Sun Asterisk代表取締役CEOの小林泰平氏。「高校中退・元ホームレス」という異色の経歴を持つ。
撮影:今村拓馬
企業のソフトウェア開発などを担う、Sun Asterisk(サンアスタリスク)が7月31日、東証マザーズに新規株式公開(IPO)した。公開価格700円に対して初日の終値は1509円。時価総額は547億円となった。同社はベトナム3拠点を含めたアジア6都市に約1500人のエンジニア・プラットフォームを持つのが強みだ。
2020年3月には農林中央金庫など複数の投資先から初となる約20億円の資金調達を実施。そこから4カ月でのスピードIPOだ。代表取締役CEOの小林泰平氏(36)に、今後の展望を聞いた。
「企業のスタートアップ」を一気通貫で担う
神輿が飾られた、Sun Asteriskの本社オフィス。「祭りの聖地」である神田を意識している。
撮影:今村拓馬
7月下旬の曇った日、東京・神田にあるひっそりとしたビル群の一角を訪れると、金髪にジャージ姿の小林氏が出迎えた。
オフィスに人気は少なく、1500人の社員数を抱える会社だとは感じられない。
「東京証券取引所の審査ですら、4回のうち3回はビデオ会議だったんですよ。100年変わらなかった歴史が、このコロナの数カ月で大変革した」
新型コロナウイルスが猛威を振るい始めた2020年3月に約20億円の資金調達を実施、そして7月にIPOと、まさに“異例づくし”と言えるSun Asteriskの上場だが、小林氏の肩の力は抜けていた。
Sun Asteriskが目指すのは「企業のスタートアップ(新規事業)をワンストップで担えるインフラ」だ。ベトナムを中心に、東南アジアに置かれた6つの開発拠点を武器に、企業の新規事業開発をサポートする。
例えば、大企業は技術や専門知識を持っている一方で、その資産をどう活かせばいいかがわからないという課題を抱えている。そこで、マーケットを見つけて事業アイデアを出し、開発、サービスグロースまで並走して担うのがSun Asteriskというわけだ。
企業が新規事業を構想するとき、コンサルティングファームやデザイン会社、ソフトウェア開発企業などさまざまな受託先が考えられるが「ぼくたちはワンストップでやっているからどことも共存できるし、どこからでも関わることができる」(小林氏)。
「今はビジネスもデザインもテクノロジーも混ざり合って、分けられない時代。ゼロイチで並走してもらった方が便利なんだ、と分かってもらえた時、ぼくたちの価値が出てくる」
10代でホームレス経験、転機はベトナム
ベトナムは人口が約9600万人、2019年のGDP成長率は7.0%を記録している(写真はハノイの街並み)。
画像:Shutterstock
36歳の小林泰平氏は、高校中退・元ホームレスという異色の経歴を持つ実業家だ。早稲田実業高校を中退後、新宿のクラブで勤務したり「せどり」で稼いだりと、行き当たりばったりな生活を送っていた。
転機は2010年。たまたま見つけたエンジニアの求人に書かれた社長からのメッセージと「未経験OK、職務経歴は問わず、テストと面接で選考」という謳い文句に惹かれ、ソフトウェアエンジニアの道へと足を踏み入れる。そこで仕事をともにしたのが、ベトナム人メンバーたちだった。
「(彼らは)すげえ優秀だし、知識に貪欲なんですよ。こういう人たちと仕事するのって気持ちいいし、面白いなって」
東南アジアのエンジニア人材の可能性を感じ、2012年、仕事をやめてベトナムへ飛ぶ。そこで立ち上げたのが、Sun Asteriskの前身となるフランジアだ。
当時、ソフトウェア開発などを人件費の安い海外に委託する「オフショア開発」は日本でも盛り上がりを見せていたが、きっちりとした要件定義に基づいた受託開発が主であり、どこか“工場感”があった、と小林氏はいう。
だからこそ、Sun Asteriskではシステム開発の中でも、保守や運用ではなくあえて新規事業にのみ、力を入れた。
取引先はユーザベース、マネーフォワード、テモナ……。ちょうど2010年代中盤に起こったスタートアップ・ブームの波に乗り、Sun Asteriskへ業務を委託する企業は右肩上がりに増えていった。
ソニーや農林中央金庫とも業務提携
「東南アジアの優秀なエンジニア人材が日本語を覚えて日本に来たい、と言ってくれるのなんて今がラストチャンスでしょう」(小林氏)。
撮影:今村拓馬
東南アジアの優秀なエンジニア人材、300の新規プロダクトを立ち上げてきたノウハウと実績。当初はスタートアップからの受注が主だったが、今Sun Asteriskに熱い視線を注ぐのは、むしろ大企業だ。現在は「パートナーの社数としては(大企業が)3分の1くらいだけれど、案件数としては半々くらいになっている」(小林氏)。
2020年3月には、ソニーネットワークコミュニケーションズや農林中央金庫などから20億円の資金調達を実施した。「まだ詳しくは言えないけれど、ほとんどが事業シナジーを見込んで出資を決めてくれている」と語る。
奇しくもコロナ禍で、DX(デジタル・トランスフォーメーション)の動きは加速した。しかし、日本で語られるDXは、契約書の電子化や会議のオンライン化など「業務の効率化」をめぐる話ばかり。
今は誰もそのニーズがわからない、新しい事業領域を開拓する手段としてのDXは、ほとんど注目されてこなかったと小林氏はいう。
「トヨタですら、車の会社ではなくてモビリティ企業になる、と宣言している時代。テクノロジーを軸としたビジネスを、スタートアップ的な手法でもっと増やしていかないといけないし、その課題感は、大企業の方が大きい」
そこにアプローチすることこそが、今回のIPOの狙いというわけだ。
2020年の今がラストチャンス
日本の高齢化率は2060年には4割を超え、2065年までには3200万人の生産年齢人口が失われると予測されている。
出典:内閣府 平成28年版情報通信白書
IPOを決めたもう一つの理由が、東南アジア諸国における“日本”という市場の立ち位置の変化だ。
経済産業省のデータによると、少子高齢化の影響により2030年には約79万人のIT人材が不足し、さらに2065年には3200万人の労働人口が日本から失われる、と予測されている。未曾有の人材不足が確実視される中、海外の優秀な人材の誘致は、日本企業の喫緊の課題だ。
「日本でいう東大や京大の情報学部の超優秀な学生が、5年間かけて日本語を覚えて日本で働きたいといっている状況なんて、今しかない。(事業のアクセルを踏む)ラストチャンスなんです」
だからこそ、東南アジアのエンジニア人材育成にも力を入れる。ベトナム・インドネシア・マレーシアの計6大学と提携し、1000人規模の学生にエンジニアリングにまつわる教育プログラムを実施しているという。
人口減少に少子高齢化。日本が抱えるこの巨大な課題が解決されれば、みんながもっと楽しんで働けるようになるはず —— 。
「週刊少年ジャンプが超好きで、(ONE PIECEの)ルフィみたいにずっとワクワクしながら生きたいな、と思っていた」と笑う36歳の挑戦は続く。
(文・西山里緒、撮影・今村拓馬)