ポンペオ米国務長官は、中国に対し全面的な対決姿勢を明らかにした(7月23日、カルフォルニア州ニクソン大統領図書館で)。
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アメリカ政府によるヒューストンの中国総領事館の閉鎖(7月22日)に対し、中国側は24日、四川省成都のアメリカ総領事館を閉館する報復で応じるなど、米中間での緊張が一段と強まっている。中国では報復の連鎖は「制御不能」という声も聞かれる。
ただ、トランプ政権による執拗な中国叩きは、11月の大統領選での劣勢挽回を狙った演出という要素が濃い。大統領選まで100日を切り、台湾をめぐる軍事緊張も懸念される。
中国総領事館から書類持ち出し
アメリカはヒューストンにある中国総領事館を閉鎖。中国側は“報復”として四川省成都にある米総領事館を閉鎖した(写真は7月24日、ヒューストンの中国総領事館)。
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新型コロナウイルスの発生源をめぐる中国非難をはじめ、2020年に入ってからのアメリカによる中国バッシングは加速している。
- 香港国家安全維持法(国安法)施行への制裁
- 台湾への武器供与や交流レベルの格上げ
- 新疆ウイグル自治区の人権支援
- 華為技術(ファーウェイ)の一層の排除
- 中国留学生や国営通信社などメディア規制
- 中国製アプリ「TikTok(ティックトック)」のアメリカでの使用禁止検討
- 中国共産党員の入国禁止の検討
大半はアメリカの一方的な対中制裁であり、中国側は守勢に立たされてきた。ヒューストン中国総領事館では、閉館後にアメリカの当局者が総領事館に入り書類を持ち出す場面がテレビで放映され、中国は「ウイーン条約違反」と非難するなど、アメリカの目に余る外交姿勢も際立っている。
しかし日米メディアは、「報復の応酬に懸念」「米中対立が緩和する見通しは立たない」などと書くに留め、アメリカの外交によって相手側の対応の変更を迫る「強制外交」の是非については口をつぐんだまま、「思考停止」を続けている。
習氏を「全体主義の信奉者」と批判
7月23日、ポンペオ米国務長官は中国の習近平国家主席を「破たんした全体主義の信奉者」と名指しで非難した。
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アメリカ政府の動きで注目されるのは、「新冷戦派」の代表とみられるポンペオ国務長官の言動だ。
同氏は7月13日、南シナ海における中国の海洋権益主張を公式に否定した。さらに7月23日にはカリフォルニア州のニクソン図書館で「共産中国と自由世界の将来」と題する演説を行い、中国の習近平国家主席を「破たんした全体主義の信奉者」と名指しで非難、中国共産党体制の転換を呼びかけた。
演説は、ペンス副大統領が中国を「戦略的競争相手」と定義した2018年10月の「新冷戦演説」をはるかにしのぐ「好戦的」な内容である。少し長いが概要をみよう。
- 中国への関与の古い方法論は失敗した。我々はそうした政策を継続してはならないし、戻ってはならない。
- 中国は国内でより独裁主義的となり、海外ではより攻撃的に自由への敵意をむき出しにしている。
- 習近平氏は破たんした全体主義イデオロギーの真の信奉者。
- 両国間の根本的な政治的、イデオロギーの違いをもはや無視することはできない。世界の自由国家は、より創造的かつ断固とした方法で中国共産党の態度を変えさせなくてはならない。
- 共産党から自由を守るのは現代の使命。アメリカは建国の理念によって、それを導く十分な立場にある。
「和平演変」から「力による」転換へ
どこが「好戦的」なのか。第一に中国共産党の「態度を変えさせる」よう、自由主義国家に呼びかけたこと。第2は1972年2月のニクソン訪中以来、アメリカ歴代政権が継承してきた「中国関与政策」の終結を宣言したことだ。
あと10年で国内総生産(GDP)の総額でアメリカを追い抜くかもしれない経済大国の体制転換を呼びかけるのは、常識では考えられない。
1998年6月の「天安門事件」以来、欧米諸国は対中関与政策の一環として、中国の平和的な「体制転換」を意味する「和平演変」を追求してきたとされる。
関与政策の終結は「和平演変」の終わりも意味する。「和平」に替わり「力による」体制転換が導入されるとすれば、それは「好戦的」な性格を帯びるのではないか。「関与政策」については、ペンス氏が2019年10月、「新冷戦演説」1周年に行ったスピーチと比較すると鮮明だ。
ペンス氏は中国を「戦略的競争相手」と定義し、「中国の行動はますます攻撃的」と批判する一方、「中国の発展を抑えこむつもりはなく、建設的な関係を求めている」とも述べた。
ポンペオ演説のあった7月23日は、中国共産党が1921年に第1回党大会を開いた記念日でもある。演説はそれを意識した挑発と中国政府には映る。
新華社通信は7月25日配信の記事で、ポンぺオ演説を「イデオロギー対立をあおり、中国とアメリカが対抗する新冷戦をたきつけた」と非難、中国包囲網を構築する試みは「徒労に終わる」と警告した。
再選優先のための対中政策
レベルをあげた強硬な対中政策は11月の大統領選挙に向けたものとの見方も強い(6月20日、米オクラホマ州での支持者集会)。
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しかし、これによって中国がアメリカとの全面的な対決姿勢にカジを切ったと見るのは早計だ。ボルトン前大統領補佐官(国家安全保障担当)が6月23日に出版したトランプ暴露本は、トランプ氏の対中政策のすべてが、11月の大統領選挙での再選優先のためであることを明らかにしている。
例えば、なぜ閉鎖されたのがヒューストン総領事館だったのか。米政府側の主張は、ヒューストン領事館が中国のスパイ活動の拠点で知的財産の窃取活動をしていたというものだが、これまでそうした報道はなかった。それを理由にするなら、「シリコンバレーを抱えるサンフランシスコの総領事館を閉鎖するはず」と、アメリカ外交筋はCNNに語っている。
ヒューストンのあるテキサス州は共和党が強い保守地盤。その保守地盤でも、トランプ氏は民主党のバイデン氏に支持率で肉薄されており、再選を狙って保守層にアピールするため「計算ずくで選ばれた」との見方もある。
こうしてみるとトランプ政権は、大統領選をにらんで対中強硬姿勢を押し出すポンペオ氏と、名指し批判を避けるトランプ氏との間で「役割分担」していると見られる。
世界経済を米中で二分するデカップリングが可能かどうかの大きな指標が、ドルによる「グローバル金融システム」だが、現段階では米中共通の利益になっており、「新冷戦」の到来とは言えない。
最も懸念される台湾問題
6月には沖縄の嘉手納基地を飛び立った米軍輸送機が台湾領空を通過。中国は報復措置に出た。
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とするなら、トランプ政権は大統領選までの100日間に、さまざまな領域で対中挑発を発動するだろう。ファーウェイなど中国ハイテク企業の排除、南シナ海で中国の人工島領海に米艦を接近させる「自由航行作戦」や、同盟国との合同軍事演習など、従来の対中強硬策の継続に加え、最も懸念されるのが台湾問題だ。
米台の防衛協力の質的格上げや、ポンペオ長官が駐米台湾代表と会談すれば、中国側は、台湾は中国の一部とみなす「一つの中国」原則に反し、超えてはならない「レッドライン」に踏み込んだとみなす可能性がある。
台湾国防部は6月9日、沖縄の嘉手納基地を飛び立った米軍C-40A輸送機「クリッパー」が、台湾北部と西部の台湾領空を通過したと発表。これに対し中国空軍機は、台湾南西部の台湾防空識別圏(ADIZ)内を飛行する「報復」で応じた。
米中間では2001年4月1日、沖縄を飛び立った米軍電子偵察機EP3が海南島上空で、中国戦闘機と接触し、海南島に緊急着陸する事件が発生している。この時はアメリカ政権が中国に「お詫び」を表明したのを受け、24人の乗員を引き渡して全面衝突は避けられた。
米中台関係は緊張しているが、現段階では三者の軍事管理は統制がとれているとされる。しかしポンペオ演説によって、双方の信頼関係が極度に低下した今、不測の事態が全面衝突に発展するのを抑える歯止めは利くかどうか、保証の限りではない。
(文・岡田充)
岡田充:共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。