誰かから指示された「やらされ仕事」より、「裁量ある仕事」のほうがやる気は出るもの。しかもそれで結果を出せれば成長につながり、何より楽しい。では、裁量ある仕事を任されるためには何が必要でしょうか? 答えは「自分で考え、生産性高く成果を出すスキル」です。
このスキルを「自律思考」と呼ぶのは、リクルートグループに29年間勤務し、独立後はさまざまな企業に対して業績向上支援を行っている中尾隆一郎さん。連載「『自律思考』を鍛える」では、生産性高く成果を出すスキルを身につけるためのエッセンスを中尾さんに解説していただきます。
前回、前々回と、チームで生産性高く仕事をするためのスキル「PE(People Empowerment)」「PM(Project Management)」について説明していただきました。今回は、チームメンバーの個性に合わせて仕事を割り振る「MAT」を紹介していただきます。
40%が「在宅勤務で生産性が下がった」
コロナ禍をきっかけに、日本の企業の間にも在宅勤務が浸透してきました。「通勤時間がなくなって楽になった」といったメリットもある一方、逆に「効率が落ちた」と感じている人も少なくないようです。
レノボが2020年5月に世界10カ国2万262人を対象に行った調査によると、日本では「在宅勤務で生産性が下がった」という回答が40%と、全体平均である13%より著しく悪い結果となりました。
(出所)レノボ「テクノロジーと働き方の進化」(2020年5月8〜14日実施)より。
Uniposが2020年4月に行った調査(在宅勤務を実施する上場企業勤務の管理職333人と一般社員553人を対象)でも、「在宅勤務開始前よりもチームの生産性が下がった」と感じている一般社員は44.6%にのぼっています。
(出所)Unipos「『テレワーク長期化に伴う組織課題』に関するアンケート」(期間:2020年4月24~27日)より。
在宅勤務で生産性が下がったと感じている人がこれほど多い理由は何でしょうか?
先のレノボの調査では、「リモートワーク化のためのIT投資の少なさ」「情報への社外からのアクセスの制限」など、生産的に在宅勤務を行ううえで解決しなければならないハード面での問題が挙げられています。
しかしそれだけでなく、「コミュニケーションの取りづらさ」「社内連携のしづらさ」など、チームでの仕事が進めにくいというソフト面での問題も同時に起きているということが、今回の調査結果から明らかになっています。
仕事内容が不明なまま雇用契約を結ぶ日本
諸外国での雇用契約は、「勤務地」「仕事内容」「給与」の3つが明確に記載されるのが普通です。
「ジョブ型」と呼ばれるこうした雇用形態は、日立や資生堂など日本企業の間でも近年ようやく導入する動きが出始めていますが、まだまだ少数派。たいていの場合、新卒の内定時に「給与」は分かるものの、それ以外の「勤務地」も「仕事内容」も不明確なまま、「総合職」などと書かれただけで「内定=雇用契約」を結ぶことができてしまうのです。
このように、日本の雇用慣行では「仕事内容」が不明確なまま仕事を進めることが少なくありません。それを、チーム内のあうんの呼吸で補完し合ってきたのが、従来の“日本流の働き方”だったというわけです。
それでも、従来は同じオフィスに皆が集まっていたため、お互いの状況を把握することができました。困っているメンバーがいたら手助けをすることも、上司の手が空いた頃合いを見計らって相談することもできたでしょう。
ところがリモートワークになると、お互いの状況がよく見えません。結果、「コミュニケーションの取りづらさ」「社内連携のしづらさ」が露呈し、チームでの仕事に支障を来すようになったというわけです。
チームの生産性を高めてくれるツール
あなたの組織ではどのように仕事の割り振りをしていますか?
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当然ですが、どの会社でも「仕事の割り振り」はしています。読者の方の中にも、「我が社では目標管理制度(MBO)を導入しているので、各人がやるべきことは分かっています」という意見もあるかもしれません。
しかし、MBOを記載したシートには2つの問題点があります。1つは、MBOはあくまで「目標」を記載するものであって、「仕事内容」は依然として曖昧であるということ。もう1つは、自分の目標は分かるものの、他のチームメンバーはどんな目標なのか、組織全体の中で自分の仕事はどういう位置づけなのかが分かりにくいということです。
では、この状況を解決するにはどうしたらいいのでしょうか?
私がお勧めするのが「MAT(マット:Mission Assignment Tool)」です。MATは私がリクルート在職時代、自分の組織の生産性を高めるために活用していたツールで、シンプルながらもさまざまな組織で活用できるのが特徴です。
コロナ禍の2020年4月、「チームの生産性が上がらない」と悩むビジネスリーダーの声を多くお聞きしたためMATを紹介したところ、大企業から中小企業、NPO、ボランティア団体、自主勉協会の事務局など、さまざまな組織で活用が進み、効果を発揮しています。
そこで以降では、MATの具体的な作成方法や活用方法についてご紹介することにしましょう。
MATはタスク管理表とどう違うのか?
MATは、チームのミッション設計をするためのツールです。「ミッション設計」というと難しそうですが、Excelなどのスプレッドシートで作るシンプルな表で、シンプルでありながらチームメンバーで共有するとチームの生産性が向上する、パワフルなツールなのです。
では、MATの具体的な作成方法をご説明しましょう。まずは下図をご覧ください。これがMATの一例です。
この表を見て、「タスク管理表と何が違うのだろう?」と思った方がいるかもしれません。タスク管理表とは、左端の列にタスク名を、先頭行にチームメンバーの名前を記入して、誰がどのタスクを担当するかを一覧にまとめたもの。その点では確かにMATとよく似ています。
タスク管理表とMATの最大の違いは、タスクとメンバー名の交点に記入する内容にあります。
一般的なタスク管理表は、タスクとメンバー名の交点に「〇」などと書き込むことで、作業分担を明確にしたもの。つまり、ミッションをより細かいToDo(やるべきこと)に分解しているのみです。
これに対してMATでは、そのタスクに必要な工数がどのくらい作業負荷のかかるものなのかを明記する点が最大の特徴と言えます。MATの作成方法は次の3つステップです。
- 左端の列に「ミッション」を記入する
- 先頭行にチームメンバーの名前を記入する
- ミッションとメンバー名の交点に「ミッションシェア」を記載する
「ミッションシェア」とは、担当するチームメンバーの工数(労働時間)全体を100%とした場合、そのミッションに費やす計画の時間比率のことです。
チームメンバーの工数(労働時間)が、「Aさんは週に40時間働き、Bさんは20時間」などとバラツキがある場合は、ミッションシェアの代わりに工数の実数を記載します。あるいは、例えば週に40時間勤務の人の合計時間を100%とし、週に20時間勤務の人はその半分の50%として記載するなど、想定労働時間に合わせて記入してもかまいません。
MATの活用方法
MATに上記1〜3を記入し終えたら、すべてのチームメンバーの工数が100%(あるいは勤務時間に合わせた数値)になっているかを確認します。
計画時点で勤務時間がすでに100%を超えている場合は、実行時に必ずと言っていいほど問題が起き、ミッションが破綻します。そうならないよう、工数のチェックはしっかり行ってください。事前に工数を確認することによって、主に3つのメリットが得られます。
1. ミッションごとに必要な工数・スキルを確認できる
工数をチェックする際のポイントは、「それぞれのミッションがその合計工数で実行できるかどうか」「そのミッションを遂行するために必要なスキルがあるかどうか」です。
もしも合計工数が多いのであれば、そのミッションシェアを他のミッションに割り振ります。同様に、必要工数や必要スキルが不足しているのであれば、どこからか補填をしなくてはいけません。
仮にこの工程で、あるミッションに必要な工数が不足していることが分かったとしましょう。この時、MATなら「〇〇をするための人材が〇〇時間分不足している」と、より具体的に不足内容を把握できます。上司や人事担当者に増員を依頼する際にも、求める人物と工数を明確に伝えられるので、彼らも動きやすくなります。
なお、増員できない場合は「納期を繰り下げる」「品質を下げる」などの交渉をすることになりますが、この際にもMATがあれば具体的なイメージをもって交渉することができます。
2. メンバー同士のミッション難易度に公平性を持たせることができる
特定のメンバーにばかり仕事が割り振られてはいないだろうか?
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次に、同じ給与レベル(同じ職級や階級)のメンバー同士を比較し、ミッションの難易度に大きな不公平感がないかを確認します。
難易度は、「量の多さ」による難易度と、新規性や複雑性など「質の高さ」による難易度の2つの観点でチェックすることがポイントです。
いま日本では「同一労働同一賃金」が標榜されていますが、同じ職種の中でも与えられるミッションによって難易度は異なります。そこで、不公平感が生まれないように「“同一難易度労働”同一賃金」を目指しましょう。
もちろん、どこまでやっても完璧にはできません。しかし、同じ難易度かどうかという観点でチェックをすることが、チームメンバー間の公平感を作るにはとても重要です。
3. チームミッションの設計図が“見える化”できる
さてここまでで、ミッションごとに必要な工数とスキルが確保できているかを確認し、同じ給料レベルのメンバー同士でミッション難易度をある程度揃えることができました。
ここで、チームメンバー全員でMATを共有し、次の3点を確認しましょう。
- それぞれのミッションにどれくらいの工数をかけてよいのか:工数の多寡により、そのミッションの規模が想定できます。
- 誰がどのミッションをどの程度のミッションウエイトで担うのか:誰が何をしているのかが見える化できます。
- チームメンバーのうち、誰が私と同じミッションを担当するのか:そのミッションを誰と相談しながら進めればよいのかが把握できます。
組織全体でMATをパワフルに活用する
ここまでは、1つのチームでのMATの作成方法と活用方法についてお話ししてきました。しかし実は、MATは組織全体で作成することで、さらにパワフルに活用することもできます。
例えば、事業部のトップである「事業部長」が、配下の複数の「部長」用のMATを作成します。つまり、次のようなプロセスになります。
- 左端の列に「事業部全体のミッション」を記入する
- 先頭行に配下の「部長」の名前を記入する
- ミッションと部長名の交点に、ミッションシェアを記入する
これが、この事業部の最上位MATになります。内容が確定したら、次に各部の部長は配下の「課長」のMATを作成し、次に課長が配下の「チームリーダー」の、チームリーダーは配下の「メンバー」のMATを、それぞれ作成していきます。
こうして、事業部全体のMATができあがります。これを事業部の全メンバーに開示することで、所属部門を超えて誰が何をしているのかが「見える化」できるのです。
事業部内で誰が類似のミッションを担っているかが分かるため、何か困りごとが発生したときに誰に相談すればいいのかも一目瞭然です。
組織全体のMATは、継続的にストックしていくことをお勧めします。過去のミッションを誰が担ったのかのデータベースとなるため、過去の良い事例から学ぶことが容易になるのです。まさに「温故知新」です。
このように、MATは自分のチームで作成するだけでも生産性が高まりますが、より大きな組織で作成するとさらに大きな成果を生み出します。
ただしそれは、MATを全体で「共有」することが必要条件です。管理職や経営企画、人事部門だけで把握しては、せっかくのMATの効果は半減してしまいます。
組織の生産性を高めるポイントは「情報をオープンにすること」。特にミッションの設計図であるMATの場合は、この点が非常に重要であることをぜひ理解したうえで実践してください。
次回は、MATを作る前の準備としてのミッション化、メンバーの特徴把握、実行時のポイント、そして振り返り方法についてお話しします。
※本連載の第11回は、9月1日(火)を予定しています。
(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
中尾隆一郎:中尾マネジメント研究所代表取締役社長。1989年大阪大学大学院工学研究科修了。リクルート入社。リクルート住まいカンパニー執行役員(事業開発担当)、リクルートテクノロジーズ社長、リクルートワークス研究所副所長などを経て、2019年より現職。株式会社「旅工房」社外取締役、株式会社「LIFULL」社外取締役も兼任。