アレクサ搭載の家庭用ロボット開発を進めるアマゾンのジェフ・ベゾス最高経営責任者(CEO)。
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- アマゾンは「ベスタ(Vesta)」のコードネームで開発中の、アレクサ(Alexa)搭載ホームロボットについて、1000ドル以上の価格設定を検討している模様だ。
- 手頃な価格で広く使われるデバイスをリリースし続けてきたアマゾンにとって、高価格帯での製品リリースは、ハードウェア戦略の路線変更といえる。
- ベスタ開発チームはローンチ遅延のばん回に取り組んでおり、それが通常を上回るペースでの人員離脱につながっている。
- アマゾンの従業員のなかには、メインストリームとはほど遠いニッチなデバイスに投資を続ける論理的根拠に疑念を呈する者もいる。
アマゾンの次なる破壊的プロダクトには高い値札がつけられそうだ。
事情に詳しい関係者によると、アマゾンは開発中のアレクサ搭載ホームロボットの販売価格を1000ドル超とする方向で検討している模様だ。
コードネームを「ベスタ」としてリリースに向けた準備が進むこのロボットは、このままいけば、同社がこれまで世に送り出してきたなかで最も高価な、高収入世帯向けのプロダクトになりそうだ。
出費を抑えたい一般家庭向けに手頃な価格帯のプロダクトを中心としてきたアマゾンのハードウェアビジネスにとって、高級市場は新たに進出する領域となる。
スマートスピーカーの「エコー(Echo)」はじめ、同社製デバイスのほとんどは100ドル前後あるいはそれより安い価格設定で、それゆえ広く受け入れられてきた。2019年にリリースされたハイエンドモデルのエコーですら200ドル。アップルの300ドルするホームポッド(HomePod)より大幅に安かった。
家庭用ロボット開発にはベゾスCEOも直接関与
アマゾンは2012年に買収したロボット企業キバ・システムズ(Kiva Systems)の技術など、社内資源を活用して家庭用ロボットのコスト引き下げを検討している。
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ベスタプロジェクトを率いるグレッグ・ゼールは、アマゾンのハードウェア開発子会社「Lab126(ラボ・ワン・トゥエンティシックス)」のプレジデント。
同子会社はアマゾンにとって最も優先順位が高い資本投下先のひとつで、ジェフ・ベゾス最高経営責任者(CEO)も直接関与し、たびたびカリフォルニア州サニーベールにあるLab126のオフィスを訪れる。
ところが、ここ2年間急拡大を続けてきたベスタチームはプロダクトローンチの遅延をくり返し、そのためか、最近はばん回を図るため人員の入れ替えを急いでいるようだ。
アマゾンの内部からは、広い顧客基盤をいかにマネタイズにつなげるか答えを求められている状況にもかかわらず、メインストリームにほど遠いニッチなプロダクトへの投資を続けることについて、疑問の声もあがっている。
詳しい関係者によると、このホームロボットは腰までほどの高さで、音声による指示に従って家の中を自走する能力を有する。
価格設定は引き下げ可能で、ベスタチームはそのため、2012年にアマゾンが買収した物流センター向けロボット開発のキバ・システムズのような社内の既存技術を活用する方法を検討している。
さらに、アレクサの音声技術のさらなる向上によって、従来ベスタに搭載されるはずだった専用スクリーンが不要となれば、より大きなコスト削減が可能になるだろう。
現時点で、ローンチがいつになるかは判然としない。前出のLab126は毎年9月ごろに新プロダクトをお披露目する年次イベントを開催しているが、関係者によると、2020年のイベントでベスタが公開される可能性は低そうだ。
プロジェクトは「輝きを失いつつある」との声も
従来のアマゾンのハードウェア戦略は、広く使われる低廉なデバイスによる顧客基盤の拡大にフォーカスしてきた。
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Business Insiderの取材に応じた複数のアマゾン従業員は、ここ2年間でたくさんの優秀なエンジニアが参画したものの、ベスタプロジェクトは輝きを失いつつあると証言してくれた。
アマゾン全体のプロダクト戦略と足並みが揃わないために開発は遅れに遅れ、ローンチのスケジュールに想定以上のズレが生じ、早期の市場投入を期待していたエンジニアたちは興味を失っている。
証言してくれた従業員たちも、消費者に選ばれにくくなる高価格帯のプロダクトを未知の市場に投入する論理的根拠を疑う。
アマゾンのハードウェア戦略はこれまで、ヘッドセットや電子レンジのような手頃な価格で広く使われる製品に音声アシスタント(アレクサ)機能を付けることで、顧客基盤を拡大することにフォーカスしてきたからだ。
それに対して、ホームロボットはニッチな市場だ。
米調査会社マーケッツ・エンド・マーケッツによると、ホームロボット市場は2024年までに91億ドル(約1兆円)に拡大すると予測される。しかしこれまでのところ、ソニーやソフトバンクといった大手テック企業が参入しながら、十分な収益をあげるまでには至っていない。
プロダクトの価格帯は、高いものでソニーのロボット犬「アイボ(Aibo)」が3000ドル程度、米アンキ(Anki、2019年に経営破綻)のベクター(Vector)は数百ドルだった。
詳しい関係者によると、ここ数カ月、ベスタチームからは「平均以上」のペースで従業員の離脱が続いているという。
この1年半をふり返れば、グレッグ・ゼールの直下でプロダクトリードを担ったアーロン・ブロムバーグ、プリンシパルプロダクトマネジャーを務めたクリスティーン・アンダーソンが去り、初期にディレクターを務めたタイガー・ランは2018年にフェイスブックにジョインした。コンピュータービジョンの開発を担当したマックス・ペイリーも2019年に退社している。
家庭用ロボットの真の価値は「データ収集」
カリフォルニア州サニーベールにあるアマゾンの研究開発拠点。
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ただし、社内での販売計画の数値はそう大きいものでなくても、アマゾンはこの高価なホームロボットのローンチにより(販売代金以外の)利益を得られるとみる関係者もいる。
例えば、ハイエンド市場の反応をテストできるし、高価なアレクサ搭載デバイスに消費者が興味をもつかどうか確かめることもできる。
さらに、ホームロボットはコンピュータービジョンや人工知能といったこれまでアレクサ搭載デバイスで使われてきたテクノロジーの融合体であり、そのリリースはアマゾンの技術的優位性を競合に示すことにもなる。
ビスタチームは、他の家庭向けアレクサ搭載プロダクトに「トリクルダウン」的な(=他の製品にアイデアやテクノロジーが波及する)効果をおよぼすと期待しているようだ。
ある関係者は、ベスタのリリースが生み出す最大の恩恵はデータ収集だと指摘する。ロボットが家全体を動き回ることで、アマゾン側は室内のレイアウトや家庭内で音声コマンドがよく発される場所などを把握できるようになる。
ただし、近年アレクサについては、ユーザーの特定の会話を監視していたケースなどプライバシー上の懸念が投げかけられており、ビスタチームも同問題への取り組みにより慎重になっている。
最後に、ビスタプロジェクトはすでに書いたように、グレッグ・ゼールをトップに置きつつ、ベゾスCEOはもちろん、アマゾンのハードウェア部門の古い幹部陣が経営と開発に関与していることに注目しておきたい。
電子書籍リーダー「キンドル(Kindle)」の立ち上げメンバーだったチャーリー・トッシュラーは、ゼール直下のバイスプレジデントを務める。
インダストリアルデザイン担当のバイスプレジデント、クリス・グリーンもアマゾンでの経験が長い(Tシャツデザイン販売代行「Merch by Amazon」を担当)。
ケン・キラリーはアマゾンのデジタルプロダクト部門のチーフテクノロジスト、グロリア・ウィテカー=ダニエルズはアップルで長くエンジニアを務めた人物だ。
(翻訳・編集:川村力)