撮影:竹井俊晴
8周年を迎える現在の登録者数150万人超と、順調に成長してきたかに見えるココナラだが、
「ここで爆発的に伸びたという転機はない。本当に地道な改善と成長の積み重ねだった」
と南章行(45)は振り返る。
世の中になかったビジネスを始めた起業家たちの多くが味わったように、南も「理解してもらえない悔しさ」を味わってきた。
初期にすべての出品を500円統一としたのも、分かりやすさで利用者を集め、マーケットとしての賑わいを重視したため。しかし、投資家の多くは「誰が儲かるの?」と懐疑的だった。
「ユーザーが増えてスキルシェアという取引に馴染んでもらえたら、単価も上げられます。すると、法人の利用まで増やせます」
先に描くプランを説明しても、「言っていることは分かるんだけど、現実的には厳しいんじゃないかなぁ」と渋い反応ばかり返ってきた。地道に回って、何とか1人、2人、応援してくれる投資家を見つけ出して、事業を継続していった。
「つらくても楽しかった。夢と希望しかなかった」
銀行やファンドに勤めていた頃とは立場逆転。頭を下げ続ける日々の現実と、どう向き合っていたのか? と問うと、「つらかったですよ」と苦笑いする。
「でもね、つらくても楽しかった。資金繰りはギリギリであっても事業は伸びていたので、夢と希望しかなかったです」
口座の残高とにらめっこして、「次の調達が遅れたら倒産するな」と覚悟したことは何度もある。
「投資を決めてもらえなくても、また1年後、同じ人に同じ話をしに行きました。潮目が変わったのは創業から4年経った2015年頃。着実にユーザーが伸び、僕が相変わらず同じことを言い続けていると認めてもらえるようになって、大型の調達もできるようになった」
以後、社員を増やすこともでき、取締役にリクルート出身の鈴木歩氏を迎えてからは、ロジカルな戦略に基づくサービス改善を積極的に重ね、2017年には過去3年の売上伸び率が13.5倍に。国内で最も成長率の高い技術系ベンチャーにも選ばれた(監査法人トーマツ調べ)。
CMのためにテレビ局15社訪問。「僕」を伝える
2019年夏の集合写真。2020年、ココナラの社員数は100人に迫りつつある。
提供:ココナラ
急成長の背景には、同年に初めて打ったテレビCMの効果もあるのだが、ここにもちょっとしたドラマがある。聞き慣れない新しいサービスゆえに、テレビ局側の審査が降りないという思わぬ壁に当たったのだ。
南は諦めず、広告会社を通じて全国のテレビ局の担当者を集めてもらい、事業についてのプレゼンをした。さらに東名阪のキー局を1日5社、計15社ほど訪問して回り、「審査を通してほしい」と直接交渉に行ったという。「目の前で話して、相手の心をつかんで一気に話を進めるのはめっちゃ得意なんです」と自賛する南に、一体どんな話をしたのか聞いてみた。
「シンプルに、まず会社を信用してもらうために、社長である僕自身がどんな人間なのかを伝えました。それから、相手がリスクだと心配している部分に対し、そのリスクを解消する仕組みを丁寧に説明しました。
もちろん、訪問先の局のことは事前によく調べることは必須。『ガンダムのアニメファンは熱いですよね。でもあの番組が名古屋テレビ制作だったことは、あまり知られていないですよね』とか、相手が心を開いてくれそうな話題は準備していきました」
そして、姿勢として大事にしていたのは、企業対企業ではなく、人と人の付き合いとして“チーム感覚”を持つこと。
「敵対するのではなく、お互いの利害を冷静に見ながら、『目的はCMを良い形で放映することですよね。だから審査を通したいですよね。一緒にこうやっていきましょう』と肩を組む。これは前職でも変わらない僕のスタイルですね」
一つになって、同じゴールを目指すチームになろう。そんな姿勢は、南が10代から愛するラグビーから受けた影響も多分にあるはずだ。
英オックスフォード留学時代もラグビーに打ち込んだ。
提供:ココナラ
困難があっても、「自分で決める」という選択肢がある限りは、落ち込むことはないのだと語る。
「悩みの種があるとしたら、自分だけではコントロールできない問題。
例えば組織が大きくなって、働く仲間が増えればいろんな相性の問題も出てくる。僕はファンドにいたくらいの人間だから、根底にはドライな自己責任論も持っている。
でも、自分が立てた旗に集まって来てくれた仲間たちにはやはり特別な思いがあるし、そうドライには割り切れない。業績が悪くても眠れない日はなかったけれど、会社の中で暗い顔を見つけると眠れなくなっちゃうんですよ」
豪快な笑顔からは少し意外なほど、社内に対しては繊細な目線を向けているようだ。
「組織の中では、どっちを立てるかという二者択一の選択を迫られることが多い。でも、できるだけorではなくandで解決していきたい。つまり、その対立を生んでいる根本原因は何かを突き止めて解消するのが僕の役割なんだろうなと。
一方で、原因が明らかであれば毅然と早めに対処する必要もある。それができなくて、ずるずると引き延ばし、傷を広げてしまった失敗経験もあるんです。こういった気付きも、経営者として少しは成長できた印なのかもしれないですね」
近年はプロや法人の利用も増え、2018年に始めた弁護士仲介サービス「ココナラ法律相談」も好調だ。
これから先、南は何を目指すのだろうか。
「突飛な野望は……あまりないです(笑)。今までと同じことを、淡々とやり続けていった先にあるのが、きっと目指す未来に近い。そう思えるのは、ユーザーさんの人生を変えることができていると実感できるから。
イベントで直接話を聞かせてもらうと、『ココナラがあったから、好きなことを仕事にできた』とか『自分が好きなことを人から求められようになって、毎日が楽しくなった』という声をいただけるんですよね。そういう声を聞くたび、やってきたことは間違っていないんだな、人生かけて挑戦してよかったと思えます」
特に応援したいのは、どんな人の人生なのかと最後に聞くと、南は「すべてのあらゆる個人」と即答した。
「主婦も学生もプロも、誰の人生にも優劣はないし、僕らがターゲットとして絞る基準もない。ちょっと困ったとき、自分の力を発揮したいときに、誰もが気軽にのぞけるマーケット。そんな開いた場所にしていきたいです」
(敬称略、明日に続く)
(文・宮本恵理子、写真・竹井俊晴)
宮本恵理子:1978年福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業後、日経ホーム出版社(現・日経BP社)に入社し、「日経WOMAN」などを担当。2009年末にフリーランスに。主に「働き方」「生き方」「夫婦・家族関係」のテーマで人物インタビューを中心に執筆。主な著書に『大人はどうして働くの?』『子育て経営学』など。家族のための本づくりプロジェクト「家族製本」主宰。