任命した場合、リベラル3人、保守6人になるのは確実だ。
もっとも保守的な最高裁の時代
しかも、現職判事のうちリベラルは比較的高齢で、保守の方が若い。上記のようなシナリオになってしまった場合、バランスを再び取り戻すためには、10年以上もの時間がかかるのではと言われている。この長期的インパクトゆえに、今年の大統領選は連邦最高裁にとっても、かつてなく重要だと言われている。
カバノー氏の就任が決まった際、「アメリカは1937年以来、最も保守的な最高裁の時代に入った」と言う法律学者たちもいた。保守判事で最高裁を固めることは、保守派の長年の悲願であり、実際、最高裁の保守化はレーガン時代から徐々に進んできた。
2016年の選挙では、自らを「エヴァンジェリカル(福音派キリスト教徒)」と呼ぶ保守的な有権者のうち8割もがトランプに投票している。これはロムニー、マケイン、ブッシュ(子)の誰よりも高い比率だ。これは、「トランプが大統領になれば、(2016年2月のスカリア判事の死によって)現在空いている席に、保守の判事を指名するだろう」という目論見があったためではないかと言われている。その思惑通り、2017年、保守のゴーサッチ判事が任命された。
2020年の選挙でも同じことが起きるかもしれない。トランプ大統領が再選されれば、中絶、移民、同性愛、銃、環境など、アメリカ人の価値観に関わる重要な問題について、最高裁の判決がひっくり返る可能性があるのだ。
党派色を帯びる最高裁判事
アメリカにおける三権分立は日本よりも厳格だ。
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米最高裁が重要である理由の3つ目は、アメリカ政治における三権分立の厳格さだ。
立法権を立法府(議会)、行政権を行政府(大統領あるいは内閣)、司法権を司法府(裁判所)とするのは日本もアメリカも同じだが、大統領制と議院内閣制では根本的に「三権分立」の厳密さが異なる。
大統領制では大統領、議会、裁判所が独立し、それぞれの構成要員は別々に選出される。議会と大統領は厳格な分立の立場を取り、大統領によって議会が解散されることもない。
それでも近年、アメリカでは大統領が立法府を主導し、司法に対しても影響を与える傾向が強まっていると指摘されている。過去20〜30年を振り返っても、その変化は見てとれる。
例えば最高裁についても、「どの大統領に任命された判事か」「リベラルか保守か」ということが、近年明らかにパルチザン(党派政治)化してきている。
1993年、ギンズバーグ氏 がクリントン元大統領に指名された時、議会上院は96対3の投票で彼女を承認した。つまり、多くの共和党の議員たちも、彼女の能力や人物が判事にふさわしいとして、リベラル・保守の違いを超えて支持した。
かたや2018年、トランプ氏に任命されたカバノー氏の場合、「承認50、反対48」という僅差で承認され、票の内訳は、「共和党 vs. 民主党」でクッキリ分かれた。司法の独立ということを考えると、こういった傾向は健全ではないだろう。
2018年10月、トランプ氏が、自分の不法移民政策を却下したリベラル派判事を指して「オバマの判事」と揶揄したことがある。この時ロバーツ長官は、公に
「ここにはオバマの判事もトランプの判事も、ブッシュの判事もクリントンの判事もいない」
「ここにいるのは、法廷に現れた人たちに平等な権利を遂行するために最善を尽くしている献身的な判事たちのたぐいまれなる一団だ」「独立した司法こそ、我々が感謝すべきものだ」
と反撃し、話題になった。
この応酬で、それまでロバーツ長官を「保守」という括りで見ていたメディアも市民たちも、彼に対する見方を変えた。この1カ月の一連の判決におけるロバーツ氏の判断は、その時の発言を思い出させ、彼が政治に取り込まれない真のプロであるということを改めて世に知らしめる出来事だった。
立ち上がった元ブッシュ政権関係者たち
かつてのブッシュ政権関係者らがバイデン氏支持を打ち出し、特別政治活動委員会(スーパーPAC)を立ち上げた。ブッシュ元大統領本人はメンバーではない。
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7月1日、ジョージ・W・ブッシュ大統領政権の「卒業生(Alumni)」数百人が、バイデン前副大統領を支持すると表明、大統領選に向け、特別政治活動委員会(スーパーPAC)を立ち上げた。第43代大統領であるブッシュ氏にちなみ、「バイデンのための43同窓会(43 Alumni for Joe Biden)」という名だ。
ウェブサイトには、
「We worked for W. WE SUPPORT JOE. (我々はジョージ・Wの下で働きました。我々はジョー・バイデンを支持します)」
というメッセージがデカデカと出ている。
スーパーPACは無制限に献金を集めることが認められており、支持候補のために広告を打ったり、イベントを開催したりできる。ブッシュ元大統領本人はメンバーではないが、政権の閣僚経験者、著名な共和党員も含まれている。ブッシュ元高官としては、パウエル元国務長官が既にバイデン支持を表明していたが、このスーパーPAC設立は、個人の支持表明とは違うレベルでのインパクトがある。しかも、ブッシュ関係者たちが持つ政治ネットワーク、資金力は強大だ。
ウェブサイトには、
「この夏、政府の最高機関のせいで日々起きているあまりにも多くの混乱を目の当たりにし、私たちは、立ち上がるべき時が来たと考えました」
「Principles matter more than politics.(政治よりも、本質的な原則の方が重要です)」
「Together, we can help restore decency, honor, dignity, and true leadership to the White House.(一緒に、ホワイトハウスに品位と信義と尊厳、真のリーダーシップを取り戻しましょう)」
「Our democracy is at stake.(我々の民主主義の運命がかかっているのです)」
と、シンプルで直球型なメッセージが並んでいる。それが「もはや政治的な信条の違いに囚われている場合ではない。国の存亡がかかっている」という、彼らの切迫感をよく表している。
幹部の一人はインタビューで、
「我々は正常と異常が何かを分かっています。現在目にしている状況は極めて異常です。危険要因は他ならぬ大統領です」
と述べている。
共和党内からリンカーン・プロジェクト
リンカーン・プロジェクトも共和党内から発足されたスーパーPACの1つ。
The Lincoln Projectのウェブサイトより
共和党内からの反トランプの動きは、これが初めてではない。2019年12月には、リンカーン・プロジェクトと呼ばれるスーパーPACが設立され、注目を集めた。
発起人は8人、マケイン故上院議員やケーシック元知事のスタッフたちも含まれている。弁護士ジョージ・コンウェイが名を連ねているのも話題になった。彼はホワイトハウス顧問ケリアーン・コンウェイの夫だが、かねてから大っぴらにトランプ批判を展開しており、Twitter上でもトランプ氏と頻繁に毒舌の応酬をしている。
彼らのミッション(使命)はシンプルだ。
「Defeat President Trump and Trumpism at the ballot box.(トランプ大統領と、トランプ的なものを、投票所で敗北させる)」
そして、
「リンカーン・プロジェクトは、憲法への忠誠を破り、アメリカ国民の利益を最優先しない人々に責任を取ることを求めていく」
「憲法を尊重する民主党候補であれば受け入れる」
と言っている。
ウェブサイトには、こうも書かれている。
We do not undertake this task lightly nor from ideological preference. Our many policy differences with national Democrats remain. However, the priority for all patriotic Americans must be a shared fidelity to the Constitution and a commitment to defeat those candidates who have abandoned their constitutional oaths, regardless of party. Electing Democrats who support the Constitution over Republicans who do not is a worthy effort.
「私たちは、この任務に軽い気持ちで臨んではいません。イデオロギー的な好みからやっているわけでもありません。民主党との政策上の違いは数多く残っています。しかし、全ての愛国心あるアメリカ人の優先事項は、憲法に対する忠誠を共有すること、そして、政党に関係なく、憲法上の誓約を放棄した候補者を打ち負かすという決意でなくてはなりません。 憲法を守る民主党員を選出することは、そうでない共和党員を当選させることよりも、価値ある努力です」
創立直後にニューヨーク・タイムスに掲載された発起人4人による寄稿にはこうある。
Patriotism and the survival of our nation in the face of the crimes, corruption and corrosive nature of Donald Trump are a higher calling than mere politics. As Americans, we must stem the damage he and his followers are doing to the rule of law, the Constitution and the American character.
「愛国心、そして我が国を侵し続けている犯罪と腐敗、ドナルド・トランプの破壊的な性質から国を守ることは、単なる政治よりも重要なことです。アメリカ人として、我々は、トランプそして彼の支持者たちが法の統治、憲法、アメリカという国の性質に対して与え続けているダメージを食い止めなくてはなりません」
彼らの批判は、トランプ個人だけでなく、トランプに党をハイジャックされるがままに、過去4年間その暴挙を受け入れてきた共和党にも向けられている。
Congressional Republicans have embraced and copied Mr. Trump’s cruelty and defended and even adopted his corruption. Mr. Trump and his enablers have abandoned conservatism and longstanding Republican principles and replaced them with Trumpism, an empty faith led by a bogus prophet.
「共和党議員たちは、トランプの残酷さを許容し、真似し、彼の腐敗を擁護し、お手本として取り入れさえしてきました。トランプと彼の共犯者たちは、保守主義と長年の共和党の原則を放棄し、それをデタラメな預言者によって導かれる空虚な信仰、つまりトランプ主義に置き換えたのです」
「アメリカで喪に服す」
リンカーン・プロジェクトが話題を集める理由の一つは、彼らのビデオ広告のうまさだ。彼らは、トランプ氏および共和党を容赦なく批判するビデオを次々に作り、ネットで発表しているのだが、これらがどれも単刀直入で印象的なのだ。
5月4日に発表された広告「アメリカで喪に服す(Mourning in America)」は、特に話題になり、SNSでも拡散され、ニュース番組でも取り上げられた。このタイトルは、アメリカ人なら誰でも知っている、ある有名な広告をもじったものだ。
「アメリカで喪に服す(Mourning in America)」は、レーガン元大統領が再選を目指したキャペーン用のテレビ・コマーシャルをもじったものだが、内容は対照的だ。
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1984年、レーガン元大統領が再戦を目指したキャペーンで用いた有名なテレビ・コマーシャルがある。タイトルは、「アメリカの朝(Morning in America)」だ。このコマーシャルは、元ハリウッド俳優の大統領らしく、それまでの政治広告とは一線を画す、物語性の強い、洗練されたものだった。
ナンシー・レーガンが自ら意見を出し、一流のプロを集めて作ったという話だ。大統領選の歴史におけるテレビや広告の役割を一変させたものとしてよく引き合いに出される。
「アメリカの朝(Morning in America)」は、アメリカの繁栄と楽観主義を象徴する明るいイメージに溢れている。「アメリカは豊かになってきている、国民は幸せになってきている、未来は明るい。レーガン大統領のもとで、我々はもっと誇り高く、強く、より良い国になれる(Prouder, Stronger, Better )」という分かりやすいメッセージだ。
是非比較して見てほしいのだが、かたや、リンカーン・プロジェクトが発表した「アメリカで喪に服す(Mourning in America)」は、殺伐とした貧しそうな街の風景、疲れ切った看護師、マスクをして列に並ぶ暗い表情の人々などを映し、「何万人ものアメリカ人が、ドナルド・トランプが無視した致命的なウイルスによって殺された」という言葉で始まり、「トランプのリーダーシップの下で、アメリカはさらに弱くなり、病み、貧困になった」「このような状態があと4年も続いたら、アメリカは国として存在し続けられるのだろうか」という問いかけで終わる。レーガンの楽観主義の180度逆である。
見る者の不安や恐怖心を煽り、それによって自分にいいように相手を操作するのは、トランプ氏のお家芸だ。リンカーン・プロジェクトはその手法を逆手に取り、トランプ攻撃に生かしている。これに対しトランプ氏は、「負け犬たちのプロジェクト」と述べているが、リンカーン・プロジェクトは次々に新しい辛辣なビデオを発表し、注目を集めて続けている。
資金調達も順調で、今年に入ってから1870万ドルを集めた。ハリウッドやファンドのビリオネアたちに加え、一般市民からの寄付も多いという。
現代の南北戦争を収束させる指導者とは
南北で深く分断された時代にアメリカまとめ上げたリンカーン元大統領のような指導者は現れるのだろうか?
Getty Images/WIN-Initiative
最高裁判決や「43 Alumni for Joe Biden」「リンカーン・プロジェクト」は、まだアメリカには民主主義が辛うじて機能していること、保守の中にも良心と勇気のある人々が存在することを示し、この4年間、「トランプ疲れ」した多くアメリカ住民たちを励まし、鼓舞したと思う。ここで諦めて、黙ってしまっては終わりなのだと。
「リンカーン・プロジェクト」が16代大統領の名前を借りたのには、発起人たちのある思いがある。リンカーンは、国が南北で深く分断された時代にアメリカをまとめ上げた大統領だ。
リンカーン・プロジェクトの発起人たちは、
「リンカーンは、分断の危機から国を救ったばかりでなく、政治的に、そして精神的に、アメリカという国を再びつなぎ合わせることの必要性を理解していた」
とNYTの寄稿の中で述べている。
確かに今日のアメリカ社会の分断は、南北戦争にも匹敵する深刻なものかもしれない。今盛り上がっている Black Lives Matter 運動も、南北戦争時の奴隷解放運動の延長であり、その21世紀版という感じもする。
そしてこれは、トランプ1人が落選すれば済む話ではない。問題はもっと深く、大きい。
オバマ元大統領はこう言っていた。
「ドナルド・トランプは『症状』であり、『原因』ではない(Donald Trump is a symptom, not a cause)」
トランプが去っても、トランプ的な価値観を支持する人々はこの国に存在し続ける。「トランプ的なもの」対「反トランプ」という対立が現代の南北戦争であるならば、アメリカはその裂け目を再びつなぎ合わせられるリンカーンのようなリーダーに再び恵まれるのだろうか。
(文・渡邊裕子)
渡邊裕子:ニューヨーク在住。ハーバード大学ケネディ・スクール大学院修了。ニューヨークのジャパン・ソサエティーで各種シンポジウム、人物交流などを企画運営。地政学リスク分析の米コンサルティング会社ユーラシア・グループで日本担当ディレクターを務める。2017年7月退社、11月までアドバイザー。約1年間の自主休業(サバティカル)を経て、2019年、中東北アフリカ諸国の政治情勢がビジネスに与える影響の分析を専門とするコンサルティング会社、HSWジャパン を設立。複数の企業の日本戦略アドバイザー、執筆活動も行う。Twitterは YukoWatanabe @ywny