香港の民主化運動のニュースを見て、「民主主義」というものを深く考えてこなかったことを痛感するシマオ。そんなシマオに、佐藤優さんは「民主主義にはさまざまな形がある」と語りかける。
中国も北朝鮮も「民主主義」の国?
シマオ:中国政府は香港の「民主化」に反対しているのに、その中国も民主主義の国だということですか……? 何だか頭がこんがらがってきました。
佐藤さん:そもそも、民主主義とは何だと思いますか?
シマオ:民主だから……民(たみ)が主人……?
佐藤さん:そうです。民主主義(デモクラシー)という言葉は、ギリシャ語のdemokratiaから来ていますが、これはdemos(人民)とkratia(権力)が組み合わさったものです。つまり人民が主権を持つから民主主義というわけです。
シマオ:かなりいいことのような気がしますが……。
佐藤さん:世界史で、古代ギリシャのアテネでは市民が直接選挙で政治をしていたと習いませんでした?
シマオ:記憶にございません……。
佐藤さん:はは。では、民主主義に対立する言葉って何だと思いますか?
シマオ:えーっと……共産主義……? でも、それは資本主義の反対か……。
佐藤さん:人民が主権を持たないということは、つまり君主や貴族による政治が行われている、ということです。近代以前は、むしろそちらのほうが当たり前でした。民主主義というのは、それらに対立する考え方でした。
シマオ:「でした」ということは、今は違う?
佐藤さん:はい。例えば、イギリスは国王を持つ「立憲君主制」と呼ばれる政治体制です。では、イギリスが民主主義ではないでしょうか?
シマオ:エリザベス女王が政治的なことを決めているわけではないですから、民主主義ですよね。
佐藤さん:そうです。つまり、君主制と民主主義が両立するというように、民主主義という言葉の意味が広がってきているのです。 厳密な定義をするのは大変ですが、現代においては、国民の選挙によって選ばれた政治家によって国家が運営される「議会制民主主義」が行われていることと考えて、とりあえず大きく外れないでしょう。
シマオ:ということは……中国も確かに議会はやっていますね。共産党以外の政治家はほとんどいないけれど……。
佐藤さん:そういう意味では、中国も北朝鮮もある意味で「民主主義」ではあるわけです。ただし、中国の場合、共産党が国家(議会を含む)を指導する体制になっています。共産党の指導者は国民の選挙で選ばれるわけのではないので、議会制民主主義をとっているとは言えません。
私たち日本人は、戦後アメリカ型の民主主義を導入したので、それが唯一の民主主義の形であるかのように思っています。しかし、民主主義の形は国によって異なるものなんですよ。
独裁+民主主義という矛盾関係
シマオ:なるほど。でも、民主主義っていうのは人民が主権を持つということであるはずなのに、そういった国はほとんど独裁家ですよね。矛盾しませんか?
佐藤さん:まさに、そこが勘違いしやすいところで、2つの視点から説明しましょう。1つは、いわゆる独裁下でも民主主義でありうること。そしてもう1つが、民主主義は簡単に独裁に陥りやすい、ということです。
シマオ:なるべく、分かりやすくお願いします!
佐藤さん:ここに、いい資料があります。今中次麿(いまなか・つぎまろ)という有名な政治学者が書いた『民主主義』という本です。
政治学の泰斗である今中次麿氏の著書、『民主主義』(毎日新聞社)。
シマオ:ずいぶん古い本ですね……昭和21年1月発行!
佐藤さん:その時期に出版されたということは、戦争が終わってから、しかも、まだアメリカによる戦後民主主義が導入される前に書かれたものであることを示しています。つまり、その頃に日本人が民主主義をどのように受け止めていたかが分かる貴重な資料なんですよ。
シマオ:当時は、民主主義というのが知っておくべきキーワードだったわけですね。
佐藤さん:この本の中に、「ソ連の民主主義とナチスの民主主義」という項目があって、それぞれの特質を説明しているんです。
シマオ:えっ……? どちらも民主主義とは思えませんが。
佐藤さん:ソ連においては、共産党以外の政党は許されないから専制的ですが、選挙 権は党員に限定されないから「民主的」ではありました。ヒトラーは選挙によって 「民主的に」首相になりましたが、その後ワイマール憲法を無効化して、自分にあら ゆる権限を集中させることで独裁体制を築きました。
簡単に言うと、独裁的な民主主義もあり得るということで、ソ連は「専制的民主主義」、ナチスは「民主的専制主義」だとしています。
シマオ:独裁だけれど、制度上は「民主的」なものだったということでしょうか。で も、それってやっぱり矛盾しているような……。
佐藤さん:そうですね。今中氏も、ソ連は「専制的民主主義」、ナチスは「民主的専 制主義」だとして、それらは「スフィンクス(矛盾的存在の象徴)」だと書いていま す。
民主主義は独裁へと至る可能性がある
佐藤さん:そして、もう一つの視点が、民主主義は独裁に陥りやすいということでした。
シマオ:え? なぜでしょうか?
佐藤さん:これはドイツの思想家カール・シュミットが言っていることです。シュミットは『大統領の独裁』などの著書によって初期のナチスの理論的支柱となったと批判された人ですが、民主主義についての鋭い洞察をしています。 実は、今世界ではまさに彼の指摘した通りのことが起きつつあります。新型コロナウイルスの脅威が高まる中で、市民は政府に対して何と言っていますか?
シマオ:感染がこれ以上広まらないように、早く対応してくれ、と。
佐藤さん:そのために市民が議論を尽くしていますか?
シマオ:いえ。むしろ、議論している場合じゃなくなってますよね。国や自治体が次は何を言い出すのか、毎日疑心暗鬼になっているだけで。
佐藤さん:それって、権力者の勝手を認めることにつながると思いませんか。
シマオ:確かに。僕も政府が何とかするべき、何も対策がないのはおかしい! と思ってしまいます。でも、コロナという危機に対応するためだから、それが普通なんじゃ……。
佐藤さん:まさに、危機の時に民主主義は独裁と相性が良くなるということが、シュミットの主張したことなんです。 これは原理的にも説明できます。いま国会議員が100人いて、彼らは国民の選挙で選ばれて、民意を代表しています。その国会議員が99人になったとして、何か本質的な違いはありますか?
シマオ:違わない気がします。
佐藤さん:では、50人になったら? 10人、そして1人になったら?
シマオ:うーん、さすがに1人はマズいような気もしますけど……。
佐藤さん:でも、その1人が民意を代表しているならいいのではないですか? 逆に、1人じゃダメなら、100人でもダメということになります。
シマオ:そう言われると、反論できません。
佐藤さん:すると、民主主義と独裁は対立する概念ではない。むしろ、民主主義は独裁へ至る道となる可能性があるということなんです。
シマオ:怖いですね。
佐藤さん:誰もが知っているように、選挙に立候補するにはお金がかかりますよね。つまり、国会議員になれるような人たちは「お金持ち」の代表でしかない。中国などは「人民民主主義」という考え方で、そういった「ブルジョワ民主主義」を批判しています。
シマオ:確かに、ちょっと納得してしまいます。
佐藤さん:そして、貧しい人たちの意見を代弁するのが共産党だから、共産党が選んだ人たちで政治をした方がいい、というのが人民民主主義の考え方です。繰り返すように、それが望ましいかはさておき、民主主義の形にはいろいろあるということなんですよ。
『愛の不時着』に見る民主主義の形
シマオ:よく分かりました。知らないうちに、アメリカ的な民主主義だけが、民主主義の形だと思っていたわけですね。とはいえ、独裁国家は嫌だな……。
佐藤さん:もちろん、独裁的な国家においては市民が苦しめられたり、戦争に突入したりしやすいことは歴史が証明しています。ただ、同じように歴史を見れば、単純にアメリカ型の民主主義、そして資本主義経済の国が幸せだと言えない側面もあります。
シマオ:そうでしょうか?
佐藤さん:私は最近、家で運動をしながらNetflixを見ているんですが、今話題の『愛の不時着』という韓国ドラマを知っていますか?
映画、ドラマからVシネマまで守備範囲が広い佐藤さん。北朝鮮のことを知りたければ『太陽の下で -真実の北朝鮮-』もオススメとのこと。
シマオ:はい、僕も見ました! 佐藤さん、確かかなり初期に見始めてましたよね。でも、北朝鮮って本当にあんな感じなんですかね。
佐藤さん:もちろん、あれはドラマですから分かりやすく描かれています。ただ、あのドラマに出てくる北朝鮮像というのは、韓国人の持っている感情をよく捉えていると思います。
シマオ:どういったところでしょう?
佐藤さん:北朝鮮の将校リ・ジョンヒョクが住む村は、停電したり牛が荷車を引き歩いていたりと近代的ではありませんが、その半面で牧歌的な魅力があります。グクスという麺料理をつくるとなれば、粉を練るところからやらなければいけないけれど、闇市で韓国(南町)の商品は手に入る。
シマオ:財閥令嬢のユン・セリが、「アロマキャンドルが欲しい」と言えば、買えるんですものね。
佐藤さん:一方、韓国は、経済力はあるけれど、厳しい競争社会にみんながさらされています。セリは会社の社長で、親の財閥の後継者にも選ばれて勝ち組だけれども、兄弟とも競争関係にあって単純に幸せとも言えません。あそこに描かれた北朝鮮は、韓国の人にとって、ある種の郷愁なのですよ。
シマオ:ドラマの中で何度も「統一したらね」というセリフが出てきましたけど、やっぱり韓国と北朝鮮は統一したいんでしょうか。
佐藤さん:ただ、郷愁は郷愁で、貧しい時代に戻りたいわけではありません。今のような経済的格差がある状態では、統一は難しいでしょう。
シマオ:そうですよね。
佐藤さん:現下の北朝鮮の政治体制はいびつですが、それぞれの民主主義を目指していく。どの民主主義が一番いい、ということはないし、民主主義ですから国民がそれを作り上げていくしかありません。
※本連載の第27回は、8月12日(水)を予定しています 。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。昨年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、撮影・竹井俊晴、イラスト・iziz、編集・松田祐子)