気鋭の広告クリエイター、三浦崇宏。彼の熱く鋭いメッセージは若者を魅了してやまない。 今回の道場相手は作家のカツセマサヒコさん。GO三浦は新刊『明け方の若者たち』をどう読み解いたのか? また会社を辞め独立した2人が今、若者に伝えたい現実の尊さとは?
「希望の光」的なものを徹底的に潰した
三浦崇宏(以下・三浦)
読者からの意外な感想ってあった?
カツセマサヒコ(以下・カツセ)
一番刺さったのは、「小説を買ったのは『恋空』以来です」ですかね。
うはははは(笑)。
カツセ
震えましたね。何年空いてるんだよって。でも嬉しかったです。世代を超えた何かを感じましたし。実は刊行元の幻冬舎内で、『世界の中心で、愛をさけぶ』と同じ売り方をしようって盛り上がってたらしいんですよ。そっちもまあまあ古い(笑)。でも、それくらいライトな小説というか、「若い人たちが絶対通ってるような物語」というのが、しばらく存在してなかったってことですよね。
三浦
「なろう系小説」と『鬼滅の刃』しか読んでない人たちでも、『明け方の若者たち』には感動する。あ、今コピー思いついた。「戦争がなくても、魔法がなくても、主人公が無敵じゃなくても感動する」 。
カツセ
すごい! 確かに主人公、一切成長がないですからね。「なろう系」みたいに転生しないですし(笑)。
三浦
それで言うと、ラストなんだけど。
カツセ
いかがでした? 「希望の光」的なものを徹底的に潰したかったんですけど。
三浦
「希望の光」?
カツセ
ビジネス書とかの、あ、別にビジネス書を揶揄するわけじゃないんですけど、「行こうぜ、やれるさ」ってムードみたいなものです。「今のこの環境をどうしたら変えられるか、こうやったら変えられるぜ!」を謳うハウツー本がたくさん並んでるじゃないですか、本屋に。でも僕の人生、そんなにうまくいったことがなかったんで。
三浦
なるほど。
カツセ
世の中、僕と同じようにうまくいかなかった人の方が多いと踏んでるんです。その人たちに、「それでもまあ、大丈夫」って安心感を与えたかった。だって、主人公が結局最後に大成功しちゃったら、きっと読者は裏切られたと感じるでしょう。
三浦
そうだね。
カツセ
「こいつ、今のおれと同じところにいてくれてるわ」って読者に思ってほしかったんです。僕、前にいた大きな会社の同期と今でも連絡を取ることがあるんですよ。33歳ですから、みんなもう社会人11年目。彼らは彼らの人生をすごく充実させていて、それなりのポジションに就いていて、後輩もいる。
三浦
うんうん。
カツセ
それって素晴らしいことですし、そもそも嫌だったんですよ、「フリーランス万歳。独立超スゲー。皆で転職しようぜ。これからはチームの時代だ」っていうのが。「いや、同じ会社にいたっていいじゃん」みたいな要素を、何か、小説なら書いてもいいかもって思ったんです。ビジネス書としてではなく、物語として。
「僕は『事実は小説より奇なり』なんてことはまったく思わないんです」とカツセさん。
「独立が格好いい」なんて思わない
三浦
うん、このラストはこれでいいんだろうなって思った。おれも独立してる身だから相談されるんだよ。「独立したほうがいいですかね」って。博報堂とか電通の人から。
カツセ
言われてそうですよね。
三浦
「独立するの格好いいですね」とか「SNSで自分を発信ですよね」とか。……待て待て待てっ!!
カツセ
(笑)。
三浦
「全然そう思わないよ! 独立? え、マジ?」みたいな。おれ、SNSで自分をブランディングしろとか、一言も言ってないし(笑)。
カツセ
そこ太字で書いてほしい!
三浦
起業しろとか独立最高とかも、少なくとも公の場では一度も言ってないよ。一生懸命日常を生きることでも、人はドラマチックに生きられる。会社を辞めることが格好いいだなんて、まったく思わない。
カツセ
『言語化力』にも書いてありましたけど、三浦さんはポジティブに独立したわけではなくて、「大きな会社は全然守ってくれない」と感じた結果、「じゃあ、もう出るしかないよね」感の割合が結構占めてましたよね、辞められる際に。
三浦
そうそうそう。
「辞めなくて済むなら辞めない方がいい」と二人の意見は一致。
カツセ
僕も、総務部で足引っ張ってばっかりで、「週2でロッカールームで泣いてて、給料20万ってどういうこと?」みたいになって、これは逃げるしかないなと思って退職を決めました。だから「独立いいっすよね」とか言われても、「とんでもない。会社にいられるなら、それが一番です」って言いたい。
三浦
昔、宮台真司さんが「終わりなき日常を生きろ」って言ったけど、そんな大袈裟な話でもなくてさ。ちゃんと毎日楽しいこともあるし、ちゃんと毎日嫌なこともある。カツセさん、さっき主人公が一個も成長してないって言ったけど、変わってないわけじゃないよね。社会的、外見的に変わってないだけで、本人の中ではいろんな変化があっての「今」じゃない。その一個一個の、他人には見えない、自分にしか見えない変化がすごく大事。
カツセ
確かに。
三浦
みんな他人の評価の変化だけを変化だと思ってるけど、自分しか気づかない、すごく小さな変化をちゃんと慈(いつく)しんで、自分の成長を自分で認めてあげようぜってこと。これはすごく大切だと思う。
カツセ
そうですね。会社にいると「評価シート」の中だけでしか成長を測らないですからね。
三浦
作中で主人公が最後に下した決断は、外見的にはまったく変化がないように見えるけど、彼の中ではものすごく大きな分水嶺を踏み越えてた。踏み越えたことは彼にしか分からないんだけど、そのことは大事にしてほしいよね。この本を読んだ人はもちろん、読んでない人にもそう思ってほしい。
WEBと紙は地続き
カツセ
今回、1冊書いたら欲が出ました。もっと書きたいんです、小説。「もっと全然いけるわ」って言うより、「もっといけたわ」って後悔の方が大きいのかもしれないですけど。
三浦
おれが「WEBの書き手」を失礼な言い方だと思ってないことを前提として聞いてほしいんだけど。
カツセ
はい。
三浦
WEBの書き手として名を成してるカツセさんのような人が、小説のような別の分野に行くのは、言ってしまえば「PRIDEに吉田秀彦が出た」みたいなものだと思うんだよね。
カツセ
分かんないです、格闘技(笑)。
カツセさんに格闘技のたとえは通じなかった。
三浦
2020年って、カツセマサヒコと岸田奈美というWEBが生んだ二人のモンスターが、紙の世界に殴り込みをかける年だと思うんだよ。紙って文壇のことね。二人が背負ってるものは大きい。これ、プレッシャーかけるつもりで言ってるんだけど。
カツセ
ははは(笑)。
三浦
「人の心を動かす」という意味においてWEBの書き手と紙の書き手は地続きだってことを、二人が証明してくれると期待してる。
カツセ
すごく嬉しいです。
「それで食おうと思ってない人」の方が強い
三浦
だから、カツセさんには売文家と作家を両方やってほしい。「それで食おうと思ってない人」の作品の方が強いと思うんだよね。イエス・キリストも釈迦も超裕福だったから、あんなに飛びぬけたやべえ思想を唱えられた。
カツセ
おお、なるほど!
三浦
これ褒めてますよって前置きしたうえで言うね。カツセさんは超一流の売文家として、女性誌「ar(アール)」の男目線の感想とか、町田のショッピングセンターを褒めるとか……。
カツセ
僕の仕事、よく見てますね(笑)。
三浦
そういうのを書き散らして裕福になっていただいて、「100年後に読んだ誰かがものすごく励まされたら、それだけで僕は十分です」って言いながら本を書き続けて、適度にヒットさせていってほしい。片方の手で「ar」を見て「チークに勃起が止まらない」とか書きながら、もう片方の手では「僕はどうしてこうなってしまったんだろう?」というのを、軽々とやってほしい。それがWEBと文壇の分断を解消すると同時に、何か新しい文学のかたちを生み出すんじゃないかなって気がするから。
カツセ
なるほど。
三浦
やっぱりWEBと文壇って断絶があるじゃない。どっちかがどっちかを下に見てる。
カツセ
それは、めちゃくちゃありますね。
三浦
そこを軽やかに飛び越えてほしいんだよね。あ、カツセさん本人は別に言わなくていいよ。本人が言うと多分クソダサいんで(笑)。そういうことは、おれらが周りで適当に言い散らかすからさ。
カツセ
ははは(笑)。
(構成・稲田豊史、 撮影・今村拓馬、連載ロゴデザイン・星野美緒、 編集・松田祐子)
三浦崇宏(みうら・たかひろ):The Breakthrough Company GO 代表取締役。博報堂を経て2017年に独立。 「表現を作るのではなく、現象を創るのが仕事」が信条。日本PR大賞をはじめ、Campaign ASIA Young Achiever of the Year、グッドデザイン賞、カンヌライオンズクリエイティビティフェスティバル ゴールドなど国内外数々の賞を受賞。広告やPRの領域を超えて、クリエイティブの力で企業や社会のあらゆる変革と挑戦を支援する。2冊目の著書『人脈なんてクソだ。 変化の時代の生存戦略 』が発売中。
カツセマサヒコ :1986年東京生まれ。大学を卒業後、2009年より一般企業にて勤務。趣味で書いていたブログをきっかけに編集プロダクションに転職し、2017年4月に独立。ウェブライター、編集として活動中。デビュー作『明け方の若者たち』(幻冬舎刊)が好評発売中。