LINE取締役CSMOの舛田淳氏は、累計9000万件という膨大な回答を得ることになった全国調査を含め、コロナ禍のLINEの舞台裏を語った。
撮影:林佑樹
「目が覚めたらLINEを立ち上げて、寝るときにLINEを閉じるみたいな生活。それが意識しない通常の行動・慣習となっていくことを目指したい」
LINEの取締役 CSMOを務める舛田淳氏は「LINEは一体何になろうとしているのか?」という記者の質問にそう答えた。
コロナ禍の今、LINEは本当の意味で“生活のインフラ”と言える、行政に最も近いITサービスのポジションを築きつつある。LINEは今後“巨大なプラットフォーマー”としてどうなっていくのか。さらに、ヤフーを傘下に持つZホールディングス(以下、ZHD)との経営統合後はどんな方針を打ち出していくのか。舛田氏に直撃した。
全ユーザーへの通知機能を突貫工事で実現
計4回実施された全国調査(写真は1回目のもの)。
撮影:小林優多郎
コロナ禍におけるLINEの取り組みでとくに印象付けられたのは、厚生労働省と取り組んだ全国調査だ。
一見すると、全国のLINEユーザーに直接通知を送り回答を得るシンプルな調査だが、実は「特例中の特例だった」と振り返る。
「全国調査は突貫工事で開発した。LINEにはもともと、全ユーザーを対象に通知を送る機能はなかった。当初はやらないと決めていたからだ。
LINEの機能の多くは、あくまでもユーザーが自主的に使うためのもので、我々からプッシュ(強制)することはない。法人や政府からの問い合わせで、そういった機能の相談を受けたことはあったが、(ユーザー体験の観点から)それはやるべきではないと判断していた」(舛田氏)
そうした“創業以来のポリシー”とも言える方針を曲げてまで、なぜ調査に協力したのか。それは、「国民的プラットフォームという自負があり、その期待に応えたかった」(舛田氏)からだ。
「今回に関しては、生命、財産など人間にとって一番大切なものが脅かされるかも知れない。もしかしたら、我々が1歩踏み込むことで最悪の事態を回避できるかもしれないという思いもあった。実際にやってみて、自分たちのパワー、責任をあらためて実感した。
また、政府が政策を決定するときに、(実際に調査して得られる)ファクトやデータに基づいて判断していただきたいという思いもあった」(舛田氏)
全国調査は最終的に短期間で累計9000万件という膨大な回答を得ることになった。LINEの日本国民への“影響力”が客観的な数字になった出来事とも言える。
なぜ、一民間企業のアプリがここまで影響力を持ち、政府と連携するものになっていったのか。舛田氏はダイヤモンドプリンセス号の取り組みを例に挙げ、「社員に浸透したミッション」を要因のひとつに挙げる。
「クルーズ船の事件のときは、かなり泥臭いことをやった。人手で(船内に提供する)iPhone1台1台を設定し直す際、私は『(設定作業の協力は)任意です、しなくてもいい』と社員にメッセージを送ったが、結果的に多くの人が自主的に参加してくれた。iPhoneをふ頭まで届ける際も『時間がある人だけ、大黒ふ頭へ』と話していたが、こちらにも多くの社員が駆けつけてくれた。
なぜかと言われれば、LINEの社員は自分たちの会社のミッションがわかっているから。少しでもやりたい。そこに誰も見返りは求めていなくて、少しでもLINEで救えるならという気持ちだった」(舛田氏)
政府・行政との地道な取り組みの積み重ね
7月21日、LINEは地方自治体向けの「LINE for Government」を発表した。
出典:LINE
コロナ禍に入るまでの政府・行政との取り組みの積み重ねも、重要な役割を果たしている。
LINEは内閣府の「マイナポータル」との連携や、子会社のLINE Fukuokaが実証を重ねる福岡市のスマートシティ施策のような政府・自治体との取り組みを続けてきた。
とくに、LINE Fukuokaは7月21日、福岡市の公式アカウントをモデルに開発してきたプログラムのソースコードを、他の地方自治体向けにも無償公開する「LINE SMART CITY GovTechプログラム」を公表。今後、福岡市以外の自治体でもLINEを活用したサービスが登場する可能性がある。
舛田氏はこうした取り組みを続けてきた理由も「“スマートポータル構想”から一貫してきたもの」だと強調する。
「人が生きていくために必要なつながりが深いところ、そこにサービスを提供して、パラダイムシフトを起こしていく。それが必要なことだと信じて、この9年間、1つ1つ実績を積んできた。
LINEはプラットフォームになると決め、まずはエンターテインメントから入り、次に情報、さらにエンタープライズに入って、今まさにオフラインを含めた社会システムに溶け込もうとしている」(舛田氏)
プラットフォーム化の過程で、行政のDX(デジタルトランスフォーメーション)も進めているLINEだが、その道はもちろん険しい。
今回のコロナ禍においても、一連の給付金にまつわるものや「接触通知アプリ」普及までの問題など、さまざまな問題が表面化しつつある。このような状況を舛田氏も「まだまだやらないといけないといけないことがあると、悔しさと歯がゆさを感じた」と語っている。
「行政に最も近い民間企業」としての責任
日本において巨大なプラットフォーマーとなりつつあるLINE。
撮影:林佑樹
民間の強力なプラットフォーマーになることは、責任や信頼性が重要視されることを意味する。実際、世界に目を向けると、いわゆるGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)やマイクロソフト、Twitterといった巨大なプラットフォーマーは、その一挙手一投足が日々取り沙汰されている。
例えば、アカウント停止の扱い1つとってもそうだ。サービス提供者としてのLINEは健全なコミュニティーの保持のため、ときにアカウント停止などの強い制御を必要とされることもある。LINEが「行政に最も近い民間企業」になるとしたら、そうした1つの判断がユーザーの生活そのものに大きな影響を及ぼすため、迂闊(うかつ)なことはできなくなる。
今まで便利に使えるだけでよかったLINEだが、今後はユーザーから「Evil(邪悪)」に見えないような、さらに踏み込んだ努力が必要になってくるだろう。
LINEは「LINE Transparency Report」で、捜査機関等から受けた開示申請の回数やその対応回数などを公表している。
撮影:小林優多郎
その点について舛田氏は、各国の警察、政府機関からの要請の数や対応した件数などを公表する「LINE Transparency Report」(透明性レポート)を引き続き更新・公開していくことで、ユーザーからの信頼を勝ち取っていく方針を示した。
また、LINE社内の行動指針についても触れ、「原則ユーザーニーズ」のサービス展開を徹底することも重要だと話す。
「ユーザー基点ですべてのものを考えよう、ユーザーが嫌がることや気持ち悪いことはやめましょうと、いつも話している。
ただし、それはユーザーが今欲しいと思っているものだけでなく、きっとこの先欲しくなると思えるもの、しかも2歩、3歩先ではなく、1.5歩先ぐらいのニーズをきちんと形にして、『これが欲しかったのか』と思っていただけるものをつくっていく」(舛田氏)
LINEはヤフーを傘下に持つZホールディングスとの経営統合を控えている(写真は2019年11月撮影)。
撮影:小林優多郎
LINEは現在、ZHDとの経営統合に向けた手続きを進めている。このコロナ禍で各競争当局に影響が出ており、当初予定されていた2020年10月の統合は遅れる見通しだが、「鋭意進めている」(6月30日のZHD・LINEの共同リリースより)という。
舛田氏は経営統合後の具体的な計画については引き続き明言を避けているが、現在LINEが行っている行政のDXを含めたプラットフォーム化やLINEの企業姿勢については「継続したいと思う」としている。
「(LINEとZHDの)2社が手を取り合って何もインパクトを残せないようなことは、やる意味がないと思う。それは当然(経営統合を)判断するときに相当議論した。
行政のDXはもっとやれる。金融領域もまだフィジカルなので、新しいイノベーションやパラダイムシフトを起こせる。その後もっといろいろなビジネスを変えられるだろう。もっとスムーズな、なめらかなものになるだろうと徹底して話し合った。
目指すべき方向や、やらなきゃいけないことにズレはない」(舛田氏)
日本の大手ITプラットフォーマーであるLINEとヤフーが組むことで生活はどのように変わるのか。このコロナ禍以上のスピード感や変革をもたらすものになるのか。引き続き注目したい。