「民主主義は一つではなく、さまざまな形がある」ということを知ったシマオ。シマオのイメージしている「民主主義」とはいわゆる「アメリカン・デモクラシー」のことだと佐藤優さんは語る。「アメリカン・デモクラシー……?」聞き慣れない言葉に、シマオは首を傾げた。
アメリカの民主主義は「素人の政治」
シマオ:ひと口に民主主義と言っても、国によっていろんな形があることは、よく分かりました。逆に、僕たちが当たり前だと思っていたアメリカ型の民主主義というのは、どんな特徴があるんでしょうか?
佐藤さん:アメリカン・デモクラシーの本質とは、一言でいえば「素人の政治」です。
シマオ:だから、トランプが大統領になれる?
佐藤さん:そうです。選挙で選ばれた素人を、4年という任期(2期まで)を決めて「王様」にするというのが、アメリカの大統領制です。
シマオ:確かに、トランプ大統領はもともと議員だったわけではないですものね。日本は首相で、アメリカは大統領……。なぜアメリカは戦後、日本に大統領制を導入しなかったんでしょうか?
佐藤さん:一つは、すでに日本型の議院内閣制がある程度定着していたことがあります。大正デモクラシーという言葉を聞いたことがあると思いますが、当時は「民本主義」と呼ばれていました。
シマオ:それが、戦争の中で軍部の独裁になっていったわけですね。
佐藤さん:やはり2・26事件(1936年)が大きかったですね。1938年に国家総動員法が施行されたことで、軍部の意向を受けた政府が何でもできるようになったわけです。ただ、理由はそれだけではありません。もう一つ大きいのが、日本には生まれながらにして「人権」のない「不平等」な人がいたからです。彼らは「無戸籍」でもあります。
2・26事件(1936年)……国家改造を目指した陸軍の現役将校らが1400人の兵士を率いて首相官邸などを襲撃した事件。クーデターは未遂に終わり、軍の影響力は拡大。独裁的な戦時体制が敷かれるきっかけともなった。
シマオ:誰だろう……?
佐藤さん:その人たちは皇統譜に載っています。
シマオ:あ、天皇!
佐藤さん:そうです。アメリカン・デモクラシーをそのまま適用するなら、すべての人が平等でなければいけません。その考え方のもとでは、象徴天皇制も無理があります。
シマオ:なぜ、アメリカは天皇制を残したのでしょう?
佐藤さん:戦後、アメリカが天皇制を廃して日本を共和国にする可能性もありました。でも、天皇の存在を重く見たアメリカは、自国の民主主義の制度をそのまま移植することはできないと考えたわけです。
シマオ:天皇を残しておいた方が、日本を統治しやすいと思ったわけですよね。
ドラマで大統領役を演じた俳優が、本当に大統領になったウクライナ
シマオ:そもそも、大統領がトップの国と首相がトップの国では、何が違うんでしょうか?
佐藤さん:細かく見ればいろいろありますが、大雑把に言えば、大統領が実権を持つ国では、その大統領は国民の意思で選ばれ、首相が実権を持つ国では、その首相は議会の多数派を占める議員の中から選ばれることが多いと言えます。
シマオ:大統領と首相が両方いる国もありますよね?
佐藤さん:ヨーロッパの多くの国ではそうですね。例えば、フランスでは大統領と首相で役割が分担されていますし、ドイツでは大統領は名目上のリーダーで、首相が実権を握っています。ロシアでは、大統領が首相を任命します。
シマオ:同じ制度でも、やり方は国によってさまざまなんですね。
佐藤さん:日本が採用している議会制民主主義は、アメリカとは異なり、素人の政治を排する制度です。人民民主主義や専制政治のやり方も、ある意味ではプロの政治と捉えることができます。
シマオ:素人の政治とプロの政治……。言われてみればそうですね、日本では素人は政治に参加できない。イギリスは日本と同じ議員内閣制でしたが、EU離脱の国民投票が行われましたよね。
佐藤さん:過半数で決めるという制度も問題ですが、そもそも議院内閣制の国で国民投票をやるべきではないというのが、私の考えです。
シマオ:日本でも、ということですか? でも、国民の意見を直接政治に反映するのはいいことではないのでしょうか?
佐藤さん:それは「素人の政治」に限りなく近づくことです。議院内閣制の国は、選挙で選ばれた国会議員と官僚という専門家によって政治を運営しています。だから、いきなり国民投票をやってしまうと、単なる人気投票みたいになってしまうわけです。
「民意とはとても移ろいやすいもの。その時盛り上がっても、長続きしないことが多いんです」と佐藤さん。
シマオ:いわゆるポピュリズムの問題ですね。ただ、それは国会議員の選挙も同じことではないですか?
佐藤さん:そこは少し違っていて、国会議員は憲法上、全国民に対して責任を負うのであって、自分に投票してくれた選挙区に対して責任を負うわけではありません。だから、必ずしも選挙時の公約を守る義務はないわけです。 むしろ、日本の選挙で一番「素人の政治」に近いのは、知事選挙です。
シマオ:確かに、知事選って知名度の高い人が強いイメージがありますね。芸能人とか……。
佐藤さん:それが一概に悪いわけではありませんが、国民の多くが常に政治のことを考えていられるわけではありません。もし、国民的なスターが憲法改正を唱えて立候補したら、どうなるでしょうか?
シマオ:するっと当選してしまいそうなところが、怖いですね……。
佐藤さん:2019年にウクライナの大統領になったゼレンスキー氏は、まさに素人の政治を体現する人物です。彼はコメディアンで俳優だったのですが、テレビドラマで一介の教師から大統領に当選する人物の役を演じて人気を博し、本当に大統領選に出馬して当選したのです。
シマオ:そんなことが現実にあるんですね!
ドラマ「国民のしもべ」で大統領役を演じたボロディミル・ゼレンスキー氏。その後、政治キャリアもなく、ウクライナの実際の大統領となった。
どのような民主主義かを問い続けなければならない
シマオ:アメリカではトランプ大統領が自国第一主義を掲げて、イギリスではジョンソン首相がEU離脱を決めているのを見ると、本当に民主主義って何を目的にしているのか、ちょっと不安になりますよね。
佐藤さん:第二次大戦後の世界においてアメリカが世界の覇権を握ったこともあって、アメリカン・デモクラシーは一つの民主主義の理想だと考えられてきました。
シマオ:すべての国がアメリカ的な民主主義に向かっていくと?
佐藤さん:というよりは、国民が皆平等で、国民の意思が反映されることが望ましいという考え方です。ただ、それは理想であって、現実はそう単純ではない。そういうアメリカン・デモクラシーの限界が表面化してきたのだと思います。
シマオ:他に望ましい民主主義のあり方ってあるのでしょうか?
佐藤さん:そもそも、ある特定の民主主義のあり方が一番いいという考え方ではない、ということです。古代ギリシャのような直接民主政は物理的に無理ですから、現代の国家では国会議員などによる間接民主制にならざるを得ません。
シマオ:政治のプロである国会議員に任せるということですね。
佐藤さん:それを極端に推し進めれば独裁国家になりますし、逆になればウクライナのゼレンスキー大統領やアメリカのトランプ大統領のように「素人」が政治を束ねるリーダーにつく。民主主義と一言でいっても、その間には無数のスペクトルがあるわけです。
シマオ:それこそ、今中先生が書いていたように(vol.26)ソ連もナチスも民主主義だったし、現代の中国もある種の民主主義の形だったわけですね。
佐藤さん:民主主義は人民が主権を持つということですが、民意を測るというのは技術的に簡単なことではありません。民意は実体がなく、とても移ろいやすい。
シマオ:確かに。その場の雰囲気でちょっと盛り上がったりしちゃいますよね。
佐藤さん:時限的に盛り上がるけれど、すぐ冷める。つまり責任のない意志がとても多い。だからこそ、単に民主主義はいいものだと思考停止するのではなく、どういう民主主義であるべきかと問い続けていかなければならないのです。
※本連載の第28回は、8月19日(水)を予定しています 。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、撮影・竹井俊晴、イラスト・iziz、編集・松田祐子)