【速報】EU、復興基金設立でようやく合意も「第三の分裂」懸念消えず。“富める小国”の反発が欧州に落とす影

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ベルギー・ブリュッセルの欧州委員会本部前。EU臨時首脳会議当日の様子。

REUTERS/Yves Herman

コロナショック対応の経済再建策について協議していた欧州連合(EU)臨時首脳会議は、2日間の日程を4日間に延長した上、5日目の7月21日になってようやく合意に至った。

会議の争点となったのは以下の3点だった。

  1. 基金の規模
  2. 基金の性質(補助金または融資)
  3. 実行時の承認方法(全会一致または多数決)

まず1.について、欧州委員会案の7500億ユーロという総枠は、前回会議から既定路線として受け入れられていた。

4月時点では1兆ユーロ、5月中旬の独仏提案では5000億ユーロとされたが、5月下旬の欧州委員会案では結局7500億ユーロとされた。間を取れば解決策になると考えがちな、欧州らしい数字の仕上がりだ。

そして今回、最大の問題となったのは2.の「基金の性質」だ。

「補助金5000億ユーロ・融資2500億ユーロ」という組み合わせの比率が議論を呼び、「倹約4カ国」(オランダ、スウェーデン、デンマーク、オーストリア)は、返済を求める融資枠の比率を極力増やすよう要求していた。

21日の会議終了直前まで、この比率をめぐってきわどい攻防が続いた模様で、協議延長後の3日目には「補助金4000億ユーロ・融資3500億ユーロ」、4日目には「補助金3900億ユーロ・融資3600億ユーロ」と、ミシェルEU大統領から両者の差をじりじり詰める案がくり出された。

倹約4カ国も一枚岩ではなく、デンマークは譲歩の姿勢を見せていたようだが、残りの3カ国、とりわけオランダが強硬に反対した様子が報じられている。

また3.の承認方法について、倹約4カ国は全会一致を望んでいたが、それ以外の国々は機動性を考慮して多数決を主張していた。

細かいことをいえば、「最初は補助金で部分的に支援しておき、その使途をみながら追加分は融資に切り替え」というフレキシブルなやり方もあったと思われる。

結局そうならなかったのは、「管理したい」倹約4カ国と、「自由に使いたい」支援を受ける側の国(主に南欧諸国)のミゾが深かったということだろう。

南北対立、東西対立に次ぐ「第三の亀裂」

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加盟国間の調整を続けたEUのミシェル大統領。

Stephanie Lecocq/Pool via REUTERS

夜を徹した長丁場の会議は、EUで何か重要なことを決める際の恒例行事になっており、ヨーロッパの事情に興味をお持ちの方々は「また今回もか」と感じられたかもしれない。

ラガルド欧州中央銀行(ECB)総裁は7月16日に行われた政策理事会後の記者会見で、「私もエンドレスな欧州会議(European meetings)のベテランでした。ブリュッセルではものごとに時間がかかるものですし、交渉は多大なる時間とエネルギーを消費するものです」と述べ、「心より幸運を祈る」とエールを送っていた。

リーマンショックに際して、フランスの財務相として交渉を経験したラガルド総裁は、今回の首脳会議がかなり厳しいものになるとわかっていたのだろう。確かに、今回の議論で目にした光景はEUらしい「いつか来た道」であった。

だが同時に、欧州委員会への現場出向経験をもつ筆者の目には、今回域内に生まれた亀裂はこれまでとは趣がやや異なるようにみえた。

周知の通り、EUは経済・金融同盟(端的にいえば、共通通貨ユーロや単一市場)によって域内の緊密感を高め、安全保障面での強化も図ろうという壮大なプロジェクトだ。

実際、武力衝突という意味での戦争は回避されており、プロジェクトは一応の成功をみているといっていい。

ただ、過去10年間のEUをふり返ったとき、武力衝突まではいかないものの、経済格差を理由に南北間の政治衝突が、さらに移民を理由に東西間で政治衝突が、くり返し起きてきたことは周知の事実だ。

そうした南北対立や東西対立に次ぐ「第三の亀裂」がいま起きているのではないか、少なくとも筆者はそう考えている。

過去の「南北対立」と「東西対立」の経緯

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首脳会議に参加したハンガリーのオルバン首相。欧州委員会との対立を深める中東欧諸国の急先鋒。

John Thys/Pool via REUTERS

南北対立とは、言うまでもなく「ドイツ対ギリシャ」に象徴される構図を指す。

この対立が完全になくなったとは言えないが、復興基金の議論の座組みをみればわかるように、ドイツはフランスと一緒になって加盟国をまとめ上げる仲介役を5月中旬に買って出て、それ以来、新型コロナウイルスの直撃に苦しむ南欧諸国を支援しようというスタンスを隠していない。

また、ドイツは自国でも財政支出拡大や消費減税など、従来の緊縮路線から拡張財政路線に(おそらくは一時的なものだろうが)軸足を移している。少なくとも欧州債務危機(2010年前後)当時のような苛烈な南北対立に戻る要素は見受けられない。

一方の東西対立は、2015年9月にメルケル独首相が難民の無制限受け入れを明らかにしたことによって浮き彫りになった。

ドイツが無制限に難民を受け入れようとすれば、通過国となるハンガリー、ポーランド、チェコ、スロバキアにも相応の難民受け入れが発生することになる(筆者注:ダブリン規則によって、難民は最初に入った加盟国を本来通過できないのだが、今回は本旨から逸れるので割愛)。

この難民受け入れ問題によって、「ドイツ対中東欧」という東西対立が取り沙汰されるようになった。

中・東欧諸国のなかでも、ハンガリーは強権的なオルバン首相のもとで憲法改正を重ね、司法への介入を強めるなど、EUの基本的価値に対して「重大な侵害」があると欧州委員会が懸念を表明するに至っている。また、類似の懸念はポーランドにも浮上している。

東西対立は今後おそらく、「ドイツ対中東欧」という構図から、「欧州委員会(ブリュッセル)対中東欧」の構図へとシフトしていくだろう。

実は、今回合意した復興基金については、対象国で「法の支配」の原則が守られていることを補助金あるいは融資の条件にするか、という争点もあった。ハンガリーやポーランドのような強権政治を振るう加盟国には、EUの理念に反するので基金は利用させないというわけだ。

この点については、必要な手続きを経て拠出を中止できるようにする模様だ。

価値観の近い国々による「大小対立」

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マクロン仏大統領(左)とメルケル独首相。独仏共同提案で復興基金をリードしようとしたが……。

John Thys/Pool via REUTERS

そして、今回の復興基金をめぐる主な亀裂は、南北対立でもなければ、東西対立でもない。結論からいえば、筆者の考える「第三の亀裂」は「大小対立」だ。

最大の債権者である経済大国ドイツは今回、南欧諸国などへの支援に賛成する側に回っている。

一方、(補助金中心の)復興基金に反対してきた倹約4カ国のうち、オーストリア以外の3カ国(オランダ、スウェーデン、デンマーク)は「新ハンザ同盟」と呼ばれる比較的豊かな小国連合(エストニア、フィンランド、アイルランド、ラトビア、リトアニア、オランダ、スウェーデン、デンマーク)のメンバーだ。

新ハンザ同盟の国々は、基本的に「大国主導でEU改革議論を進めないでほしい」と考えている。倹約4カ国が復興基金の議論で強硬な態度をとり続けているのは、この小国同盟における中核国としての自負から来ている面もあるだろう。

新ハンザ同盟がEU改革議論の中で存在感を示したいのだとすれば、長年の課題であった債務共有化の一里塚ともいわれる復興基金設立に際し、是が非でも意見を反映させたいと考えているはずだ。

ここまでの経緯をふり返っても、欧州委員会案がまとまる直前、独仏共同提案が「規模は5000億ユーロ、すべて補助金」と報じられると、倹約4カ国はすぐさまその提案を否定している。復興基金にかかる議論のイニシアチブを、なし崩し的に大国へ渡したくないという強い思いを抱いたのだろう。

根本的な気質にもともと差異があると言われていた南北対立あるいは東西対立と違って、大小対立はこれまで価値観を共有してきた国々の間で起きているように思われる。

新ハンザ同盟の国々は経済規模に迫力はなくとも、政治的・財政的に歴とした先進国の一角であり、EUにとっても頼りにしたい国々だ。その意味で、大小対立によってEUの「コアな部分」に亀裂が生じている気がして、これまでとは違った意味合いを感じる。

筆者なりに言い換えるなら、それは「亀裂の多様化」というあまり喜ばしくない事象だ。EUが分裂に向けた遠心力にさらされている状況とも考えられるだろう。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。


唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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