米大統領選で副大統領候補がこれだけ注目される理由…移民、黒人、女性のカマラ・ハリスの意味

カマラ・ハリス

8月13日に行われた会見でのカマラ・ハリス氏。今回の彼女の抜擢は、大統領選にどんな影響を及ぼすのだろうか。

Drew Angerer / Getty Images

8月11日、民主党の大統領選候補である前副大統領のジョー・バイデン(77)陣営に光が差し込んだ。副大統領候補に黒人・インド系で女性のカマラ・ハリス上院議員(55、カリフォルニア州)を抜擢し発表したからだ。

4年に1度の大統領選挙でありながら、新型コロナウイルス感染の懸念から選挙集会も開かず、自宅からオンライン演説を地味に繰り返していたバイデン氏。連日コロナ対策などで、テレビに映る共和党候補のドナルド・トランプ大統領に比べて影が薄かった。

世論調査データサイト、リアルクリアポリティクスによると、バイデン氏はコロナ対策の失敗から激戦州での支持率を下げたトランプ氏に対して、8月12日段階で7.4ポイントリードしているとはいえ、このままではあと数カ月リードを保てるのか、と心配する声も日増しに大きくなっていた。

米歴史上にも重要な3つの理由

ところが、ハリス氏の抜擢がその状況を一転させた。

ハリス氏は初の黒人、初のアジア系の副大統領候補で、バイデン氏が11月3日の選挙で勝利すれば、初の黒人、初のアジア系、初の女性副大統領となる。元カリフォルニア州司法長官でカリスマ性も備え、人間的にもチャーミングだ。彼女の抜擢は、バラク・オバマ前大統領が候補として出現した時のような興奮を、一気に今回の選挙戦にもたらした。

ニューヨークのジャパン・ソサエティ理事長であり政治学者のジョシュア・ウォーカー氏は、ハリス氏の抜擢は「副大統領候補選びで、アメリカの歴史上、最も重要と言える」3つの理由を上げた。

「ハリス氏は人種・移民問題を自分の言葉で語れる、民主党の支持基盤の“将来”を担う候補だ。これは(白人であり、有力候補の一人とされた)エリザベス・ウォレン上院議員などにはできない」

「人種問題だけでなく、彼女はキリスト教のバプテスト派信者、母親はインドからのヒンドゥー教徒、夫ダグラス・エムホフ氏はユダヤ人と、宗教的にも幅広く強力な支持を得られる

「政治イデオロギー的にも柔軟性があり、さまざまな政治的試練に対応してきた。これは(若者などに多い)“良識的な進歩派”にアピールし、保守に近い穏健派という位置付けのバイデン氏を補って、幅広い有権者にアピールできる」

バイデン氏が大統領選候補として史上最高齢ということもあり、当選しても1期だけの大統領とみられるため、ハリス氏が2024年に初の女性大統領になるのでは、という期待も膨らむ。2016年にヒラリー・クリントン元国務長官がトランプ氏に敗北し、女性大統領の誕生が遠のいたという見方が広がったが、ハリス氏が副大統領候補になったことで、その誕生が再度現実的になった。

「オバマを思い出させる新鮮さ」

トランプ&ヒラリー

2016年米大統領選ではヒラリー・クリントン氏に初の女性大統領という期待もかかったが……。

Chip Somodevilla / Getty Images

クリントン氏に対しては2016年の選挙当時、実は民主党支持者の中でも反感を持つ人がいた。ビル・クリントン元大統領のファーストレディ時代から、いくつものスキャンダルにもまみれた。ファーストレディ、上院議員、国務長官と「他の男性候補にはない経歴と適正さ」(2016年当時、オバマ前大統領)を備えていたことで、「雲上の人」と見られ、特に若い女性有権者の心をつかむのに失敗した。

一方のハリス氏は法曹界では長く活躍してきたものの、政界でのキャリアは上院議員歴は1期4年と浅い。むしろその経歴がかえって「新鮮さ」「勢い」になっている。

「新たな息吹きのような彼女は、オバマを思い出させる」(前出ウォーカー氏)

という見方もある。

両親と一緒に幼児時代からデモへ

公民権運動

1960年代の公民権運動デモの様子。ハリス氏は幼少時代、両親に連れられてデモに参加していた。

National Archive / Newsmakers

しかし、新鮮なだけではない。運動家としての経歴は、ベビーカーに乗っていた時から始まる。

「インドから来た母と、ジャマイカから来た父は、世界一の高等教育を受けたくてそれぞれアメリカに渡り、学生時代に出会ったのです。そして、私をベビーカーに乗せて多くのデモに行きました」

「母は踏ん反り返って、文句ばかり言っていてはダメ、何か行動を起こしなさいと言って、私たちを育てました。今、彼女がここにいたらいいのに、と思います」(8月12日、初の副大統領候補としての会見にて)

リベラルなカリフォルニア州で1960年代の公民権運動最中に生まれ、両親はデモに幼児のハリス氏を連れていき、公民権についての勉強会まで開いていた。インド生まれの母親は、父親側の黒人コミュニティを味方につけ、離婚したのちも、ハリス氏姉妹を黒人文化の中で育てた。

「正義」という言葉が彼女の中に形成されたのは、黒人差別を受けた小学校時代だった。小学校1年生の時には、バスの中での人種差別撤廃をテーマにする2年生の授業に加わるなど、次第にリベラルで人権派の思想に傾倒した。

キャリアのスタートは、サンフランシスコ市の地方検察局。2003年にそのトップに上り詰める。サンフランシスコの地方検事選挙では、スーパーマーケットの駐車場で、選挙陣営のテーブルがわりにアイロン台を広げたりして、資金と票集めに駆け回った(ニューヨーク・タイムズによる)。

名を知らしめたカバノーへの尋問

ブレット・カバノー

最高裁判事に任命されたブレット・カバノー氏。承認に至るまでに、高校時代の性暴力問題を告発された。

Andrew Harnik-Pool / Getty Images

2016年、上院議員に当選し、黒人女性としては2人目、南アジア系では初の上院議員となる。1年生議員の彼女の名を高めたのは2018年、わずか2年後だ。

トランプ大統領が、連邦控訴裁判所判事ブレット・カバノー氏を最高裁判事として指名し、上院が承認の手続きを進めていた際、カバノー氏が高校生時代、酒に酔って性的暴力をしたとカリフォルニア州の心理学教授クリスティン・ブレイジー・フォード博士に告発されたのだ。

カバノー氏とフォード博士の両氏の証言を求めた司法委員会が2018年9月に上院で開かれた際の、ハリス氏のカバノー氏に対する追及がソーシャル・メディアで注目された。

ハリス氏の冷静なすきのない畳み掛けるような質問の間、カバノー氏の声が次第に弱くなり、聴衆から「ははは!」という笑いまで起きた。その中でも圧巻だったのは、2016年の大統領選挙にロシア政府が介入したとされるロシア疑惑について、トランプ氏の弁護士事務所の誰かと会話をしたかという質問だった。

当時、カバノー氏は連邦控訴裁判所判事。トランプ政権の疑惑に対する会話をトランプ氏の弁護士事務所と交わしたとすれば大問題である。

カバノー氏は、「質問は何でしたか?」と何度も切り返し、ハリス氏は「1分前にしたばかりです。ここまで8時間の質疑であなたはすべてのことを記憶していると答えてきましたよね」と突っ込んだ。

このやり取りで、ハリス氏は「全国ブランド」になった。

BLM運動についても言及

Black Lives Matter運動

2020年5月の黒人男性殺害事件を機に一気に広がったブラック・ライブス・マター運動。コロナ感染拡大の中でも、多くの人がマスクを着用して参加している。

Spencer Platt / Getty Images

そして2019年には、2020年大統領選挙の民主党候補に立候補し、バイデン氏とは討論会で激しいやりとりをした。

副大統領候補としての彼女の強みは、バイデン氏が言えないことをはっきりと表明できることだ。

2020年5月に白人警官に黒人男性が殺害された事件から火がついたブラック・ライブス・マター(「黒人の命は大切だ」、BLM)運動について、バイデン氏は積極的な発言を控えてきた。

しかし、ハリス氏は8月12日の初の会見で、こう言い切った。

「イエス、黒人の命は大切です。希望を持ってチャンスをつかみましょう。私を信じてください」

副大統領候補がこれほどに注目される大統領選挙というのは稀だろう。

ハリス氏の移民2世としての稀なキャリアが、民主党の支持者を一つにまとめられるのかが試される。新型コロナの拡大やBLM運動の最中にありながら、アメリカはまた新たな歴史を作ろうとしているのかもしれない。

(文・津山恵子)

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