撮影:今村拓馬
ポストコロナの時代の新たな指針、「ニューノーマル」とは何か。今回インタビューしたのは小泉進次郎環境大臣。
コロナ後の経済復興、また、我々の生活様式がよりサステイナブルな方向に進むには、何が必要なのか。ついに日本も石炭火力の規制やプラスチック袋の有料化に舵を切ったが、気候危機への対応をどう捉えているのか、小泉環境大臣に聞いた。
—— 大臣室にある、このコロナ対策用の仕切り、通常のアクリル板と違って、段ボール製なんですね。
いいでしょう? 私は内閣府の原子力防災担当大臣も務めていて、その打ち合わせの部屋にあったんです。聞くと、福島の会社が製造したものだと。プラスチックでなく段ボールでできているところがいい、となって取り寄せたんです。議員会館にも置いていたら、他の議員からも販売元を教えてと言われました。
プラスチックではなく段ボールでできているコロナ対策用の仕切りが印象的だ。
撮影:今村拓馬
——本来4月にお願いしていたインタビューですが、新型コロナウイルスの影響で7月に延期になりました。この間、世界中の経済活動が止まり、大気汚染が一時的に解消されるなど、改めて経済活動が地球環境に負荷をかけていることを実感した人は多かったと思います。
今後経済活動を再開していく中で、コロナ前から蓄積されてきた気候変動の問題とどう向き合い、両立するべきでしょうか。
コロナ後の経済社会活動の再開と復興は気候変動対策と一体として進め、より持続可能な経済社会をつくっていかなければいけません。その方向性は、私たち環境省の政策領域のど真ん中です。世界的にはグリーン・リカバリーやグリーン・リスタートと言われていますが、環境省では「リデザイン」と言っています。経済社会の再設計、リデザインをしなければいけません。
リデザインには「3つの移行」が重要です。1つ目は脱炭素社会への移行。2つ目は循環経済への移行。そして3つ目は分散型社会への移行。この3つの移行を加速させることで、よりコロナ後の経済社会を持続可能な方向に持っていきたいと考えています。
——しかし、経済活動と環境政策の両立は環境省だけでは難しいですよね。経済産業省など他省庁、さらには産業界の協力も必要で、さまざまなステイクホルダーを巻き込んでいくには何が必要でしょうか。
今、政府は「環境と成長の好循環」という言葉を使っています。もはや環境政策は経済の重荷やコストではなく、成長と競争力の源泉だという認識です。
ただ残念ながら、産業界含めて、本当にその認識で環境を捉えているかというと、心もとない部分があります。今までのCSRのように、余裕があるからやる、慈善事業でやる、ということではなく、経営の中核として環境を捉えることが、事業継続や投資・融資を呼び込むことにつながり、企業価値の向上や生き残りのために必要、というESGの認識が主流になっているかというと、まだまだこれからですね。
コロナ後の経済復興でも、九州はじめ日本各地で起きている災害からの復興でも、よりサステイナブルな方向へ、より早く移行しなければいけない。早く移行しないと、経済的に失われるものの方が大きい。こういったメッセージを、環境省としては発しなければいけません。
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——環境大臣としてその動きをリードできると?
これまで環境省というのは、「経済や雇用のことは全く気にせず、環境を振りかざして、経済活動に規制、規制と言ってくる。うるさいやつだな」という見方が経済界にはあったと思います。でも今は、変わってきています。例えば、環境省と経団連の関係は、全く新しいものに変わりつつあります。
先日も経団連の中西会長や幹部の皆さんと朝食会を開催し、定期的に環境省と経団連が意見交換の場を持つことになりました。
石炭火力の見直し(※)についても、今までの経団連会長であれば、否定的なコメントが出てもおかしくなかったと思います。しかし中西会長は「当然でしょう」というスタンスだった。むしろ「いつまで石炭火力にしがみついているんだ」、そういった考え方でコメントをされています。
これは産業界も動き出した、一つの表れだと思います。「もう脱炭素に舵を切らなければいけない」という思いは、環境省だけが持っているものではありません。私は大臣就任以降、石炭火力の問題にずっと取り組んできまして、今回ようやく風穴が開いたと思っています。
※政府は現在国内にあるCO2の排出量が多い旧式の石炭火力発電の段階的廃止に向けて、より実効性のある新たな仕組みの導入を検討していくことを決めた。海外への輸出条件も厳しくする方針を決定している。
経団連の中西宏明会長も石炭火力発電の見直しについて肯定的な発言をしている(写真は2017年1月、ダボス会議)。
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——石炭火力の問題については、日本は非常に腰が重かったと思います。2019年のCOP25で、大臣も欧州メディアなどから厳しく批判されましたが、そこから約半年で、なぜ風穴が開いたのでしょうか。
ファクトをベースにした議論を関係省庁も巻き込んで積み上げたことが大きかった。
まず関係する4省庁で石炭火力の輸出の要件見直しに向けて、議論を始めることに合意しました。
その見直しに向けて、日本の政府としては初めてだと思いますが、一般的な有識者検討会などではなく、石炭火力発電輸出への公的支援について、議論の土台となる客観的なファクトを積み上げるための「ファクト検討会」を立ち上げました。石炭の好き嫌いやイデオロギーではなく、ファクトで議論する。これが風穴を開ける最大の原動力になったと思います。
脱炭素にならなければ売らない。結果として、脱炭素化に向けた方針をしっかり把握していない国に対する石炭火力の輸出は公的に支援をしないことを原則とする、というところまで導くことができました。
——石炭火力の輸出の条件の厳格化よりさらに一歩進め、売らない、というところまで持っていくのは難しかったのでしょうか。
前提として、環境省はエネルギー政策を所管していません。エネルギー政策を所管し、権限を持っているのは経済産業省です。その中で、一体どうすれば、我々環境省の問題提起が政府の方針を変えられるのか。それは、政治の現実の中で、さまざまなアプローチがありました。
今回、厳格化された輸出4要件を見てもらえれば、そのすべてをクリアして実際に売るところまでいく案件は事実上ないと言えるでしょう。
政府のインフラ輸出戦略の骨子に、「原則支援をしない」と書いてあるのは、今まではあり得ないことです。日本が海外に売るインフラの後押しすべき項目を書くのがインフラ輸出戦略ですが、石炭火力だけが「支援をしない」と書かれている異例中の異例の決着になりました。
それを考えると、環境省が仕掛けた問題提起が政府の政策を変えたという点で、これ以上ない結果だと思います。
2019年のCOP25でスピーチをするグレタ・トゥンベリさん。気候危機を訴え続けている。
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——石炭火力にこだわられたのは、日本の気候危機への意識や取り組みに対する、特に欧州などとのギャップを痛感されたことは大きかったのでしょうか。
そのギャップを埋めたいと思いましたね。海外と日本のギャップを埋めるには、コミュニケーションも重要です。
例えば、「日本の石炭火力の中にはより高効率で二酸化炭素の排出が少ない技術、クリーン・コールがあります」と日本が言っても、国際社会では、石炭は石炭です。脱炭素が世界的に進んでいる中で、いくら「石炭火力の最高水準のものを持っています」と言っても、まったく評価されません。
国内の石炭火力をゼロにするイギリスやカナダとは日本は依存度が違うので、なかなかすぐ同じようなことをできません。しかし、脱炭素に向けて明確なコミットメントを示したい、現状維持ではない、と。そういうアプローチで私は取り組みました。
——経済産業省との交渉は、いかがでしたか。
ハードでした。苦労しましたね。ただ、経産省の前に、まず環境省内の意識を現状維持ではなく、環境省が勝負を仕掛けるという「戦う組織」にマインドを変えることにも苦心しましたね。事務方にとっては、これまで経産省や他省庁とさまざまな経緯や積み上げがあって今があるので、なかなかリスクを取る気にならないのは仕方がない。そこは政治家が勝負しないと。
——気候変動については、産業界や政府に限らず、国民の意識にも欧州などとはギャップがあります。最新の意識調査の結果を見ると、人間の行動が気候変動に加担していると考えている人の割合は世界平均では約8割に上りますが、日本は53%に留まっています。
気候変動が自分たちの消費行動とどう結びついているのか、あまり理解されていないとも言えますよね。
マインドを変えることができなければ、一人ひとりのアクションにつながっていきません。
SDGsの17番はパートナーシップの構築ですが、環境省も仲間を増やしていかなければいけないという思いで、今、さまざまな分野の人達と協力を進めています。「サステイナブルな方向に社会を向かわせることが、自分たちの生活の質を高めることだ」という理解を広げていきたいです。
例えば先日、国内のファッション業界の方々とも議論をしました。ファッション業界は、実はCO2の排出量が第2位の産業です。誰もが服を着るので、ファッションとは無縁ではいられません。身近なところから気候変動の問題について考えるきっかけをつくる、ということは非常に大事だと思います。
プラスチックのレジ袋の有料化も、まさにきっかけづくりです。重要な一歩ですが、レジ袋を全部やめたところで、プラスチックの問題は解決しません。ただ、意識を変える、環境について考えるきっかけにはなります。レジ袋の取り組みも、日本は世界的に見るとスタートは遅れましたが、これは必ず根付くと思います。
「サステイナブルな方向に社会を向かわせることが、自分たちの生活の質を高めることだ」という理解を広げていきたいと主張する。
撮影:今村拓馬
——大臣自身も、今の立場になってから、環境に対する意識は変わりましたか。
相当変わりましたね。生活の小さいことでいうと、マイバッグ、マイボトルはもちろん、プラスチックや水の使用量を削減できるリンスインシャンプーの固形石鹸も使うようになりました。一つひとつ、自分の身の周りが変わってきていることを楽しんでいます。まだ日本の中では、「エコは面倒くさい」「我慢を強いられる」と思われているところもある気がしますが、私は自分の変化を楽しんでいます。ゲーム感覚で、次は何を変えていこうかなという感じです。
多くの人に伝えたいのは、小さな1つの行動をとると、次に連鎖するということです。何から始めるかは、一人ひとりの状況や生活習慣によって決めればいいと思います。その「何か」を始める機会やきっかけをメッセージとして届けていきたいです。
( 聞き手・浜田敬子、大倉瑶子、構成・大倉瑶子、写真・今村拓馬)