大久保伸隆は、居酒屋チェーン「塚田農場」を展開するエー・ピーカンパニーで30歳にして副社長を務めた後、2018年に独立。新橋で開業した居酒屋を人気店に育て上げるなど、飲食業界を知り尽くした人物だ。
撮影:今村拓馬
根強い人気があるにも関わらず、後継者不足などで消えゆく危機にある飲食店の料理「絶メシ」。全国に眠る、知られざる絶品グルメを東京・新橋で味わえ、売り上げの一部を地元に還元する「烏森 絶メシ食堂」が7月中旬のオープン早々から話題だ。
営むのは飲食店運営のミナデイン社長・大久保伸隆。居酒屋チェーン「塚田農場」を展開するエー・ピーカンパニーで30歳にして副社長を務めた後、2018年に独立。新橋で開業した居酒屋を人気店に育て上げるなど、飲食業界を知り尽くした人物だ。
コロナで大きなダメージを受けた飲食店が生き残るためには何が必要か。移ろいゆく時代の中、大久保が考える外食産業の未来について聞いた。
「アップデート」ではなく「古いもの」にこそ価値がある
撮影:今村拓馬
「何よりも愛されながらも、なくなっていく飲食店があることが、同業者としてとっても悲しかった」
緊急事態宣言を受けて、大久保が経営する新橋の店舗も4月は全面休業。自身も自宅待機の最中のある日、ふと自宅で夕方の報道番組を見ていると、各地の飲食店が苦境にあえぐニュースが目に入った。
そこには苦しい経営を立て直そうと、テイクアウトやデリバリーなど慣れない業態に参入している人たち、そして泣く泣く廃業や倒産を選ぶ人たちがいた。
「僕は旅行が趣味なのですが、その目的の半分はその土地ならではの食文化です。ITと違い、リアルの世界は“アップデート”ではなく“古いものにこそ価値が出る”という側面がある。歴史遺産もそうですが、古く価値あるものを、どうやって残していくべきか……」
もちろん、古きものが新しいものに取って代わられることもある。市場経済の中では消費者から「価値がない」とみなされ、経営力や魅力がない企業が「淘汰」されることはままある。
それでも、全国各地には昔から地元の人に愛され、ローカルならではの食の魅力があると大久保は語る。
「昔からその街の人が食べていた料理やお店がなくなるのは寂しい。街の人も悲しむ。古いお店や地元の食文化を知るのは純粋に楽しいことです。その楽しみをなくしたくない。
コロナ禍という一個人にはどうしようもない事態に、同じ飲食店を経営する自分には何ができるか。僕のお店を通して、そういうお店をどうやったら手助けできるかを考えたんです」
東京と地方、目指すのは「新しい生態系」
撮影:今村拓馬
そんな中、大久保は「絶メシ」の存在に行き当たる。地元に愛されながらも後継者不足で“絶滅”の危機にあるローカル飲食店のことだ。
2017年、群馬県高崎市がグルメサイト「絶メシリスト」を作成。これを皮切りに、安くて美味い地方の名店の存在や、その灯を受け継ぐ後継者の募集の取り組みが各地で広まっていた。
大久保はこう考えた。「“絶メシ”を東京で紹介し、その利益を地方の飲食店に還元できれば、新しい生態系が生まれるのではないか」と。
「都心と地方を結べば、大きな力が生まれるかもしれない。そう思いました」
自身が経営する会社の社名「ミナデイン」は、ゲーム「ドラゴンクエスト」シリーズに登場する攻撃呪文。仲間たちと協力し、敵に大きなダメージをあたえる効果を持つ。
大久保は「絶メシ」のPRを担う博報堂ケトルとの協力関係も構築。「絶メシ」の魅力を最大限伝えられるような体制も整えた。7月中旬、自らが経営する新橋の居酒屋「烏森百薬」の昼の部として、「絶メシ食堂」をオープンした。
撮影:今村拓馬
メニュー第一弾は「絶メシ」発祥の地である高崎の「松島軒」(黄色いカレー)、「からさき食堂」(白いオムライス)、ドラマ「絶メシロード」に登場した千葉県木更津市の「大衆食堂とみ」(ポークソテーライス)だ。
大久保が経営する「烏森百薬」は、名店のレシピを提供する取り組みでも知られる。大久保の言葉を借りれば、いわば「名店レシピのセレクトショップ」だ。
ローカルの老舗レシピを出しても、ブランディングとして不自然ではない。
還元率は売上の5%「大切なのは持続可能性。単発企画では終わらせない」
撮影:今村拓馬
大久保は、これをコロナ禍の単発企画で終わらせたくはなかった。事業としての継続性にも妥協しない。
顧客に喜んでもらい、利益をあげつつ、レシピを提供してくれる老舗に還元できる仕組みでなければ意味がない。
こだわったのは提供の形式と価格だ。イートイン(お店で食べてもらう)かテイクアウト。コストがかかるデリバリーはやらない。
「そもそも外食店は、お客様に“お店に行く価値がある”と思ってもらえる魅力があるから成り立ちます。テイクアウトもそこは同じ。絶メシには間違いなくその魅力があります」
本物と同じ価格程度・クオリティで提供することにも気を配った。そして、売上の5%をレシピ元のお店に還元する。「食べながら応援できる」という顧客のインサイト(購買欲求)も創出した。
撮影:今村拓馬
例えば、900円の「白いオムライス」なら、1食売れるごとに45円を還元する。1日10食売れたら、30日分で1万3500円が絶メシレシピの提供元に入る計算だ。
「売り値や食材の原価率なども考えると、僕らも5%(のレシピ提供店への還元)までならギリギリで頑張れます。老舗の経営者さんもそれ以下であれば、(収益の面で)レシピを教えることに抵抗があると思うんです」
撮影:今村拓馬
「いまは3つの老舗のレシピを提供していますが、できれば全国の絶メシをご紹介したい。ただ1店舗で“絶メシ”を増やしすぎるとお客さんがメニューごとに散らばってしまい、レシピ提供元1店舗あたりに還元できる額が少なくなってしまう」
今後は、同じ価値観に共鳴してくれる他の事業者との連携も構想しているという。
「5店舗、10店舗…と横のつながりで取り組みが広がれば、レシピ提供店に還元できる額も増える。高齢でも頑張っていらっしゃる絶メシ店の皆さんの年金額ぐらいになれたら……そんなことも思ったんです。
他の飲食店さんと絶メシのコミュニティを全国につくって、その中で信頼できる人たちと仲間になって、もっと横展開できたら…と。販売のチャンネルを増やすことで、老舗を持続可能にする。飲食店が存続するための、次のフェーズを考え続けています」
コロナ禍の今こそ「自分にしかできないこと」を追求したい
撮影:今村拓馬
コロナ禍の中で、大久保が常に考えていたこと。それは「自分たちの店の魅力はどこにあるのか」「自分たちにしかできないことはなにか」という、自身への問いかけだった。
「4月はお店を全休しましたが、はじめの2週間は頭の中で“これからどうすればいいのか”という考えが渦巻いていました。いままで手を出さなかったECやデリバリーをやらないといけないだろうか……と。
コロナによって、まるで、自分たちがやってきた“外食”というものが否定された気持ちでしたから。
一方で、自分たちが持っている強みを改めて考えた。そして、自分にしかできないことをやろうと思い直しました」
大久保は居酒屋チェーン「塚田農場」を展開するエー・ピーカンパニーに11年勤め、30歳で副社長に就任という、飲食業界で早くから頭角を現した人物だ。そんな大久保が2018年に退社し、新橋で開いた小さな居酒屋が「烏森百薬」だった。
チェーン店にはできないことをやりたい。自分たちにしかできないことをやる。それが独立を決意した理由だった。
以前、大久保はBusiness Insider の取材にこう答えている。
(飲食チェーン元カリスマ副社長が新橋で開いた居酒屋が画期的な理由 - 2018年12月17日)」
撮影:今村拓馬
自身がハブとなり、顧客、従業員、他の企業でさえ巻き込んで、飲食業界の生態系を考え、変えていく。「絶メシ食堂」の取り組みも、コロナ禍の今だからこそ、むしろやるべきだと確信したという。
「僕が大事にしたいこと、それは“食とコミュニティの価値”です。食を通して、より良いまちづくりに貢献したい。
もし“絶メシ”というものがなかったら、僕は“白いオムライス”を一生食べなかったかも知れない。群馬にも温泉にしか行っていなかったかもしれない。でも、ここで“白いオムライス”を紹介できれば、群馬にある松島軒さんというお店や、そのお店の歴史や歩みに触れることができる。
高崎から東京に上京している人たちも、懐かしさから“白いオムライス”を食べに新橋まで来てくれるでしょうし、ここで食べることで地元に帰れなくても応援することができる。お店をハブに、人と人がつながる“関係人口”を増やしていきたい。そこから、ちゃんと収益が還元されるようなビジネスモデルをつくっていきたいんです」
支えてくれるのは「圧倒的な1000人の客」の力
撮影:今村拓馬
コロナ禍にあって苦境が叫ばれている飲食業界だが、大久保は「生き残るには下手に小細工をするのではなく、当たり前のことをやって行くことが大事だ」と語る。
「4月に休業を決めた時、ご予約をいただいていたお客様には電話でお断りのご連絡をしたんです。そうしたら“頑張ってくださいね”“自粛が終わったら必ず行きます”と言ってもらえました。
絶メシにも通じますが、“応援したい”、“なくなったら寂しい”と思ってもらえることって幸せだし、大切なことだと思いました」
困難な時代にあって、どうすれば顧客に通い続けてもらえるか。大久保は「一番大事なのは“人”と“信頼”」と明言する。
「感染拡大を防ぐために席数を間引いたことで、お店に入れる人数は減りました。それでも以前からのリピーターさんのおかげで、売り上げは休業前と比較しても落ちていません。
うちの店のホールを見たら、他のお店よりも従業員の数は多い。一見すると非効率に見えるかもしれない。でも、お客様と従業員がしっかりコミニュケーションがとれる。これはチェーン店ではなかなかできないことです。
コンセプトで差別化するのが難しい時代だからこそ“ああ、ここはいい店だな”、“あのお店はいい人が多いから居心地がいいな”と思ってもらえる努力も必要だと思います。
撮影:今村拓馬
もう一つ。コロナで起きた変化の一つとして、大久保は「顧客1グループあたりが少人数になった」と指摘する。
「“密”を避けるという理由もありつつ、“関係が薄い人とは、もう飲みに行かない”いう方が増えています。一回一回の外食に求める価値の重みが増しているし、大事な人と行くことになる。
団体客を狙い、年末の宴会で3〜4割の利益を取るビジネスモデルを狙ってきたチェーン店は厳しい時代になるでしょう」
コロナ時代には、繁忙期に大量のお客さんを集めるよりも、根強いコミュニティが肝になりそうだ。
「例えば新橋で1000人のお客様のコミュニティがあれば、たとえ“お店は休業しますがテイクアウトだけはやります”、“新しいメニューができたので、よかったらお試しください”とご案内できる。
まずは、信頼していただける1000人のお客様に支持していただくこと。支えてくれる“圧倒的な1000人のお客様”がいる。それが、これからの飲食店、そしてビジネスの強みになると思います」
(取材:吉川慧、滝川麻衣子 構成・文:吉川慧 撮影:今村拓馬)
大久保伸隆(おおくぼ・のぶたか):1983年生まれ。千葉県出身。大学卒業後、不動産会社を経て、アルバイト時代に魅せられた飲食店での仕事を希望して2007年エー・ピーカンパニー入社。店長を務めた店舗は記録的な繁盛店に。繁盛店事業部長、営業本部長などを経て、2014年に副社長就任。2018年6月に退社。同年7月にミナデインを設立し、社長に就任。飲食店の経営を通じて、まちづくりのプロデュースに乗り出す。著書に『バイトを大事にする飲食店は必ず繁盛する』。