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高級車・商用車大手の独ダイムラーは7月23日、2020年4~6月期の決算で、最終損益が20億100万ユーロ(約2480億円)の赤字だったと発表した。
同社は新型コロナウイルスが表面化する前の2019年11月に、2022年までに世界で1万人以上の従業員を削減すると公表していたが、コロナ禍を受け、現地メディアはリストラ規模を2〜3万人に拡大する予定と報じている。
ただし、同社の高級乗用車ブランド「メルセデス・ベンツ」の中国での4〜6月の販売は前年同期比20.6%増加し、同期としては過去最高だった。
コロナ前の2019年12月末に上海の新工場で主力小型車「モデル3」の生産を開始した米テスラは、アメリカの不振を中国の工場と市場が埋め、7月1日に時価総額がトヨタ自動車を抜いて自動車業界で首位に立った。
新型コロナウイルスの拡大に最初に直面しながら、欧米や日本よりも先にコロナ禍を抜け出した中国は、今や世界の自動車メーカーの浮沈を握るマーケットとなっている。
中国でのテスラ車の販売は1年前の3倍に
2019年12月30日に稼働した上海工場が、テスラの4~6月の業績に大きく貢献した。
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テスラが7月22日に発表した4~6月の売上高は前年同期比5%減の60億3600万ドル(約6400億円)、純利益は1億400万ドル(約110億円)となり、初めて4四半期連続で最終黒字を達成した。市場は赤字を予測していただけに、決算発表後のテスラ株は急騰した。
テスラによると増益の主な要因は、従業員給与の一時的な削減、他の自動車メーカーへの温暖化ガス排出枠(クレジット)の売却、完全自動運転技術に関する前受金などだという。加えて、中国・上海工場での生産と中国市場での販売が大幅に伸びたことも追い風となった。
テスラの7月2日の発表によると、4〜6月の世界納車台数は9万650台で前年同期から4.8%減少した。セダンの「モデルS」とクロスオーバー車の「モデルX」は同40%減と大きく落ち込んだ一方で、小型EVセダンの「モデル3」の納車数は同6%増の8万50台だった。また、中国メディアによるとテスラの4~6月の中国での販売台数は約3万1000台と前年同期の約3倍に伸びており、同期のテスラ車の3台に1台は中国で買われた計算だ。
テスラは中国での販売価格を下げるため、2019年12月30日に上海で工場を稼働させた。これが、中国での販売増につながっただけでなく、米カリフォルニア州の工場の7週間にわたる稼働停止の打撃も吸収した。上海工場は現在新型クロスオーバー車「モデルY」の生産ラインも建設中で、2021年の納車開始を計画している。
補助金削減で低迷が一転コロナが追い風に
2020年1月7日、上海工場で生産したモデル3のオーナーと記念写真を撮るテスラのイーロン・マスクCEO。
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中国の自動車販売台数は、経済減速と自動車保有者の増加で、2018年以降頭打ちにあった。特に市場を牽引してきたEV車やハイブリッド車などの新エネルギー自動車は、政府が同年以降補助金を段階的に縮小し、2020年に完全に打ち切る方針を示していたため、販売台数が急減していた。
新エネ車の普及目標達成が危うくなり、中国政府高官が、補助金の延長を示唆したのは2020年1月20日。そして同じ日に公になったのが武漢市での新型コロナウイルスの拡大だ。
1~2月に経済が大打撃を受けた政府は、「消費刺激」の大義名分の下、新エネ自動車購入時の登録費減免や補助金の延長を選択し、むしろ新エネ車を経済回復の旗振り役に位置付けた。
武漢封鎖が解除された4月、中国の自動車販売数は約2年ぶりに前年同期比でプラスに転じ、5月は同14.5%増、6月は同11.6%増と政策効果が鮮明となっている。中国汽車工業協会の付炳鋒常務副会長は7月20日、毎日経済新聞の取材に対し、「このペースだと2020年全体の販売台数は10%減程度に収まる」と述べた。
中国新興EVメーカーは4社が抜け出す
2018年9月に中国のEV企業として初めてアメリカで上場したNIOは、コロナ禍の中で販売を回復させている。
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中国の自動車市場は順調に回復しているが、全メーカーが恩恵を受けているわけではない。好調なテスラとメルセデス・ベンツはブランドイメージが確立されている高級車という点で共通しており、車を購入しているのは高所得者層が中心とも言える。
また、中国政府の経済対策の追い風を受ける新エネ業界でも、実際は二極化が進んでいる。
2010年以降に設立された「中国EV新興メーカー」の中で、コロナ禍を生き延びられそうなのは、2018年に米NY市場に上場した「蔚来汽車(NIO)」、NIOのライバルと目され、複数車種を販売している小鵬汽車(Xpeng)、2019年12月にSUV「Ideal one(理想ONE)」の納車を始めた理想汽車(Lixiang Automotive)、2020年1~6月に約5000台を販売し、7月にラウンドCで30億元(約450億円)の調達に入った哪吒汽車(Neta)の4社に絞られつつある。
NIOは上場した2018年以降、車両の発火事故や中国政府の補助金削減で2019年夏に人員削減に追い込まれ、新型コロナウイルスがさらなる追い打ちになると見られていたが、5月に納車台数が過去最高になり、再注目されている。
理想汽車は最近、7月31日に米ナスダック市場に上場することが明らかになった。中国EVメーカーが米市場に上場するのは、NIOに次いで2社目となる。
この4社に共通しているのは、コロナ前に量産体制を築けていたことだ。
自動車メーカーの生死分けた6月
7月31日にナスダック市場に上場を予定する理想汽車のショールーム(北京市)。
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逆に2019年までに量産化できなかった企業は、4〜6月に危機に陥った。アメリカで派手なプロモーションを展開し、注目を集めていたドイツ人CEO率いるBYTON(バイトン)は、7月1日に事業を停止した。
グローバルではBYTONほどの知名度はないが、近い立ち位置にあり2019年内の量産化を目指していた博郡汽車(Bordrin)も目標を実現できず、土地や工場、さらには事業の核となる知的財産権まで売却した。
米スポーツカーメーカー、サリーン・オートモーティブの中国現地法人である江蘇賽麟汽車科技有限公司(SALEEN)も4月末に元幹部が実名でトップの汚職を告発したことが起点となり、6月末までに上海支社などの資産を裁判所に差し押さえられた。
中国の自動車業界やメディアは、この明暗を「中国自動車メーカーの生死を分けた6月」と報じている。
最新の技術を詰め込んだ高級車を生産しようとしていたBYTONが、量産化を実現する前に行き詰まったことは、過去の記事で述べた通りだ。
一方、理想汽車は当初純EV車の生産を目指していたが、技術や資金の問題に直面した結果、ガソリンを補助として発電できるEV車「レンジエクステンダーEV」の量産化に目標を切り替えて開発コストを落とし、競争相手が少ない大型SUVの生産にフォーカスした。理想汽車が米国証券取引委員会(SEC)に提出した目論見書によると、同社は6月初めに、5億5000万ドル(約5800億円)を調達し、これまでに1万台を販売した。黒字化のめども立ちつつある。
結局、コロナ禍の前に量産化にこぎつけた新興EVメーカーは、国の支援策への期待もあり、投資マネーの受け皿となった一方、量産化できなかったメーカーは先の見通しが立たなくなり、事業停止に追い込まれた。
ピーク時に300社あったEVメーカー、40社を割る
中国政府が環境に投資を始めた2014年は「中国新エネ車メーカー元年」と言われ、その後数年で新エネ車メーカーは300社を超えた。
しかし中国汽車流通協会によると、2018年以降の補助金削減に端を発した業界不況、さらにコロナ禍でその数は40社を割った。
EVメーカーの世界的先駆者であるテスラ、そして社名は「理想」だが、現実路線にシフトしてIPOを果たそうとしている理想汽車。これらの企業にとってはライバルを蹴散らす追い風の役割を演じたコロナ禍だが、同時に残酷なほどに敗者も生み出している。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。