国民の意思を反映させるためのアプローチは、国によって違う。佐藤優さんいわく、民主主義は「素人の政治」と「プロの政治」に分かれる。では日本の民主主義とは何か? 現在の政治体制の問題点とはどこか? シマオは佐藤さんに意見を求めた。
日本はファシズムに近づいていく?
シマオ:先週8月15日は終戦記念日でしたね。今の日本は戦後民主主義のもとで成長してきましたけど、その戦争を経験した世代も減ってきています。戦争経験者がいなくなることの影響って、佐藤さんはあると思いますか?
佐藤さん:それは大きいでしょうね。戦争の悲惨さや衝撃を実体験として持っているかどうかは、市民の判断を左右してきたはずです。だから、日本の民主主義は大きく変わるかもしれません。
シマオ:民主主義の形は一つではなく、それぞれの国と国民が自分たちの民主主義を問い続けていかなければいけない、ということでした。じゃあ、これからの日本の民主主義はどうなっていくんでしょうか?
佐藤さん:大きな方向として、日本がファシズムに近づいていく危険性があるのではないかと考えています。
シマオ:え、ファシズム!?
佐藤さん:誤解のないように言いますが、私自身は安倍政権、特に外交政策については肯定的な評価をしています。安倍晋三首相は危機のリーダーを自任していて、それへの対応意識が強くあります。
シマオ:新型コロナウイルスに対しても、学校を一斉休校したりしましたね。
佐藤さん:ただし、問題は首相、つまり行政のトップダウンが強くなって、立法府である国会を軽視する傾向にあることです。シマオ君は「三権分立」という言葉を覚えていますか。
シマオ:立法・行政・司法がお互いを監視するという仕組みですよね。
佐藤さん:そうです。この三権分立は民主主義を支える仕組みの根幹です。行政が立法を軽視し、さらに司法まで軽視するようになれば、どうなるでしょうか。
シマオ:ファシズムに近づくということですね。怖いです……。
佐藤さん:ただ、日本は民主主義国家ですから、単に首相がトップダウンにしたいからといって簡単にできるものではありません。そこには必ずそれを求める国民の意向が存在しています。
シマオ:国民が安倍首相の独裁を求めている……? そんなことありますかね……。
佐藤さん:前にも言ったように、コロナの危機で多くの国民は政府や自治体に強い対応を求めていますよね。「自粛」とは、言葉を変えれば自由を制限することなんですから。
「自粛=自由を奪われる」ということに自覚的にならなくてはいけない、と語る佐藤さん。
シマオ:国民自身が強いリーダーを求めるようになった時が危ないということでしょうか?
佐藤さん:それは歴史も証明しています。カール・マルクスの著書に『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』というものがあります。
シマオ:マルクスは、『資本論』を書いた思想家ですね。
佐藤さん:ルイ・ボナパルトはすなわち皇帝ナポレオン3世、フランスに独裁政権を築きました。この本はその過程を分析したものです。当時のフランス第二共和政では、普通選挙が行われていて、小農民たちにも選挙権がありました。
シマオ:それなのに独裁者が生まれたんですか?
佐藤さん:そうです。農民や商店主などの一般市民が、ナポレオン1世に重ね、ルイを圧倒的に支持しました。その結果、大統領となったルイは、議会を廃止して皇帝の座につきました。その結果、支持した農民たちはどうなったと思いますか?
シマオ:やっぱり圧政に苦しんだ……?
佐藤さん:はい。つまり、民主的な選挙の結果が非民主的な政治をもたらすことがある。これを「ボナパルティズム」と呼んでいます。
日本の政治の大きな問題は「野党」にある
シマオ:つまり、民主主義がうまくいかないこともある。でも、日本の政党は自民党だけではないのですから、ファシズムになりそうだったら、さすがに反対の意見が強まるんじゃないでしょうか。
佐藤さん:そこが今の日本の政治の大きな問題です。今の日本に自民党に代わって政権を取れそうな政党はありますか?
シマオ:民主党が分裂して立憲民主党と国民民主党になって……あまり政権交代しそうにありませんね。
佐藤さん:誰が見てもそう思うでしょう。きついことを言えば、野党の人たちは政権を取ることよりも、野党第一党の地位を確保することのほうが重要だと考えているとしか思えません。今の選挙制度のもとで政権を取ろうとするなら、少なくとも野党連合をつくらなければ絶対に勝てないわけです。これは自ら「人民民主主義」化しているに等しいわけです。
シマオ:人民民主主義って、中国とか社会主義国のやり方でしたね。
佐藤さん:そうです。例えば、社会主義国だった旧東ドイツには、国民民主党とかキリスト教民主同盟、農民党といった政党がありました。でも、最初から議席数が決まっているから、社会主義統一党が必ず政権を握るわけです。
シマオ:考えてみれば、日本も一時期を除いてほとんど自民党政権ですものね……。
佐藤さん:もちろん日本が本当に自民党独裁だということではありませんが、野党がその気にならなければ、実質は変わりません。
シマオ:でも、SNSを見ていると反安倍政権の声がけっこう上がっているように思います。そうした民意を汲んでくれるような政党が現れないんでしょうか?
佐藤さん:政治家はしたたかですからね。今はオリンピック失敗の可能性や新型コロナの危機もある。はっきり言って政権を取りたいと思えないんですよ。むしろ、自民党が失敗して自滅したら、その更地の上に家を建てようと虎視眈々とねらっているわけです。
シマオ:そんな政治でいいんでしょうか……。となると、選挙制度そのものを変えないといけないんじゃないですかね? 例えば国民投票とか……。
佐藤さん:それも一つの選択肢ですが、個人的な意見としては前にも言ったように日本に国民投票は向いていないと思います。そもそも、私は国民投票というものを信用していないんですよ。
シマオ:どうしてですか?
佐藤さん:1991年の3月17日に旧ソ連邦の維持に対する国民投票というのがありました。これフェアな状況での選挙だったのですが、7割が連邦維持に賛成しました。でも、その年の12月にソ連は崩壊し、民意もそれを支持しています。わずか9カ月で正反対になったわけです。
シマオ:なるほど……。国民の7割が望んだ結果でも、それが長続きするとは限らない。そんなものなんですね。
民主主義は「最悪だけど他よりマシ」な制度
シマオ:何だか民主主義というのが本当に「いい」制度なのか疑問になってきました……。僕たち若い世代は、日本の民主主義をどうしていったらいいのでしょうか?
佐藤さん:イギリスの首相だったウィンストン・チャーチルは次にように言っています。「民主主義は最悪の政治形態だ。これまでの歴史で試されてきた他の形態を除いて」と。
シマオ:つまり、他の制度よりはマシだってだけだということですか。
佐藤さん:そのとおりです。それが人類が歴史から学んだ現実だということです。「本来」の民主主義なんてものはありません。民主主義というだけで、世の中が良くなるのではなく、どういう民主主義にしていくかを考える必要があるということは、以前にも言いました。
シマオ:有名なリンカーンの演説に「国があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたが国のために何をできるかを問え」という言葉がありましたね。
佐藤さん:もっと言えば、最終的には国さえも頼りにならないことが起きるかもしれないということです。Netflixで配信しているアニメ『日本沈没2020』を見ましたか?
シマオ:あ、また出ましたね。Netflix! 小松左京さんの原作の話ですよね。僕は小説で読んだことがあって。日本人の父とフィリピン人の母のもとに生まれた主人公のきょうだい(姉と弟)が、日本列島が海に沈む事態の中でどうにか生き延びていく物語でしたよね。
佐藤さん:原作を少し現代にアレンジしたものでして、生き延びるために助けてくれるヒーローとして現れるのがYouTuberで、混乱の中で正確な情報を教えてくれるのはネットでつながるエストニアのゲーム仲間です。原作が政府の下に集った研究者らによる脱出計画であったのと対比的です。
シマオ:助けてくれるのはもはや国家ではない、と。
佐藤さん:グローバルに考える現代人の気分をよく表していると思います。大きな危機に瀕した時に頼れるのは国ではなく、家族や友達といったもっと近しいコミュニティであると感じている人は多いのではないでしょうか。
シマオ:確かに、コロナの危機でも国の対応を批判する一方で、自分たちでどうにかしないと、ていう動きも見られました。
佐藤さん:これまで説明してきたように民主主義には欠点も限界もあります。最近の選挙結果が表しているように、国民の多くは混乱よりは安定を望んでいます。一方で、国民投票などは一時の流行に左右されやすい特徴がある。つまり「素人の政治」になってしまう可能性が高いです。
シマオ:そうした欠点がある民主主義をどうしていくのがよいと思いますか?
佐藤さん:あまり期待しすぎずに、粛々と自分のできることをするというのが私の考えです。基本的なことですが、選挙に行くということですね。今の政権がだらしないと言っても、それを選んだのは私たちなのですから。より良いやり方を模索していくことも含めて少しずつ変えていくしかないし、一人ひとりの行動で変わるものだと思っています。
※本連載の第28回は、8月26日(水)を予定しています 。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、撮影・竹井俊晴、イラスト・iziz、編集・松田祐子)