HBOで放送されたドラマ「チェルノブイリ」の1シーン。
HBO
- チェルノブイリ原発事故の現場で育つカビが、実験のために国際宇宙ステーションに送り込まれた。
- このカビは放射線から養分を生成していると考えられている。暫定的な実験結果によると、宇宙飛行士を危険な放射線から守るために、このカビが利用できるかもしれないという。
宇宙飛行士は宇宙でさまざまなリスクを背負っており、中でも放射線にさらされることが最大のリスクと言える。NASAによると、国際宇宙ステーション(ISS)にいる宇宙飛行士の被ばく線量は、6カ月間のミッションで最大160ミリシーベルトとなる。これは約1600回の胸部レントゲン検査に匹敵し、平均的なアメリカ人の1年間の被ばく線量の26倍だ。火星探査の放射線はさらに強烈だ。18カ月かけて火星を往復する宇宙飛行士は1000ミリシーベルトの放射線を浴びることになり、これは1万回のレントゲン検査に匹敵する。
放射線から身を守るために、宇宙飛行士はプラスチックあるいはアルミやステンレスなどの金属で作られた放射線シールドを使っている。だが、これらは重く、壊れやすい。
そこで2018年、ノースカロライナ州ダーラムの高校生が変わった解決策を提案した。カビからシールドを作るというのだ。
彼らが提案したのは、多くの植物が太陽光を利用しているのと同様に、放射線を利用していると見られるクラドスポリウム・スフェロスペルマム(cladosporium sphaerospermum)というカビを使うことだ。このカビは、チェルノブイリの1986年の原発事故で立入禁止となった区域でも生息している。その区域は今も世界でもっとも放射線に汚染された場所だ。
現在はノースカロライナ科学・数学スクールで学ぶグラハム・シャンク(Graham Shunk)をリーダーとする高校生たちが、ミネソタ州の企業からこのカビのサンプルを入手し、研究開発企業のスペースタンゴ(Space Tango)の協力を得て、2018年の12月にそれをISSに送り込んだ。
ISSでは、半分に仕切られたシャーレの片方は空のまま、もう一方でカビを培養した。シャーレの下の放射線レベルを30日間110秒ごとに測定した結果、カビの生長とともに放射線レベルが減少することが観察された。シャーレのカビが生えている方で、放射線レベルが平均して2.4%減少したのだ。
国際宇宙ステーションに送られたカビ、クラドスポリウム・スフェロスペルマムが、シャーレの左半分で培養された。
Space Tango, Inc.
この実験結果を暫定的に取りまとめた論文が、7月17日に生物学系論文のリポジトリ、バイオアーカイブ(bioRxiv)に公開された。まだ査読はされていないが、このカビが宇宙線のシールドとして機能する可能性があることが示唆されている。それは、このカビが放射線合成というプロセスで放射線を吸収し、化学エネルギーに変換すると見られているからだ。ちょうど植物が太陽光を利用して養分を生成する光合成の過程と似ている。
論文の筆頭執筆者のシャンクと共同執筆した研究者たちは、もしカビの厚さが21cmほどになれば、火星の放射線からも人間を守ることができるかもしれないと述べている。また、実験では片面だけを遮蔽していたが、物体全体をカビでカバーすればより強力な防御が得られるだろうとしている。
さらに、このカビは宇宙空間でも生長し、増殖することから、他の放射線シールドよりも大きな利点があると、研究者は指摘している。つまり、宇宙へ打ち上げられる時点では、ごくわずかな量のカビがあれば十分であり、ロケットの荷物の重量を増やさずにすむ。NASAは、何かを宇宙に打ち上げる際には、1ポンド(約450g)当たり約1万ドルのコストがかかると推計しており、この点でも画期的なものになるかもしれない。
(翻訳:仲田文子、編集:Toshihiko Inoue)