撮影:今村拓馬、イラスト:Alexander Lysenko/Shutterstock
企業やビジネスパーソンが抱える課題の論点を、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にして整理する。不確実性高まる今の時代、「正解がない」中でも意思決定するための拠りどころとなる「思考の軸」を、あなたも一緒に磨いてみませんか?
参考図書は昨年末に発売されて瞬く間にベストセラーになった入山先生の『世界標準の経営理論』。ただしこの本を手にしなくても、本連載は気軽に読めるようになっています。
7月14日、この連載で初の試みとなる「オンライン読書会」を開催しました。10名の方にご参加いただき、入山先生の『世界標準の経営理論』を切り口とした読書会が実現。白熱したディスカッションが繰り広げられました。
今回から4回にわたり、そのオンライン読書会の模様をお届けいたします。
最新の経営理論は、正しいとは限らない
入山章栄(以下、入山):皆さん、こんにちは。今日はどうぞよろしくお願いします。
この連載の趣旨は、ビジネスパーソンである読者のみなさんがいま直面したり悩んでいることを、経営理論を使って一緒に考えていこう、というものです。このオンライン読書会は、僕の本を読んでくださった方、あるいはビジネスの第一線で活躍しながらいろいろな課題を持っている方と直接対話してみたい、という思いから実現しました。
オンライン読書会に参加してくれた皆さん。さまざまな切り口から意見が飛び交い、内容の濃い読書会となった。
編集部撮影
ではさっそくディスカッションを始めましょう。参加者の皆さんには、事前に僕に対して質問したいことや議論したいポイントを提出してもらっています。その中から、まずカワタニさんの質問から行きましょう。
「最近注目されている最新の経営理論や、それを実践している企業の事例を紹介してください」という質問をいただいていますが、これは僕が最近注目している理論という理解でよろしいですか?
カワタニさん(以下、カワタニ):はい。特にコロナ禍で先が読めないなか、何かヒントになるような新しい考え方があればお聞きしたいと思っています。例えば最近、「エフェクチュエーション」という言葉を聞きますが……。
編集部撮影
入山:たしかに、最近「エフェクチュエーション」とか「エフェクチュエーション・リーダーシップ」という言葉をよく聞きますね。その意味するところを説明するのは難しいんですが、僕の理解ではどちらかというと、「とりあえず行動してやってみて、みんなを引っ張っていく」という、センスメイキング理論に近いリーダーシップなのかなと理解しています。カワタニさんはどう捉えていますか?
カワタニ:僕も最近ようやく調べ始めたばかりなので、まだ皆さんに共有できるほどの知識はないのですが、大まかには先生のおっしゃるような捉え方だと思います。
入山:僕の理解では、このエフェクチュエーションの理論というのは、実は世界の経営学のメジャーな理論というわけではない。面白い考え方だと思うけれど、まだ新しい理論なので、本当に普遍的な理論かどうかはまだ学者のコンセンサスが十分でない、と理解しています。もちろん、それが悪いわけではなく、これから「標準的な理論」になりうるのかもしれません。
それに対して、僕が『世界標準の経営理論』でやったことは、世界の経営学者の間で標準になっている、と認識されている理論を紹介したんですね。
これから日本で重要になる3大経営理論とは
入山:これは僕の個人的な意見ですが、日本でこれから最も重要になる3大経営理論というのは、「知の探索・知の進化理論(両利き理論)」「センスメイキング理論」、そして一橋大学名誉教授の野中郁次郎先生が提唱した「知識創造理論」だと、勝手に考えています(下図参照)。
筆者作成
余談ですが、『世界標準の経営理論』では、野中理論についてまるまる1章を割いているんですが、実は野中先生ご本人が読んでくださって、「俺の理論はこうも考えられるのか」とおっしゃっていました(笑)。ありがたいことですし、野中先生の実直なお人柄が伝わるエピソードですよね。
ではなぜこの3つの理論が特に重要なのか、解説しましょう。まずはこの連載でも何度か取り上げている「知の探索」「知の深化」に基づく「両利きの経営」という理論。人は認知に限界があるので、なるべく自分の認知の範囲から離れた、遠くの知見を探索することが重要、というものです。
とはいえ、「イノベーションのためには知の探索が大切」と僕のような学者が言うのは簡単ですが、実際にビジネスの現場で知の探索をするのは大変なものです。
だからこそ、自分の会社の存在意義とか、大きく進むべき方向に「腹落ち」していることが重要になる。自分の会社の長期的な存在意義とか方向性が分からなければ、みんなすぐ目の前の効率性とか、手っ取り早くお金を儲けられるところ、すなわち「知の深化」へ偏ってしまう。だからこそ、まずは自社の存在意義や方向感に腹落ちすることが重要で、それを描くのが「センスメイキング理論」です。
しかしここで重要なのは、人は腹落ちするためには、「自分たちは何を大事にしたいのか」が言語化できていることです。人間とは暗黙知の塊です。言語は人間の一部でしかありませんから、普段から「自分って何なんだ」と腹落ちできるレベルまで考えていないと形式知化できません。なんとなく思っても、それが言語化できなければ人は腹落ちしないし、また他人にも伝えられない。
そう考えると、暗黙知を形式知化することが重要ですから、そこで重要になるのは、野中先生の「知識創造理論」、いわゆる「SECIモデル」になるはずなのです。
(出所)野中郁次郎「組織的知識創造の新展開」(DIAMONDハーバード・ビジネス 1999年1-2月号)をもとに筆者作成。
SECIモデルの中心的な主張は、「知識は暗黙知と形式知の往復で生まれる」という考え方です。暗黙知と形式知を往復するためには、自分自身がいろいろなものを見て、感じて、考えて、野中先生の言う「知的コンバット(知的闘争)」をいろいろな人とすることが必要になる。このプロセスを通じて、自分の中の暗黙知が形式知化されていくわけです。
では、その知的コンバットのために何が重要かというと、私は知の探索だと理解しています。遠くの多様な知見を得て、多様な経験をして、暗黙知と形式知のさらなる充実を図らなければ、往復できる知も乏しいままだからです。ずっと会議室だけに閉じこもっていても、決して形式知化はできません。「知識創造理論」の充実のためには、知の探索が不可欠なのです。
「知の探索」をするには「センスメイキング」が重要で、「センスメイキング」をするには「暗黙知の形式知の往復」が重要で、だけどそのためには「知の探索」が重要という関係です。逆方向で考えれば、「知の探索」をすることでより暗黙知が「形式知化」され、それによって「センスメイキング」が進み、それによって「知の探索」が進むという循環構造が重要なのです。
でも日本の会社は、そもそも「知の探索」をしてなければ、「腹落ち」もしていないし、「知的コンバット」も全然していない。これではイノベーションは起きない……ということではないかと理解しています。
カワタニ:そうですね。新規事業に取り組む際には、やはり「自分たちは何ができるのか」「何をしたいのか」がある程度はっきりしていないと、知の探索をしようにも前に進みづらいと感じます。
入山:起業はあくまで手段であって目的ではありませんよね。でも新規事業になると、いきなりその目的から入ってしまうから何をしていいか分からない。
僕はセンスメイキングが主張する「腹落ち」を高めるには、『世界標準の経営理論』の第15章に書いたような、みんなで熱く議論したりして、暗黙知を何とか形式知化するようなプロセスが大事だと思っています。まさに野中先生のおっしゃる「知的コンバット」ですよね。いま「デザイン経営」が注目されているのも、それと同様の理由だと理解しています。
カワタニさんはコンサルティングも経験されていますが、どう思いますか?
カワタニ:結局、新規事業というのは本当に熱意がある人しかつくれないので、その人は腹落ちをしている。問題はどうやって周囲を巻き込んでいくかだと思います。「自分たちは何をするのか」を言語化することが、新規事業をつくっていく中では非常に重要だと思います。
入山:なるほど、熱意のある人に言語化をしてもらって、周囲を巻き込むのがいいんじゃないかということですね。
カレーの奥山さんやNさんはどうですか。お2人もセンスメイキングに興味があるとのことですが。
カレーの奥山さん:そうですね。私は研究分野に勤めていますが、同じ会社の生産部門のエンジニアなどは、なかなか仕事上で新しいものを取り入れる機会がありません。
そういう人は無理に組織の中で「知の探索」をしなくてもいいのかなと思いました。プライベートで、自分の興味がある分野で刺激を受けて帰ってきて、それを共有すればいいのではないでしょうか。
いまはコロナの影響で、チームでオンライン会議などを開くようになったので、そういう空間でつながりができると、知の探索もやりやすくなるでしょうし。
入山:なるほど、ありがとうございます。Nさんはいかがですか。
Nさん:私は『世界標準の経営理論』431ページの、「センスメイキングの7大要素」の2番目、「回想・振り返り」というワードがビビッと来ました。これは「人間は物事を経験している時はそれをメイクセンスできず、事後的に振り返ることでメイクセンスできる」ということです。
やはり普段、仕事をしていると、どうしても目の前の仕事や顧客のほうに意識が向いてしまい、「そもそもなんで今こういうことを目指しているんだっけ?」となかなか振り返れない。だからセンスメイキングのためには、後で思い返すことが重要なんだという指摘には納得しました。
入山:なるほどね。野中先生は「とにかく知的コンバットだ」とおっしゃる。リアルで対面して、1対1のサシで話し合うのが大事だと。
『世界標準の経営理論』にも書きましたが、野中先生は稲森和夫氏が創業した京セラの事例についてよく語られています。
京セラでは「コンパ」と称して、三日三晩酒を酌み交わす。手酌はエゴイズムの象徴だから禁止。ひたすら飲んで、訳が分からなくなるまで議論する。すると最後は「しょうがねえ、俺たちはもうこれをやるしかない」という境地に達する。こんなふうに、全人格をかけて議論をすることで、暗黙知から形式知へと知的創造のプロセスが進んでいくというんですね。
確かに昔の日本の会社は、創業者が2人というケースが多いでしょう。例えばソニーの井深大と盛田昭夫。あるいはホンダの藤沢武夫と本田宗一郎。互いに全人格をかけて毎日熱い議論を交わす——僕もそういう「対話」が重要だと思います。
※第22回(読書会その2)に続く。
回答フォームが表示されない場合はこちら
(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。