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- 7月29日に公開されたアメリカ議会の反トラスト法関連公聴会文書は、テックジャイアントのCEOたちが、勢力図を書き換えるような買収を検討するうえで何に関心を寄せるかを理解するための手掛かりとなる。
- 公開文書によると、アマゾン、フェイスブック、グーグルは大型買収先となったスタートアップ企業のテクノロジーを高く評価していたわけではなかった。
- 買収の目的は、市場シェアを奪われるリスクを払拭したり、新たな分野で足がかりを得ることにあった。
GAFAのようなテックジャイアント相手にスタートアップの売却を目指す場合、優れたテクノロジーより有効なのは、脅威となるような評判だ。
公聴会は7月29日(現地時間)、テック企業における独占的行動の可能性を検証するために行われた。この日公聴会で公開されたEメールやインスタントメッセージによると、アマゾン、フェイスブック、グーグルのCEOが買収に先立ち検討する最大の要素は、「市場でのポジション」「“領土争奪”」「勝利」だ。
公開された文書は、大きな影響力を持つ(しかも往々にして向こう見ずな)CEOたちが、テクノロジー業界の勢力図を塗り替えてしまうような大型買収に先立ち、どんな思考プロセスをたどっているかを伺い知る貴重な資料だ。
結論から言うと、これら企業が行ってきた大型買収は、テクノロジーの獲得を目的としたものではない。
欲しかったのは「動画共有サービス首位」の座
公聴会の冒頭で宣誓するアマゾンのジェフ・ベゾス(画面上段中央)、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ(同上段右)、グーグルのサンダー・ピチャイ(同下段左端)、アップルのティム・クック(同下段右から2番目)ら(2020年7月29日、ワシントン)。
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グーグルは2006年10月にユーチューブを16.5億ドルで買収した。公開文書によると、グーグルは動画サイトを脅威と見なしていたらしい。なぜなら、検索がGoogle.com以外で行われることを意味していたからだ。
究極的には、グーグルにとって重要だったのはユーチューブの製品ではなく、「動画共有サービス首位」というポジションだった。グーグルビデオを立ち上げ率いたピーター・チャン(Peter Chane)は、ユーチューブの「システムは当社にとって価値を持たない」としたうえで、そのコンテンツの質は「当社のコンテンツに劣る」と記している。
しかし、グーグルの元幹部ジェフ・フーバー(Jeff Huber)は買収の議論を擁護したという記録が残っている。グーグルが買収の話を始めることによって、もしグーグルと競合するヤフーがユーチューブの買収を望んだ場合、少なくとも買収価格を上昇させる効果があるからだ。
またフーバーは、ユーチューブがパロアルトにあるグーグル本社から車ですぐの距離にあることにも言及している。一種の裁定取引のようでもあるが、ユーチューブにとって好都合だったことは間違いない。
ベゾス「当社が買うのは市場ポジション」
最も懸念を表すEメールのやりとりをしていたのは、おそらくアマゾンだろう。2010年11月にクイッツィ(Quidsi)を5億4500万ドルで買収するまでの数カ月間、同社の子会社ダイパーズ・ドットコム(Diapers.com)の「価格を下げる」ことに注力した。
Eメール上では、「勝利計画」と呼ばれる詳細な議論が交わされている。価格競争に勝ち、午後6時までの注文分は翌日配送というダイパーズ・ドットコムの注文締め切り時刻と「同時刻を実現するか、あるいはさらに早める」ための戦略がアマゾン社内で議論されている(同計画では、アマゾンが自社サイトのバグを修正する必要性にも言及されていた。消費者が「中古」おむつを検索できるオプションが含まれていたからだ)。
2017年、アマゾンはクイッツィ部門を閉鎖。つまり、計画は成功したということだ。
ダイパーズ・ドットコムをめぐるEメールでのやりとりに、CEOのジェフ・ベゾスは参加していない。しかし、2018年3月にアマゾンが10億ドルで買収したホームセキュリティカメラのスタートアップ企業リング(Ring)に関する文書には、市場優位性を懸念して、ベゾスが積極的な役割を果たした様子が示されている。
公開文書によれば、ベゾスは、バイスプレジデントのデイブ・リンプ(Dave Limp)に宛てたメールの中でこう述べている。「はっきり言っておく。私の考えでは、当社が買うのはテクノロジーではなく、市場ポジションだ。市場ポジションと勢いが高価値なのだ」
(出所)7月29日に開催された公聴会の公開文書より。
ベゾスが率いるチームの他のメンバーも、リングは特段、アマゾンが自社開発できないようなものは提供していないと明らかにしている。
バイスプレジデントのロバート・スタイツ(Robert Stites)は2017年11月1日付でリンプに宛てたEメールの中で、「(リングは)知的財産権、製造プロセス、人材のいずれにおいても興味を引くようなハードウェア用の“秘伝のたれ”を持っていない」「我々の狙いが単に価格設定のベンチマークというのでもなければ、気が乗らない」として買収に反対の立場を示している。
(出所)7月29日に開催された公聴会の公開文書より。
インスタグラムの閲覧時間を奪う
フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOも、2012年4月に10億ドルで写真共有アプリのインスタグラムを買収した際、同様の姿勢で臨んでいる。
公開文書によると、当時、フェイスブックのモバイルアプリ・ユーザーの閲覧時間を気にかけていたザッカーバーグの目に留まったのが、規模はまだ小さいながら急成長中のインスタグラムだった。インスタグラムの閲覧時間の分だけフェイスブックの閲覧時間が減っていたのだ。
匿名のフェイスブック社員は、2012年1月の編集済みインスタントメッセージの中で「インスタグラムに当社の食い扶持を持っていかれている。この分野を取り込むべきだった。大きな被害を被っている」と書いている。
フェイスブックのテクノロジー責任者であるマイク・シュローファー(Mike Shroepfer)は、買収に先立つ2012年3月9日、ザッカーバーグに宛てたメールの中で「写真分野における戦略的ポジションを失わないことは、経済的に大きな価値を持つ」と記している。
(出所)7月29日に開催された公聴会の公開文書より。
買収が完了した後、ザッカーバーグは2012年4月9日付けのメールの中で、インスタグラム買収の理由について、競争激化を認める一方で「そうは言っても、スタートアップはたいてい買収できる」と、より直接的な表現を用いて説明している。
公聴会に提出されたEメールのうち特に興味深いのは、2014年2月にフェイスブックのデビッド・ウェナー(David Wehner)CFOが送ったもので、フェイスブックが同月190億ドルで買収したワッツアップ(WhatsApp)に関するものだ。
ウェナーは買収賛成の立場から、次のように書いている。「大きな懸念事項は、当社が2年ごとにポジション強化のために時価総額の5〜10%を使うことになる、という点だ」。「“領土争奪”という言葉は嫌いだが、それが最も説得力ある議論であり、当社は領土を奪取すべきだ。情報通信業界の勢力図を塗り替えるこのチャンスを獲得するために、当社は積極攻勢に出ている」
(出所)7月29日に開催された公聴会の公開文書より。
ちなみに、この公聴会にはアップルのティム・クックCEOも招集されていたが、同社の買収案件については議員から大きな指摘は入らなかった。
スタートアップ創業者にとっての最善の策
こうした思考は、テック業界においては特に目新しいものではない。戦略的買収企業は、自社の勢力を高め、リスクを排除するための買収について知恵を絞ることで定評がある。
もっとも、すべての買収が支配的地位や障害除去のためというわけではない。時価総額1940億ドルのSAPは、2018年に80億ドルでクアルトリクス(Qualtrics)を買収した。この買収により、SAPは市場調査・データ分析における最高の製品を自社製品に加えることとなった。
SAPが市場調査分野を自社の成長の唯一の機会と見ていた可能性もある。しかし、SAPにとってこの買収の目的は、同分野の最大手になることではなく、クラウドソフトウェア全般においてオラクルやマイクロソフトとの競争に勝つための地盤を手に入れることだった。
他にもある。2020年5月、シスコがネットワーク・セキュリティのスタートアップだったサウザンドアイズ(ThousandEyes)を買収した。シスコはサウザンドアイズが持つテクノロジーを既存製品と連携させる予定だ。シスコがサウザンドアイズを買収した理由は、同じテクノロジーを自社開発するより買収した方が合理的と判断したからだ。
このように、大手テック企業が、敗者になることを恐れる以外の理由からスタートアップを買収することもある。しかし総じて見れば、スタートアップ創業者にとって、テックジャイアントを不安に陥らせることが億万長者になるための最善の策——今回明らかになったフェイスブック、アマゾン、グーグル経営陣の見解は、そう示唆している。
(翻訳・住本時久、編集・常盤亜由子)