Matt Winkelmeyer/Getty Images
ジェフ・ベゾスは、アマゾン創業者として書店をむさぼり食ってきた。一方で、本をむさぼり読んでもいる。その才覚でアマゾンのビジネス領域を広げ、自身は現代史上屈指の富豪にのし上がった。
ベストセラー作家のブラッド・ストーンは、ベゾスとアマゾンの物語を描いた『The Everything Store』(邦題:ジェフ・ベゾス 果てなき野望)を2013年に出版している。ストーンは同書の中で、オンライン書店をオンライン小売帝国へと拡大させていく過程で役に立ったベゾスの思考習慣や、事業の発想を形にするうえでどれだけベゾスが本を参考にしてきたかを紹介している。
同書でストーンはこう書いている。
「本は、創業当初からアマゾンを育て、その企業カルチャーや戦略を形作ってきた」「同社を理解するうえで絶対に欠かせない、アマゾンの幹部やスタッフに幅広く読まれている12冊を挙げておこう」
本稿では、これまでベゾスが読んできた12冊の本を紹介する。
カズオ・イシグロ『The Remains of the Day』(邦訳『日の名残り』)
Vintage International/Amazon
ベゾスの愛読書は、ビジネスとは無関係だ。
事実、本書は戦時中のイギリスで人に仕えるという仕事を回想する一人の執事を、胸に迫る描写ととともに捉えた作品だ。激動の時代における老い、記憶、喪失、愛について、ベゾスはノンフィクションよりも小説を通じて学ぶところが多いとストーンは記している。
ベゾスは以前こう語っている。
「この本を読むまでは、完璧な小説なんてありえないと思っていた。でもこの本にはやられた。そのありえないが見事に達成されている」
サム・ウォルトン『Sam Walton: Made in America』(邦訳『私のウォルマート商法——すべて小さく考えよ』)
Amazon
本書は、ウォルマートを創業したサム・ウォルトンが、同社設立に至る経緯、ディスカウント小売についての自らの信条、そしていくつもの試行錯誤に挑戦する意欲について詳述した回想録だ。本書には、ウォルトンが世界最大の小売店を築き上げていく過程で起きたエピソードと「原則」に満ちている。
ウォルトンの挑戦意欲にインスピレーションを受けたベゾスは、ウォルトンのやり方に倣い、同じコアバリューを取り入れたとストーンは綴っている。
アラン・グリーンバーグ『Memos from the Chairman』(未訳『会長からのメモ』)
Workman Publishing/Amazon
アラン・グリーンバーグは、ベアー・スターンズの元CEO兼会長でウォール街の伝説的存在であり、社内トレーダーにメモを送ることでよく知られた人物だった。本書は、そのグリーンバーグの経営理念が垣間見える従業員向けのメモを集めた一冊だ。
本書には、リーダーたるもの、常識に基づいて意思決定をし、群衆心理を避け、自らの成功に常に謙虚であれというグリーンバーグの教えが書かれている。
「アマゾンが1997年に初めて株主宛てに送った書簡を毎年繰り返し使っているのは、架空の哲学者の知恵を繰り返す本書のスタイルを彷彿とさせる」とストーン。
フレデリック・P・ブルックス・ジュニア『The Mythical Man-Month』(邦訳『人月(にんげつ)の神話』)
Addison Wesley Longman, Inc/Amazon
ストーンによれば、アマゾンの「ピザ2枚ルール」は本書が元になっている。チームというのは、ピザ2枚が全員に行き渡る人数を超えるべきではない、というのがベゾスの信条だ。チームが小さければそれだけコミュニケーションが効果的になり、自律性が高められる。
ブルックスは複数のソフトウェア大手でプロジェクトマネジャーを務めた経験をもとに、大規模プロジェクトをマネジメントするうえで問題点を特定する方法を本書で明らかにしている。ブルックスは、複雑なタスクを処理するうえでは、少人数のほうが生産性も積極性も高まるとしている。
ジム・コリンズ『Built to Last: Successful Habits of Visionary Companies』(邦訳『ビジョナリー・カンパニー 時代を超える生存の原則』)
HarperCollins Publishers/Amazon
共著者のジム・コリンズとジェリー・ポラスは6年以上の歳月をかけて業界の著名なリーダーや企業を分析し、業界や規模が同じであっても、何年にもわたって存続する企業とそうでない企業が存在する理由を説いている。ウォルト・ディズニーやゼネラルエレクトリックといったビジョナリー・カンパニーの事例も数多く取り上げられている。
「基本理念がビジョナリー・カンパニーを導き、核となるミッションを受け入れる従業員だけが活躍できる。一方、受け入れられない従業員は組織から『ウイルスのように抹消される』」とストーンは書いている。
ジム・コリンズ『Good to Great: Why Some Companies Make the Leap… and Others Don't』(邦訳『ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則』)
HarperBusiness
ストーンによれば、本書の著者であるジム・コリンズはアマゾン幹部を前に、この画期的な経営書についてレクチャーしたという。本書は、変化の激しい今日のビジネス環境にあって、とりわけ参考になるリーダーシップ本のひとつに数えられる。
コリンズは5年の歳月を費やし、企業に卓越性をもたらすものは何かを調査。その結果をもとに、「Good」から「Great」への飛躍の法則を8つ特定した。
「企業は自らのビジネスの厳しい現実に立ち向かい、独自の強みを見つけ、『フライホイール(はずみ車)』を回せるようにならなければならない。つまり、ビジネスのさまざまな部分が他の部分を強化し、その動きを加速するようにしなければならないのだ」とストーンは記している。
スティーブ・グランド『Creation: Life and How to Make It』(未訳『創造——生命とその創り方』)
Amazon
ストーンによれば、ベゾスがクラウドの概念を普及させたサービス「アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)」を開発したのは本書にインスピレーションを受けたからだという。
コンピュータ科学者でありロボット工学者でもあるグランドは、プレーヤーがリアルタイムで生きて呼吸する生き物を作れるコンピュータゲームも自作している。
グランドは本書で、人工生命、テクノロジー、サイバースペースへの社会依存の高まりについて考察している。
クレイトン・クリステンセン『The Innovator's Dilemma』(邦訳『イノベーションのジレンマ——技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』)
Harvard Business Review Press
本書は初版刊行から20年以上経った今でもビジネススクールの学生の必読書だ。
「アマゾンは本書に書かれた原則に基づいて行動したことで、KindleとAWSの誕生につながったという点で、極めて影響力のあるビジネス書」とストーンは評している。
本書は実例に基づいてイノベーションを論じており、通常とは異なるやり方によって市場やセクターに変革をもたらすことができるという。また本書では、すべて正しく行ったのにイノベーションが生まれなかったがゆえに失敗した企業の例も紹介されている。
クリステンセンは「破壊(disruption)」という言葉を「物事のやり方を再設計すること」という意味で使うことで、リーダーが自社のビジネスモデルに慣れすぎることに警鐘を鳴らしている。
エリヤフ・ゴールドラット『The Goal: A Process of Ongoing Improvement』(邦訳『ザ・ゴール——企業の究極の目的とは何か』)
Amazon
『ザ・ゴール』は業績不振の製造工場の再建を託されたマネジャーを描いたベストセラー小説。ベゾスは経営幹部たちに本書を読むよう求めたという。
「本書を読めば、業務で直面する最大の制約条件を特定し、その制約条件をできる限り活用できる形に組織を再編する方法が分かる」とストーンは書いている。
ジェームズ・P・ウォマック、ダニエル・T・ジョーンズ『Lean Thinking: Banish Waste and Create Wealth in Your Corporation』(未訳『リーン思考——会社のムダをなくして、富を生み出す』)
Simon & Schuster/Amazon
本書のタイトルはトヨタのリーン思考に由来する。リーン思考とは、資源のムダをゼロにして、顧客に完璧な価値をもたらすことを主眼とした考え方だ。
「トヨタが先鞭をつけたこの生産哲学は、顧客にとっての価値を創造する活動に注力し、それ以外のものを体系的に抹消していくというものだ」とストーンは記している。
マーク・ジェフリー『Data-Driven Marketing: The 15 Metrics Everyone in Marketing Should Know』(邦訳『データ・ドリブン・マーケティング——最低限知っておくべき15の指標』)
John Wiley & Sons Inc./Amazon
2011年の最優秀マーケティング・ブックに選ばれた本書は、数値に基づいて戦略を立てることで効率を高め、成長を促す方法を集中的に学ぶのに役立つ。
「アマゾンでは、あらゆる主張にはデータによる裏付けが必要だ。データに弱点があるならそれもきちんと示さないと、同僚に突っ込まれてしまう」とストーン。
ナシーム・ニコラス・タレブ『The Black Swan』(邦訳『ブラック・スワン——不確実性とリスクの本質』)
Random House
『ブラック・スワン』の著者タレブは、投資家にして哲学者。彼は本書で、人々がいかにして誤った予測を頼りに世の中を生きているかを喝破し、2007年に起きた世界金融危機のように、体系化されたシステムほど脆弱であることを明らかにしている。
「人間には混沌の中に法則性を見出そうとする一方で、予測不能な出来事には目をつぶる習性がある。これによってもたらされる結果は計り知れない」とストーンは述べている。「安易で分かりやすい意見より、実験と経験則が勝る」。