コロナ禍で急遽リモートワークに移行し、戸惑った人は多いでしょう。いまとなっては自宅に書斎を持っている人は少なく、パートナーや子どもたちがいるなかで、いかにパフォーマンスを上げるか、苦慮した人がほとんどではないでしょうか。このコロナ禍でどんなチーム運営をしていくべきか、そして、これからのワークプレイスとコミュニケーションはどうあるべきなのでしょうか?
今回は、ITを活用した中古・リノベーション住宅の流通プラットフォーム「cowcamo(カウカモ)」やシェアードワークプレイス「co-ba(コーバ)」など、場のデザインを事業とするツクルバの代表取締役CCOで、デザイン・ビジネス・テクノロジーから多角的に空間をデザインし、オンラインとオフラインを横断する場づくりを実践してきた中村真広さんに、ポストコロナ時代における「オフィスと家とチーム運営の未来」について伺います。
オフィスの存在意義は「交流」と「ストック」に再定義される
——少しずつ日常が戻りつつある状況ですが、中村さんはどう感じていますか。
僕らはベンチャーとして変化を起こす側として、コロナ禍で人びとの働き方や暮らしがもっと柔軟になるのではないか、もう少し世の中が大きくポジティブに変わるのではないかと思っていました。でもそれほどでもなさそうですよね(苦笑)。慣性の法則でもとの状態に戻りつつある、というか。
とはいえ、会社としてはポジティブな取り組みをしていければいいなと考えています。5月下旬には「オフィス縮小サポートサービス」をリリースして、多くの方から問い合わせをいただきました。元からあったオフィスを解約して、co-baの個室を契約したいという企業もいくつか出てきています。
さらに、中古・リノベーション住宅の流通プラットフォーム「cowcamo」の新サービス「SELEC」でも、コロナ禍が追い風になり、家の中にワークスペースを作るというライフスタイルデザインが注目されるようになりました。
まだまだ様子見の企業のほうが多いと思いますが、スモールチームであればあるほど柔軟に対応していますよね。大きなオフィスを構えるより、小さなオフィスにして出社義務をなくして、リモートワークと併用する。あるいはスタートアップであればしばらく新規の資金調達は難しいだろうと見越して、完全に在宅へ切り替えて少しでもバーンレート(1カ月あたりでかかるコスト率)を下げようという動きが出ているようです。
実は僕も、ツクルバとは別に「KOU」というスタートアップを経営していて、co-ba ebisuに入居しているのですが、その契約内容を変更してコストダウンし、リモートワークも導入しました。
——co-ba ebisuにはレジデンスフロアがあって、働くことと暮らすことを融合したライフスタイルを提案されていますね。
オフィスのなかで暮らす、あるいは自宅のなかで働くのが当たり前になるだろうとは、以前から想像していました。コロナ禍が起ころうと何だろうと、働くことと暮らすことの境目は少しずつ曖昧になっていくでしょうし、小さな変化の芽は急激に伸びてきている。
例えば、オンライン診療も今回のことで一気に導入が加速しましたよね。これまでなかなか動かなかった医療業界が、対応せざるを得なくなっている。おそらくコロナ禍によって、世の中の変化を加速する方向に進んでいくのだろうなと考えています。
——貴社の事業であるco-baは全国に展開していて、シェアードワークプレイスを提供しています。リアルな場に制約があるなかで、どうやって価値を提供しようとしていますか。
なかなか悩ましいところではありますよね……。前提として海外を中心にジョブ型の働き方が広がって、世界中どこにいても働ける環境は整ってきた。そのなかで僕らはリアルの場にしかない体験を重視してきたわけです。みんなで一堂に会し、そこで共有される空気感やコミュニケーションは、何にも代えがたいものでした。
けれどもこういった状況下ではそうも言っていられない。「場を大切にする」というマインドは変わらないけど、オフラインだけというのは時代にそぐわなくなっていく。僕ら自身もまさに変革の瞬間にいるんだと感じます。
例えばリモートワークを標準的な働き方に設定すると、必然的にオフラインで集まる価値が高まります。せっかく集まるんだから、体験価値を最大化しようとなるでしょう。すると果たして、みんなで集まる場所は都心のオフィスのワンフロアでいいんだろうか、となるはず。チームビルディングを目的として郊外のキャンプ場に集まって、みんなで火を囲みながら話したほうがいいかもしれない。野外のほうがウイルスの影響を受けづらい環境でもありますしね。そうなると、オフィスの再定義が必要になってくるんだと思います。
——「オフィスの再定義」。
はい。「これまでのオフィスが担っていた機能は、果たして『オフィスビル』というビルディングタイプでないと機能しないのか?」という問いを掲げてみます。
作業はどこでもできるとすれば、オフィスの機能として残るのは二つあって、一つは人の交流を生むこと。仕事中のコミュニケーションはもちろん、仕事以外の時間でも交流が生まれる。例えば、ツクルバのオフィスにはキッチンがあって、いつも誰かしらが飲み会をしている状況でした。ただ、いまはまだそれを解禁することはできない。オンラインでいかに非公式なコミュニケーションを作るかが重要です。
もう一つは、物理的にストックする機能です。プロダクトを取り扱う会社とかは在庫管理なんかもあるでしょうね。これはストレージサービスなどで代替することも可能です。
大きな方向性としては、働く場所が分散して、家の近所のコワーキングスペースなどで仕事をするようになる。あるいは家のなかにはワークスペースを確保するようになるのではないかと考えています。
——満員電車での通勤をなるべく避けて、リスクを減らすということですね。
今回、なし崩し的にリモートワークを導入せざるを得なかったから、不具合が出てきているんですよね。自宅のWi-Fi環境が整っていなかったり、きちんと仕事するような机や椅子がないから腰を痛めてしまったり……。子どもが一緒に遊びたがるから、家では仕事ができないという人もいる。単身者なのかDINKSなのか、子どもがいるのか……それぞれの環境も違いますから、それぞれにとって都合のいい働き方を選ぶということになっていくんだと思います。
これまで会社で一律の勤務体系だったのが、複数の選択肢を許容するマルチスタンダードになっていくのではないでしょうか。自宅で仕事をする人もいれば、オフィスに出社して仕事をする人もいる。勤務時間や勤務場所もそれぞれ選ぶようになるということです。となると、これまでオフィスというオフラインの場で生まれていたメンバー同士の関係構築を、オンラインでも最適化することが重要になってくるのです。
オンラインでの関係構築に不可欠な「ココロの時間」
——オンラインでメンバー同士の関係構築を行うためにはどうすればいいのでしょうか。
関係構築にはやはり非公式なコミュニケーションが重要です。
仕事上のコミュニケーションってどうしても公式的になり、「アタマの時間」になるんですよ。課題解決モードでさまざまな意思決定を判断したり、相手を評価したりする。「何を行うか」というDoingと、どう考えているかが重要です。
けれども関係構築を行うためには、もう一方の「ココロの時間」も重要です。ココロの時間は「共感モード」で相手に寄り添い、話を受けとめて、「どんな状態なのか」というBeingと、どう感じているか、と考える。農園でいう土壌づくりというか、豊かな土壌でこそ良い作物が育つじゃないですか。だから仕事でも土壌づくりをして、関係性を高めるマネジメントが求められてくるんです。
——これまで優秀とされてきたマネジャーほど、仕事の時間をすべて「アタマの時間」として考えてきた気がします。
そうですよね。これまでのフレームワークにおける優秀なマネジャーは、課題解決モードで、問題を因数分解して、適切な大きさにしてメンバーにパパパっと振り分けられるような、頭の回転が早い人が評価されてきました。
それがいよいよ「人間は感情の生き物である」という事実を無視できなくなってきたんだと思います。リモートワークを続けているうちに、アタマの時間ばかりになって、「関係の質の貯金」がどんどん減ってしまった。それでどうもうまくいかないという課題にぶつかっているマネジャーが多いのではないでしょうか。
——仕事の時間における「感情」は、一見すると余計なものに思えますが、なぜそれを重視すべきなのでしょうか。
これは認知行動療法の考え方ですが、「出来事」と「感情」の間には「認知」があります。なんらかの出来事を踏まえて、そこにどんな感情があるのだろうと深掘りしていくと、「ありたい姿」や「大切にしていること」が見えてくるんです。逆に言うと「ありたくない姿」も見えるわけです。すると、認知の形が変わり、それによって感情も変化し、出来事の捉え方も変わるのです。
例えば、「部下が思うように動いてくれない」という出来事があったとして、感情的には悲しい気持ちになったとします。そんなときにはまず、自分の感情を自覚する。「悲しい」と。ではなぜ悲しくなったのだろうと感情を深掘りしてみると、「自分の意図を察して自律的に行動してほしい」という「ありたい姿」がある。その理想と現実に差があるから、悲しいという感情が生まれているんです。
そこで新たに「部下に自分の意図をきちんと伝えきれていなかった」という認知が生じます。すると、「もっと明確に意図を伝えてみよう」という前向きな感情が生まれます。そうやって自分の感情を意識することで、自分の状態の解像度が上がり、自分の行動が変わっていく。そして、相手のニーズにも気づきやすくなるんです。
そうやって、お互いに感情のリテラシーを高め合い、共感力が上がると、本音を打ち明けやすい環境になります。そういう人が社内に増えていくと、関係の質が高まり、思考の質が上がり、行動の質、結果の質が上がる……というダニエル・キムの成功循環モデルに行き着くわけです。
——では具体的に、どのように「ココロの時間」を意識したコミュニケーションを行えばいいのでしょうか。
僕らもいろいろと模索しているところではありますが、非公式なコミュニケーションを自然にできるような工夫を取り入れています。例えば、始業前の15分間で「ツクルバモーニングラジオ」というWebラジオをはじめました。メインMCがいて、日替わりでゲストを招いて対談をして、最後に「今日も一日頑張りましょう」と。
昼にも、経営陣やチームのマネジャーが日替わりマスターとして、他のチームのメンバーと話すコーヒータイムを設けています。斜めの関係性作りですね。あと、他の会社でもZoom飲み会をしている人は多いと思うんですが、あくまで自主的なので誰がいつ集まってるのか分からないじゃないですか。ですから「オンライン発明酒場」というのを不定期に開いて、「今日はこんなメンバーが集まってますよ」というのをURLとともにカレンダーで共有しているんです。希望者は誰でも参加できるように。
それと定例ミーティングの場でも、冒頭の5分間にチェックインの時間を設けたりしています。社内のフォーマルな場にインフォーマルな時間を設けて、あらためて仲間と語らうことの価値を伝えて、浸透させようとしています。
——チェックインではどういったことを話しているのですか。
なんでもいいんです。基本的には今感じていることを話そう、と。例えば「6月から保育園がリスタートして、やっと在宅勤務の環境が整ったので嬉しいです」と言われると、その人の近況と感情がセットで伝わるじゃないですか。すると「あ、それなら今度、オンラインランチ誘ってもいいですよね?」となるかもしれない。
あと、KOUで「emochan」という職場のコミュニケーションツールを開発しているのですが、Zoom用に「ウキウキ」とか「プンプン」とか、感情を表す壁紙を作りました。いまの感情を表現して、その感情の背景やエピソードを共有してもらうんです。
意識しないと、自分の感情を見つめ直す時間ってなかなか取れないと思うんです。最近、ジャーナリングが国内外で流行っていますが、やはり感情の重要性に気づいた人が多いのではないでしょうか。ひとりで出来事と感情をセットにして考えるのがジャーナリングだとすれば、それをみんなでやるのがチェックインだと思います。この場に臨んでいる自分はいま、どんな気持ちでいるのか。そこにはどんな出来事があったのか、その二つをセットで話してみると、お互いに発見が多いはずです。
まだまだ「感情を仕事に持ち込む」ことに抵抗がある人もいるかもしれませんが、現にリモートワークって仕事とプライベートが混在して、なかなか切り分けることはできません。それなら、やはり自分の感情を……ココロの時間も大切にしようよ、というのがこれからのマネジャーに必要なスタンスなんだと思います。
オフィスも家も、都市のあり方そのものも変化していく
——中村さんは、これからのオフィスはどのようになっていくとお考えですか。
先ほどお話ししたように、これからのオフィスの機能として人の交流とストックがあるとすれば、オフィスの執務スペースは必要最小限にして、適宜拡張し得るような場所が増えていくのではないでしょうか。これまでのように当たり障りのない会議室がたくさんあって、会議のためだけに出社するようなことがなくなって、キッチンとか遊び心のあるスペースとか、人の交流が促進されるようなしつらえがあって、会社のアイデンティティが伝わるような仕掛けがある。自分と相手の心に着目するNVC(共感型コミュニケーション)のワークをするなら、郊外の保養施設のような場所を借りてみるのもいいでしょう。
一方で、ホームオフィスの需要も増えていくと思います。住宅のリノベーションの傾向として、これまでは2DKの間取りを1LDKにするとか、部屋数を減らしてスペースを広く採るのがトレンドだったのですが、これからは一定数、家の中にワークスペースを採る間取りが増えてくるのではないでしょうか。実際にそういう問い合わせも増えてきていますが、家の中に隔離された個室をつくるニーズが高まるはずです。
間取りって、その時代のライフスタイルが反映されるものですが、オフィスも家も、設計のあり方が変わってくるのではないでしょうか。これまでは水回りって少し奥まったところにあることが多かったのが、帰ってきてからすぐに手洗いができるように、玄関に入ってすぐのところに設置するようになるかもしれない。オフィスもエントランスゾーンで消毒を行ったり、土足禁止にしたりするところが出てくるかもしれない。
座席の間隔も余裕を持った設計になるでしょうし、換気効率も考慮しなければなりません。これまでは密閉された空間で、機械空調で都市が形成されてきたけど、より開放的で風通しのいい空間が求められてくるはず。ピロティやデッキの張り出しを活用したり、路上にテラス席がはみ出してきたりする。そもそも一極集中の都市構造自体を考え直す必要があると思いますし、僕らとしてはポジティブに街の景色を変えるような仕事をしていきたいですね。
株式会社ツクルバ 代表取締役CCO/株式会社KOU 代表取締役 中村真広
1984年千葉県生まれ。東京工業大学大学院建築学専攻修了。建築家 塚本由晴氏のもとで学ぶ。不動産デベロッパーの株式会社コスモスイニシアに新卒入社、その後ミュージアムデザイン事務所にて、デジタルデバイスを活用したミュージアム展示や企画展などの空間プロデュースを経験。環境系NPOを経て、2011年8月に株式会社ツクルバを共同創業。代表取締役CCOに就任。デザイン・ビジネス・テクノロジーを掛け合わせた場のデザインを行っている。
[取材・文] 大矢幸世 [企画・編集] 岡徳之 [撮影] 伊藤圭
キャリアコンパスより転載(2020年7月29日公開の記事)