撮影:今村拓馬、イラスト:Alexander Lysenko/Shutterstock
企業やビジネスパーソンが抱える課題の論点を、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にして整理する。不確実性高まる今の時代、「正解がない」中でも意思決定するための拠りどころとなる「思考の軸」を、あなたも一緒に磨いてみませんか?
参考図書は入山先生のベストセラー『世界標準の経営理論』。ただしこの本を手にしなくても、本連載は気軽に読めるようになっています。
今回も引き続き、7月14日に開催した入山先生のオンライン読書会の模様をお送りします。前回話題にのぼった「日本企業がいま実践すべき『3大経営理論』」。入山先生が掲げたこのテーマに、参加メンバーたちからも新鮮な論点が場に投げ込まれました。
3つのサイクルは螺旋階段である
入山章栄(以下、入山):僕は常々、イノベーションのためには「知の探索」が必要だと主張しています。詳しくは『世界標準の経営理論』を読んでいただきたいのですが、要は「自分の認知の範囲を超えて、さまざまな知見を見ていくこと」ですね。
そしてその「知の探索」を組織的に行うためには、自分たちの進むべき方向について、みんなが腹落ち(センスメイキング)していることが必要になる。知の探索は大変なわりに失敗も多いので、自分の会社や自分自身の進む方向に腹落ちしていないと続かないからです。
では腹落ちをするためには何が必要かというと、自分の会社の存在意義とか、進むべき方向性が言語化できていなければならない。なんとなく分かっているけれど、言葉になっていない「暗黙知」を言葉にする、つまり「形式知」にしなければならないということです。経営理論で言うと、一橋大学名誉教授の野中郁次郎先生が提示した「SECIモデル」がそれに当たります。
この「知の探索」「センスメイキング(腹落ち)」「SECIモデル(暗黙知の形式知化)」の3つの関係を表したのが、前回もお見せした以下の図です。このあたりで何かご意見のある方、いらっしゃいますか?
ホリさん(以下、ホリ):入山先生の図は弁証法で説明すると、もう少し分かりやすくなると思います。つまりこの三角形を一周すると、元いた場所に戻るのではなく、一段上の次元に上昇していく螺旋階段のようなものですよね。
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ホリ:企業はこのスパイラルを上昇していく中で、付き合う相手も一緒に上昇しているかを把握する必要があると思います。例えば自分たちはリアルタイムの意思決定ができるように進化しているのに、取引先が追随してこないなら、そこと付き合うよりは、自分の会社の上昇志向に合った企業と仕事をすべきではないか、と。そういう経営を我々は今考えなければいけないと思います。
入山:なるほど、確かに! これらの関係はまさにスパイラルのサイクルですよね。そうなっていなければいけない。すごくいい視点ですね、ありがとうございます。スダさんはいかがですか?
株主の意向から自由になるためには
スダさん(以下、スダ):「知の探索」「センスメイキング(腹落ち)」「暗黙知の形式知化」の3つのサイクルを回すのがいいということですが、うちのような会社だと、必ず途中でKPIのチェックポイントが入ってしまうんですね。これをなかなか突破できないというジレンマが現場にあります。
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入山:なるほど……。スダさんとしては、そこに課題を感じているんですね。
スダ:そうですね。本田宗一郎さんがいた頃のホンダはきっと、株主のことはあまり気にしていなかったと思います。でも今やホンダも、株主にどれだけ配当を払うかといったことに気をとられている。
入山:正直、ホンダもあまり面白くない会社になってきているかもしれないと。
スダ:そこをどう乗り越えていったらいいと思いますか?
入山:やはり大きな組織には、この課題がありますよね。特にIR、株主とどう向き合うかは、すごく重要だと僕は思っています。
僕の周りでの“いい会社”って、株主を選んでいるなという印象を持っています。例えば、サイボウズ。僕は青野慶久社長とお会いしたことはないのですが、別の社員の方から伺った話だと、あそこは株主総会がいい意味でかなり「揉める」らしいんですよ。もし仮に株主から「わけの分からない投資をして、けしからん」と言われても、サイボウズ側は「嫌なら株を買ってもらわなくてけっこうです」と返すそうです。
もちろんこのやり方には賛否あると思いますが、サイボウズは青野さんの考えを社員やさまざまなステークホルダーが共有している。
Yさん(以下、Y):そういう意味ではうちの会社も同じような状況にあります。ただし株主自体も変わりつつあって、いわゆるSDGsなど、社会的にいいことをするための株主投資を志向する人が増えている。
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Y:そういうなかでは、すぐには変わらないかもしれないけれど、センスメイキングできるような情報を発信し続けて、それに共感してくれる株主を集め続ける努力をするしかないのかもしれません。
入山:おっしゃる通りだと思います。この点ではまだ創業者がトップの会社や、ファミリービジネスの会社の方が日本では有利かもしれませんね。僕はロート製薬の社外取締役をやっていますが、やはり長期的な視点で、株主の言うことや短期的な視点だけに捉われず活動できている印象です。
ファミリービジネスには、創業者のファミリーという安定株主がいる。だから比較的思い切ったことができます。会社の長期の方向性に共感してくれる安定株主がいないと、株主の言うことを気にして思い切ったことがやりにくい。ですから本当に、共感して長く株を保有してくれる株主を集めてくることは重要だと感じます。シロトリさんはこの話、どうご覧になりますか?
シロトリさん:「3つのサイクルを回す途中で邪魔が入る」ということでしたが、鍵はやはり、「当時者意識」があるかどうかだと思います。組織が縦割りだとなかなか当事者意識が生まれず、議論が進まなかったり、建設的な議論ができないのかなと思いました。
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入山:なるほど。それもその通りですよね。ありがとうございます。ユアサさんはどうでしょう。
「観察」と「思考」を往復する
ユアサさん(以下、ユアサ):私も規模が大きな組織で働いているので、なるほどと思いながら聞いていました。私のところでは、今までは雑談から生まれたアイデアを実現しようとしても、「従来のやり方では難しい」とか「リスクが大きすぎる」などの理由でストップすることが多かったんです。
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ユアサ:でも、従来のものもやりつつ、新しいアイデアにあえてトライしてみようというトラックをつくってみました。社内でいろいろなアイデアを広く公募し、社外の有識者もお呼びして、集まったアイデアをみんなで選考する。
そうやって選ばれた企画は、小さな予算ではあるけれどトライアルできるという制度を始めました。従来の縛りから解放することで、すごく広がりがあったと思います。
入山:なるほど。新しいアイデアにトライする仕組みをつくるのは素晴らしいですね。
マルオさんはいかがですか? 美術系の学校出身で研修講師をされているとのことですが、アートはまさに暗黙知の形式知化でしょう。
マルオさん(以下、マルオ):そうですね……私が自分の研修の中で核にしているキーワードは「観察」です。普通の人の観察というのは、どうしても思考が入ってしまう。基本的に人間は見たものの95%を捨象する癖があるので、脳のほうが目よりも優位に立ってしまい、せっかく良い情報を見ているのに実は捨てている、ということが起こります。
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マルオ:その点、アートにおける観察というのは、デッサンなりスケッチをする行為なので、脳よりも目の方が優位に立ちます。だから脳が知識を持ち出してくる前に、そこにあるものをありのままに見ることになるんです。ですから、まずは観察力を鍛えること。
一方で、それを知識に昇華していくためには、徹底した思考が必要になります。私はこれを「観察と思考の分節」と呼んでいるのですが、その使い分けができないと、新しい知を生み出していくことはできないと思っています。
これを理論に昇華することはまだできていませんが、先ほどの入山先生の3つの理論の組み合わせのお話からは、大きな示唆をいただきました。
入山:ありがとうございます。なるほど、観察と思考は違うんですね。
皆さん非常に素晴らしい意見を述べてくださるので、もっともっと議論したいのですが、いったんここで一区切りにしましょう。
※第23回(読書会その3)に続く。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。