モバイル事業を開始した楽天。その進捗が2020年度第2四半期決算で明らかになった。
撮影:今村拓馬
- 楽天は2020年度第2四半期決算説明会で、楽天モバイルの基地局建設について計画を前倒して進めていくと説明。
- 楽天としては基地局が増えれば、ユーザーにより価値のあるサービスを提供でき、KDDIへのローミング代の支払いも減る。
- ただし、人口カバー率70%を超えた時点で、KDDIとローミング契約に関する“見直し”が発生することになる。
楽天モバイルがつい本気を出し始めた。
参入表明当初から懸念材料として多方面から指摘されていた「ネットワーク構築」に目処が立ったのだ。
8月11日に開催された同社の決算会見で、三木谷浩史会長兼社長が「基地局ではご心配をおかけしたが、爆発的なスピードで建設が進んでいる」と自信を見せたのだ。
当初より前倒しで進行する基地局開設計画
楽天は当初より基地局建設の計画を早める方針。
出典:楽天
当初、楽天モバイルは総務省に「2026年3月末までに人口カバー率96%を目指す」という計画を提出していたが、すでに2020年6月末現在で5739局が開設済みであり電波も発射済みという。また「すでに建設が完了している基地局が1万局以上あるが、NTT回線との接続を待っている基地局が非常に多い」(三木谷氏)とのことだ。
楽天の会長兼社長の三木谷浩史氏(2020年2月撮影)。
撮影:小林優多郎
楽天モバイルは2021年3月末に人口カバー率70%、2021年夏までに人口カバー率96%に到達すると発表した。この96%という数字は総務省に提出した開設計画を5年も前倒して完了させるものであり、業界関係者からは驚きの声が上がった。
三木谷氏は、
「(基地局建設は)都市部が一番難しいとされるが、そこを乗り切ったのが大きい。KDDIにはローミング費用を支払わないといけない。ユーザーには(KDDIローミングエリアのデータ容量を)5GBまで無料で提供しているが、自社基地局が広がれば完全なアンリミットになる。マーケティング的には非常に大きい」
と胸を張る。
KDDIへの「ローミング代」は年間最高900億円?
楽天は現在、月額使用料0円(期間限定)の「Rakuten UN-LIMIT」を展開している。
撮影:小林優多郎
実際、楽天モバイルにとってはこのKDDIに対するローミング費用が重しになっており、経営の足を引っ張っている。
現在、300万人まで1年間、月額2980円を無料で提供するキャンペーンを実施中だが、楽天モバイルの基地局以外の場所で使った場合、KDDIのネットワークにローミングして通信している。
ユーザーは5GBまで無料で利用できるが、楽天モバイルはKDDIに対して、1GBあたり約500円を支払っている。つまり、ユーザーからは1円ももらっていないのに、楽天モバイルは1ユーザーあたり最高で毎月2500円の出費を余儀なくされるのだ。
Rakuten UN-LIMITの契約申し込み数は開始から3カ月で100万回線を突破した。
出典:楽天
仮に現在、申し込みがあったとされる100万人全員がKDDIローミングを5GB使い切った場合、毎月25億円。1年間に換算すると300億円が楽天モバイルからKDDIに流れる計算になる。
しかも、キャンペーンは300万人を上限としてるので、その3倍、最高900億円が無収入に関わらず、支出として出ていく計算になるのだ(実際は5GBまで使わない人も多く、そこまでの金額にはなりそうもないが)。
Rakuten UN-LIMITでは、楽天回線ではデータ容量無制限、パートナー回線(KDDIローミング)では月間5GBの高速通信が可能。
撮影:小林優多郎
前回の決算会見で三木谷氏は「年内に300万契約を目指す。損益分岐点は700万契約であり、早期に達成したい」と息込んでいた。しかし、エリア整備が進んでいない状態で加入者を増やしても、KDDIへのローミング費用がかさむことから、今年度の契約者は「程良きところにしたい」(三木谷氏)とトーンダウンしていた。
一刻も早く全国ネットワークを構築し、KDDIへのローミング費用をできるだけ抑えられる状態になったタイミングで、三木谷氏は「第2弾のロケットを打ち上げていく」とした。
基地局を増やすと更なる“壁”が……
楽天にローミング回線を提供しているKDDI。
撮影:今村拓馬
2021年3月には全国で70%の人口カバー率達成を計画する楽天モバイル。しかし、この70%を達成した途端、実は厄介な問題に遭遇することになる。
実は楽天モバイルとKDDIとのローミング契約には
「都道府県毎に楽天モバイル株式会社の自前エリアの人口カバー率70%を上回った時点で両社の協議を以て、各都道府県のローミング提供の継続・終了を決定します。」
(KDDI「楽天モバイル株式会社サービスへのローミング提供について」より引用)
という条件が付されている。
7月30日時点のデータを基にした首都圏のサービスエリア。濃いピンクが楽天回線、薄いピンクがKDDIによるローミング回線のエリアだ。
出典:楽天
つまり、仮に東京都で楽天モバイルのネットワークが人口カバー率70%を超えた途端、KDDIとの協議が始まる。この交渉が不調に終われば、これまでローミングを利用し99.9%以上の人口カバー率で使えたところが一気に70%にダウンしてしまう恐れがあるのだ。
楽天モバイルとしては、69%ぐらいまで留めておき、その次は一気に96%を目指さないことには、ユーザーから「圏外が増えた」とクレームが殺到することになりかねない。
KDDIとの協議について、楽天モバイルの山田喜久社長は「個別の関係もあり、詳細は申し上げられない。しかし、ユーザーの方にはご迷惑がかからない形でサービスを展開していく」という発言に留めた。
この1年間が楽天の正念場
KDDIは楽天に対してどのように動くのか(写真はKDDIの髙橋誠社長)。
出典:KDDI
では、突如5年前倒しの計画を発表した楽天モバイルに対して、KDDIはどうするつもりなのか。
人口カバー率が70%を超えたところで2社での協議がスタート。そこでKDDIがローミング提供を一方的に打ち切ることも可能だろう。そうすれば、99.9%が70%となるため楽天モバイルは苦しい立場に追い詰められる。
しかし、KDDI関係者は「70%を超えるとしても、楽天モバイルが持つ1.7GHz帯だけで運用していくのは相当、厳しいのでは。当面、ローミング提供を継続するのが現実的ではないか」と見立てる。
KDDIとすれば、ローミングを提供し続ければ大金が転がり込んでくるし、ローミングを打ち切れば楽天モバイルを苦しめられる。いずれにしても余裕な立場であることは変わりない。
楽天モバイルの業績推移。2020年第2四半期は、前年同期比で384億円の営業損失となっている。
出典:楽天
つまり、楽天モバイルとしては70%はあくまで通過点に過ぎず、早期に96%という総務省に提出した計画値を達成し、KDDIへの依存から脱却しないといけない。
当初、2026年までの建設計画を5年も前倒すとなると設備投資も一気に負担せざるを得なくなるため、経営的なインパクトも大きくなる。しかし、KDDIへのローミング料金の赤字垂れ流しを阻止しないことには顧客獲得のアクセルを踏みたくても踏めないジレンマから逃げられない。
まさに楽天モバイルとしては、96%に到達する2021年夏までのこの1年間が正念場と言えそうだ。
(文・石川温)
石川温:スマホジャーナリスト。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。ラジオNIKKEIで毎週木曜22時からの番組「スマホNo.1メディア」に出演。近著に「未来IT図解 これからの5Gビジネス」(MdN)がある。