VISION-Sの右側面。ライトからボンネットにつながるボリューム感のあるボディラインが印象的。
撮影:西田 宗千佳
ソニーは現在、独自の電気自動車(EV)「VISION-S」を開発中だ。
1月、米ラスベガスで開催されたテクノロジー展示会「CES 2020」で発表されたものだが、先日、その実車が日本に戻ってきた。現在も、日本とヨーロッパの拠点が連携し、開発が続けられている。
ソニー・執行役員 AIロボティクスビジネス担当の川西泉氏。9月8日より、アマゾン・ウェブサービス(AWS)が開催する「AWS Summit Online JAPAN」でも、VISION-Sに関するセッションを行う予定。
ソニーはVISION-Sで何を狙っているのか? 開発責任者でソニー・執行役員 AIロボティクスビジネス担当の川西泉氏は、「極論すれば、VISION-Sはaiboだ」という。
この先に広がるソニーのビジネス像を探る。
EVプラットフォームを独自開発、ソニー車内で走行体験
まずVISION-Sがどんな車か、簡単に解説しておこう。
VISION-SはいわゆるEVだが、どこかの自動車メーカーが開発した車体を改造したものではなく、ソニーの独自開発だ。ホイールベースは3000mm。バッテリーはキャビン内に搭載している。
現在はスポーツセダンとして開発されているが、動力系統と操舵系統をプラットフォーム化しているため、様々な車種に応用可能だ。
ドライバーの運転を補佐する、いわゆる「レベル2+」の自動運転に対応し、限定された場所の場合、ドライバーが不要となる「レベル4」への対応も視野に入れている。
VISION-S。東京のソニー本社に戻ってきたのは、CESで展示された車体。複数台が製造されているが、何台あるかは未公表。
撮影:西田 宗千佳
ただし、自動車メーカーではないソニーには、車体設計のノウハウが不足している。そのため、オーストリアのマグナ・シュタイアに開発協力を依頼した。
ちなみにマグナ・シュタイアは、BMWやトヨタと組んで高級スポーツカーの開発・生産を担当している企業でもある。
VISION-Sの車体。よく見ると、白いLEDがラインのように取り囲むデザインになっている。右下はCES 2020で初公開された際の展示風景。
撮影:西田 宗千佳
車体には33個のセンサーが搭載され、自動運転などに活用する。
内部はディスプレイを最大限に活かした作りで、ソフトウェア制御が基本。映像や音楽の再生のような、車内エンターテインメントシステムも搭載している。2020年中には、ヨーロッパでの行動・高速走行を目指して開発が進められている。
自動車メーカーにはならない。VISION-Sは「aiboである」
コントロールパネル類は全てタッチディスプレイになっている。
撮影:西田 宗千佳
VISION-Sの開発は2018年春から始まった。狙いは最初から「走行可能な車両を本気で作ること」(川西氏)だ。
ただし、ソニーは自動車メーカーになろうとしているわけではない。VISION-Sも市販・量産の予定は一切ない。それでも「本気で作る」ことに、彼らの狙いがある。
川西氏は「極端な言い方ですから、その点に留意してほしいのですが」と切り出した上で、「自動車はIoTデバイス。そういう意味ではaiboと同じです」と話す。
「携帯電話はスマートフォンの登場でプラットフォーム化しました。自動車もEV化によって、ソフト制御のウエイトが大きくなっていきます。
概念としてはサーバーとクライアントの連携。データが収集され、サーバーで処理され、同期されて動作する。そういう意味ではaiboがやっていることと同じ。すなわち、自動車もIoT、ということです」(川西氏)
川西氏は「新生aibo」のキーパーソン。そういう意味でも、aiboとVISION-Sには関連性がある。過去のAIBOと違い、新aiboは常にネットワークに接続し、クラウドと連携して進化する形のロボットとして作られている。
ただ、川西氏が「前提」として挙げたように、これは極論だ。自動車であるVISION-Sには、他のIoT機器やaiboにはない必須の要素がある。
それが「安全性」だ。
「ソフトのレイヤーを高度化して自由度を上げ、クラウドとのコネクティビティによって、アップデート前提の構造です。
ただ、今aiboと同じくらい『クラウド側で処理する』形になっているのか、というとそうではないです。aiboとの違いは『人の命を預かっている』こと。安全性実現のためにリアルタイム性が必要な部分は、もちろん『エッジ』です」(川西氏)
川西氏が「エッジ」というのはエッジコンピューティングのこと。機器の中に処理用のプロセッサーを搭載し、クラウドから得た「学習の結果」を使って車内で演算する。自動運転を含めた制御の多くは、エッジコンピューティング(車内)で行う。
タクシードライバーの運転をAWSに蓄積、そこから「学習・進化」するVISION-S
VISION-Sに搭載される環境センサー。カメラだけでこれだけの数があり、LiDARなども含めた周辺環境センサー総数は33もの数になる。
出典:ソニー
VISION-Sは、「アップデート前提」「クラウドでの学習」という車両開発を通じて、どんなビジネス像を描いているのか。
「1つの試みとなるのが、ソニーが展開しているタクシー配車プラットフォーム『みんなのタクシー』との連動です。あのプラットフォームを使い、ドライバーさんの走行履歴を実験的に取得しています。
タクシードライバーの方々は走行のプロ。運転が上手い人のデータ、とはどういうことなのか、学習しているんです。それをVISION-Sにフィードバックしたら、面白いことができるのではないか、と考えているのですが」(川西氏)
ソニーはAIを活用したタクシー配車プラットフォーム「みんなのタクシー」をタクシー会社とともに運営中。そのデータがVISION-Sにも活用される。
みんなのタクシー公式HPより
路面のショックを吸収するサスペンションの動作や、ハンドルの切り方、モーターの挙動も含め、自動車には多くの「制御」が必要になる。自動運転もその先にある。
大量のデータを使って学習し、それを日々反映していくことで制御の精度をあげ、結果として、乗り味が良くなったり、賢く走れたりするわけだ。
そうした学習の結果やソフトの改良を、細かなアップデートの形で反映することで、自動車は「進化する製品」に変わる。すでにテスラが一部実現しているものだ。
イベント会場のAWSのロゴ(2019年撮影)。
Shutterstock
VISION-Sは、クラウドインフラとしてAWSを採用している。
「みんなのタクシー」も、そしてaiboも、インフラはAWSだ。「みんなのタクシー」のデータがVISION-Sで活用されるのはそのためでもある。
川西氏はAWSを採用した理由を「ソニーはクラウドインフラを持っていませんし、インフラを持つことにも注力していません。AWSは採用の経験もありますし、最適と考えました」と話す。
現状、VISION-Sには4Gネットワークへの接続機能が搭載されている。
5Gに対応していないが、将来的には対応を予定している。しかし、「現状では、高速走行中の自動車で5Gを活用するのが難しい」(川西氏)という側面もあるという。5Gのネットワークとはいえ、自動車をリアルタイム制御するにはまだまだ安定性も遅延も不十分なので、当面はエッジコンピューティングを軸に利用していく。
「『ネットワークの向こうから操作をする』ことは、遅延が10ミリ秒・ 20ミリ秒という世界ではありますが、すでにゲームでやっている領域です。自動車は安全第一ですからレベルが違いますが、時間的には狙える領域です。
しかし、エッジとセンサーでやれることはやった方がいい。もっとインテリジェントにやりたいことを、遅延が許容される範囲でクラウドと連携して実現する……。そんな形だろうと考えています」(川西氏)
自動車産業におけるソニーのライバルはどこになる?
撮影:小林優多郎
そもそも、ソニーはなぜVISION-Sを作るのか?
ソニーは自動車用センサーを手がけており、車内エンターテインメントシステムも開発できる。
そうしたものを自動車メーカーに採用してもらい、ビジネスを拡大するには、自ら「理想的な自動車」を作り、提示する必要があるからだ。
「自動車産業は長い歴史があり、自動車の『バランスの取り方』にも伝統があります。安全性重視という部分もあり、長年の歴史の中で『動いているものは変えない』という発想が中心。これは、積極的に変えていくIT的な発想とは真逆。
そのため、放っておくと『普通の車』になってしまいがちです。そこで、彼らにも理解してもらいつつ、どこまで自分たちの考えを入れていけるのか。そこが課題です」(川西氏)
現状、VISION-Sの成果をいつ、どのような形でビジネスに生かすのかは決まっていない。
筆者が「ライバルは自動車関連のサプライヤー、例えばボッシュなどですか?」と聞くと、「まだその段階にはないです」と川西氏は笑う。
「我々は長年自動車業界にいるわけではないので、勉強しないといけないことがたくさんあります。すぐに『ビジネスモデルがこうです』という話ではない。オープンな知見を蓄積している段階です。
自動車がプラットフォーム化するとしても、過去の自動車向け組み込み機器が一気になくなることはないです。今の自動車には80個ほどの組み込み用プロセッサーが使われていますが、それが汎用のものにいきなり集約されるとは思っていません。段階的に変わり、ソフトウェアの比率が高まっていくでしょう。
自動車の歴史を冷静にみた上で、どこまでできるのか? どうバランスをとりながら進めるのか、それを考えながら進めていきます。現在、自動車産業が100年に一度の変革期にあるのは間違いありませんから」(川西氏)
(文・西田宗千佳)