渋谷・宮下公園跡地に「ミヤシタパーク」開業 —— 10年に及ぶ“ホームレス排除”の歴史を振り返る

ミヤシタパーク

「ミヤシタパーク」7月21日の内覧会では、一帯が柵でぐるりと囲まれていた。

撮影:西山里緒

7月28日、渋谷・宮下公園に新たな商業施設「MIYASHITA PARK(ミヤシタパーク)」が、新型コロナウイルスの影響による延期を経て、ようやくオープンする。

同公園は、「ホームレス(野宿者)排除」をめぐる歴史の地でもあり、街の多様性について物議を醸してきたことでも知られる。過去の経緯やそこで積み残された課題は、その後どうなったのか。

コロナで1カ月延期となったオープン

ミヤシタパーク

通りに面したテナントには、世界初、ルイ・ヴィトンのメンズフラグシップが入っている。

撮影:西山里緒

ルイ・ヴィトンの巨大な看板が掲げられた「宮下公園」。足を踏み入れようとすると、手のアルコール除菌を求められた。警備員によるチェックを受けて検温をし、エスカレーターを上りながらふと後ろを振り返ると、渋谷のスクランブルスクエアが、鈍く光って見えた。

7月28日にオープンしたミヤシタパークは、JR渋谷駅から原宿駅に向かう山手線沿いに位置する、旧・宮下公園の跡地にある。公園・駐車場・商業施設・ホテルが一体となった複合商業施設だ。

開業はもともと東京オリンピック・パラリンピックの開会式直前となる6月18日に予定されていたが、新型コロナウイルスの感染拡大によって、1カ月以上延期された。

ミヤシタパーク

渋谷は「100年に一度」と言われる大規模再開発が進んでいる。

撮影:西山里緒

商業施設エリアには、グッチやルイ・ヴィトンをはじめとする高級ファッションブランドやカルチャー系のショップ、飲食店を含めた約90店舗が軒を連ねる。

その上に広がるのが、生まれ変わった宮下公園だ。4階建ての立体都市公園として、1万800平方メートルに及ぶエリア内には、スケート場やボルダリングウォールに加え、サンドコートで覆われた多目的運動施設も新設。敷地内ではイベントも行えるようにするという。

「再開発という名の破壊行為」

ミヤシタパーク

厳重な警備体制の「ミヤシタパーク」。

撮影:西山里緒

渋谷の大規模再開発の一環として、渋谷区の公募により、三井不動産を整備事業者に選定。大々的に進められてきた「ミヤシタパーク」プロジェクトだが、7月21日の内覧会に参加してみると、ある“違和感”に気づいた。

エリア一帯が柵でぐるりと囲まれており、その周辺には多くの警備員が配置されていたのだ。

新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、飲食店の営業がなかったのは納得できるにしても、目玉となるはずの4階に位置する公園部分さえ、非公開となっていた。

“新生・宮下公園”をアピールする絶好のチャンスであるはずの内覧会が、なぜこんなに物々しい雰囲気なのか?

じつはこの開業の背景には、渋谷区による宮下公園の「野宿者排除」を巡る紆余曲折の歴史があり、SNS上では今もさまざまな批判の声があがっている。

「映画館行ってきたのだけど、宮下公園ってホームレス追い出したかと思ったら、今こんなになってるんだぁ。ヴィトンにグッチですかぁ、、」

「宮下公園がちゃんと宮下公園だった頃に、神よ、すべてを戻したまえ」(哲学者・千葉雅也さん)

「宮下公園がクソみたいに。。 デベロッパーと渋谷区による再開発という名の破壊行為」

「対等に話をする気がまったくない」

2011年、ナイキによるリニューアルオープン

2011年、ナイキによる公園のリニューアルオープン。オープニングセレモニー中の公園出入口の様子。

写真提供:小川てつオ

「(ミヤシタパークは)出発点からして野宿者を追い出して作った施設です。公開質問状や要望書を持っていっても最初から門前払い。対等に話をしようという気がまったくなくて、(野宿当事者を)自分たちの事業の邪魔をする人たちとしか捉えていない。排除のシンボルだと思います

宮下公園の野宿生活者・支援者の団体「ねる会議」のメンバー、小川てつオさん(49)はそう語る。

そもそも、渋谷区による宮下公園の野宿者排除が初めて大きく報じられたのは、2009年頃のことだった。

当時、スポーツ用品大手ナイキジャパンが、渋谷区から宮下公園の命名権(ネーミングライツ)を買い取った上で改修する計画が進んでおり、市民らから「宮下公園のナイキ化を止めろ」との反対活動が行われていた。

2010年9月の、宮下公園の強制退去の様子。

2010年9月15日、宮下公園の公園封鎖に抗議する人たちの様子。9月24日には「行政代執行」が実施された。

写真提供:小川てつオ

2010年には、野宿者たちのテントなどを強制撤去する「行政代執行」が実施されたが、これを不当として、野宿者や支援者らは東京地方裁判所に渋谷区を提訴。

2015年、東京高等裁判所は代執行そのものは適法としたものの、強制撤去の手法と程度が「やり過ぎ」だったとして、公園から排除された男性への11万円の損害賠償を渋谷区に命じている。

市民の反対運動もあり、ナイキは2010年、当初予定していた「宮下ナイキパーク」への名称変更はしないと表明。その一方で、公園一帯の再開発は、公園に夜間施錠する形で引き続き進められていった。2015年には、新たな整備計画の事業者として三井不動産が選ばれた。

サンフランシスコでも進む「都市の富裕化」

BLACK LIVES MATTER

コロナ禍に起こった「Black Lives Matter(黒人の命は大切だ)運動」は、アメリカにおける人種差別・経済格差を浮き彫りにした。

Eze Amos / Getty Images

宮下公園の変遷に見られるような、再開発や高所得者層の流入による都市の富裕化は「ジェントリフィケーション」と呼ばれる。

都市部への人口集中、経済格差の拡大など、ジェントリフィケーションが引き起こすさまざまな問題は、今、世界的に大きく注目されている。

全米コミュニティ再投資連合(National Community Reinvestment Coalition、NCRC)によると、2013年から2017年にかけて全米で最もジェントリフィケーションが進んだのは、シリコンバレーがあることで知られるカリフォルニア州サンフランシスコだ。

同調査によると、ジェントリフィケーションが進む地域の周辺には、退去を余儀なくされた、黒人やヒスパニック、アジア系人種などのエスニックマイノリティ(少数民族)の割合が高まる傾向があり、深刻な人種の分断を引き起こしているという。

ジェントリフィケーションから生まれる問題は、経済格差だけではない。富裕化が進み、高い賃料を払える有名ブランド店しか残らなくなると、地域全体の個性が失われ、その結果として、エリアの人気も下がってしまう。こうした悪循環は、1970年代以降のニューヨーク・マンハッタンなどでも見られた光景だ。

渋谷も、単なる商業空間になり「お金のない人」が集まらなくなれば、街としての面白みは失われるのではないか、と前出の小川さんは指摘する。

「渋谷は、新しいものと古いものが混在してきた街。終戦後の闇市から始まった『しぶちか(渋谷地下街)』や『のんべい横丁』など、戦後復興の中で生まれた『ふつうの秩序とは異なる空間』がずっと残されてきたのが、渋谷の魅力だった

渋谷は「多様な生」を受け入れる街か?

ミヤシタパーク

柵で囲われたミヤシタパークは、「多様な生」を受け入れる場所となりうるのか。

撮影:西山里緒

渋谷区が2016年に発表した「渋谷区基本構想」によると、根本的な価値観として「ダイバーシティーとインクルージョン(多様性と包摂性)」が掲げられ、「人種、性別、年齢、障害を超えて、渋谷区に集まるすべての人の力を、まちづくりの原動力にすること」とメッセージが発せられている。

しかしこうした「多様性」の中に野宿者は入っていないようだ、と小川さんはため息をつく。

「結局、渋谷区が掲げるダイバーシティーから『自分たちにとって都合の悪い人』は排除されているんです。テナントの店は、こうした経緯を知った上で入っているのか。ブランドとしても醜悪に見えるということを、分かってもらいたい」

渋谷区広報コミュニケーション課は、Business Insider Japanの取材に対し、「工事への着手は、野宿者の次の居場所への移動が完了したうえで行っており、強制排除はしていない」と回答した。

野宿者に対しては、まず住む場所を確保してから社会復帰の支援を進める「ハウジングファースト事業」に取り組んでおり、8室のシェルターを借り上げ、これまで47人がシェルター・アパートに入居済みという。

さらに、ミヤシタパークはジェントリフィケーションの結果ではないかとの批判に対しては、「改修は老朽化への対応と防災拠点の機能強化が主な理由であり、そうした指摘は当たらない」(渋谷区広報コミュニケーション課)としている。

(文・西山里緒

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