15日間で感染者100万人増のアメリカ。マスク着用、デモの武力鎮圧、銃殺事件…分断が加速する

搬入される患者

新型コロナウイルス感染者が治療を受ける医療センターに搬送中の患者(フロリダで7月14日撮影)。感染者数は、ほとんどの州で過去最悪を更新し続けている。

REUTERS/Maria Alejandra Cardona

テレビをつければ、「危機のアメリカ」というテロップが連日目に飛び込む。

ベトナム戦争、米同時多発テロ、リーマン・ショックなど、たび重なる恐怖と危機をくぐり抜けてきたアメリカが、かつてない混乱状態に陥っている。新型コロナウイルスの感染拡大に加え、次々にアメリカを揺さぶる事件が起き、「市民の不安(civil unrest)」が急速に高まっている。

感染者が15日間で100万人増

毎朝、眼が覚めると、新型コロナウイルスのニューヨーク市の新規感染者数(7日間平均)をチェックする

7月24日現在、353人と7月中旬より50人超増えている(ニューヨーク・タイムズによる)。4月上旬の6000人超に比べれば、劇的に少ないが、わずかな上昇でも「第2波が来るのか」と不安になる。

一方、ニューヨーク州など数州を除いたアメリカ全体では、新型コロナの感染者数は過去最悪を更新し続けている。

全米の新型コロナの新規感染者数は、7月23日に7万2129人と、4月の約2.5倍に達した。累計感染者数はこの日、400万人を突破。わずか15日間で感染者数は300万人から100万人も増えるなど、感染の広がりは加速化している。

累計死亡者数は14万3000人と日本の140倍にものぼる。南部テキサス州の病院では、助かる確率が低くなる高齢者よりも、若い患者を優先する選択を迫られる地域すら出てきた。

特に、経済活動を5月に急激に再開したカリフォルニア州やテキサス州、フロリダ州などが「ホットスポット化」している。

カリフォルニア州のギャビン・ニューサム州知事(民主党)は3月、リーダー力を発揮し、ニューヨーク州よりも早くロックダウンを実施した。しかし第2波の急な訪れで、「厳しい外出制限を再度実施するべきだ」(スティーブ・グレイザー州議会議員)と批判にさらされている。

ニューサム知事は、レストランの店内飲食禁止などを実施し、7月22日には、こうツイートした。

「数字は唯一の事実を物語る。(新型コロナに対し)真剣に取り組まなくてはならない。マスクを着用しよう」

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反マスク派は「個人の人権の侵害」主張

マスクに反対する男性

オースティン(テキサス州)でマスク着用令に抗議する男性ら(6月28日撮影)。アメリカでは、マスク着用の義務付けは自由の侵害だと主張する声も少なくない。

REUTERS/Sergio Flores

マスク着用をめぐるいざこざは、全米で起きている市民分断の深刻な問題だ。

筆者も近所で、マスクを顎に下げている男性に出くわし、目が合ってしまった。「まずい」と思ったが時は遅く、向こうは私に向かって大きく口を開けて「アアアアアアッ」と叫び声を上げた。マスクを外していることに対する非難的な視線に対し、マスクをしない自由を主張するため、大声をあげて嫌がらせをしてきたわけだ。

こうしたトラブルは今後増え続けるだろう。

反マスク派は、トランプ支持者など「小さな政府」を好む保守派だ。多くの民主党知事や市長らは新型コロナ感染を防ぐため、公共の場所でのマスク着用を行政命令として義務付けた。

しかし、反マスク派は「アメリカ合衆国憲法に定められた個人の人権を侵害する」「マスクをするかしないか選べるという自由を侵害する」として、頑として着用を拒む。

保守派にとっては、人に感染させる可能性よりも、個人の人権や自由の方が重要だということだ。

政治ニュースサイト「Axios」によると、外出時にマスクを着用している人は、民主党員の83%、共和党員で41%。両党ともに、4月上旬(それぞれ40%超、20%超)に比べれば増えているものの、支持政党によって大きな隔たりがある。

全米での爆発的感染を受けて、小売り大手ウォルマート、ターゲットほか、スターバックスなどは来店客に対し、店内でのマスク着用を要請した。

しかし、中西部ミシガン州の格安スーパー、ファミリー・ダラーでは2020年5月、マスク着用を要請した警備員が3人の家族連れに銃殺される事件が起きており、マスク着用を店内で徹底させるのは従業員にとって「命がけ」だ。

対面授業再開に教師らが知事を提訴

学校再開に反対する女性

「墓の中から教鞭を執ることはできない」と書かれた看板を持って、対面授業の再開に抗議する現職の教師(7月16日撮影)。対面授業の再開を受け、フロリダ州最大の教職員組合は州知事相手に訴訟を起こしている。

Getty Images/Octavio Jones

政治が絡んだ対立は、マスクに止まらない。

フロリダ州最大の教職員組合、フロリダ教育協会(FEA)は、ロン・デサンティス州知事(共和党)を相手取って、学校再開をめぐる訴訟を起こした。学校再開に絡む訴訟では初めてで、ニューヨーク・タイムズが7月20日報じた。

フロリダ州は、1日の新規感染者数が1万件を超え続けている「ホットスポット」にもかかわらず、デサンティス知事は、8月に週5日、対面授業の再開を州内の学校に勧告した。これは、トランプ大統領が学校での対面授業再開を全米に勧告したことに呼応している。

原告であるFEAの教師や父母はこれに対し、学校は安全な場所であることを義務付けたフロリダ州法に違反するとして、デサンティス知事の勧告撤回を求めている。こうした動きは、トランプ大統領に肩入れする共和党州知事がいる州に広がる可能性がある。

BLM運動を「武力」で制圧する連邦捜査官

BLM運動

ジョージ・フロイド氏殺害事件から時間がたってもBLMのデモは続いている(7月5日、NYで撮影)。この時は参加者の半分にとって初めてのデモだった。

撮影:津山恵子

もう一つ、市民の不安を煽るのは、ジョージ・フロイド氏が白人警官に首を押さえ込まれて死亡した事件に端を発するBlack Lives Matter(BLM)デモと、武装した連邦捜査官の衝突だ。

フロイド氏が殺害された5月25日直後から広がったBLMのデモは2カ月経った今でも続く。直後に見られた店舗からの略奪行為などは減少し、現在は若者が中心の平和的デモが大半を占める。

一方で、ニューヨークやシカゴなど大都市での銃を使った犯罪が急増している。ニューヨーク市警によると、1月1日から7月12日までに、銃による殺害事件が市内で115件あり、2019年の同期間の69件の2倍近くになる。被害者には1歳児を含む子どもが53人にものぼり、2019年の37人を大きく上回る。

これに対しトランプ大統領は、BLM運動と銃による殺害事件を関連づけ、事件が起きているのは民主党が政権を握る自治体であり、デモ参加者や犯罪者は「無政府主義者」だと主張。米国土安全保障省(DHS)など連邦機関の捜査官を7月上旬、西部オレゴン州ポートランドに派遣した。

身分も明かさず令状なしで逮捕

ポートランドでの衝突

トランプ大統領がポートランドに派遣している連邦捜査官の姿は、まるで兵士だ(7月26日撮影)。

REUTERS/Caitlin Ochs

リベラルな市民が多いポートランドでは、BLMのデモ参加者らが連邦裁判所庁舎に放火したり、周囲を占拠したりする運動を続けている。連邦捜査官らは彼らに対し、いきなり催涙ガスやペパーガスを浴びせ、所属がわからない乗用車を突入させて市民を引っ張り込み、容疑も告げずに逮捕した。

しかも捜査官とはいえ、兵士と見間違う迷彩戦闘服で、マシンガンを構えている。これまでデモの市民と渡り合ってきた市警警官のはるか上をいく武装ぶりで、丸腰の若い市民を蹴散らす姿は「武力制圧」そのものだ。

ケイト・ブラウン州知事(民主党)は7月20日のツイートでこう訴えた。

「この国は民主主義であり、独裁主義ではない。秘密警察が記章もない車両で市民を拉致するなんて。アメリカ合衆国大統領に、こんなことを訴えなくてはならないとは」

7月24日現在、「自分たちの子どもであるかもしれない市民に催涙ガスを浴びせるのは許せない」と、「ママたちの壁」というグループが立ち上がり、催涙ガスや棍棒による捜査官の攻撃を受けながらも、デモ参加者を守ろうとしている。市民と連邦捜査官の間に仲裁に入ったテッド・ウィーラー・ポートランド市長まで、催涙ガスを浴びた。

しかし結果として、「オレゴン州は、トランプの治安維持策に屈した」(ブルームバーグ)。オレゴン州司法長官が7月23日、連邦判事に対し、連邦捜査官が市民に身元も明かさず、逮捕状や説明もなく、拘束・逮捕することをやめるように要請したが却下されたためだ。

「ニューヨークは脅しには屈しない」

デブラシオ市長

「群衆を支配しようという考えは、極めて、極めて危険な思想だ」とニューヨーク市のデブラジオ市長はトランプ氏を強く批判している。

REUTERS/Eduardo Munoz

トランプ大統領は7月22日、ホワイトハウスで会見し、連邦捜査官を中西部イリノイ州シカゴや南西部ニューメキシコ州アルバカーキにも送還する「レジェンド作戦」を発表。民主党の首長が凶悪犯罪やデモに弱腰で、

「警察組織を解体させようとする過激な運動が、銃撃、殺害、凶悪暴力事件のショッキングな急増につながった」

と述べた。

筆者が住むニューヨーク市はリベラル派の住民が多いため、いつトランプ氏の標的になるかと戦々恐々としている。ビル・デブラジオ市長は7月22日の会見でこう述べた。

「(トランプ氏が言う)群衆を支配しようという考えは、極めて、極めて危険な思想だ。ニューヨーク市は、脅しには屈しない。連邦捜査官を街で見かけたら、トランプ政権とは法廷で争う。集会の自由というアメリカ合衆国憲法の権利を、私たちは守り抜く」

前出のブラウン・オレゴン州知事はこうもツイートした。

「トランプ政権は、問題解決になんて興味を持たない。トランプ政権は、公衆の安全になんて興味ない。興味があるのは、政治ショーだ」

トランプ氏が新型コロナ対策に前向きではないことや、連邦政府が人種差別に反対する市民を武力でねじ伏せることは、反マスク派のトランプ支持者に大きくアピールする。11月に控える大統領選挙に向けて、強固な支持層を固めるため、トランプ政権はなりふり構わない行動に出ている。

それが、さらに「市民の不安」につながる。反マスク派がいる限り、新型コロナの感染拡大は長期化するだろう。この不安といつまで戦わなくてはならないのだろうか。

(文・津山恵子


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