「大戸屋ごはん処」と言えば、店内調理の定食スタイルで有名な定食屋のチェーン店。実は今、大戸屋ごはん処を運営する大戸屋ホールディングス(以下、大戸屋HD)が敵対的買収を仕掛けられていることをご存知でしょうか?
敵対的買収を仕掛けているのは、甘太郎、牛角、かっぱ寿司、フレッシュネスバーガー等を傘下に抱える業界4位の外食大手、コロワイドです。
そこで今回は4回にわたり、コロワイドが大戸屋HDに対して仕掛けた敵対的買収について、ファイナンスと会計の視点から考察していきます。
筆頭株主が敵対的買収を仕掛ける
2020年7月9日、外食業界大手のコロワイドは、定食チェーンである大戸屋ホールディングス(以下、大戸屋HD)に対して株式公開買付け(TOB)を実施することを発表しました。
コロワイドと言われてもすぐにピンと来ない人も、居酒屋の「甘太郎」や「北海道」、焼肉チェーンの「牛角」、回転寿司の「かっぱ寿司」、ハンバーガーの「フレッシュネスバーガー」といったお店に一度や二度は足を運んだことがあるのではないでしょうか。
コロワイドはこれら複数の飲食チェーン運営会社を傘下に持つ持株会社で、業界4位(※1)の規模を誇る“外食の雄”です。
コロワイドがこれほど多くの会社を傘下に抱えているのは、過去に17回ものM&Aを通じて企業を飲み込みながら成長してきたためです(図表2)。「持株会社」と聞くと、連載第13回で取り上げたソフトバンクグループを思い出す人もいるかもしれません。コロワイドのM&Aによる成長は、まさに“外食版ソフトバンク”とも言えます。
コロワイドの直近5期分について、もう少し解像度を上げて見ておきましょう。
近年は売上高も営業利益もともに堅調な推移だったものの、2020年3月期は赤字に転落しています。その主な要因はコロナ禍。実際、同期第3四半期が終わる2019年12月末時点の営業損益は前年同月比+1.1%となる68億円の黒字だったのが、わずか3カ月で通年では46億円(※2)の赤字へと急降下、コロナの深刻な爪痕が見て取れます(図表3)。
その状況は2021年3月期の第1四半期(2020年4~6月)でも続いており、この期間の売上高は前年同月比−49%の308億円、営業損益は65億円の赤字となっています。
かたや大戸屋HDは、売上高が63億円ほどだった2001年に上場を果たし、毎年売上高を継続的に伸ばしてきました。しかし、ここ数年は売上高も営業利益も減少傾向にあり、精彩を欠いています(図表4)。
また、大戸屋HDが2020年8月14日に公表した2020年4~6月の売上高は32億円ほどで、コロワイドと同様、前年同期間の半分程度にとどまっています。同期間の営業損益も14億円の赤字で、これは前年同期間の1.2億円の赤字から赤字幅は大きく拡大しています。大戸屋HDにとっても、コロナは今後も事業に大きく影響しそうです。
続いて、両社の規模を比較しておきましょう。図表5をご覧いただくとお分かりのように、コロワイドと大戸屋HDは売上規模でだいたい10倍近くの開きがあります。
(出所)コロワイドおよび大戸屋HDの2020年3月期有価証券報告書より筆者作成。時価総額は、コロワイドによる公開買付けが行われる直前の2020年7月8日の終値時点で計算したもの。
実はコロワイドは「大戸屋HDの筆頭株主」という顔を持っており、2020年7月時点で大戸屋の株式の19%強を保有しています。ただし、コロワイドが大戸屋HDの筆頭株主になったのは2019年10月と比較的最近のこと。「大戸屋HDの筆頭株主がコロワイドとは知らなかった」という人も多いのではないでしょうか。
その筆頭株主であるコロワイドが大戸屋HDに対して株式公開買付け(TOB)を実施すると発表しました。今回のように、買収を仕掛けられている会社(大戸屋HD)の合意を得ずに、その企業の既存株主から株式を買い集めることを「敵対的買収」と言います。
すべては創業家の株式売却から始まった
ここで疑問が湧いてくるかもしれません。コロワイドはなぜ、筆頭株主にもかかわらず大戸屋HDに対して敵対的買収を仕掛けているのだろうか、と。
実際、日本においては海外に比べて敵対的買収の事例はそれほど多くなく、「筆頭株主であれば『友好的』に買収できるのでは」と考える人も多いのではないでしょうか。
そこでまず、そもそもなぜコロワイドが敵対的買収を仕掛けるに至ったのか、これまでの経緯を振り返りながら論点を整理しておくことにしましょう。
1. 実質創業者が他界し、株式が相続される
遡ること5年前の2015年、大戸屋HDの実質創業者で会長の三森久実氏が57歳の若さで他界しました。三森氏が有していた約17%の株式は、妻の三枝子氏と息子の智仁氏(当時は大戸屋HDの常務取締役海外事業本部長)が相続することになり、大戸屋HDの社長のポストは、2013年4月からすでに社長を務めていた窪田健一氏の続投が決まりました。
ところが、この社長人事の方針をめぐって創業家(三枝子氏・智仁氏)と大戸屋HD経営陣の間で対立が起こります。創業家が息子の智仁氏を社長にするよう迫ったのです(※3)。その時の様子については、2016年9月26日付の第三者委員会の調査報告書に詳しく記されています。
当時社内にいた関係者によると、当時、三枝子夫人は遺骨を持ち、背後に位牌・遺影を持った智仁氏を伴いながら、裏口から社内に入ってきて、そのまま社長室に入り、扉を閉めた上、社長の机の上に遺骨と位牌、遺影を置き、その後、智仁氏が退室し、窪田氏と二人になったところで、同氏を難詰したものと認められる。
窪田氏が当時作成したメモには、その際、三枝子夫人は、30分ほどにわたり、窪田氏に対し、「あなたは大戸屋の社長として不適格。相応しくないので、智仁に社長をやらせる」、「あなたは会社にも残らせない」、「亡くなって四十九日の間もお線香を上げにも来ない」、「何故、智仁が香港に行くのか」、「私に相談もなく、勝手に決めて」、「智仁は香港へは行かせません」「9月14日の久実のお別れ会には出ないでもらいたい」などと述べたことが記されている。
このような一幕があったものの、創業家の要求は受け入れられず、結果的に智仁氏は大戸屋HDから去ることになりました。
2. 創業家、相続した株式の売却を持ちかける
それから約3年の月日が流れた2018年8月、創業家の2人は大戸屋HDに対し、久実氏から相続した株式(2018年3月時点では三枝子氏の保有比率13.14%、智仁氏は同5.63%、合計約19%)を購入しないかと打診します。理由は相続税支払いのためと言われています。
購入しないかと言われても、金額にすれば30億円にものぼる額。当時の大戸屋HDの現預金は20億円程度しかありませんから、手持ちのキャッシュで買い取るなんて到底できません。創業家は2度にわたって申し入れましたが、大戸屋HDがこの提案を受け入れることはありませんでした。
3. 創業家がコロワイドに株式を売却する
そこで創業家はどうしたか? なんと、会社側に込み入った相談もせず(※4)、2019年9月に証券会社を通じてコロワイドに株式を譲渡してしまったのです(図表6)。
4. コロワイドの提案が否決される
かくして大戸屋HDの筆頭株主となったコロワイドは、大戸屋HDに対し、業務提携や友好的なM&Aなど経営面でさまざまな提案を行います。具体的には、主に次のような内容です(※5)。
- 仕入れ条件の統一によるコスト削減
- コロワイドグループのセントラルキッチンの活用
- 物流拠点の相互活用・物流効率の改善を図ること
これらに対し、大戸屋HDは経営方針の違いを理由になかなか提案に応じません。しびれを切らしたコロワイドはついに、2020年4月に「株主提案」を行い、6月に開催された大戸屋HDの定時株主総会でその決議が行われました。
株主提案とは、株式を1%以上持つ株主が行使できる権利で、株主総会で議案(取締役の選任など)を提起すること。コロワイドがこのとき行った株主提案は「役員提案(取締役候補者の提示)」というものでした(※6)。
コロワイドの提案は、取締役候補者は合計12名で、うち社内取締役は4名、社外取締役は8名という構成。社内取締役に従来の取締役2名(窪田社長と山本取締役)とコロワイドグループ側から人選した2名を、社外取締役には医師、公認会計士、弁護士等の専門家のほか創業家の三森智仁氏も加えた8名とする内容でした。つまりこれは、コロワイドと創業家の共同提案と言えます。
一方、大戸屋HD経営陣側からの提案は11名の取締役構成で、社内取締役5名は全員再任、社外取締役も6名のうち3名のみが新任という内容。平たく言えば「ほぼ現状維持」です(※7)。
どちらの提案が株主から選ばれるかは、株主の議決権の委任状次第です。委任状をいかに多く集めて自身の案を可決させるかの戦いを「プロキシーファイト(委任状争奪戦)」と呼びます。
先に結論を言ってしまえば、このプロキシーファイトに勝利したのは大戸屋HD陣営でした。6割強の株主が現経営陣の方針に賛成したことで、大戸屋HDの命脈は保たれたのです(※8)。
「コロワイドは筆頭株主なのに、なぜ大戸屋HDのほうが勝利したの?」という疑問は次項で詳しくお話しするとして、ここまでの経緯をまとめると図表7のようになります。
決議を決定づける数字「66.7%、50%、33.4%」
コロワイドは保有比率19%強の筆頭株主とはいえ、会社を自由にコントロールできるわけではありません。会社の重要事項は、筆頭株主単独の意向で決まるのではなく、株主総会で全株主の意向を踏まえて決められるからです。
ここで、株主総会の役割や仕組みについて解説しておきましょう。というのも、今回のコロワイド vs. 大戸屋HDの攻防をもう一段踏み込んで理解するうえで、株主総会でどういう判断がなされるかが決定的に重要になってくるからです。
株主総会とは、株式会社における最高の意思決定機関。簡単に言うと、会社の重要事項が株主の議決権の多数決で決められる会を指します。
株主総会で決めることは会社法で定められており、主に次の3つです。
- 会社の根本に関わる定款の変更、事業譲渡や合併等の事項
- 取締役や監査役等の役員の人事に関する事項
- 株主への配当や役員の報酬等お金に関わること
株主総会で行われる決議は、大きく分けて普通決議と特別決議の2つ。ざっくり言うと、普通決議では取締役の選任や解任の決議が行われ、特別決議では事業譲渡や合併等が決められます。
筆者作成
ここで重要なのが、株主総会で決める事項についての議決権の賛成割合です。特に覚えておくべき議決権の割合は、「66.7%」「50%」「33.4%」の3つです。この3つの数字を覚えることで、会社をどのように支配できるかが分かります。
66.7%以上で「支配権」を握れる
出席した株主の議決権の割合が3分の2以上、つまり66.7%以上あれば、特別決議の事項となる会社の合併や組織再編などを決められるようになります。会社の「支配権」を握って“煮るなり焼くなり好きにできる”ようになるのがこの比率です。
50%超で「経営権」が持てる
次に重要な割合は過半数以上です。50%超の株式を有していれば会社の「経営権」を持つことになり、取締役の選任や解任等を自由に行えます。
今回、プロキシーファイトで敗れたコロワイドの例はまさにこれに当たります。もしコロワイドの提案が株主の過半数以上から支持されていれば、大戸屋HDにコロワイドからの役員を送り込むことができたはずでした。しかし蓋を開けてみれば、過半数を超える大戸屋HDの株主は現経営陣の提案を選んだため、筆頭株主たるコロワイドの案は棄却されることになりました。
33.4%以上なら「拒否権」が発生する
最後は、3分の1以上、すなわち33.4%以上の持分です。「33.4%以上」とは、先の「66.7%以上で支配権を握れる」を反対から見た景色のこと。つまり、33.4%以上の株式を持っていれば、事業の譲渡や合併といった重要事項を退ける「拒否権」が発生することになります。
このように、株式の割合をどれだけ有しているかで企業への影響力も変わってきます。
筆者作成
コロワイドはついに「敵対的買収」へ
コロワイドが筆頭株主といえども経営権を握れなかった理由は、もうお分かりですね。
コロワイドの保有比率は19%強しかないため、残りの株主からいかに委任状を集めて「50%超」とするかが鍵を握ります。しかし結果的にこれが叶わなかったため、筆頭株主といえども大戸屋HDの経営陣にコロワイドの人員を送り込むことができなかったのです(※9)。
大戸屋HDの決議結果報告によると(※10)、コロワイドを除く8割近く(全体の6割強)が大戸屋HDの提案に賛成しています。大戸屋HDの株主構成の約65%を占めるのが個人株主。彼らを含む多くの既存株主が、大戸屋HDの方針を支持する結果となりました。
さて、大戸屋HDの株主総会での提案を否決されたコロワイドは、この後、ついに「敵対的買収」という策に打って出ます。その詳細については、次回見ていくことにしましょう。
※1 外食業界の売上高ランキングでは、1位がゼンショーホールディングス(2019年度の売上高6304億円)、2位がすかいらーくホールディングス(同3754億円)、3位が日本マクドナルドホールディングス(同2818億円)。コロワイドはこれに次ぐ4位に位置しています。
※2 営業損失46億円には、減損損失106億円が含まれます。減損損失は、コロナの影響等で、居酒屋業態を中心とした店舗閉店等を踏まえてのものとなっています。
※3 この記述だけを見ると創業家と経営陣の対立のように見えますが、窪田社長は実質創業者である三森久実氏の従弟にあたります。
※4 この時の状況については、「大戸屋がコロワイドの株主提案に猛反対する訳」(東洋経済オンライン、2020年5月26日)が詳しく報じています。
※5 2020年7月9日付「株式会社大戸屋ホールディングス株式(証券コード:2705)に対する公開買付けの開始に関するお知らせ」p.6より。
※6 2020年4月16日付「株主提案に関する書面の受領に関するお知らせ」より。
※7 2020年5月25日付「取締役及び監査役の選任に関するお知らせ」より。
※8 大戸屋HD「臨時報告書 決議結果報告」より。
※9 創業者間での委任状争奪戦といえば、この連載の第9回で取り上げた大塚家具も有名です。
※10 大戸屋HD「臨時報告書 決議結果報告」より。
※次回は8月19日(水)に公開予定です。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:1980年生まれ。経済学研究科の大学院を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして大手企業や地方の新規事業の開発及び起業の支援等をしている。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も実施している。