「従業員ゼロ」実験にグッドパッチ傘下のデザイナー組織が取り組むワケ

2018年4月公開のさくらインターネットフェロー小笠原治さんのインタビュー「従業員ゼロが最高の職場? 小笠原治が挑戦する、持たざる組織づくりとは?」には大きな反響がありました。組織にも働き方にも柔軟性が求められる未来には、いっそ従業員ゼロという組織像だってあり得るのではないかというのが小笠原さんの主張でした。あれから2年。今回はその実践編ともいうべき記事をお届けします。

デザインファーム・グッドパッチ内に2018年8月に設立された「グッドパッチ・エニウェア」はその名の通り、案件相談からプロジェクト完了までのすべてをオンラインでも完結できると謳うリモートワーク特化型の組織です。

在籍するのは国内外に散らばるデザイナー約140人。案件ごとに最適なスキルや経験を持ったメンバーをアサインし、4~6人のチームでビジネス課題の解決に当たります。興味深いことに、グッドパッチのフルタイムの正社員は事業責任者である齋藤恵太さんただ一人。残りのメンバーはすべて有期雇用の非正規社員で、なおかつ時間給なのだといいます。

「働き方改革」に関する議論でも度々槍玉にあげられるように、時間給と高付加価値を生む知的生産活動とは相性が良くないというのが一般的な認識ではないでしょうか。

近年、高度化・複雑化の一途をたどるデザインの専門家集団がこうした組織運営の仕方を選んだのはなぜなのか、齋藤さんに詳しくお話を伺いました。

「東京のオフィスでフルタイムで働く」という制約を全部外してみたら

——齋藤さんはなぜ「エニウェア」を立ち上げることに?

齋藤恵太さん

もともとのきっかけは2018年の春ごろ、弊社の代表取締役CEOである土屋(尚史さん)から「リモートワークをキーワードに新規事業をやらないか」と提案があったことです。ぼくはそれ以前からエンジニア界隈のリモートワークに関する情報を個人的に追っていて、リモートワークではガチガチに管理するというよりは、インターネット的な緩みがないとうまくいかないのではないかとなんとなく感じていました。社内でそこに一番親和性があるのは自分ではないかと思い、手を挙げたのです。

その当時、ありがたいことに弊社へのご依頼はすごく増えていて、けれども社内のリソースが足りないがために泣く泣くお断りしないといけない状況がありました。弊社の「デザインの力を証明する」「デザインの力で世界を前進させる」というミッションに照らせば、ぼくらが関わって世の中に出て行くプロダクトやサービスをもっともっと増やさなければならない。現状のままでは遅すぎるという危機感がありました。ですから、仲間を増やすことが喫緊の課題だったわけです。

弊社はUI/UXデザインの会社としてそこそこ有名になってきたのではないかと思うのですが、それでもデザイナーの採用は非常に難しいのが現実です。仲間を増やすには、そもそもの前提条件から見直す必要があるのではないかと感じ、どうせやるなら大きく壊そうと「東京のオフィスでフルタイムで働く」という制約を全部外してみたらなにが起こるかを実験してみたくなったのです。

実際に周りを見渡してみると、わりと近くにも産休育休から復帰しようと思ってもなかなか復帰できないという女性デザイナーがいました。まず、子育てと両立して働くことのハードルが非常に高い。とはいえ働かないわけにはいかないから、知り合いのスタートアップをリモートで手伝ったりするのですが、リモートだとバナーやペライチのランディングページを作るといった小さな仕事しか任されない。それで無理やり時短でオフィスへ行くようになって、ようやく事業に関われるようになったと聞き、能力のある人がデザイナーとして事業に関われていない状況をすごくもったいないと感じました。

また、地方にもUI/UXデザインの仕事に携われずにいるデザイナーがたくさんいることも分かりました。地方にはそもそもUI/UXデザインやアプリデザインの仕事が少ないですし、東京にいるぼくらであれば当たり前のように「ユーザーインタビューをしてみましょう」とやるところでも、地方の案件の規模だとプロジェクト全体の予算がそれだけで終わってしまうこともある。そうした状況でデザイナーがいくら顧客にデザインの必要性を説いたところで、一人ではなかなか覆せない厳しい現実があることも見えてきました。

このように場所が制約となって働けないデザイナーがいるのであれば、リモートワークという形でぼくらが門戸を開くことで、たくさんの人に集まっていただけるのではないか。そう考えて、2018年の夏ごろにサイトを作って呼びかけたところ、実際にかなりの人から応募がありました。こうしてできたのがグッドパッチ・エニウェアという組織です。

グッドパッチ・エニウェアのロゴ

ーー素朴な疑問なのですが、産休育休明けの女性たちはなぜリモートだと大きな仕事に携われないのでしょうか。具体的にはリモートのなにが障壁になっている?

そもそもぼくらがやっているデザインがすごく難しい世界の話になってきていることがあると思います。いろいろな状況を加味しなければならないし、関わる技術も多い。ビジュアルはもちろんですが、OSやWebの知識、その裏で動く仕組みについて、ビジネスロジックや業界特有の知識も必要になります。ですから、必要なコミュニケーションの量がすごく多くなるんです。

特にスタートアップや、大企業でも新規事業開発のようなプロジェクトだと、「会議室の中で長時間缶詰になって戦い抜く」といった振る舞いが当たり前に求められる。そこに外から参加するのがすごく難しいということだと思います。この記事を読んでいる方も、自分が事業の担当者だとしたらリモートワークのデザイナーを使おうだなんて思わない人が大半ではないでしょうか。

ーー齋藤さんたちのチームでその難しさが問題とならないのは、リモートワークを前提とした自分たちのやり方にクライアントを引き寄せているから?

もちろん完全にぼくらのやり方に寄せられるわけではないですが、理解してもらい、クライアントを巻き込むための努力は惜しんでいないつもりです。

ぼくらは一貫して、クライアントと一緒にものを作るというスタイルをとっています。デザインは、ご依頼に対してぼくらだけで完結して、きれいなものを作ってお返しするという話ではない。ぼくらがデザインしなければいけないのはクライアントの事業そのものなので、自分たちの事業のこともデザインパートナー事業と呼んでいます。

ですから「クライアント」「お客さま」ではなく「パートナー」なのです。当然ながら最終的な意思決定はクライアント自身にしてもらわなければならないですし、ぼくらはそうした判断をするための材料を作って、サポートするという立ち位置。ですから、どうやってお客さんを巻き込むかというのがとても重要な観点としてあります。

そのために、例えばキックオフの際にはなるべくリアルな場に集まって、チームとしてのマインドセットや情報の流れを整理することに注力します。「いまはVUCAと言われる時代で変化が激しい」とか、「それに対応するためには、グーグルの言うように心理的安全性を大切にして、いろいろなアイデアが出てきて、それがちゃんと生かされるようにしなくてはいけない」といった、前提となるマインドセットを全力で共有します。そこで基本的なツールの使い方をレクチャーすることもします。実際にプロジェクトが動き出してからも、週に1回のミーティングというより、15分でいいので毎日お話ししませんかと提案しています。

クライアントとのキックオフの様子

クライアントとのキックオフの様子。

ぼくらが真に攻略すべき相手はクライアントではなくユーザーです。事業を成功させるために、お互いがすべてをさらけ出して協力して取り組む必要がある。そのために「チームでなければ勝てない」ということを繰り返しお伝えしています。そのようにマインドを持っていければ、従来の制作会社がやっていたやり方よりも僕らのやり方のほうが効率的で速いというのは理解してもらえるのではないかと。

実際にクライアントからいただく声としても「スピード感に驚いた」と言っていただけることが多いです。ユーザーだけを見て動くことにフォーカスし、「お客さまを攻略するためのプレゼンやテクニック」などといった、本当は必要のないことをしないだけなのですが、このような動き方を普通にできないのが僕らの業界の大きな課題だと思っています。

高付加価値の仕事に時間給は向かないという「誤解」

——どこの企業も採用には苦しんでいますから、フリーランスを束ねて組織化できるのであれば、ひとつの理想と言えますよね。

ぼくらも当初はフリーランスの人を集めて、そこにグッドパッチの蓄積してきたナレッジを入れればうまくいくと単純に考えていました。でも、すぐにそれでは難しいことが見えてきた。そもそも業務委託という形でお願いするのは法的にも難しいと分かったんです。

——どういうことですか?

先ほどもお伝えしたように、デザインの仕事はどんどん複雑化・高度化していますから、最初にプランニングした通りに作り切ることはほぼあり得ないと言っていい。また、ぼくらは上流から入ることが多いので、仕事の自由度もものすごく高いです。そういった状況においては「これとこれをやってください」といった形で契約書に仕事を定義することができません。必然、たくさんのコミュニケーションを重ねながら仕事を進めていくことになりますが、これが大きな問題となります。業務委託契約では、指揮命令なしに仕事が完結できる状態でなければならないというのが原則ですが、こうしたコミュニケーションでさえ指揮命令に当たってしまう懸念があるのです。

もう一つ、情報管理に関する懸念もありました。ぼくらは「UXデザイン的にすごくテクニカルなことをやっている」と言うつもりはまったくありません。ある意味基本に則ってやっているので、そこ自体には大した価値はないと思っています。ぼくらが持つ情報の中で最も価値が高いのは、実際にプロジェクトを動かす中で生まれた学びのほう。クライアントにぶつけてみたらどういう反応が返ってきたかとか、どんなペルソナ、どんなジャーニーマップを作り、その結果どうだったかなど。こうした情報は技術的なノウハウよりも機密性が高く扱いが難しい。雇用契約を結んでいない人に不用意に渡すわけにはいきません。

このように、最初の構想は一瞬で崩れ去ってしまったので(苦笑)、そこからは弊社の法務・労務担当とひたすら調査・仮説・実践・失敗・調整を進めてきました。「雇用ってなんですか?」「給与ってなんですか?」と根源的なところから問い直すような面倒くさい議論に柔軟につき合ってくれた法務担当には頭が上がりません。

そんな流れで、業務委託契約では無理という話になり、当初構想していた気軽なフリーランスプールみたいな道はその時点でなくなりました。そのため、いまはちゃんと雇用契約を結ぶことにし、なおかつ時間給で報酬をお支払いするシステムになっています。実はこのシステムにこそ組織としての優位性があると考えています。

——時間給というのは意外です。

重要なのは「プロジェクトベースの契約ではない」という点です。というのも、プロジェクトごとの契約にしてしまうと、先ほどお話ししたようなアウトプットの定義の問題が出てきてしまいます。また、「二つのプロジェクトを兼務してください」とか「ちょっとあのプロジェクトを手伝ってもらえますか?」といった形で柔軟に対応してもらうこともできない。その度に雇用契約を結び直し、給与計算もやり直さなければならなくなります。

その点、稼動時間ベースの考え方なら、「ちょっとあのプロジェクトが忙しそうだから、5時間ほど手伝ってきますね」という動き方も、責任者であるぼくがOKを出し、その分だけ勤怠をつけてもらえれば可能なわけです。こうしたやり方に切り替えたことで、複数プロジェクトを横断する働きがすごくしやすくなりました。

Zoomミーティングの様子

さらに重要なのは、エニウェアの組織自体をより良くしたり、コミュニティを活性化させたりといった活動に対しても、正当に対価をお支払いしながらやってもらえるようになったことです。フリーランスが集まって組織を作ったり、イベントをやったりするとなると、その辺が曖昧に処理されていることがありますよね。労務的にもグレーですし、やりがい搾取と言われる状況になってしまったり、一部の頑張っている人に負担が集中してしまったりする。

これまでの経験から、頑張っている人が潰れてしまう流れを作りたくないという気持ちが非常に強くありました。過去に組織崩壊を経験したこともある弊社で、僕はいま準最古社員です。大切な仲間がどんどんいなくなってしまう状況だけは二度と繰り返したくない。現場で抱えてきた悔しさのすべてがエニウェアには投入されています。

ですので、エニウェアではきちっと対価をお支払いしながらそういう活動をやってもらえるところまで持ってきました。エニウェアのメンバーでフルタイムの正社員はぼくひとりですが、メンバーも仕事だけ、あるいは自分のプロジェクトだけやるというのではなく、主体的に別のプロジェクトを手伝ったり、エニウェア自体を成長させることに関わったりということができる。そこがエニウェアの一番の特異性ではないかと思っています。

——一般には「時給で働くのでは価値は出せない、高付加価値の仕事はやりづらい」と考えられていると思うんです。レベルの低い話ではありますが、「机に向かっているだけでお金がもらえる」と考える人が出てもおかしくない。エニウェアでそうした問題が起こらないのはなぜですか?

現在約140人いるメンバーのうち、実際に稼働しているのは30~40人くらい。有期雇用という契約の性質上、消極的でコミット感の薄い人は自然とコミュニティの周縁にいるという形になります。ぼくも全員に対して積極的に参加してくださいと求めているわけではないし、メンバー側が負っている義務もない。お互いに期待値が高くない。ですから、あまり問題にならないという構造がまずあります。

もう一つは、ぼくらはチームで仕事をしているので、その人のアウトプットがないとか、ちょっとクオリティが足りていないということがあれば、すぐにチームの中で課題として取り上げられます。そのための振り返りの場を毎週設けていたりもします。そうした場で「ここのクオリティをもっと上げるにはどうしたらいいだろう?」というやりとりが定期的に行われる。その繰り返しが「ちゃんとチームとしていいものを作ろう」というマインドの醸成にも寄与しているのではないかと思います。

とはいえ、それだけでは説明しきれないところがあるのも確かです。ぼく自身も「なぜここまでコミットしてくれるのか」と不思議に思うくらいに、みんなすごく熱いんですよ。思うに、もともと「地方在住だから」とか「子育て中の女性だから」といった理由で働きにくさを感じていた人たちというのが大きいのかもしれないですね。そういう人たちでも最先端のUI/UXの仕事に従事できるという状態自体が、現状はまだまだ特殊なもの。なので、そのこと自体に喜びを感じてくれているし、このコミュニティをもっと広めたいとも思ってくれているのではないでしょうか。

ですから、今では「フリーランス集団」だから組織に対するエンゲージメントが低いだろうという一般的な見方を完全に否定できるんです。正社員かどうかってそんなに重要なことではなかったのだと、改めて気づかされました。

成果を追う前に「関係性の質」に注目せよ

——現状はマネジャーという役割を置いていないんですよね?

アクティブに動いているのは40人くらいの規模なので、まだそこまで階層化しなくても回っている状態です。ここからより組織化していくのか、例えばホラクラシー的なものにするのかどうかというのは、もっと実験していかないといけないところだと考えています。

明確な上下関係があると、どうしても「言われたことだけやる人」のようなものが出てきてしまう。それよりは、いまの規模であれば全員が自律的に発言できる状態をなるべくキープしておいて、例えばプロジェクト内で使える予算管理など、必要な権限だけを明確にしておくのが現状の落としどころですね。

Slackでのやりとりからもフラットさが伝わる

Slackでのやりとりからもフラットさが伝わる

——こうしたやり方はデザイナー組織以外にも適用できると思いますか?

紙とハンコさえなくなればどうにかなるんじゃないでしょうか(笑)。繰り返しお伝えしているように、デザインの仕事はかなり複雑化・高度化していて、リアルタイムの密着したコミュニケーションが不可欠です。そんな仕事でもこうしたやり方ができるのであれば、大抵の仕事にも同じことは言えるのではないかと思います。

従来の組織がマイクロマネジメントをしてきた背景には、今までの成功を維持していくための確立された仕事があるという認識が前提にあったはずです。けれども、この時代の正解なんてもはや誰にも分からない。分からないからこそ、ぼくらデザイナーはいろいろなものを具現化して、ディスカッションできる状態を作っているわけです。ユーザーなりターゲットであるマーケットなりからのフィードバックから学ぶ、その学習量を高めようというのがぼくらの根本的な考え方。「正解はどこにもない。その中でも一番確からしいことってなんだろう」と探っていく活動をデザインと呼ぶのだと思っています。

細かく計画を立ててウォーターフォールでやっていきましょうというのは、今時点で正解が見えていて、それが完璧に遂行されるという前提に立っている。その末端のところにマイクロマネジメントのような話が出てくるのではないでしょうか。

——正解がない以上、そもそもマイクロマネジメントは機能しない。だとすれば、そんな時代にチームとして成果を出すのにはなにがカギになりますか?

チームで協力しないと現実に太刀打ちできないという前提を認識した上で、信頼=トラストみたいなところがキーワードになるかと思います。信頼や心理的安全性がない状態では、相手になにも聞けなくなってしまう。自分は知らないけれども相手からしたら基本的なことを聞いてしまうことへの怖さで、すべてがスタックしてしまったりする。だから、全員がちゃんと信頼できるメンバーであるというところからスタートするのが大切です。

最初から「結果の質」に注目すると「なんでお前、結果出てないんだよ」みたいな話になってしまい、萎縮して、みんながどんどん保守的になってしまう。ですから一旦結果には目をつむり、お互いの関係性を向上させるところから始めるんです。そうすると思考がよくなり、行動がよくなり、結果として成果につながるというサイクルが回り出す。これはダニエル・キムの「成功循環モデル」として説明されています。

ダニエル・キムの聖好循環モデル

——分かる気がしますが、「結果を一旦手放す」というのは企業ではなかなか難しそうです。

そうですね。まずはこうしたサイクルが本当だと信じられることが前提になりますから。言葉で説明しただけではなかなかみんな分かってくれない。ですが、やってみると意外と分かるのも事実。エニウェアがまさにそうで。このチームを実際に作ってみて、意外とこういうやり方で安定的にパフォーマンスを出せると分かったのは、ぼく自身の発見でもありました。

ちょっとリスキーではあるのですが、この時代はこういうものに積極的に騙されにいく考え方が必要ではないかと思うんです。VRのゴーグルとかも、ゴーグルをかけているのに「絶対騙されないぞ」みたいに構えている人も中にはいる。でも、自分から騙されにいくほうが絶対に楽しめますよね。だから、まずは言い出しっぺの自分自身が新しいチャレンジに積極的に乗っていけるかどうか。それがチームのメンバーが乗ってきてくれるかどうかに関係していると思っています。そして、みんなが乗ってきてくれないことには絶対に成功しない。全員が半信半疑の状態でやっていると、成功するはずのものも絶対に成功しないんですよ。

今のような変化の激しい世界では当然、企業や組織にも変化が求められます。変化に慣れてどんどん新しいチャレンジを行い、そこから学び続けることができる組織と、変化を起こした人を萎縮させてしまって「変化アレルギー」を抱えた組織とでは、今後数十年の未来が大きく違ってくるのではないでしょうか。

UI/UXデザイン業界を産業として確立させるために

——お話を伺っていると、正解がない中で確からしいものを探るというデザインの姿勢は、エニウェアという組織自体の成り立ちにも言えるのかなという感想を抱きました。

おっしゃる通り、この取り組み自体がデザイン的であり、実験的であると思います。なぜそんな実験に取り組むのかと言えば、大元には「デザイン業界を産業として確立させたい」思いがあります。

いま「DX」という言葉を頻繁に聞きますが、あそこで言われているのは、まさに「正しいデザインをしましょう」という話です。「ソフトウエアとして構造的に正しいものを作ろう」「お客さんが本当に使ってくれるものを作ろう」とも言い換えられる。経産省の「デザイン経営」宣言で言われているのも似たような内容で、技術開発や企業の思惑と、市場への実装との間に「死の谷」がある。そこを埋められるのがデザインの力だと言っているわけです。ぼくとしても、デザインが一番にやるべきことはそこだと思っています。

けれども、そのための本質的なデザインを実行できるデザイナーはまだまだ少ないです。子育て中の女性や地方の人に限らず、デザイナーが働いている状況はすごく厳しい。一つのプロジェクトに一人以上のデザイナーがいるなんて本当に大きな会社でしかないし、なんなら一社に一人しかいないみたいなこともざらです。

そういう人には会社の「デザインっぽい仕事」がすべて集中するからすごく忙しくなってしまい、インプットもアウトプットもできなくなってしまう。事業チームとしてもエンジニアの数に対していつも圧倒的に数的不利な状況にある中で、「デザイナーは技術が分かってないな」という言い方をされてしまったり、「これで本当にいいのかな?」と思って作ったものがディスカッションを経ることなくそのまま世の中にぬるっと出てしまったりもします。こうした状況を一人の力で変えるのはかなり難しいという現実を認識しなければ前には進めません。

ぼくとしてはその現状を変えて、デザイナーとして働き続けることができる人、成長する人、本質的なデザインができる人を増やしていきたい。どんどん増えるデザイン需要を産業として受け取れるようにならないと、日本はこの先ヤバいという危機感があります。

それなのに、デザイナーはすぐに独立してしまったり、数人でユニットを立ち上げますみたいなことに向かってしまったりする人が多く、大きな組織が生まれにくいという構造的な課題があります。その結果、人を育てるというマインドもなかなか生まれず、突然変異的に成長できた人が生き残り、その成功体験だけがフィーチャーされてしまう。産業として成熟させるということに全然目が向いていないんです。

——エニウェアという組織がその解決策になる?

そうありたいです。ぼくはエニウェアのスケーラブルな仕組みを生かして、この課題にもアプローチしていきたいと考えています。いつも一人で戦っていた人たちが、エニウェアではチームになる。単純に考えても5人のデザインチームがあれば、事業に対する発言力も増します。こうした小さなことを積み上げていくことが大切です。

それに加えて、ぼくは「グッドパッチの看板を最大限に活用してほしい」といつもメンバーに言っています。弊社に寄せられる仕事に関しては、ありがたいことに「グッドパッチさんの考える最高のやり方でやってください」という形でオーダーされます。もちろんその分ハードルは上がるのですが、しかし「なぜユーザーテストをやったほうがいいのか」とか「なぜペルソナを作る必要があるのか」とか、余計なことを証明しなくてもいい。そういう無駄なコストをかけずに自分の思う最強のやり方を試すことができる環境にあります。

これまでは無駄な障害が多すぎて、自分のせいにすることすらできない人が多かったのではないかと思うんです。エニウェアのように、デザイナーがチームを組むことで発言権は増すし、グッドパッチの看板を利用することで無駄なことを証明せずとも「自分のやり方」でやれる。そうやって本質的なデザインができる人をひとりでも増やしたいと思ってやっているんです。「すべての『しかたがない』を跳び越えて、本当にやりたいデザインをしよう。デザイナーとして、自分の働き方を自分でデザインできる」。そう信じ、行動できる人が一人でも多く生まれるように。


齋藤恵太:株式会社グッドパッチ Goodpatch Anywhere事業責任者

制作会社を経て、2013年にグッドパッチにジョイン。代表的事例は「マネーフォワード iOS(2014)」や「FiNC Technologies」のアプリ・サービスデザイン。コミュニケーションを重視し長期的に案件に関わるスタイルで数々の組織の成長を体感し、今のなお良いプロダクトやサービスを生み出す組織について研究中。2018年10月よりリモートワークの新規事業「Goodpatch Anywhere」を事業担当者として立ち上げ。

(取材・文、 鈴木陸夫、企画・編集、岡徳之)

未来を変えるプロジェクトより転載(2020年7月17日公開の記事

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